1-13-4-26 masquerade Something Blue(サムシング・ブルー)
革命論者気取りの者達は、世間一般に違法な行動であっても、政府の誤った行動を正し、矯正するための行動は違法ではないと異口同音の戯言を吐く。
何故こうも独善的且つ、利己的な思考回路なのだろう。彼等の様な犯罪者を見て、何時も思う。そんな事を考えるだけ、時間の無駄なのかもしれない。
犯罪者と同じような性向であっても、犯罪者に堕ちなかった人も多い。だから犯罪者となった原因等は考えるだけ無駄、誰かがそんな事を言っていたっけ。
本音を言えば、馬鹿の相手をするのが面倒でやりたくない。私の様な除隊準備中の者にやらせるな。正規兵が突入して片づければ良いのにと思う。けれど、大人の事情がそれを許してくれない。
正規兵が突入すると、狼狽したテロリストが人質を殺す可能性が大きくなる。それでは元も子もない。本部は、ひとりでも人質が殺されては駄目だと言う。
人の苦労を全く考えていない、高尚且つ、有難迷惑な御命令に応えるために、ホテル内部に不運にも居合わせた私達が、えっちらおっちらと1階から5階までテロリスト達を倒しながら上らないといけない。
似たような事を幾度となく行ってきた私ならば、テロリスト達を倒しながら上るのは簡単だろうと思われては困る。テロリスト達のご要望で、私達が闘う姿は、ホテル内の監視カメラを通して世界中にリアルタイムで配信される。
テロリスト達は言う。我々は配信を活用しない。貴様ら悪逆非道な政府と異なり、正義の使途である我々は卑怯行いはしない、正々堂々と闘うと言う。だからお前達政府の狗も使うなと言う。
私はテロリスト達の言う事を、ひと欠片も信じていない。テロリスト達はリアルタイム配信を活用して、此方の一挙手一投足を把握するだろう。ただでさえ二桁の敵に対して、此方は三浦中尉と私だけ。そして相手に行動が筒抜けになっている私達が、勝てる訳がない。冷静に考えれば分かる。映画やドラマじゃないんだから、幸運に恵まれたとしても、どちらかは確実に死ぬ。
とりあえずは、この部屋から出る寸前に三浦中尉の足に一発撃ち込んで、身動き取れない様にしないといけないかな。三浦中尉の妹さん達には、トラウマ物の光景を見せつけるので悪いとは思うけど、それが最適解。未来がある三浦中尉は置いていく。テロリスト達を排除した後、時を置かず私は狂うだろう。そして処分される。だから、死ぬのは、未来の無い私だけで十分。
今頃は、古巣の第9課は報復対象を見極め様としているんだろうな。見極めたら張り付いて、仮に人質が殺されれば、即時に報復する体制になってるだろう。私が戦死したら、本部が止めたとしても、何時か必ず報復してくれるだろう。仇を取ってもらえるだけでも十分かな。
哀しくないと言えば、嘘になる。死ぬのが怖くない訳じゃない。彼を置いていきたくない。彼と幸せな未来を共に歩きたかった。でも叶わない未来を思い続けるのは無駄でしかない。現実は厳しい。それが世の理。
せめて、みっともない姿だけは見せない様にしよう。ああ、そうだこの部屋から出る時は、彼や、三浦中尉と妹さん達が出られない様にロックしないと。
行くにあたっては準備をしないといけない。世の中の人が誤解している事がある。調整体は、一般人より強いかもしれないけれど無敵じゃない。
私が調整体であり、普通人ではないのは動かし様のない事実。とは言え、調整体の中でも最弱のタイプ。人より治癒とか、反応速度が何倍も速く、若干目が良いだけ。それ以外は、普通人と変わらない。
長い経験で痛みを我慢する事を憶えたけれども、撃たれたり、刺されたりすれば、当たり前の様に痛いし、当たり所が悪ければ死ぬ。だから此処の備品の戦闘服を着用する。簡易ボディーアーマーは、自殺願望が在る訳じゃないので着用する。
本来なら更に情報入手や連携のために、前面投影型のフェイスガードを被るのだけど、テロリスト達から着用を拒否されたので被れない。
自分達はリアルタイム配信で私達の行動を把握するのに、此方の情報連携は妨害する。やっぱり、屑は屑ね。
フェイスガードが無いと、全世界に自分の顔を晒す事になる。それは困るので、ストールを顔に巻いて鼻から下を隠す事にした。三浦中尉は、幅広の包帯を顔に巻いている。何だか、私達の方が危ない人間に見えて少し可笑しい。
三浦中尉はどうかとして、私の顔は世間様にある程度ばれている。ストールで顔を隠したといえ、ネットワーク上での集団解析に掛かれば、小一時間程で冷酷非道の女性兵士が私だと判明するんだろうな。
私のこれからの行動を理由にして、彼は世間様や、ファンの人達から非難されるだろうな。彼が私の元から去って行くであろう未来よりも、彼が非難を浴びると思う方が辛い。私の本当の姿を見られるより辛い。
けれどそんな事を思っても現実からは逃げられない。考えても無駄な事を、くどくどと考え続けても仕方ない。私は、今ここで私が出来る事をやり、やるべき事を行うだけ。その結果、何かを失ったとしても、それが私の運命。何も失いたくはないけれど、世の中そんなに都合の良いものじゃない。そんな事は知りすぎる程に知っている。悔しいけれど、それが現実。
過去からは逃げられない。逃げたと思っても過去は追いかけてくる。逃げ切ったと思っても、誰かが見たくない過去を連れてやってくる。本当に嫌になる。嗚呼、零したくないのに溜息が零れ出る。
「監視システムへの介入準備完了」
闘いは、相手を騙し、陥れ、出し抜いた者が勝つ。卑怯と言われようが、勝たなければ意味がない。負けてしまえば、それで終わり。相手より少し狡猾で卑怯な者が勝つ、それが世の常。
私達もテロリスト達も双方共に卑怯者だが、私達の方が少し狡猾だった。いや、単純にテロリスト達が馬鹿だけなのかもしれない。
テロリスト達は、監視カメラ映像をリアルタイムで得ていたが、ホテル内の監視カメラだけから得ていた。それもホテルの監視システム経由で。そして、信じられない事にテロリスト達は、私達もホテルのシステムに入れる可能性を全く考慮していなかった。
余りにテロリスト達の映像ラインに容易く介入出来たので、罠ではないかと疑い、確認に無駄な時間を浪費してしまった。それ程までに、テロリスト達は何も考えずにホテルのシステムをただ利用していた。
システムに入れたのであれば、監視カメラシステムを遮断してしまえば良いと思われるかもしれない、遮断は出来ない。そんな事をしてしまえば、狼狽したテロリスト達が人質を殺す危険性が増すだけ。
そこで私達はカメラの映像の時間をずらす事にした。戦闘開始時から徐々に配信を遅らせていき、30分程経過する頃にはリアルタイムとの間に数分の遅延が生じる様に介入した。これで、少しは勝てるかもしれないし、三浦中尉に一発撃ちこまなくて済むかもしれない。
「できれば、目を閉じ、耳を塞いでいろ」
三浦中尉が妹さん達に、壁一面の監視モニタ画面を見る必要がないと言っている。うん、それは大事な助言だと思う。問題は、世界中のお茶の間に対して、その助言を行う人が居ないという事。
後もう少しすれば、世のお子様を持つ親御さん達が確実に卒倒するであろう、R指定映画も真っ青、血飛沫飛び散る阿鼻叫喚のバイオレンスアクションが世界中にモザイク無しでリアルタイム配信される。
主人公は、自称正義の使途のテロリスト達と、冷酷無常の謎の男女。デッドオアアライブ、敗者には鉛玉を、勝者には非難の石礫を。
「本当に……嫌になる」
何が彼等をして、そこまで私達に勝利出来ると信じているのか分からないけれど、私達が勝とうが負けようが、彼等テロリストvsARISの姿を世界中に配信すれば、最終的には人質は誰も殺害されず、無傷で解放されるのだから文句は言わない。まぁ、あんなテロリスト達に殺られる気は毛頭無いし、あんな奴等は、ひとり残らず殺すつもりだから、問題ないけど。
そこまで考えた時、自分が元に戻っていくのに気づいた。このホテルで戦死するのだろうと諦めていた自分は何処かに消え去り。あれだけ戻りたくなくて眼を逸らしていた昔の自分に戻っていくのに気づいた。
因果応報、自業自得、予定調和、当然の帰結、今の状態を言い表すにはどの言葉が相応しいんだろう。ほんの少し前までの怯えていた私は何処かに消え去り、殺戮機械に戻った私が此処に居る。
訓練の賜物?血肉に沁み込んだ経験値?これが終われば、彼は私の元を去り、そして私は狂い、そして昔の仲間達に始末される側になるんだろう。
私が何をしたというのだろう。普通に生きたいだけなのに……いや違う、そう思うこと自体が思い上がりも甚だしいよね。もう……どうでも良いや。私は為すべき事を為すだけ。どうせその道しかないのだから、その道を歩くしかない。
「お姉ちゃんが必ず助けるから」
何でこうも、世の中は上手くいかないんだろう。出発前に監視カメラで各階のテロリスト達と人質の状況を確認していた。歩き回るテロリスト達と、うつ伏せで後頭部に両手を置いている人質達。今のところパニックになっている人質は居ない。そんな風に監視カメラで確認しながら、最後の5階で二人並んでうつ伏せになっている女性達が居た。
妙に気になって、認識システムで再確認してみれば、私達の要員でそれも医官。そして映し出された情報は会う事が叶わぬ妹達の情報が表示されていた。何故貴女達が此処に居るの、ねぇ。
ああ……死ねない。5階に行くまで死ねない。5階からあの娘達を逃がすまでは死ねない。殺してやる、ひとり残らず殺してやる。あの娘達を人質にしたテロリスト達は、ひとり残らず生きて帰さない。命乞いをしても殺してやる。
ああ……駄目、駄目、駄目、駄目!昔に戻ったら駄目!昔の私に戻らずにあの娘達を助けて、死神に戻らずに彼を助けないと。
ああ……駄目。死神に戻らないとあの娘達も、彼も助けられない。嫌だ、死神に戻りたくない。あんな世界に戻りたくない。闇の世界に帰りたくない。光の世界で生きたい。でも、助けるためには、死神に戻らないといけない。
狂いそう。もう何もかもを滅茶苦茶にしてやりたい。目に映る人達を誰も彼も殺してやりたい。平和に何も考えず生きている人達を殺してやりたい。お前達の平和は、私達の様な死神が守ってきたんだぞと、現実を突きつけてやりたい。私だって!こんな無責任で、冷酷無常の私だって幸せになりたい!
ああ……駄目、まだ狂っては駄目。あなたの薬指に何が見える?彼がくれた蒼い指輪が見えるよね。だから駄目、まだ狂っては駄目。妹達と彼が安全になるまで狂っては駄目。




