追憶
同日、しかし時刻は朝。
龍二は今日見た夢を思い返していた。
今日もまた、外の世界で早苗と会った時の夢だった。
(最近よく見るな……)
訳はわからないが、なんとなく予想する龍二。
(何かを忘れている……確証はないが、いやむしろ、確証を得る為に無意識にこの夢を見る……?)
龍二は夢の内容を思い返した。
夢の中では、いつも外の世界の伏見稲荷神社の近くから始まる。
『ん……靈奈達はどこいった……?』
この台詞は、意識して喋っているわけじゃない。勝手に口が動き、そう喋るのだ。
夢というより、過去の記録の再生といったような世界を龍二は歩き始める。
(髪色は紺……多分、中2の時だよな……?)
龍二は髪色、そして髪型も確認してそう思った。
『……はぐれたか。とりあえずはぐれた場合は京都駅に集合だったっけか……』
そう言いながら地図を開く。その時だった。
『きゃああ!?』
突然誰かの悲鳴が聞こえる。
『ここから近いな……!』
急いでその場へ駆け出す。
逆方向に走っていく学生達を避けながら、角を曲がった。
そこにいたのは、一匹の狼と一人の少女。
『誰か助けて!』
少女が叫んだ時には、狼は少女に向かって飛びかかっていた。急いで隠していた刀を抜いて横に振る。
振った先から光の弾が狼に向かってまっすぐ飛んでいった。
光の弾は狼を貫き、吹き飛ばした。
龍二はすぐに少女に声をかける。
『大丈夫か?』
『…はい……有難うございます。』
振り向いた少女はそう答える。
この少女こそが東風谷早苗なのは確かだった。
『アンタ、どっかに行く途中だったんじゃないのか?』
『え?あ、うん……京都駅まで……』
『そうか、俺と一緒だな……行くぞ。』
『えっ……』
歩き始めようとする龍二を呆然と見たままの少女。
龍二は少女に聞く。
『どうした?せっかくだから京都駅まで護衛してやる。かと言って、護衛出来る自信があるわけじゃないが……』
(そうだ。この時も俺は凹んでいた……誰かを助けられなかった、自分の甘さに。)
今の龍二はそう思う。
ふと、ある疑問が浮かんだ。
(待て。誰かって誰だ?助けられなかったのに忘れる程俺は非情ではないと思っていたが……)
しかし、誰を助けられなかったのか、全く思い出せない。
(俺は、一体誰を助けられなかった?親父か?いや、それだけじゃない……俺は大切な人を【二人も】失ったんだ!だが、もう一人は誰だ……!?)
『いえ、有難うございます…』
頭の中で回る疑問を残しつつ物語は進む。
その後の会話ではまったくヒントは得られない。あとは、早苗からお礼を言われたりするくらいだ。
しかしその事が、今の龍二にとってはとても辛いことだった。
(慢心だった……誰かを助けるなんて、俺にはやっぱり無理なんだよ……)
『そんなことないよ。』
思っていた直後にそう答えられ驚く。が、ここは夢の中であり過去の中。
決して今考えていた事に答えたわけではない。
そうだとしても、そうだからこそ、否定されて思いを伝えられるのはとても辛いことだった。
『だってさっき凄かったよ!私が叫んだ瞬間現れて、正義の味方だった!』
嬉しそうに話す早苗をおそらく青野は笑みを浮かべ、有難うと答えていた。
しかし、その言葉が今の龍二を苦しめている。
(何も出来ない俺が、力を持たない俺が、正義の味方なわけがない!)
そしてふと、この前会った妖怪に叫びながら答えた自分の考えを笑う。
(あれも所詮は、言い聞かせみたいなものだもんな……)
力に興味がないわけではない。どころか、彼は力をとても欲しがっていた。
おそらく、あの時いた誰よりも【支配する力】や【目の前にいる者を無理矢理捩じ伏せる力】を欲していただろう。
それでは駄目だということはわかっていた。
ただ相手を捩じ伏せ支配するだけでは何も変わらない事ぐらいわかっている。
(だからこそ、守る力が欲しかった……でも変わらないよな。)
守る為に闘うのなら、それは相手を捩じ伏せる力と変わりない。
龍二はそう考えていた。
そのあとは早苗と別れて、夢から覚める。
「……どうすれば、」
どうすれば、自分が望む結果になるのだろう?
きっと、今の自分ではただ倒しにいっても返り討ちになる。そもそも、黒幕が誰だかわからない状況なのに。
「…………………」
部屋を出て、向かった先は藍の場所だった。
「あら、どうかしたの?」
「…………………」
「???」
おそらく、今から頼む事は断られるだろう。
それでも頼まないわけにはいかない。
「……俺がいた世界へ行かせてくれ。」
「!」
藍は驚いた表情を見せたが、黙って龍二を睨む。
目で訴えていた。しかし、龍二は頼み続ける。
「どうしても、行きたい場所がある。そこには会いたい人もいる。」
「私じゃ……代わりにならないことか?」
龍二は頷く。
「その人が一番わかることなんだ。それを聞きにいく。」
「特定の事ね……誰に会って、一体何を聞くのかしら?」
答えようか迷った。
しかし、ここで言わなかったらきっと行かせてはくれないだろう。
龍二は答えた。
「瓜野シロ。俺の育て親に、もう一人の育て親の源川繰希の事を聞きに行く。」
「こんなところがあったんですか……」
夕方と言うにはまだ明るい昼下がり、早苗は自分が行ったことがない場所に来ていた。
妖怪の山程ではないが、そこそこ大きい山。山頂はやや平面で草が生えている。
「それで、相談事とはなんですか……?」
早苗は少し離れてる雪菜に話しかける。
雪菜がいる場所には植物が何一つない。あるのは一つの大きな石だった。
「……その前に、返すものがある。」
早苗はその意味がわからず首を傾げた。しかしすぐに、彼女を頭痛が襲う。
「ぐっうぅぅ………あぁ!」
「少しの辛抱だから……」
膝をつき、頭を抱える早苗。
「これは……夢で見た………なんで!?あなたが……」
「奪ったのさ、君の記憶を。」
雪菜は説明した。自分が早苗に対し何をしたのか。
そして、何故そんなことをしたのかを。
「君は少々……いや、だいぶ無鉄砲な所があるからホントは龍二の協力をしようだなんて考えさせたくなかった。」
「じゃあなんで……」
「そんな考えが悠長に思えるくらい、いつあの人が動くかわからない状態なんだ。」
「……あの人って誰ですか?」
「……まだ明確に説明してなかったけど、相手はここを作った神様なんだ。」
「あの方にとっては、幻想郷を破壊するなんて容易いだろう。場合によっては、龍二を力ずくで奪うかもしれない。」
「幻想郷を作った神様……それって…………」
早苗は雪菜の言葉を信じた。それは雪菜の体が震えていたからだ。そして、彼女の目が怯えているようにも見えたから。
「…幻想郷の最高神、龍か………正直、抗うのが馬鹿馬鹿しくなる相手だよ。」
「貴方はずっとその方の阻止を……?」
「この世界は友達の故郷だから、消してほしくなかった。でも龍は場合によっては幻想郷を破壊してまで彼を手に入れようとする。」
「そこまでして、なんの意味が……?」
早苗は聞いたが、雪菜は首を横にふった。
「わからない……でも、龍二を渡してはいけないのは確かだと思うんだ。時間がないことも……」
「それで私を……?」
雪菜は頷く。
「龍二に真実を伝えて……早苗の話なら多分聞いてくれるよ。悔しいけど。」
「わ、わかった……」
早苗が頷いて答えた後、雪菜はもう一度深く頷いた。
「任せたよ、早苗……」
「うん……雪菜さんはこれからどうするんですか?」
「一応自分の場所に戻るよ……万が一の事があったら大変だから、慎重にね。」
「ホントだよな。例えば、偶然その神様が聞いていたりとかな?」
第三者の声がする。
突然の事に驚く二人は声の主の方を向いた。
「!?」
「抜け駆けはよくないぜ……雪菜?」
ひとつの物語が、終わりへと進み始める。