第三話(7)
シオンが術の名称を叫ぶのと同時に、床に巨大な幻操陣が出現していた。
そして皆がその陣の規模に驚いている間に、それは自身に込められた力を発揮していた。
[白銀天蓋]その効力はシンプルだ。決して壊れぬ強靭な氷のドームを作り出す防御系、否……牢獄、結界に近い術だ。
ただ、その規模は並のそれではない。
下層も上層も、その全てを含めて閉じ込めていた。
「この中にいれば絶対に安全だ。シオンの[白銀天蓋]は中級クラス程度じゃ絶対に破壊出来ない。仮に攻撃力に特化していたとしても不可能だ。だから安心して引き篭もれ」
「……確かにあれほどの幻力によって発動された術。破壊するのはまず無理でしょうね。……あたしでもおそらく不可能……」
会長は誰にも聞こえないくらい小さな声で続けると、硬く拳を握り締めていた。
「天蓋の中は全部感知出来るから外に出るタイミングで出口作るからそのまま進んでね! 戻ってくる時には壁に触れてくれればわかるからね! 無理しないで危ないと思ったらすぐに戻ってきてね!」
天蓋の中にはシオンの意識が行き渡っている。つまりこの中は完全にシオンの監視下にあると言う事だ。
意味のわからない状況となり混乱しつつある生徒たちの監視も同時に出来るため一石二鳥だ。
「シオンの言う通り。桜や琴音だけじゃない。会長たちもやばいかもと思ったら遠慮せずに下がってくれ」
「……へえ。随分と生意気な事を言うのね。会長としてあたしが下がるなんて有り得ないわ」
「念のための話だ。それに相性の問題だってあるだろ?」
中級クラスになるとその形は多くのパターンが存在する。武器を使い術を使う戦士だとしても戦い方があれば苦手な相手はどうしても出来てしまうものだ。
基本能力は上だとしても、相性が悪ければ勝てない事だって十分にある。
それに耐久力の高い化け物である心喰者と違い、こちらは人間だ。一つのミスで絶体絶命になる事だってありえる。
逃げ場がある。安全地帯がある。その事実は心に余裕を作り、その力をより発揮しやすくしてくれるはずだ。
「ではっ。行くわよ!」
会長の号令によってユキにより選抜された六人は走り出した。そして各々の手段を持って高速移動を開始するものもいた。
会長は足元で発生させた爆風に乗り自身を吹き飛ばし、六花は地面を凍らせる靴の裏にスケートのブレードを氷によって再現し、足元から氷の柱を伸ばし自身の靴にぶつける事で蹴るよりも数段上の速度に乗っていた。
桜と琴音はそこまで高速移動は得意としていないのか、ただ走るだけに見えるものの足の裏で小規模な幻力爆発を起こしてブーストをしているようだった。
既に銃を取り出していたユキはそれを使い移動し、ジトメに関しては自身の影の中に入り、上を無くした影が高速で移動しているのが見えた。
各々の目の前に見える氷の壁。しかし誰一人止まる事はなくシオンの言葉を信じてそのままの速度で、否、加速して突撃した。
(ここっ!)
皆の動きを感知しているシオンは彼女たちの速度に驚きつつも、無事に絶妙なタイミングで天蓋をコントロールし、一時的な出入り口を作っていた。
「なるほど。たくさん群がっていますね」
暫く滑り、ポイントに到達した六花は、その光景にぼそりと呟いた。
校庭に突き刺さった柱。その周囲には無数の下級心喰者が群がっており、そして目を凝らすと柱の上に何かが座っているのが見えた。
(あれがこの柱の主人ですか。元になった生き物はクワガタ……ですかね)
中級クラスのイーターは既存の動物が元になった姿をしている。化け物であるが故にサイズ感であったり、細部は違うのだが見た目から得られるイメージはそのままだ。
基本的シルエットは人間に近く、しかし頭からツノのように生えている二本の刃。中側はギザギザしていて、突くのではなく挟むのに向いた形状。
あれで挟まれたらまず無事では済まないだろう。
(……動かない?)
二足歩行クワガタ型の中級心喰者から六花の存在は確認出来ているだろう。しかし、本人は柱の上に鎮座したままで動く事はなかった。
中級クラスの持つ知性はたかが知れている。本能で動くはずなのだが、エサである自身を見つけたというのに動かない。
(目が見えないんですか?)
単純に自身を発見出来ていないだけかもしれない。そう思ったものの、それと同時に奴は動いた。
(手を挙げた? 何を——っ!?)
突然手を挙げた中級心喰者。そしてその腕を前に、六花に向かって振り下ろした瞬間。
——下級心喰者たちが全員六花へと向いた。
(指揮している!?)
中級クラスが下級クラスを従えているのはよくある話だが、まるで軍のように、指揮官のように指揮をする例はさほどない。
(随分と面倒な相手に当たってしまったみたいですねっ)
六花はその手を天に向けると、ユキとの模擬戦でも見せた戦術を開始した。
あの時と違って今回は相手の命を心配する必要はない。
ユキにはただ幻魔力を固めて作られた弾丸の雨を降らせたが、今回は違う。
固めるだけでなく、属性を付加させた上で弾丸とする。
まるで天候を変えたかのように氷の雨を、雹を降らせる六花。
ただ重力によって降り注ぐのではなく。弾丸として放たれたそれらは一発一発高い貫通力を持っており、自身へと進軍を始めていた五十を超える下級クラスの軍勢を、一瞬で殲滅していた。
「「さあ。次はあなたの番よ」」
六花と、そして別の場所で同じように下級を殲滅していた会長が違うポイントで同時に、まるで王の如く柱の上で鎮座する中級心喰者に視線を向けると、まるでそれに応えるようにして奴らは飛び降りるのだった。
心喰者と戦う時に怖いのは数の利だ。
一匹一匹も強いとはいえ、ある程度の攻撃能力を得てしまえば一対一ならばそう怖くない。
会長と六花レベルになればそれは下級だけでなく、中級もまたそう。下級を殲滅した現在、一対一ならば問題はない。
——しかしユキは知らなかった。故に誰も知らなかった。
「「——っ!?」」
驚愕の表情を浮かべ、焦りすらもその顔に乗せる二人。
彼女たちの視線の先にあるのは、柱の上から溢れ出る下級心喰者たちだった。
——誰が敵に第二波はないと言った?
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