第021話:FDSアーカイブ3
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2003年05月12日 09時00分34秒 東京都武蔵野市吉祥寺上空 CHー47JA機内(FDS)
『竜造寺玲子だ、改めて今回の訓練の趣旨を話そう』
『既に通知はいっていると思うが、今回はFDSとの接続率を最高にした状態での実験を行う』
『知っての通り今までは50%の接続率で行ってきた、そのためどこか感覚はぼやけたものだっただろう、今回はこれを100%にして訓練を行ってもらう』
『なに、実験の内容は今までと同じだ。吉祥寺にて大地震が発生、大多数の避難は完了したがまだ数名の生存者が取り残されている』
『君達は生存者を救出し、武蔵野赤十字病院まで搬送するのが訓練内容だ』
『既に同意書に署名は頂いているが、接続率100%の状態は危険が伴う。感覚が現実と変わらないため下手をすればショック死の可能性すらある』
『怪我など無いように充分注意してくれ。特に今回は実験の一環として定期的に余震が発生するようになっている』
『ビルが崩れるようなことはないが転倒の危険はあるので注意してくれたまえ』
『最後になるが、強制的にFDSとの接続を切断することは推奨しない。必ずログアウトを行い接続率が0%になってから切断するようにしてくれたまえ』
『いつものように実験終了後はレポートを提出するように、以上だ』
すぐに山下清美が須藤に抱き着く。
「うーん、ほうほう」(清美)
「あ、あの、清美」(須藤)
「これから訓練なのに、いちゃついてるのか? お前は?」(近藤昭彦)
「昭彦、助けてくれ。くすぐったい」(須藤晃)
「これもテストでーす、筋肉の質感を確かめてるんでーす。りゅーぞーじが言ってたでしょ」(清美)
「はぁ、晃、本当にこんな筋肉フェチ女でいいのか?」(近藤)
「昭彦はだめねー、あと筋肉が3割ましだったら付き合ってあげてたのにー」(清美)
「嫌だよ。お前は一体どこで道を踏み外したんだ……」(近藤)
須藤は笑っていた。明彦、清美との出会いは高校だった。通学中の須藤に清美が抱き着いて来てそれを明彦が慌てて窘めた所から交流が始まった。
「それにしても今回の実験なんか変じゃないですか? 同意書に死の危険に加えて救助訓練なのに、なんでこんなもん持たせるんですかね?」(和泉)
「より現実に近づけるためとのことだが……俺もわからん、これまで以上に注意してくれ」(近藤)
「私あいつ嫌い。なんか私達のこと実験動物かなんかにしか見てないしー」(清美)
……今回の実験は始めからおかしい。
和泉も言った通り何故か救助訓練にも関わらず、標準装備の9mm拳銃に加え、89式5.56mm小銃が所持品に含まれている。とはいっても仮想空間だ、どちらも実物の銃ではない。
今回の実験自体、危険が伴うため半年先に予定されていたものだが急遽繰り上げられ本日実験することになった。
また、清美が言っているようにどうにも竜造寺玲子という女性は信頼が置けないのも確かだ。
彼女はFDS研究の第一人者として紹介された。しかし実際に会ったこともなく、連絡も一方的。
どんな人物なのか、どこに住んでいるのか一切謎だ。名前も偽名で海外に住んでいる、そんな噂まである。
(上層部は何を焦っているのだろうか? 確かにFDSの有用性は認めよう、実戦さながらにこういった訓練が出来るのだから)(近藤)
(だが未だに中国は接続出来ても上手くコントロール出来ないと聞く、アメリカでさえやっと会話ができる程度のはずだ)
(すでに最先端なのだからもっと安全面に配慮してからでも問題ないと思うのだが)
『アト5分デ、作戦地点デス。準備ヲ、オ願イシマス』
機内放送が流れる。まだヘリや航空機のFDS内再現は難しいため、操縦はシステムが行っている、そのため機内放送も機械音声だ。
「それにしても吉祥寺か」(住之江)
「どうしたんですか?」(北原)
「地元でな。仮想空間とは言えこんな姿は見たくないもんだな」(住之江譲二)
「なるほど、吉祥寺の譲二ですか」(沢田)
「沢田……よし殴る!」(住之江)
住之江譲二、隊の中で最も年長者の隊員だ、来年には定年で除隊するため、隊長を近藤に譲り自身は補佐として清美と共に活躍している。
「最終確認を行う。今回は30名での作成だ、6名5班を作り作戦を開始する、班長は俺、和泉、山下、住之江、須藤だ」(近藤)
「各自生存者の場所は把握しているな? 須藤班以外は各々決められたルートを通り生存者を救出、その後すみやかに病院へ向かう。須藤班はサポートを行えるように着陸地点で待機。以上だ各自問題は無いな?」
…………………………
2003年05月12日 09時30分12秒 都内某病院FDS特別隔離施設
『竜造寺玲子だ、本日の10時から追体験の実験を行う』
「はい」(白雪)
『万全を期すためそれまでは、お前を休眠状態にする。いいな』
「はい」
『何かあるか?』
「ありません」
『白雪のバイタルはどうだ?』
「血圧、脈拍共に正常範囲内です。脳波睡眠中の物へ移行」(吉野紀子:看護師)
『よろしい』
花籠白雪は、FDSシステム教育実験の第二段階へと進もうとしていた。第一段階は3台の白雪AIに別々のことを学ばせそれをマージする事で学習速度を速める実験だった。
第一段階成功の後から白雪の性格に著しい変化があった。人間味が薄くなったというか機械的というか、感情の抑揚が極端に低下していた。
そこで第二段階の実験で他人の学習内容を取り込めるかとのテストと、追体験をさせ刺激を与える実験が竜造寺玲子により提案された。
内容は、既に終了した自衛隊の訓練内容を今まで同様に白雪AIに記憶させ、白雪にマージするというもの。
一旦白雪AIを通すとはいえ他人の記憶の一部をマージできるのかが肝とされていた。
モニターには頭半分が機械に覆われ、数多くのケーブルやチューブで繋がれてカプセルに横たわる白雪が写っている。その白雪を覚めた目で見やりながら竜造寺玲子は独り言ちる。
「まったくもって忌々しい、だがそれも今日までか」
「白雪AIへ音声入力、ユーザー竜造寺玲子、パスコードN8OSD74OSDU@TESJKS34KEDN75GAH%WY2##FUDYGEIRTU」
『コード確認ようこそ竜造寺玲子』
「最上位権限により、セフティロックコード、SLC4、SLC46、SLC58、SLC79を解除」
『セフティロックコード4、セフティロックコード46、セフティロックコード58、セフティロックコード79を解除しました、これに伴い下位のセフティロックコードも解除されます』
「白雪と接続開始」
『AI1接続……コンプリート、AI2接続……コンプリート、AI3接続……コンプリート』
『警告、接続に制限が掛かっていません。このまま接続を続けると被検体白雪の脳に重大な障害が発生する可能性があります。今すぐ接続を停止してください』
「各AIは接続を維持したままFDSポイント486439に入室」
『ポイント486439は現在使用中です、入室にはパスコードを入力してください』
「RIYURSDJHSDPEW527IA」
『パスコードを確認。入室します……ポイント486439へのAI接続の可否確認中……入室完了。警告、使用中のルームへの入室はシステムに深刻な障害が出る恐れがあります。直ちに退室して下さい』
「アバターを作成、コード187接続」
『…………………………作成完了。警告、不明なユニットが接続されています、システムに深刻な障害が出る恐れがあります。直ちに使用を停止してください』
「出現ポイントを指定、4Cー77、6Fー101、9Cー51」
『出現ポイント確認……4Cー77にAI1を割り振りました……6Fー101にAI2を割り振りました……9Cー51にAI3を割り振りました』
「AI自立行動による強制学習開始」
『AI自立行動の制約確認…………可能。強制学習を開始します』
「以降竜造寺玲子以外の入力を拒絶」
『権限確認……竜造寺玲子以外の入力を拒絶します』
「ログアウト」
…………………………
2003年05月12日 09時58分23秒 吉祥寺駅周辺(FDS)
自衛隊員が各々保護対象(ダミー人形)に向かって歩みを進める。すでに着地地点から目的地の目と鼻の先まで来ており今のところ大きな問題は発生していない。
竜造寺から説明があった通り頻繁に余震と思わしき地震が発生している。震度1~3といったところだ。
本来屋外だと震度3以下の地震など気付かないものだが、それにも気付けるのは慎重に進んでいるからというのもあるが感覚の調整がやはり効いているのだろう。
現実ならこのような訓練は出来ないものだが科学の進歩というのは素晴らしい。
近藤達の隊は本格的にFDSを訓練に取り入れるための先遣隊だ。戦闘訓練も数回行ったが、多くが救難訓練なのはやはりお国柄なのだろうか。
それでも仮想空間とはいえ人間そっくりの人形を撃つのは気が滅入るので助かっているが。
近藤のインコムに連絡が入る。
『こちら和泉班、要救護者のいるポイントに到達。救出活動に入る』(和泉)
「了解」(近藤)
『こちら山下班、要救護者のいるポイントに到達。救出活動に入る』(清美)
「了解」(近藤)
『こちら住之江班、ポイントに到達したが事前の写真と違って半壊だったビルが完全に崩れてる。救護者救出には手間がかかるぞこりゃ』(住之江)
「なに?」(近藤)
現実世界なら珍しいことではない。しかしFDSでは人為的に崩さない限りはありえない事象だ。また竜造寺の面白くないサプライズだろうか?
「須藤班」(近藤)
『はい、住之江班のサポートに向かいます』(須藤)
「頼んだ」(近藤)
『了解』(須藤)
須藤達が住之江のサポートに向かおうとした時、地面が揺れた。かなり大きな揺れだ、いつもの余震かと軽く見ていたが、揺れは次第に大きくなっていく。
すぐに全員に集合して道の真ん中でしゃがむように指示を出す。おかしい、竜造寺の言では余震レベルのはずだったが、もはや立っていられないレベルで揺れは大きくなっている。
かなりの時間続いた揺れがピタリと止まる。まるで何事もなかったかのように、奇妙な静寂が当たりを支配している。
「総員点呼、状況を報告せよ! 我が班は全員無事だ」(近藤)
『和泉班被害なし、全員無事!』
『山下班被害なし、全員無事!』
『須藤班被害なし、全員無事!』
『住之江班、鹿島転落! 救援中!』
「住之江班、状況はどうなっている? 詳細を説明せよ」
『地震発生時に瓦礫の一部が崩落した。地下に穴が開いたらしい、そこに鹿島が瓦礫ごと転落した。穴は2メーター程でそれほど深くない。鹿島は意識有り、右足を負傷したと思われる』
接続率の高い今の状況で負傷、近藤は少し考え訓練の中止を選択する。
「……訓練を中止する、総員ログアウトせよ」(近藤)
「……だめです、エラーが発生してログアウト出来ません」(北原)
「同じく」
隊員全員に対して緊急メッセージが届いた。
『竜造寺玲子だ、緊急事態が発生した。この仮想現実空間への不正アクセスを先程確認した。そのせいで君達は今ログアウトが不可能な状態になっている。犯人及びその目的も不明だ』
『君達はそのまま訓練を続行したまえ、訓練の完了と共にログアウトは自動実行される。そこまでは影響が及んでいないはずだ』
「なんだと……」(近藤)
「どうしますか?」(北原)
「どうしようもないだろう。ダミー人形を探すぞ」(近藤)
『緊急メッセージは届いたな、急いで訓練を終了させるぞ』(近藤)
『鹿島の引き上げは成功、異様な程痛がっています。痛覚を切るように伝えましたがそちらもロックされて操作不能とのこと』(住之江)
「わかった、誰か先に鹿島を病院に搬送しろ」(近藤)
『了』
…………………………
2003年05月12日 10時00分34秒 都内某病院FDS特別隔離施設
(気持ち悪い……3つの情報が流れ込んでくる。頭が揺れる)(白雪)
白雪にはAIー3体から見た画像情報が同時に流れ込んできている。むりやり3つの画面を見せられているのだ、目が回るような感覚に襲われていた。
…………………………
2003年05月12日 10時02分30秒 吉祥寺駅周辺(FDS)
そこにいたのは幼くも美しい顔をした白い髪の少女だ、服装も白いワンピースを着ている。
この崩壊した都市において、汚れ1つない姿は場違いであるがバーチャルであれば仕方ないともいえる。
少女はもちろん自衛隊の隊員ではない、要救護者でもない、救護者はそもそもダミー人形の形をしている。では目の前にいる彼女は何なのか?
「そこの君」(平沢)
「待て! 侵入者かもしれない」(和泉)
「だが話してみない事にはわからないだろう?」(平沢)
隊員が声を掛けると彼女は無表情だが目はしっかりと平沢を見る。本来なら安易に近づくべきではないが相手は少女で武器となるような物も持っていない。
「大丈夫かい?」(平沢)
少女は何もしゃべらない。
「緊張しているのかな? あなたのお名前なんてーの? なんて」(平沢)
「ターゲットを確認。学習に入る」(白雪)
「へ?」(平沢)
気が付いた時平沢は幼女の胸にうずもれていた。白い髪の幼女は優しく平沢を包み込んでいる。
何とも嫌悪感がした、こんなときに何をやっているのかと。怒りの声を上げながら近づく。
……平沢は相変わらずうずもれている。
……いや、違う、うずもれていた。
……そうではない、顔半分が沈んでいた。まるで池に顔を付けているように波紋を出しながら沈んでいた。
呆然と立ちすくむ和泉の横で平沢は少女に飲み込まれていく。平沢はピクリとも動かない。顔が、頭が、沈みこんでも止まらない。
少女の姿にも変化があった。色が落ちていく、漂白剤かなにかのように白く石膏像のように色が無くなっていく。
『こちら和泉班!! 敵と思われるなにかと遭遇した! 平沢が喰われた!!』(和泉)
『おいっ!? 襲撃か!? 平沢がやられたのか! 正確に報告しろ!!』(近藤)
『白い少女に気を付けろ!!』(和泉)
意味不明な無線の後ろから銃撃音が聞こえる、皆何を言っているのかは分からない。しかし明らかに異常事態であることは理解できた。
…………………………
2003年05月12日 10時07分30秒 都内某病院FDS特別隔離施設
(実験が始まったの? 前と同じ……違う! 同じじゃない! 何!? 嫌だ! やめて! 助けて!)(白雪)
今までの実験では夢が切っ掛けで、忘れていた記憶を思い出したという感覚だった。それに一度同じ思考の白雪AIで嚙み砕いていて白雪の思考に合うように調整されていた。
しかし、今度は違う、記憶、体の情報、まったく噛み砕かれていない他人という個人全てが無理やり流れ込んでくる。
それらは破壊的なノイズとなって白雪の脳を蹂躙していた。
「血圧、脈拍共に上昇! 脳波がかなり乱れています。竜造寺さん鎮静剤投与の許可を!」(紀子)
『…………』
「竜造寺さん応答してください! お願いします!」
…………………………
2003年05月12日 10時12分14秒 吉祥寺駅周辺(FDS)
地獄が始まった、近藤の無線には白い少女に喰われたという報告が届く。
初めは意味が分からない錯乱した報告だった。しかし、その意味はすぐに分かった、近藤達の前にも表れたのだ白い少女が。
そして、既に1人喰われている。意味は分からない、しかし被害が出た以上すぐに判断を下す。
「撃て! 接近を許すな!」
近藤の声にハチキュウの発砲音が響く。撃たれるたびに白い少女は後ずさるがすぐに復活して歩いてくる。
「救護者を発見! 黄色のビルの中」
隊員の声に見ると確かにビルの中にダミー人形が見える、しかし位置が悪い。自分達と人形の直線上に白い少女が立ちふさがっている。
「隊長、行ってください、引き付けます」
「頼んだ、矢島、北原ついてこい」(近藤)
銃撃で引き付けている間に大周りをしてダミー人形に走る。充分な距離を取っていたはずだ、しかし隣を走っていた矢島が転ぶ。その足に白いものが巻き付いていた、それは白い少女と繋がっている。
「髪の毛か! 何でもありかよ!」(近藤)
銃で撃ち切ろうとするが、銃弾が切り裂くそばから復活してきりがない。そのまま巻き付いた髪から矢島の足が白く変色していく。
「行ってください!」(矢島)
「くそっ!」(近藤)
悪あがきとばかりに銃を撃つ矢島を置いてビルに向かって走る。そのままダミー人形を担ぎ赤十字病院に向かって走る。
「援護します!」(北原)
引き付けていた2人もそのまま撤退しようとするが、崩れ落ちる彼らの胸には少女の髪の毛が突き刺さっていた。近藤が助けようとするが、北原に止められる。
「だめです!」(北原)
「くっ! すまん!」(近藤)
…………………………
2003年05月12日 10時12分14秒 吉祥寺駅周辺(FDS)
「救護者発見!」
「少女は?」(和泉)
「見当たりません!」
「くそっ! 何処に隠れた!?」(和泉)
平沢が喰われてから、少女の姿が見えない。急いではいるが慎重にダミー人形に近づく。和泉が人形を担ぎ上げ周りを隊員が円状に囲み移動していく。
水門通りをひたすら病院に向かって走る、住宅街だけあって道も狭く、遮蔽物も多い。囲む隊員の緊張感が高まる。しかし、少女の着ていたワンピースの端すら見えない。
「このまま井の頭公園に向かう」(和泉)
「「「「了」」」」
大通りとの交差点が近い、2人が先行して安全確認を行う。人影一つ見えない、反対側からもクリアの声が聞こえる。だが和泉からの返答がない、振り返るとあったのは白だった。
ビルの2階、階段の影から白い髪が伸びて和泉の顔をくるんでいた。さらに残った隊員にも途中で枝分かれした髪が巻き付いていた。
「ふふぁふふろー!」(和泉)
動けない和泉が何か叫びながら背負っていたダミー人形を投げ落とす。
「「和泉!」」(島袋・沢田)
島袋が人形に向かって走る中、尚も貪欲に少女の髪の毛が島袋に伸びる、しかし沢田が銃で撃ち牽制する。
「行け!」
「すまない、すまない……」(島袋)
…………………………
2003年05月12日 10時03分26秒 吉祥寺駅周辺(FDS)
「急げ!」(住之江)
住之江達が瓦礫を除去している。動けない鹿島を担ぎ上田は離脱しているため残っているのは4人だけだ。いつ襲撃があるかもわからない中、周りを警戒しながら瓦礫をどけるのは至難の業だ。
「接近するものあり!」
報告に全員緊張が走る、瓦礫撤去をしていた隊員も即座に手を止め銃を構える。
「住之江さん!」(須藤)
「須藤!」(住之江)
「状況は?」
「鹿島と上田が抜けた分瓦礫の撤去が進んでいない。手伝ってくれ」
「了」
(清美、明彦……無事でいてくれ……)(須藤)
直ぐに須藤は班員を見張りと撤去に振り分け瓦礫の撤去をはじめる。
清美と明彦の下に駆けつけたいが、隊としての任務が優先だ、さらに自分は班長だ、班の皆の命を預かる立場でもある。自分だけ投げ出すわけにはいかない。
全員が無言の中瓦礫の中から時折『ココデスー』『タスケテー』と若干間抜けな機械音声が聞こえてくる。そこに向けて瓦礫をどけていく……。
時折近くで石が転がる音がするたびに隊員に緊張が走る。
「救護者発見!」(須藤)
「即座に撤退する! 須藤、ダミーを運んでくれ」(住之江)
「了」
幸か不幸か白い少女の襲撃は最後まで無かった。
…………………………
2003年05月12日 10時33分02秒 吉祥寺井の頭公園付近(FDS)
「すまん上田」(鹿島)
「気にするな」(上田)
仮想空間なのに歩けない程の痛みを訴える鹿島を背負いながら上田が急ぎ足で病院を目指して移動していた。井之頭公園に差し掛かったとき銃声が響く。
「銃声!?」(鹿島)
「井の頭公園……木下か?」(上田)
予想通り木下班が木々の間から出てきた。そしてそれを追うように白い少女も出てくる。既に何人か喰われているのか3人しかいない。
「上田!? 急いで逃げて!」(木下清美)
声を掛けたところでどうしようもない。鹿島を放りだして逃げるわけにもいかない。
気をそらそうと銃撃を密にするが、少女は気にした様子もなかった。縦横無尽の髪の毛が何も出来ない上田達を取り囲む、声を上げる暇さえなかった。
そしてすぐに弾切れをおこした1人にも髪が刺さる。
「あなたはダミー人形持って先に病院に! 私が抑えるから!」(清美)
しかし、彼は動かなかった。それどころか背負ってたダミー人形を前方に投げた。
「ちょっと女性にそんな重いもん持たせる気ですかー? あなたが持ちなさいよー、持って病院まで一緒に辿り着きましょう」(清美)
「へへ、すみません無理みたいです……体が動きません」
彼の胸からは白い髪の毛が生えていた、先程一緒に刺されていたようだ。そしてその部分から少女と同じように白く変色していた。
「行ってください、で、須藤に持たせてください」
「馬鹿……」(清美)
清美がダミー人形を背負うためににじり寄る、すぐに髪の毛が飛んで来て慌てて後ろに飛ぶ。しかし一定の範囲まで伸びきると、力が抜けたように落ちて戻っていく。
(髪が伸びる範囲に限界がある? ならなんで近づいてこない?)
見ると少女が座り込んでいる。不思議に思い目を凝らして見ると右足があらぬ方向に曲がっていた。彼女が手をついてこちらににじり寄ろうとする。
すぐに清美はダミー人形を背負って間合いを取る。
(……なんで? 銃弾が当たった? いや、それならもうとっくにどこかしら吹き飛んでいてもおかしくない……)
後ろを振り返る、少女はあいかわらずにじり寄るだけだ。
最初に出会ったときは何処も怪我をしている様子は無かった、では何故? 思い起こされるのは鹿島の右足、そして少女も右足。彼女は鹿島を取り込んだ、だから?
取り込むときに怪我も一緒に取り込まれる? もしそれが心臓や頭なら? だが確かめる事は出来ない。
竜造寺の言葉通りなら接続率が100%の今では自分が死んだら現実はどうなるか分からない。
…………………………
2003年05月12日 11時03分55秒 吉祥寺武蔵野赤十字病院(FDS)
最初に病院へと辿り着いたのは近藤と北原だった。幸いあの後襲撃を受けてはいない。院内に駆けみすぐにクリアリングする。
「どうやら付近にはいないようだな」(近藤)
「はい……」(北原)
付近に敵は居ないとしても雰囲気は暗い、それは近藤も同じだった。そこに無線が入ってくる。
『和泉班、沢田です。病院に到着しました』
「こちらも既に病院に到着している、大丈夫、中は安全だ。和泉は……いや、言わなくていい。きっと仮想空間を先に出て必死こいてる俺達を笑っているかもな」(近藤)
『そうですね。これで無事だったらローキック入れてやりますよ』(沢田)
沢田、島袋が正面から入ってくる。ダミー人形もしっかりと背負っている。とりあえず無事な姿を見て多少なりとも安堵の表情を見せる。
その後清美から連絡があり合流して白い少女の弱点について話している所に、住之江、須藤達が入ってきた。
「ということは住之江達は一回も襲撃されていないんだな?」(近藤)
「はい」(住之江)
「件の化け物は3体しかいないのか?」(近藤)
「もしそうなら、私の所に来た1体は多分動けないから、残り2体ってことね」(清美)
須藤に抱きつきながら清美が言う。
「お前はこんな時まで」(近藤)
「こんな時だからよ。生きて帰れる保証はないんだから」(清美)
「清美……」(須藤)
「言っとくけどこれっぽちも諦めてないですからねー、晃も諦めちゃだめよ!」(清美)
「晃だけに?」(沢田)
きょとんとした須藤、清美に一斉に笑いが漏れる。
「問題はこれからだな、病院に辿りついたのにまだ訓練は終わってない」(住之江)
「これまでの訓練だと救護者をセットする担架があったはずだ。今回も病院のどこかにあるだろう、それを探すしかない」(近藤)
「本当にあるんでしょうか?」(島袋)
「りゅーぞーじは性根は腐ってるけど、そーゆーことをする人間じゃないよ」(清美)
「俺もそう思う、もっとも今回の黒幕であることは確かだ、あからさまに状況が整いすぎてる」(近藤)
「あるとすれば」(住之江)
全員が上を見上げる。
「「「「屋上、ヘリポートか」」」」
なんとなく全員の思惑が一致した、エレベーターは当然のように機能していない。残り15人全員で最上階を目指して移動を開始した。2階、3階と襲撃は無く登っていく。
「くそっ。なんか年間”糞”回数を更新しそうだぜ、これは2人目の彼女に振られたとき以降か」
「ははっ、じゃぁあの白い少女はどうだよ。あれは将来美人になるぜ」
「化け物は論外だ」
4階、5階と昇っていく、周りは不自然なほど静寂に包まれている。正確に再現された院内は、ここが仮想空間であることを忘れてしまいそうな程リアルだ。
「誰もいない病室ほど不気味なもんはねーな」
「やめろよ、来週封鎖病棟見に行くっていうのによ」
「俺同名のAV知ってるぜ」
「おまえ好きだなー」
6階の中頃。それは突然始まった、通過した廊下が不意に盛り上がったのだ。全員が驚く中、なすすべなく最後尾の2人が飲まれる。
「擬態!?」(清美)
「馬鹿な!」(住之江)
「走れ! とにかく走れ!」(近藤)
しかし、回り込むように既に居たのだろう、前方の天井から髪の毛が突き出て、哀れにも逃げ遅れた2人を串刺しにした。
「走れーーー!」(近藤)
命令も何も無い、生存を掛けた全力疾走が始まる。
…………………………
2003年05月12日 12時01分55秒 吉祥寺武蔵野赤十字病院屋上(FDS)
出来ることなら助けたい、だが何も出来ない。走れとしか言えない自分を悔いる事しか出来なかった。
さらに1人、2人と犠牲にしながら、先頭を走る近藤がハチキュウを発砲しドアノブごと鍵を破壊しそのまま体当たりして強引に扉を抜ける。
ヘリポートへと逃れたのは8人だけ、しかし、ヘリポートで待っていたのは静寂だった。
「ばかな……」(近藤)
「な、なんで……」(清美)
諦め切れずに周りを探すが何もない……。隊員全部が頭を抱えるが、しかし、少女はそれを許してくれなかった。
ゆっくりと少女のような物が登ってくる。色々と崩れ、もはや白いスライムのようなものが登ってくる。
彼女ももう逃げ場がないことは確信しているのかゆっくりと追い詰めるように進んでくる。
しかし、違和感がある、本当に苦しんでいるように見えた。辛うじて少女だった輪郭しか見えないがその顔が苦悶に満ちている。
それでもにじり寄ってくるが、それは自分の意志というより無理やり動かされている。そんな印象を受ける。
その時住之江の目にあるものが飛び込んだ。
「避難ハシゴだ! とにかく逃げるぞ!」(住之江)
逆にその声に反応して少女が大きくゆらぎ、もはや触手にしか見えない髪の毛が起き上がる。
なりふり構わず、屋上から要救護者だったダミー人形を下へと落下させ、殿を近藤、清美、須藤にまかせ、沢田は緊急ハシゴを蹴って乱暴に落とす。
「ちくしょう! なんで滑り台じゃねーんだよ!」(沢田)
「知るか! データが古いんだろ! 文句言ってねーでさっさと下りろ!」(北原)
「先に降りているぞ! すぐに来い!」(住之江)
最初に住之江が降り安全を確認する、続いて沢田、北原、島袋の順でハシゴ降りていく。4人の姿が消え、撤退に動こうとしたとき一本の触手が弾幕を潜り抜け清美に伸びる。
「清美ーー!」(須藤)
清美を須藤が身を挺して庇ったが、衝撃もなにもない。
「……ぅ?」(須藤)
須藤が見たもの、それは触手に貫かれながらも触手を掴む近藤の姿だった。
「俺はもう駄目だ……せめて奴を巻き添えにしたい、晃……撃て、撃ってくれ」(近藤)
「明彦……そんな……そんな……」(須藤)
須藤が首を振る。撃てるわけがない。
「どいて! 私がやる! 昭彦! ごめん!」(清美)
「明彦!」(須藤)
銃声が響き、近藤の胸にいくつもの穴が開いていく。表現の限界なのか血は出なかった。
しかし、同時にそれを取り込んでいた白い少女、もはやほぼ原形を留めていなかったが、それが胸と思わしき部分を押さえてもがき苦しむ。
少女とは思えない表情で声とは呼べない叫びを上げ、化け物は床を転がり回ると溶けるようにその動きを止めた。
「……行こう、晃」(清美)
「…………ああ」(須藤)
敬礼をする2人に涙はない。仮想空間のためだ、だが2人には涙の感触がしっかりとあった。降りてきた2人を見て住之江達は何も言葉を発することが出来なかった。
「それでどうします? 院内は何もなかったですよね」(清美)
「ああ、登っている間に確認しただろう?」(沢田)
「……もう無いんじゃ……?」(島袋)
「……いや、まだある、地下だ」(住之江)
全員が住之江を見る。
「地元だと言ったろう、女房がここの病院でな……」(住之江)
…………………………
2003年05月12日 12時10分09秒 吉祥寺武蔵野赤十字病院1F(FDS)
「りゅうぞーじーーー! ゴールが霊安室とかシャレになってねーぞ!! ぜってーあの女ただじゃおかねー!!!」(清美)
住之江を先頭に再び病院に突入し、地下を目指してひた走る。近藤の犠牲で倒せたのは1体だけだ。
足の折れた1体が別の移動方法を確立して移動してくる可能性も捨てきれないが、病院で襲ってきたのは2体だった。ということは残り1体がまだいるはずだ。
そしてその予想は当たる、地下への階段の手前で道を塞ぐように天井から白い塊が落ちてきた。
「させん!」(住之江)
「住之江さん!」(北原)
住之江が体当たりし少女を巻き添えに階段を転がり落ちる。
「わしに構わず先へ行け!」(住之江)
半分以上少女に飲み込まれながらも住之江の言葉に全員敬礼しながら走り霊安室に入る、果たしてそこには矢印が浮いている担架が4つあった。
こういうところは仮想現実らしいだが、そんなことに関心している時間はない。全てのダミー人形を置くと場に似合わないポップな音と共にミッションコンプリートと空中に文字が浮き上がる。
しかし、その後に入る電子音は絶望そのものだった。
『ミッションコンプリート。30秒後ニ、ログアウトシマス』
……住之江を飲み込んだ化け物は既に目に見える位置にいる……。
「扉だ! 扉を閉めろ!」(島袋)
その言葉に反応して扉を全員で閉じる。部屋を静寂が包んだ。
「助かったのか……?」(北原)
「……………………」
静寂が答えとなろうとしたときに清美が声を発する。
「……ごめん、ダメみたい」(清美)
清美はゆっくりと立ち上がり、しめたはずのドアノブに手を掛ける、
「なにをする!」(沢田)
「狂ったのか!」(島袋)
「やめろ!」(北原)
須藤が呆然とする中、皆が違和感に気付く、清美の右手以外が白くなっていく。扉の隙間から一本の触手が伸びていた。
「……清美……嘘だろ」(須藤)
ドアノブが左手で回され、扉が開いていく。隙間から粘体が侵入してくる。
「大丈夫、責任は取るよ」(清美)
彼女は辛うじて動く腕で、拳銃を自身の頭に当てる。
「やめろ……やめろ……」(須藤)
須藤がやめさせようと近寄るが白雪の髪が近づくことを許さない。
「ばいばーい」
別れにはあまりに軽い言葉。
「清美ーーーーーーー!!」
荒い息と大量の汗と共に起き上がるとそこは寮の自室だった。大声を出したのに七森はまだ寝ている。
あの後、一抹の期待を胸に現実空間に戻ったが、隊員の誰一人意識が戻ることはなかった。植物状態のまま脳死と判断され、死亡扱いとなった。
(自分は生きている意味はあるのでしょうか……? 明彦も清美も守れなかった。自分はどうすればいいのでしょうか?)
…………………………
2003年05月12日 12時14分33秒 都内某病院FDS特別隔離施設
「脳波……停止…………」(紀子)
紀子は崩れ落ちる、白雪とはFDSと直接接続する前からの付き合いだ、実験体として接続されてからも画面を通して話し相手となってきた。
どうしようもなかった、ただモニターを見ることしか出来ない自分が恨めしい。
何も出来なかった自分を悔いる中、ピッピッと規則的な音が聞こえてくる。
「う、嘘……脳波正常……なんで?」
白雪AI同士は直接繋がってはいない。全てメインである白雪を介して繋がっている。白雪は確かに負荷に耐えられずに死んだ。
だが、脳死したといっても脳が物理的に破壊されたわけでは無い
そして、白雪AIは白雪にデータを入力するために存在するのであって白雪自信が死亡してしまうと困る。
幸いにして白雪はFDSと直結している。生き残ったAIの1つが白雪の脳を介して他の2機を復活させ、さらに3機で元々の白雪の人格に吸収した隊員の人格を組み合わせて、白雪自信を復活させた。さながらスワンプマンのように。
…………………………
2022年04月07日 07時35分40秒 F組寮食堂
「さて、それじゃぁ学校に行くかね」(白雪)
元の黒フードに戻った白雪が、今度はガスマスクを被る。
「学校まで被って行くのかよ……」(加藤)
「黒フードから変えるのになんの意味が……」(黒田)
「素顔出さないの? せっかく綺麗なのに」(五十嵐)
「嫌だ! そんなお願いは聞けないね」(白雪)
「そこまで全力で断わるほどっすか」(陽子)
2003年??月??日 ??時??分??秒 ???
「さて、そろそろ私の役割も終了だ。竜造寺玲子は死体として残ってもらわなければな」
そんな独り言に反応するように音もなく扉が開く、入ってきたのは中学生にも見える背丈の女性。
「やぁ、いらっしゃい」
「おぬしが竜造寺玲子かの?」
「ああ、私が竜造寺玲子だ。君は殺し屋だね?」
「随分と落ち着いておるの、手紙を送った覚えはないのだが」
「虫が知らせてくれたのさ」
「何か言い残すことがあれば聞くが、どうする?」
「もし将来暇になったら、FDSのゲームをやるといい。きっと君も楽しめるはずだ」
「大体恨み言なんじゃが、変わった奴じゃの」
銃声が夜の闇へと消えていった。
前代未聞の事故は世界中のメディアを大いに騒がせた。政府はこれを受け、内閣総辞職及び、陸上幕僚長の辞任によって表向きは幕を閉じた。
しかし、竜造寺玲子の名が表舞台に出ることはなかった……




