プロローグ
後宮の宮女として働く月瑤は、後宮の外を走っていた。
月瑤の足は馬より速い。風を切り裂くように走ると、高く一つ結びにした金髪がなびく。それこそ馬の尻尾のようだった。この髪色で嫌な思いもさせられたが、月瑤は異国の母譲りの金髪を誇りに感じていた。
本来、宮女が後宮の外へ出るなんて許されることではない。それが可能なのは、皇帝の命を受けた宦官に指示されたからだ。
人を、探していた。
「ったく、お姫様っていうのは、もっとお淑やかな生き物だと聞いてたんだけどな」
先刻、皇帝の執務室で凛と自分の意見を述べる姫君の姿を思い出しながら独りごちる。
月瑤が必死に探している姫君の名は、清蘭。
真面目な性格で、特に趣味もなく、誰よりも皇帝様のお手つきを頂こうと必死に足掻いているという噂が、清蘭とまったく接点を持たない月瑤の耳にも届いていた。
そして真面目ゆえ、お堅く、親近感がなく、身内以外とはあまり言葉を交わさない。そんなお姫様だ。
月瑤がすれ違ったときには、自身の女官にすら意見が言えていなかった。女官たちが月瑤に聞こえるよう陰口を叩くのを止めたいようだったが、うまく言葉が選べないのか、ただおろおろとしていた。身分が高いのに何を遠慮しているのか、と月瑤は不思議に思ったものだ。
これまではそういう印象だった。
しかし、先程の執務室で皇帝に直談判する姿は、噂や回廊ですれ違ったときとは人が変わったようで……。
「というか、こんなに林の深いところまで入ったのか?」
清蘭が向かったらしいというのは、林の奥にある川だ。彼女は釣りに行くと言っていた。こんな奥深い場所にお姫様がいるとは到底思えないが、情報がそれしかないのだから向かうしかない。
木々を駆け抜けると、目的はすぐに果たせた。
……いた。
箱庭で暮らすお姫様とは似つかぬ“もの”を持った、齢十八の少女が。
「当たりですわ〜!」
皇后の次に高い位の四夫人である清蘭は、“ミミズ”を天に掲げて満面の笑みを浮かべていた。
信じがたい光景を目の当たりにした月瑤は、宮女と姫という身分差があるのも忘れて叫んでしまった。
「お姫様がなんでミミズ持ってんの!?」
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