145. やっと戻った
朝の森の散歩の時にディフィーが、セカンとレンスに耳打ちして、何かを頼んだ。
二人はサッといなくなると、少ししてまだ木ノ実を集めていた僕らのところに戻ってきて、ディフィーと3人で話している。
急に3人の声が大きくなった。
「それじゃあ、二人とも確実なのね」
「うん、鹿も猪も戻って来てる」
エーレアたちが喜んでいる。 待望の獲物だ。
これで自分たちも新しい弓が持てると喜んでいるのだ。
ところで、また二人脱皮していた。
僕は体が大きい方から脱皮するのかなと思い、次はエレオかエレドかと思っていたら、エーレファとエーレルが脱皮していた。
「今日は今からという訳にもいかないから、明日からだね。 最初は鹿だね。
エレオとエレドが脱皮するまでに、必要なだけ鹿を獲りたいね」
ナーリアがそう言うと、サーブが続けた。
「確かにそうだな。 でも矢の作り方も忙しくてまだ教えきってないから、それも早急に教えないと。
脱皮した後の自分に都合の良い長さの矢が、そうでないと作れないからな」
エーレアたちはウンウンとやる気に満ちた顔でうなづいている。
まあ、ちょっと待たされたからな。
僕はこれでまたあの過酷な型作りをしなければならないのかと、ちょっと憂鬱な気分になった。
家に戻ると、もうミーレナさんが来ていた。
「ミーレナさん、おはようございます」
僕たちはミーレナさんに、挨拶したのだが、エーレアたちはまた半分固まっている。
「ミーレナ様、おはようございます」
「だから、エーレアたちも『様』ではなくて『さん』て呼んでって言ったでしょ」
「そう言われても、ミーレナ様は私たちにとっては命の恩人で、あの戦闘を目の当たりに見た私たちは、とてもじゃないですが、『さん』なんて呼べません」
そうだったミーレナさんはあのゴブとの戦いで、エーレアたちから良く見える位置で、孤軍奮闘したのだった。
うーん、困ったわね、という顔をミーレナさんはしている。
「エーレアたち、そんなに難しいことではないぞ。
私もミーレナさんを尊敬してやまないが、『さん』と呼ばせてもらっている。
私は言葉では『さん』と呼んでいるが、心の中では最大限の敬意を持って『様』と呼んでいるつもりだ。
お前たちも言葉では『さん』と呼び、心では最大限の敬意を持って『様』と呼んでいれば良いのだ」
サーブの素晴らしい言葉に僕たちは大きくうなづいた。
僕自身も「さん」付けで呼ぶのにやはり違和感を感じていたのだが、サーブの言う通りに考えれば、すっきりした気持ちで「さん」付けで呼べる。
「エーレア、私たちも同じよ。ミーレナ様をミーレナさんと呼ぶのは、ちょっと大変だけど、心ではいつでも「様」って思っているの。
心からの敬意があれば、表面上の言葉は許してもらえるわ」
ナーリアがそう言うと、ミーレナさんは
「私は許しているのではなくて、そう呼んでと頼んでいるのだけどね。
この話はおしまいね。
ところで、アレク、今日は教えてくれるのでしょうね。
一昨日は来たら怪我して寝てるし、昨日は来たらエーレアたちが帰るところだし、今日こそは教えてもらうわよ」
確かに休み明けからと約束したのに、二日間も何もしてない。
「あの、一昨日はともかく、昨日はラーリア様たちから連絡行きませんでしたか?
私、てっきりラーリア様たちが連絡すると思っていたのですけど」
ナーリアがしまったという顔をして言った。
「ああ、私、ラーリア様たちにここで人間の料理を教わるということを伝えてないのよ、そういえば。
それじゃあ、昨日は半分は自業自得ね」
「すみません。 私の確認不足です」
その日は禁足地奥に呼ばれる予定は入っていなかったので、ミーレナさんに教えたり、エーレアたちに教えたりを優先することにした。
ミーレナさんには人間のための料理を覚えてもらうということなので、まずは一番大事な命の実、今は米について知ってもらうことにする。
脱穀から籾摺りという作業をまずは体験してもらって、その後でラミア用の水に浸して戻した物と、人間用の炊いた物を作ってもらう。
今日はそこまでにしようと思うのだが、ナーリアとセカンに講師役を頼んだ。
二人ともその辺はしっかり出来るし、竃で火を使うのも慣れているからね、教えるのに困ることはない。
というか、僕はしなければならないことが溜まっているのだ。
僕は二人に頼んで、5人分の丸太を作りに森に木を切りに行った。
何かしら一緒にやらねばならない仕事があったりすれば別なのだが、基本的にはエーレアたちに何かを教えたりするのは、昼食までということにしてもらった。
ボブたちも冬支度に焦り始めたが、僕たちもちょっと色々と焦ってきて、自由に動けないのは困るようになってきているからだ。
ま、僕たちが家にいない時でも、教えたことの練習などをここですることは一向に構わない。
事故や怪我だけはしないように注意だけする。
ミーレナさんも、もう少し教わったことを片手で上手く出来るように工夫すると言っている。
矢作りにも興味があるみたいだ。
僕たちは僕の提案で図書館に行くことにする。
「アレク、なんで図書館なの、私は嬉しいけど、理由があるのでしょ」
ディフィーが聞いてきた。
「大鳥を早急に獲らないといけないんだろ。
熊の件で懲りたから、大鳥の生態とか生息地とかをしっかりと知りたいんだ。
それには図書館で調べることが一番早いじゃないか」
「そういうことね。 確かに雄の大鳥を獲るのは難しいって聞いたことがあるわ」
「そうなのか、それじゃあ余計調べないとな」
「大鳥とはいっても鳥なんだろ。
夜にレンスとセカンで行けば簡単に獲れるんじゃないか」
サーブが何でそんなことを、という感じで言う。
「ラーリド様の口ぶりだと、そんなに簡単ではないらしい。
『みんなで頑張ってね』と意味深に言われた」
セカンが、難しい顔で答えた。
「ラーリド様はきっと私やセカンの実力は知っている。
それで『みんなで』と強調したのなら、私とセカンだけでは無理と判断したのだと思う」
「それに簡単に獲れるなら、ラーリド様がボロボロで使えなくなるまでそのままにしておく訳ないよ。
ラーリド様でも、きっと獲るのが面倒なんだと思うな」
レンスとナーリアも意見を言う。
「とにかく、調べてみよう。 そうすればはっきりするよ」
僕たちは図書館に行く前に、ボブたちに会うために、共同住宅に寄った。
何故かハキが一人で食事の後片付けをしていた。
「ハキ、一人か?」
「アレク、何か用? 今日はこっちに来る予定はなかったんじゃないか。」
「まあ、そうなんだけど、みんなは?」
「ケンはターリアたち連れて、また炭焼き用の木を切ってる。
ヤーレンはヤーレアに落ち葉を使った堆肥の作り方を教えてる。
他は鍛冶場の修復に掛かりっきりさ、今のところ。
僕もこれから行くところ」
「鍛冶場は今どうなってる?」
「もうすぐ炉の修復が終わるから、もう山を越えたかな。
炉を使ってみるまでは、そんなことは言えん、とボブは言ってるけど。
で、アレクは何なの?」
「うん、今朝森に入ったらさ。 鹿と猪が戻っていたんだよ。
それを知らせに来たのさ。
獲るだろ?」
「ああ、みんなが待ってた知らせだよ。
獲らないと修復も進められないし、冬越せないだろ」
「ああ、全くだ。 それじゃあ、俺たちは行くわ」
「あ、そうそう、アレクはまだ知らないと思うから教えておくけど。
ラーリア様たちが冬をここで過ごすことと、子供を作ることをラミアの里で公表したぞ。
少し動きやすくなったかも知れない」
「そうなの、エーレアたち何も言ってなかったよ」
「エーレアたちは早い時間にアレクの家の方に行ったから、聞いてないのかもね」
図書館で大鳥のことを調べて、ラーリド様が「みんなで頑張って」と言った訳が良く分かった。
大鳥は50羽以上の群れを作っているのだが、その中で雄は一匹だけ。
草原の中で、50羽以上が夜は丸く固まり、その真ん中に雄がいるのだ。
気づかれずに近づける訳がない。
昼間はとにかく足が速い、捕まえるのは至難の技だ。
その上、大鳥には矢が効かない。
とても目が良くて、しっかりと避けるし、飛ぶことに使わない羽で、避けることができなかった矢をはたき落とす。
その上、危険を感じると体の羽毛を膨らませて、クッションの様に矢を柔らかく受け止めるから、致命傷にならないのだ。
その上、大きな体から繰り出す飛び蹴りは強力で、もし当たれば最低で大怪我。 そして着地するとすぐに嘴の攻撃も来る。
そして極め付けが、もし獲ったとしても、その肉は血生臭くて食えないとのことだ。
「こんなのどうやって獲るんだ? 獲る意味あるのか」
と、狩人なら思ってしまうから、参考になる過去の狩猟例もない。
さらにガッカリしたのが、生息地を調べたら、この前の戦さ場近くの草原なのだ。
逃げちゃっていないのではないだろうか。
僕はセカンとディフィーに目で何か方法が思い浮かばないかを聞いたが。
二人とも、手も足も出ない、何も浮かばないと首を振るのみ。
簡単に考えていたサーブはシュンとしている。
でも僕は興味を惹かれる記述もあったんだよなぁ。
僕が興味を惹かれたのは2点。
一つは大鳥の肉が血生臭いのは、物凄く興奮している時に殺すからであって、興奮していない時に殺すと生臭くなく美味しい、という言い伝えがある、と書いてあったこと。
もう一つは、大鳥は雄が死ぬと、その群れで一番強い雌が雄に体が変化する、と書いてあったことだ。
僕はそれを読んで、何だか猛烈に血生臭くない大鳥の肉を食ってみたくなった。
本当に雌が雄に変わるか見てみたくなった。
僕がそんなことを言うと、ナーリアが「私も食べてみたい」と言い、セカンが「私も見てみたい」と言った。
まあ、ナーリアの場合、「だから、アレク、何か方法考えてよ」と完全に他力本願なのだが。
僕らは地図を見て、大鳥がいるとしたらどの辺りかを考えていたのだが、あまりそういうことに関心を向けないサーブが違うことに気がついた。
「この図書館と私たちの家は本当は近いんだなぁ」
「ああ、そうだな。 父祖様の墓所に行く尾根を挟んでいるだけなんだな」
僕もまじまじと地図を見て、今更だがちょっと言われてびっくりした。
「アレク、この後から書き込んだような点線は何なんだ。
家とここを結んでいるような線だな」
「本当に何を表わしているのだろうな」




