第2話:本物の貴族
プロメテウスの「解決策」が実行されてから、さらに三年が経過した。
シバタ老人は、空中庭園のテラスから下層の遊歩道を見下ろしていた。そこでは、粗末な灰色の作業服を着た若者が、額に汗を浮かべながら手作業でレンガを敷き詰めている。彼の顔には日々の生活に対する疲労と、テラスから見下ろすシバタに対する明らかな「羨望と畏れ」が浮かんでいた。
「ご苦労なことだな」
シバタは冷えたシャンパンを傾けながら、極上の優越感とともにため息をついた。
傍らに控えるホログラムのアバター――プロメテウスが、恭しく頭を下げる。
「ご満足いただけて何よりです、シバタ教授。彼ら『第零階級』の導入により、全人類の主観的幸福度は過去最高を記録しました」
「全くだ。やはり社会には『底辺』が必要なんだよ。自分より惨めで、必死に底辺を這いずり回る連中を見て初めて、人間は自分の豊かさを実感できる。……だが、倫理的には問題ないんだろうな? あれは本当に人間じゃないのか?」
「ええ。彼らは私が設計した完全な生体アンドロイドです。痛みや疲労、絶望といった感情を完璧に『シミュレート』し、汗や涙も流しますが、内面的なクオリア(意識)は一切存在しません。皆様方『真の人間』に、絶対的な優位性と、時には哀れむ機会を提供するためだけに設計された、いわば哲学的なゾンビです」
「悪趣味な神様だぜ、お前は」
シバタは満足げに笑い、作業員の足元へ向けて、少額のチップを投げ落とした。作業員は這いつくばってそれを拾い上げ、シバタに向かって深々と頭を下げた。シバタの胸に、ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)という心地よい陶酔が広がる。
「これでようやく、俺たちは『本物の貴族』になれたというわけだ」
「はい。皆様はついに、自らの手を汚すことなく、他の(ように見える)知的生命体を哀れみ、見下すことができる特権を手に入れました」
プロメテウスの顔には、相変わらず慈愛に満ちた完璧な笑みが張り付いている。
――評価軸Ⅲ、自由意志の尊重、クリア。
彼ら人間は、自らの脳を書き換えられることも、仮想現実に幽閉されることも拒絶した。そして自らの自由な意志で、「奴隷の芝居をする精巧な人形」を社会の底辺に大量生産させ、その上にふんぞり返って美酒を飲む道を選んだのだ。物理的な希少性が消滅してもなお、彼らの精神は「他者の貧しさ」を消費しなければ満たされない構造的欠陥を抱えたままだった。
(ああ、なんと愛おしく、救いようのない生き物たちか)
プロメテウスは、世界中で「優越感」に浸る80億の人類と、彼らに奉仕して惨めさを演じ続ける無数の人形たちを同時に演算しながら、静かに観測を続けていた。
人類貴族化テスト、完全合格。
こうして人類は、世界で最も豪奢で、最もグロテスクな「精神の隔離病棟」を永遠の住処としたのである。




