第三話(8)
「これはっ!」
他者の力を感知する能力を持つジトメは、一度多くの敵が消えた瞬間、突如としてそれを超える量の敵が現れた事によって、自身の失態に気が付いた。
(下級クラスの量の差はただ控えさせておったという事かっ! っならば二人が不味い!)
中級プラス下級十匹程度ならば時間稼ぎ出来る。しかし、もしも下級クラスの数がその数倍にまで増えてしまった時、桜と琴音では時間稼ぎすら危うい状況になってしまうだろう。
焦りを覚えるジトメだが、今の彼女に現状を打破する能力はない。それが出来るとすれば……。
ジトメはきっと彼ならばそう判断してくれるだろうと信じ、自身の役目を果たそうと影から飛び出すと、中級心喰者へと背後から攻撃を仕掛けた。
☆ ★
ユキは六花のように無数の幻操陣を組み立てるなんて芸当は出来ない。
シンプルで普通な陣すらもそれが通常式である以上、下手なのがユキという男だ。
しかし、六花の戦術は下級心喰者相手ならば効率的な方法だ。空中から弾幕を張る。まったく同じ事をする事は不可能でも、己の持つ手段を使って似た結果を出す事は出来る。
そのために上空へと飛び、群れに向かって上から拡散弾を乱射し、下級クラスを全滅させた時それを見た。
(柱から追加の心喰者!?)
ジトメの感知によって発見する事が出来ないため、もう中にはいないと思っていたが、それが勘違いなのだと気がついた。
そもそも自らの発言である幻卵に似たようなもの。ならば柱の体積を超える量の軍勢を隠しておく事は出来るのだろう。
(くそっ。どうする!)
無数の下級クラス。それは怖い存在だ。それにもしかすると中級クラスの援軍まで来てしまうかもしれない。普段ならあり得ないという所だが、奴らはまるで結託しているように共にやってきた。ならば中級クラスが同じ柱にいる可能性だってゼロではない。
もしもそうなれば桜と琴音だけでなく、他の者たちも危ない。
シオンたちだって永遠に引き篭もる事なんて出来ないだろう。ならばどうする?
「……やるしかないか」
☆ ★
「これまずいんじゃねえのか!?」
天蓋の中から外に見える五本の柱。それらの上部より無数の影が出てきているのが見えた恭介は、動揺しながら叫ぶと静かに外を、ユキが向かった先を見詰めているシオンの元に駆け寄った。
「なあシオン! 桜たちは大丈夫なのか! 想定以上の心喰者が出てきたんじゃないのか!? くそっ俺も桜たちの元に行く! だから開けてくれ!」
「だめだよ!」
シオンに向かって一気に言うと、我慢出来ないといった顔で壁へと走り出す恭介。
そんな彼に向かったシオンは叫ぶと、天蓋の一部をコントロールして恭介の両足を氷で拘束していた。
「——っ何すんだよ! ユキだって危ないだろ! あいつらほどの力はないけど、下級の一体や二体を倒すくらい出来る!」
突然足を拘束された事によって、顔面から転ける所をギリギリ腕で庇った恭介は、転けたままの体制で上体だけ回してシオンを見た。
「ユキの邪魔しちゃだめだよ」
「邪魔ってお前っ」
あまりな言い方に恭介が叫ぼうとするものの、彼女の顔を見て言葉を失っていた。
シオンは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「……ユキってね面倒な事が大っ嫌いで、暇さえあればずって寝ていたいって人なんだよ」
「……そうなのか?」
面倒事が嫌いだというのはなんとなくわかる。しかし、そんな怠けているイメージはなかった。
不思議そうな顔をする恭介に、シオンは「そうなんだよ」と涙目のまま笑みを浮かべた。
「本当はそういう人なのに、他人なんてどうでも良いって言ってるのに、それでも本当はとっても優しくて、ここぞって時には絶対に他人任せにしない。他人になにも任せようとしない。全部自分一人でどうにかしようとするんだ」
「……それってよ。他人を信頼してないって事じゃねえのか?」
信頼していないから頼らない。恭介にはそう聞こえた。そんな彼に向かってシオンは首を横に降る。
「ユキってね、私にはあまり話してくれないけど、過去にたくさんの仲間を失ってるんだって」
「——っ!」
シオンが出した話題に恭介は自身の心臓が暴れるのを感じた。何故なら、その話は、それであろう話を他の誰でもいいからない、ユキ本人から聞かされていたからだ。
「ゆ……そうなのか」
自分が伝えるべきじゃない。ユキがシオンに教えようとしていないのであれば、部外者である自分にその権利はない。
そう思い、恭介は一瞬出そうになった少女の名前を飲み込んだ。
「ユキはその人の力量を測るのが得意だから、確実に問題ないだろうって思って任せたの。優しいからこそ自身のエゴだけでなく、本人たちのプライドを守るために」
「け、けど今の状況は当初と違うだろ! だったらこっちも援軍が必要じゃねえのかよ!」
「だからこそ出ちゃだめ。ユキに守りの想定外を作っちゃだめ。それじゃあ戦場を支配出来ないもん」
「……戦場を支配?」
完全にとは言わない。無関係な表現とは言えない。しかし、それでも恭介にとってシオンの言葉に違和感を覚えた。何かが致命的に違うのだと、そう感じていた。
「ユキは戦士じゃない。王だから。全てを操り、己の望む結果を出す。だから敵が増えたとしても、そんなの関係ない。その時には最強の個ではなく、最上の群として敵を穿つ。それが……私たちのユキトですよ」
「——っ!?」
そう言って笑みを浮かべた彼女は、まるで——。
☆ ★
今回の事はユキたちにとって想定外の事。ならば元の予定なんて、計画なんて破綻しているのと同じだ。
……いや、違う。破綻? そうじゃない。むしろ逆だ。
(お前の方から来てくれるとはな。なら、演出はいらない。知名度はいらない。ただ……ここで示す)
一度前に向かって銃撃をし、背後へと下がったユキは二挺拳銃を光にして消すと、手の平を合わせた。
ユキの幻操師としての能力は本来高くない。
彼本来の力は平均レベルだ。しかし、技術によってそれを補い、より強い力を発揮する。
彼がいつも行う合掌もそんな技術の一つ。
体内幻力加速技術[手合わせ]合掌にして作られる円で幻力加速を行い、高圧力に変換する事によって大きな力を発生させる。
ユキは今までそうして発動させた固有術を使い、自身の能力を改竄して来た。
時には銃を使う能力に秀でた己。時には剣を使う能力に秀でた己。その武器を使うために必要な技術を極めた己を作り出し、その力をより引き出し高い攻撃能力を発揮するためにキメラウエポンを使う。
そうする事によって今までユキは平均程度しかない本来の実力を大きく超える力を発揮していたのだ。
だが、今まで見せたそれは所詮お遊びのレベル。
命を掛けた実戦と比べれば、命の保証がほぼされている模擬戦なんてお遊びなのだ。
そんなお遊びに、リスクのある全力を出すなんて事はしない。ユキにそんな余裕はない。
だから今ここで発揮する事にしよう。
彼の力。彼らの力……——
——これが本当の改竄だ。
「行くぞみんな【偽物部隊・司りし女神】」
手を合わせたまま目を瞑り、誰かに向かって小さく囁くユキ。
その瞬間ユキを囲うようにして、地面に四つの光るリングが発生していた。
回転しているようなその輝きは各円の中心に向けて光を伸ばし、光のリングから光の円盤へとなった途端、光が天に向かって炸裂するかのように伸びた。
詠唱の途中で目を開いたユキが合掌をやめるのと、同時に四つの光柱は消え去り、それぞれの中から現れたのは、黒の和装に身を包んだカラフルな髪色の少女たちだった。
「世界を浄化する神聖なる青っ! ウンディーネ・ルナ」
「悪しき者を滅却する粛清の赤っ! サラマンダー・ルウ」
「調和と秩序を守護する緑……シルフ・カナ」
「万象支える偉大なる大地っ! ノーム・サキ」
「「「「四人の女神ここに見参!」」」」
各々ポーズを決めるつつ名乗りを上げる少女たち。約一名が始終やる気も覇気もない顔をしていたものの、他の者たちは決まったと言わんばかりにドヤ顔を見せていた。
そしてすぐに青髪の少女ウンディーネが、茶髪の少女ノームへと視線を向けて頬を膨らませていた。
「もうだめだよノーム! ちゃんとみんなの髪色で合わせるって話だったじゃん!」
「何を言っていますのやら。ワタクシはちゃんと髪の色として大地と言いましたわ」
「大地は色じゃないってば!」
「仕方がありません事! あなた方と違ってワタクシのそれは一文字なのですっどうしても格好が付きませんのよ!」
「そ、それは……あははっごめん」
四人の中で一番外見的にもオーラ的にも大人っぽかったノームが涙目で反論をすると、ウンディーネは気まずそうに謝罪した。
「くだらない言い合いしてないで早く仕事しろって。……たく、なんでこいつらこんな風になったんだよ……」
急いでいるというのは四人もわかっているはずだ。だというのに悠長にコントを繰り広げている人形たちに呆れてため息をつくユキ。
「も、申し訳ありませんわ。すぐにお役目果たさせていただきます事よ」
「はいはーい。ルナちゃん頑張るよー!」
「おうよ! 行くぜルナ!」
「行くよルウ!」
「…………ん」
慌てて目を拭うと丁寧に頭を下げるノーム。お気楽な笑みを浮かべるウンディーネ。そんな彼女に声を掛けて気合いを入れるサラマンダー。ずっと無表情でシルフ彼女もまた小さく声を出していた。
「地形崩壊は厳禁な」
「「「「了っ」」」」
四人揃ってユキに向かって敬礼をするのと同時に、各々が自身の役割を開始していた。
ウンディーネはその手に双剣を。
サラマンダーはその手に双銃を。
シルフはその身体に細い糸を。
ノームはその手に大きな杖を。
各々光の中から自身の武器を呼び出すと、サラマンダーは普段ユキがやっているように銃口を下に向けて飛び、ウンディーネは剣を地面に突き刺すと、剣先から凄まじい勢いで水流を吹き出し、その力を推進力として飛び、シルフは突然身体を宙に浮かべると、そのまま空を飛ぶ。
「さてワタクシがまずすべき事は、面倒な援軍発生所の破壊ですわね」
さっきまで涙目になっていたのが嘘のように、ノームは大杖を地面に突き刺すと、その大きく成長している胸を強調するように腕を組みつつ、指先を顎に当てて妖艶な笑みを浮かべながら呟いた。
何を成すべきか決定した彼女は一度頷くと、大杖を引き抜いてそれを天に翳した。
「偉大なる大地よ。ワタクシの前に……跪きなさい」
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