1-13-4-8 masquerade give-and-take
法治は全ての基準になる。だから犯人は法に則り裁かられなければならない。犯人は精神的外傷があるので責任能力が無いから云々(うんぬん)と犯人側弁護士が説明をはじめた記者会見には、怒りで頭が沸騰した。
組織が必ず復讐すると仲間達が言ってくれたから、私は我慢した。そして、組織は私を裏切らず、私は我慢した結果を得た。あの屑は、性別変換と不妊処理がされた上で、入れば二度と出られぬ監獄惑星に送致された。
性別変換が加算された理由は、あの屑は強姦事件を起こしていた。示談に終わったがからノーカウント?そんなのは組織には知った事ではない。だから性別を変換した上で監獄惑星送りとなった。
自分が欲望の捌け口にしていた対象となって、せいぜい怯えながら暮らすがいい。散々に弄ばれ、死ぬよりも辛い地獄の日々を味わうが良い。
復讐で、何も解決しないと言うのは、綺麗ごとだと思う。確かに復讐で恨みは消えない。けれども私は復讐で気持ちが少し軽くなった。私にはそれだけで十分。
お金は人を変える。棚から牡丹餅でお金が得られるかもしれないとなったら、醜い程に人は変わる。どんな厚顔無恥にでもなれる。
家族を殺した犯人は、親族の集まりで聞いた噂を信じて凶行に及んだ。親族達を殺人教唆に問えるかと思ったが、直接指示をした物的証拠も無く、酒宴の噂話を本気にされるとは思わなかったと言われれば、それ以上は問い詰められない。
共犯者であるとの疑いは晴れていないというに、あたかも善人者面をして、でも、欲望を隠そうとせずに弔問に訪れる彼等を当時は理解出来なかった。
今なら分かる。彼等は屑なだけ。考えるだけ無駄。
「大金ではなくても、遺産相続時の醜い争いというのは珍しい事ではないんです。そういうのは良くあります。でも沙羅さん、全部の人がそうではありません。間違えては駄目です」
本当にしつこかった。20代前半の私では小学生の妹達を育てあげるのは無理だから、養育権を譲れだの。会社の資産管理を叔父さんや叔母さん達が代行してあげるから、白紙委任状を寄こせだの。他人でしかない弁護士事務所より、親族の自分達の方が信用できるから遺産関係の書類や実印を全て預かってあげるだの。挙句には、遺言状や信用状の偽造までして私達から遺産を掠め取ろうとしてきた。
確かに普通なら、悲しみに暮れる20代前半と小学生の小娘達なんて、赤子の手をひねるより簡単に騙せただろう。でも亡くなった家族達は、これを全て想定していた。そして対処方法も私に何度も何度も教え込んでいた。
父が委託していた弁護士の高橋先生が、何かに理由をつけて我家に来なければ、私はもっと壊れていたかもしれない。
「亡くなられた御家族から、過分とも言える委託料を前払いで頂いていますから、お仕事です。沙羅さんが気にする事はありません」
高橋先生は仕事だからと、度々来てくれた。どんな愚痴も聞いてくれたし、相談にも乗ってくれた。新婚の同じ弁護士の奥さんも、仕事じゃないのに、夫の仕事は私の仕事と同じだと訳の分からない理由を付けて助けれくれた。妹達の事で、相談に乗ってくれた。
血縁でも何でもない人達が親切だったのに、私の血縁は屑ばかり。私の防御が固いと見ると、あいつ等は妹達を狙った。
妹達に、私が妹達の世話で手一杯になっていて、妹達が私の人生の邪魔をしている。だから叔父さん、叔母さん達と済むのが良いことだと吹き込んだ。
妹達に涙目でその事を問われた時、泣き出してしまった妹達を宥めるのに必死で、怒りを覚えている暇も無かったのが事実かもしれないけれど、余りの怒りにひどく冷静になった私は、速やかにあいつ等を排除する事を決意した。
「これはやり過ぎです!やり過ぎですよ沙羅さん!」
高橋先生と奥さんには返しきれない恩がある。父が前払いした以上の、それどころか関係のない事まで助けてくれた。この恩を返さなければ、先に逝ってしまった家族に顔向けが出来ない。
私は滑り込みではあるけれど、桜マークの初期ARIS。保安省要員。少しばかり無理が効く。我々の親族等以外の一般向け乗船の第1陣に入れる様に手配した。
今では笑い話かもしれないけれど、当時の私達はそれこそ必死だった。人型VOAの存在の可能性、列強種族からの絶え間ない圧力。広大な銀河に如何に人類を播種し、生き延びさせるかしか考えてなかった。
だから普通の移民船より何万倍も設備の整った母船への乗船許可は、垂涎の的。この第1陣の乗船と言うのは、恩返しとして最適だった。
選から漏れた者達の意向を汲んだ報道各社による我々への批判はもの凄かった。
『何故、定年間近の一般社員は許可され、経営層の私は却下なのか理解に苦しむ』
『役職のない年上の人は許可されて、私みたいに年下なのに役職がある優秀な人間に許可が出ないのか理解できません。恣意的な選抜がされていると思います』
「この様に街の声も今回の選抜には批判の声が多く、指導層のない船団が出来上がる事は、非常に不安を覚えます。選抜の再考が必要なのではないかと感じます」
政治家、公務員の一部、そして企業経営、管理職層、自分達こそが優先されると自信満々だった彼等が憮然としたさまになっているのは滑稽だった。
彼等の層の中にも許可された者達は居た。それが余計に癪に障ったのか、第1陣乗船者決定が広報されて暫くすると、報道各社総出で非難の大合唱が起きた。
決して覆る事のない決定を非難すればする程、自分達が惨めになるだけというのに、それが理解出来ない彼等は滑稽を通り越して、哀れにしか見えなかった。
「いやぁ、沙羅ちゃん、ありがとうね。叔父さんや叔母さん達の事を嫌ってなかったんだねぇ」
「乗船許可をこんなに早く貰ってくれるなんて、流石!私の姪っ子ね」
「来週には乗船するから、ここでは会えないけど。船に行ったら、そっちの船にも遊びに行くからよろしくな」
一般人の乗船許可に恣意的なものが無いとは言わない。船が欲しいのは、年齢関係なく実務能力や、調整能力の有る人であって、人に実務を無視した指示、指導という名前のパワハラ、モラハラをするのが楽しみという者、試験やプレゼンだけが巧い自分は優秀だと信じている者、自分達の利益の為には他人の不幸なんて関係ないと考える人達は不要だもの。
確かに船は信じられない程に大きい。でもね、寄生虫を養える程には広くない。
寄生虫ではない、我々の親族、我々が恩返しをしなければならないと思う人達。そんな人達にしか乗船許可は出ない。
だから乗船許可というのは、人を騙すのには最適な方法。本当にあいつ等は馬鹿だ。信じられない程に馬鹿。私が貴方達への恨みを忘れる訳がないじゃない。
「母船に乗船するのは大変なんだなぁ」
貴方達は、何時違和感に気付くかな?旅客艇に乗った時に、周囲が外国語の会話をしている時に気付くのかな?まぁ、単純に喜んでいる貴方達は、移民星に到着するまで気付かないでしょうね。
貴方達は母船に到着しても、母船内に係留はされない。母船外に係留される。連絡車輛が旅客艇に直付けされるが、その連絡車輛は母船内に入らず、船体外殻を走る。連絡車輛の窓から見える宇宙空間に輝く星と巨大な船の一部は本当に綺麗だから、貴方達は期待に胸を膨らませ、そして凄く感動するでしょうね。
暫くすると、輝く居住棟が立ち並ぶ都市区画が見えて来る。清潔で、何ひとつ不自由のない生活を夢見て、貴方達の胸は希望ではち切れんばかりになる。でも残念、綺麗な風景も此処まで。貴方達の連絡車輛は都市区画を通り過ぎて、工業プラント区画の様な場所に入っていく。
入ってみれば、そこは白で統一された検疫区画。連絡車輛から追い立てられる様に降ろされると、流れ作業の様に検疫ブースに連れていかれ、着ている物、身に着けている装飾品を全て外すように言われて、全裸で事前処置室へ。
事前処置室で眉毛と睫毛以外の脱毛やら、色々人生を考えてしまう処置をされた後、全裸のまま処置室へ移動させられる。
処置室では、生体タグを延髄の辺りに埋め込まれ、手首にブレスレットの様な形のウェラブル端末を埋め込まれる。
流れ作業に呆然として、何が起きたか理解する前に、ダークグレーの下着一式とTシャツ、ジャンプスーツを渡され、こう言われる。「全裸で居られるのは構いませんが、5分後に別の方が入ってきます」
見られちゃかなわないと急いで着用して扉を潜ると、何基ものポッドが等間隔に立っている部屋に通される。
部屋に入ると流れる様に誘われ、今から検査を行うからポッドの中に入る様に言われる。疲弊して麻痺した貴方達は、疑いもせずにポッドに入るでしょうね。
おやすみなさい。次に起きるのは星系No.ES3247に到着した時だね。だって貴方達が入ったのは睡眠ポッドだもの。
何時の間にか寝てしまっていたと、妙に気怠い身体を動かし、係員に促されながら到着した大きな待合室で、何処に到着したのか貴方達は理解できるかな?
母船に乗れると喜んでいた貴方達が到着したのは、星系No.ES3247、第2惑星ES3247-2行の移民船。でも、貴方達はの目的地は第2惑星ES3247-2の連星の第3惑星ES3247-3。
第3惑星ES3247-3は、赤い大陸の貧困層の受け入れを主目的とした、近代的な生活が保障された第2惑星とは異なり、少しばかり野味溢れる趣のある惑星。少し苦労するかもしれないけれど、まぁ頑張って。
呆然とした状態のままで植民星星系No.ES3247、第2惑星ES3247-2の説明を受けて、貴方達の顔が絶像に染まるのが楽しみでしかたない。
残念なのは、その瞬間を見られないこと。私が、あの馬鹿をけしかけた、貴方達を私が許すわけが、無いじゃない。でも安心して、貴方達は第2惑星ES3247-2には降りない。貴方達は特別に第3惑星ES3247-3に降ろされる。
第2惑星ES3247-2の説明を見た後では少し酷かもしれないけれど、第3惑星ES3247-3は、第2惑星ES3247-2とは異なり最低限の設備しかない。生き残るには必死に暮らさないといけない。
空を見上げれば設備の整った植民星第2惑星ES3247-2が大きく見える。第2惑星に居ればこんな苦労をしないで良いのにと思いながら、毎日、毎日第2惑星ES3247-2を見上げるしかない。
安心して、貴方達は一生第3惑星ES3247-3から出られない。大丈夫、少し違った風景が見たいと思うから、たまに此方の母船や、地球の風景動画を送ってあげるから感謝してね。
これなら地球に居た方がマシだった?何を言っているの?そんな機会を与える訳ないじゃない。妹達からパパとママを奪った貴方達を許す訳がないでしょう。思い知るがいい。よく覚えておいて、人はね平気で嘘をつくの。分かった?
乗船出来ると言ったじゃないかって?だから移民船に乗船させてあげたじゃない。それにね、私は乗船させてあげるとはいったけれど、ひと言も母船に乗船させてあげるとは言ってない。
喜びに満ちた貴方達の顔が歪むのを、この目で見れないのは残念。だけど貴方達が地球圏から居なくなるなら、それも我慢出来る。
組織は私との約束を守った。だから私は組織との約束を守る。例えそれが、家族には言えない様な事であっても、組織としての仕事であれば私は実行する。それが世の中、これがギブアンドテイク。




