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それは始まりの物語


 ――全ては、あの電車に乗ったときから、始まった。



 いつもの、変わり映えのしない朝だ。

 鳴り響く目覚ましを止めて、眠たい目を擦る。

「あっ」

 違和感に気付き、ベッドの近くにあった鏡を覗き込んだ。

「まだ治ってない……」

 左目がまだ腫れていた。数日前から、ものもらいで治療中ではあるのだが。

 がっかりした気持ちで、制服に着替えて、階下へと向かう。


「あら、唯の目、まだ腫れてるのね。これつけて行きなさい」

 ご飯を食べ終わった後、母は白い眼帯を私につけてくれた。

「これ、見づらくなるんだよね……」

「いいから、つけていきなさい。治るの遅くなるわよ」

 ……怒られた。しかたないなぁと、面倒くさそうに言われたとおりに眼帯をつけて。

 母から今日のお弁当を受け取り、家を出る。

 ああ、朝から憂鬱だ。

 空はこんなにも、澄んだ青空だって言うのに。

 ……そういえば、確か今日は、私の好きなアーティストのCDが発売される日じゃなかったっけ?

 ちょっとだけ、気持ちが上向きになった、そのとき。

「……さん」

 遠くで声がする。

「宮村さん」

 あれ、誰だっけ? 聞いたことのある若い声。

 けれど、私はまだ機嫌が良くなったわけではないし、急がないと電車にも遅れる。

 制服を着た少年の影を見たような気がするが、それを無視して、私はそのまま、無言で駅へと歩いて行った。


 いつものように、颯爽と自分の定期券を改札の機械に通す。

 するりと出てきた券を、いつものように慣れた手つきで定期入れにしまい込みながら、改札を抜けて。

 丁度、到着した電車に乗り込んだ。

「ちょっと! それ、今、ここでする話ー!?」

「声が大きいだろ! そうじゃなくてだな……」

 奥の方で何やら言い争っている男女が見える。女性は長い髪を金色に染め、化粧も少し濃いように見える。だが、目がちょっとつり目で、きりっと凜々しく感じる。

 一方、口答えする男性はというと、同じく髪を金色に染め、ラフな服装をしており、いわゆるチャラ男を絵にしたような男だった。


「まあまあ、そない目くじら立てんと、目からくじらが潮吹くでー」

 側に座ってた、気さくなおっちゃんが男女に声をかける。

 目元で手をひらひら揺らしながら。もしかして、あれ、くじらの潮吹きを手で表現しているんだろうか?

 ちょっと頭の寂しいおっちゃんがやると、更に哀愁がいっぱいな気がする。

 けれど、チャラ男とつり目の女は、おっちゃんを一瞥するも、無視したかのようにまた話し始めた。

「あっちゃー、またあかんかったかー。せやけど、これでもようやってるんやで……ふう」

 おっちゃんは、ため息交じりに呟くと、その瞼を閉じた。どうやら、寝るつもりのようだ。

 頑張れ、私はそのギャグ、なかなかのもんだと思うよ。楽しかったし、ひらひら。


 カタカタ。

 奇妙な物音に、はっと顔を上げる。電車の揺れとは違うし、その割には小刻みに音が鳴ってて……。

 視線を下に移すと、そこには、縮こまって震える……眼鏡のお姉さん!?

「こここ、こんなの、無理無理無理無理無理……適役、違う違う違う違う、あ、あたしは……ただ……」

 この眼鏡のお姉さんが、ガタガタ震えてるから、カタカタなってたってこと!?

 しかもぴしっとした……えっと、制服っぽい? ううん、スーツ? やけに付いてる装飾が豪華なのは気のせい? ついでに言うと、首元に光る勲章っぽいのも、やけに豪華。んんん!?

 ともかくこれは……関わっちゃいけない部類の人だ。たぶん。


 その隣で、これまた同じように暗い表情で、ため息を零すスーツ姿の青年が見える。

 ぱっと見、爽やか好青年な気がするけど、暗い表情で俯いているから、そんな風には見えないなぁ。

 あ、こっちはごく普通のスーツ。これからたぶん、仕事なんじゃないかなと思う。

「ああ、また、落とされちゃうのかな……」

 とまた、ため息を零している。

 なにが落とされるんだろ? よくわからないけど、こっちも触っちゃ行けない気がする。

 うん、触らぬ神になんとやら、だ。

 

 通路のつり革を掴んで立っている、もう一人の男が目に入った。

 トレンチコートに帽子を被った、中肉中背な感じ。

 コートであんまり見えないけど、身のこなしをから察するに、高級そうなスーツを華麗に着こなしてるような、そんな人。

 ただ……ちょっと気になるのは。

 何故か、小粋なサングラスをつけてるんだよね。

 サングラスって言うと、ちょっと怖いんだよね。良いイメージはあんまりない。

 ヤクザとかだったりして? ……こっわー。

 と思ったら、急に帽子を上げてきて、私の方へと視線を向けてきた!?

 危ない危ない。他の方向を見ることで、なんとか視線を躱して。


 また別の……怪しい人にぶつかった。いや、私の視線が当たった。

「……あら、アタシに何かご用かしら?」

 ここに似つかわしい人がいた。地味な女物の和服を着た……明らかに男性だ。

 一応、化粧もしてるし、悪い人では無いと思うが。

「い、いえ、なんでもない……です」

 これまた関わっちゃ行けない人、その3だろう。

 私がそういうと、彼? というか、彼女? というか、その方は微笑んで(?)、窓を見つめていた。


 突然、車内に泣き叫ぶ声が響いた。

 赤ちゃんだ。あ、ちょっと可愛い。元気な男の子みたいだ。

 目が大きくて、ほっぺが薄紅色。可愛い。

 と、赤ちゃんを抱っこひもで背負っていたお母さんが、慌ててなだめるも泣き止まず。

 お母さんは少し若い雰囲気。20代? けど、ちょっとお疲れモード入ってる感じがする。

 まあ、あれだけ赤ちゃんが泣いてたら、疲れるよね。

 そう思っていたら。

「べろべろばー!!」

 側にいた他校の高校男子が、赤ちゃんをあやして、なんとか鳴き声が収まった。

 あれ? 確かあの制服、結構レベル高い学校のじゃ無かったっけ?

「ありがとね! うちの弟、にこにこしてる!」

 お母さんの隣にいた、小学生くらいのお姉ちゃんが高校生にそう、お礼を述べていた。

 高めのポニーテールが彼女の元気さを表しているように見える。

 ということは、あの若いお母さん、二人のお母さんってこと?

「困ったときはお互い様だよ。俺も弟とかいたから」

 そう言って照れた様子で頭を掻く高校生に、お母さんも笑顔で頭を下げる。

「本当に助かりました。ありがとうございます」


 そんな暖かい光景を眺めていると、目の前の席に座っているおばさまから。

「よかったねぇ」

 微笑みながら、話しかけられた。

「え、ええ」

 突然声をかけられて、ドギマギさせながらも、頷いてみせる。

「あのくらいの小さい子を育てるのは、本当に大変なのよ。あ、これどうぞ」

 渡されたのは、個包装された市販のお菓子。クリームがたっぷりかかってる、クッキー……みたいだ。

「あ、その……ありがとう、ございます……」

 こういうの押しつけがましくて好きじゃ無いんだけど、笑顔のおばさんを見てると、無下にはできない。

 しかたなく、受け取り、すぐに口の中に頬張る。

 そうしないと、学校で取られたりするし、その前に食べるのがいい。


 と、そのときだった。

「うわああああああああああ!! も、もう、こんなの、無理だぁーーーーーー!!!」

 という叫び声が先頭車両の方から聞こえた。

 もしかして、車掌さんの声……!?


 とたんに、激しい衝撃が私達を襲い。

 少し浮いて、目が回るような感覚。

 暗転。

 いや、閃光!?


「きゃあああああああ!!」


 光に包まれた私は思わず目を瞑って。



 ……目が覚めたら、そこはいつもの、私の部屋だった。

 いつもと同じように、目覚まし時計が鳴り響く。

 ぽちっと止めて、首を傾げる。

「さっきのは……夢?」

 背中に汗がべったりだ。けれど、もう起きて行かなくてはならない。

 仕方なく、濡れたタオルで拭って、鏡を見た。

「ああ、まだ腫れてる」

 ……あれ? 気のせいだろうか?

「早く……着替えないと」


 階下に降りて、お母さんから眼帯をもらって、外へ。

 また、誰かに話しかけられたけれど、今は着替えに手間取ったから、急がないと間に合わない。

 一気に走って、駅へと向かった。


「はあ、はあ……」

 電車に駆け込み、顔を上げた。

「…………え?」

 そこは……先ほど夢で見た景色。

 先ほどと、同じ風景。

 言い争いする男女に、怪しい人々。そして、優しい人も。

「どういう……こと?」

 

 デ・ジャヴ!?


 これって、どういうこと!?

 だって、私、さっきまで寝てて…………本当に寝てた?

 それとも……。


 困惑する私をそのままに、電車は動き出す。

 さっきと同じ映像そのままに再現されていく。


 ドクドクと心臓が早まり出す。

 確かこの先、もし、あの夢が本物だとしたら……。

 つり革を掴む手が、じわりと汗ばんでいるのに、気付いた。


かざコンに出した作品の連載版です。

ちまちまと細かいところを修正しています。

よかったら、どこが変わってるか見比べると面白いかもしれませんね。

執筆ペースはゆっくりめです。

お楽しみ下さいませw

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