1-13-4-6 masquerade この普通の世界
「マコ。あの瓦礫。頭が転がっているビルの角まで小走りで走り抜けるからね」
「え?!転がっている頭の角に?え?!」
「頭の角じゃなくて、ビルの角ね。自分の頭なら気にするべきだけど、他人の頭なんだから、気にしない。じゃ、3丁度で行くからね、良い?」
「え?!あ?!で・でも他人の頭でも」
「ごちゃごちゃ言わない。3丁度だからね、行くよ?」
「え?!わ・分った」
「オーケー。1.2.3! 走れ!走れ!走れ!」
でもさっきまで無かった頭が、なんで角に転がっているんだろう?ああ、さっき2階を吹き飛ばしたときに飛んできたのか。そんな恨めしそうな眼で此方を睨まれても、吹き飛ばされたのは貴方の自業自得でしょうに。
結局のところ、私達は撤退中の仲間達に追いつけなかった。目の前に広がっている惨状からすれば、追いつかなくて良かったかもしれない。
どうやら予想以上のVOAが出現して、ギリギリ揚陸艇の周囲のみの安全を確保出来ているだけの様だ。それに伴い、おこぼれに与ろうとしていた野盗の奴等が逃げ遅れ、大惨事になっていたみたい。
成程ね、私達が何度も遭遇した野盗は、VOAから命からがら逃げている途中だったのか。途中で美味しい獲物を見つけたので襲ってきた訳だ。
まぁ、そこで私に返り討ちにされてるんだから、世話が無いけどね。
「っか、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
「マコ、後少しだから頑張って」
「わかっ、はぁっ!はぁっ!った!」
あと50m。わかるけどさ、大通りってのは横道や、瓦礫が多いのよ?VOAが突然襲って来るかもしれないのよ?馬鹿じゃないの!大通りの向こうを回収ポイントにするなんて!
「そこに居るの沙羅か?」
「トシ?回収ポイントに居るの?」
「おうよ。生き残ってたか。ラスト50mは、VOAだらけだぞ」
「勘弁して……バディ初心者で、ガチガチで、走らせるだけで精一杯なのに」
何なの!今日の揚陸艇の班の奴等は!馬鹿じゃないの?!何で!防衛線を崩壊させてんのよ?!
「いちかばちかで援護するから走れ。それしかない」
「だよねぇ。じゃぁ3で走るで?」
「だな、準備いいか?」
「ちょっと待って、バディに説明するから待って!」
「マコ、回収ポイントに居る仲間が援護してくれる。私が走れって言ったら、走って。良いね」
大丈夫、大丈夫。この娘は、大丈夫。銃を撃てという訳じゃない。ただ走れと言われて走るだけなら、この娘は大丈夫。
「トシ?準備完了、いつでもどうぞ」
「よし、やるぞ、1.2.3!」
「走れ!マコっ!走れ!」
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ、ヒュッ!)
後40m。たった10m移動しただけなのに、何でこんなに長い距離に感じるの?聞いてないよ!
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ、ヒュッ!)
横道の1匹は倒した!マコは?!よし、ちゃんと前を走ってる!
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ、ヒュッ!)
馬鹿じゃないの!掠ってる!掠ってるから!トシかぁ?!それともコウジかぁ?!後でとっちめてやるぅ!
瓦礫が……!マコ巧い!飛び越えた!やれば、出来るじゃん!行け!行け!行け!そのまま走れマコ!次の瓦礫も……っと、瓦礫と廃車の間ぁっ!
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ、ヒュッ!)
2匹撃破ぁ!後30m、揚陸艇の入口が見えたあぁ!
「マコ、走って!あと少しだから頑張って走っ!?しまっ!上ぇぇぇ!」
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ、ヒュッ!)
上からVOAが降ってくる、間に合わない、VOAの穿腕がマコにっ!
「うがぁっ!」
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
このVOAぁつ!死ねっ!死ねっ!死ねぇぇっ!この糞野郎!死ねぇぇっ!
「しっかりして、マコ!目を閉じちゃ駄目、タンクに連れて行くから頑張って、マコ!左肩を刺されただけだから、しっかりして!」
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
痛みと麻酔で少し朦朧とし始めているマコの右腋に左手を差し込み掬い上げる、右手に持った銃で周囲の障害を排除する。
手負いで動きが悪くなった途端に、何処に潜んでいたのか、野盗(野盗)の奴等が此方に、にじり寄ってくる。
畜生っ!何でこの場所に野盗の奴等が居るのよっ?!揚陸艇の奴等は何をやってんのよ!ちゃんと仕事しなさいよっ!
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
こんのぉっ!邪魔ぁっ!此方が手負いだと知って襲って来てる?!何時もは馬鹿なのに、こんな時だけ頭が良くなんないでよ!野盗のくせに!銃をっ!此方に向けるんじゃないよっ!
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
「援護!援護!何やってんだ!ちゃんと援護しろ!」
仲間が私達を助け様と叫んでる。必死になって私達の周りを撃ってる。でも……遠いなぁ。たった30mも無いのに、揚陸艇の入口が、何光年も先に見える。
この娘を置いていけば……私だけなら確実に助かる。だから?おいていける訳がないじゃない。そんなみっともない事が出来る訳がない。
それに約束したんだ。マコを死なせないで連れて還るんだ。約束したんだ。連れて還ってあげるって約束したんだ。こんな屑見たいな私との約束を信じてくれたこの娘を、連れて還ってあげるんだ。
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
でも無理……かな。世の中、限界というはある。VOAだけじゃなくて、何が彼等の意欲を刺激したのかわからないけれど、野盗の方々からも絶賛攻撃を受けている。怪我をしたマコを抱えたまま、奴等に反撃しながら揚陸艇まで走るのは無理。何処かで私も被弾して、マコとふたりで身動きがとれなくなる。
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
慈悲の一発が頭をよぎる。集られて、蹂躙され、そして結局最後は奴等に殺されるくらいなら、私が殺してあげるのが慈悲というもの。
自分自身への慈悲の一発は、この手榴弾で良いかな?怖くない、ちょっと爆発させるだけだ。
トシが此方に走って来るのが見えた。あんた馬鹿だねぇ、何やってんの?
トシに抱えられたマコと共に駆け込んだ離床中の揚陸艇の中でホットしていると、本当は私達は見捨てられるところだったと聞いた。
揚陸艇至近にまでVOAとの戦闘が拡大したお陰で、狼狽したパイロットが、私達を見捨てて離床しようとした。
その動きに気付いたコウジが、パイロットに銃を突き付けてお話しをして離床を遅らせてもらったらしい。うん、お話しって大事だよね。
でもさ、パイロットの野郎は、将来、何処かで見捨てられるだろうな。でも、自業自得だから同情はしない。戦場で仲間を見捨てる奴は、必ず何処かで見捨てられるんだから。
今夜は、他の降下班も酷かったらしい。海嘯の様にVOAが各所で現れ、何処の降下場所も阿鼻叫喚だったとの事だ。
本部では緊急の会議が開催され、喧々諤々、その原因は何かと今も論争しているらしい。どうでも良い、私には関係ない。私は此処に来て、VOAを倒す。時には襲ってくる野盗も排除するけど、それは副業の様な物。
副業……か、時々この副業が実は本業なのではないかと思う事がある。もしかして、私は人を殺すのが楽しいのかもしれない。ふと、そう思う時がある
馬鹿らしい。人は疲れていると碌な事を考えなくなると言う。疲れているんだろうな。そう、私は疲れている。それだけの事。
最近、作戦後に帰宅するのが辛い。帰宅した時に家族に心配そうな目で此方を見られるのが辛い。隔離地域のVOA掃討任務から帰還後、無表情で家に戻って来る私を、何も言わずに迎え入れてくれる家族の優しが辛い。
黙り込み、何も言わぬ私から、何があったのかを無理に聞き出そうとはせず、ただ、そっと見守ってくれている家族の姿を見るのが辛い。
人は演技をしているのではない限り、自分がどんな顔をしているのか分からない。知るためには人に聞くか、人が教えてくれなければ分からない。
後日に読んだ母の日記に、何時も泣き出しそうな哀しそうな顔をして帰って来るのに、何も言わないあの娘が不憫で辛いと書いてあり、どんな顔をして帰宅していたのかを知った。
母さん……、私は哀しくて、泣きだしそうで黙っていたんじゃない。怖くて黙っていたんじゃない。ただ単に……自分の隠された姿を家族に知られたらどうしようと、それが怖かっただけ。
環境が人を造ると言う。人は生存の為に自分を変え、環境に適合する。でも、本来の姿で生きられる場所を見つけ出し、自ら、その場所に赴く事もある。
普通の世界に生きている家族に、私の様な異物が混じり込んでいる事が知られてしまうのが怖かった。何時知られてしまうのかと、ただただそれが怖かった。




