1-10-2 蝙蝠
1-10 選ばれし場所を修正の上
1-10 選ばれし場所 その1(オッカムの剃刀)と
1-10 選ばれし場所 その2(原罪の地)に分割しました。
1-10-2 蝙蝠 に一部改訂変更しました
取り返しのつかない一言。後悔先に立たず。事の大小は在れど、誰もが一度は身に憶えがあると思う。
私にはそんな経験は無いって?それはそれは、何とも唯我独尊で、お羨ましい事この上のない幸せな人生なことで。
え?褒めないで? いや、貶しているんですけどね?
さて、そんな奇特なあなたは置いておいて、この場所の話をしましょう。ここは、政治力学、責任転嫁、利己主義、愛国心、拝金主義、顕示欲、大小様々、多種多様な理由が蔦の様に絡み合い組みあがった場所です。
「人種差別云々を抜きにして、ゴブリナへの変異数が他国に比べ、群を抜いて多い地域がある。最初にVOAが出現し、最初の被害者で、最初に世界各国に報道され、最初の出現から毎夜VOAが出現し被害を出し続けている場所がある。自由主義陣営と共産主義陣営側に分断されている休戦地域の変異率は、他国と比較して頭ひとつ抜きん出ている」
世論形成の発端は、本当にどうでも良い様な噂が始まりだった。例えばある粗忽者、動画配信チャンネルにそこそこの登録者数を持つインフルエンサーの不用意な行動もそのひとつだった。
耳目を集め、収入に直結する再生回数を稼ぎ、あわよくば更に収入に直結するチャンネル登録者数も増やせれば程度の軽い気持ちで作った単なるゴシップ、煽り記事。
1%有るか無いか程度の差をさも大きな差が有る様に、少し表現方法を変えただけ。例えば、発病率の世界平均は24%、B国は25%とあれは、B国の発病率はは平均値と大差が無いと思うだろう。
同じ値を四捨五入すれば、発病率の世界平均は約20%、B国は約30%になる。B国の発病率は平均値より若干高いと感じるかもしれない。
更に表現方法を変えると、約5人に1人が世界では発病しているに対し、B国は約3人に1人。世界より高い発病率だと受け取るかもしれない。
「特定の遺伝子系列の人が、変異ウィルスを媒介!?」
普段なら、単妄想全開の動画としてネタにはされても、誰も信じはしない。
今迄の平穏をVOA出現によって不条理にも壊された人々が、その恨みつらみを原因元にぶつけるために血眼になって探していた世界では、そうはならなかった。
配信内容は、インフルエンサーにとっては絶秒なタイミングで、社会にとっては絶妙で致命的なタイミングで、瞬く間に世界を駆け巡りった。
言いがかりであろうが、単なる噂であろうが関係ない。閲覧数が稼げるなら何も問題がない。嘘は言っていない、ちょっと再生される回数を増やしたいだけ。
「彼等が少ない地域では、変異率が少ないという噂があります。また政府が当初からそれを知っていたという話がありますが、本当でしょうか?」
根も葉もない話は、内容が何であろうが、偏向的であろうが、自分達の思想に敵対する政府を叩けるなら何でも良いと考える者達が利用する。
視聴率の為なら内容の信頼性なんて欠片も無い放送、今が稼ぎ時と追随するゴシップ紙に週刊誌、有象無象の動画配信者達によって世界に広がり、瞬く間に人々の心に悪意は沁み込んでいった。
「彼等が変異ウィルスを媒介しているならば、彼等が居なければその確率が減る。彼等を母国に追い出すべきだ」
「帰化していようが問題ない。帰化前の彼等の母国に還すべきだ」
元々テランの白人種が支配層地域では、アジア種は有色種と言われ、差別的対応をされることは珍しくなかった。
だからと言って、普通ならば此処迄あからさまに特定の有色種を、白人種のみならず他の有色種までが一体となり、また主義主張に関係なく同時多発的に特定種の排斥運動が起る事は在り得なかった。
しかし自身の失敗を糊塗したい権力者、権力や金に目が眩んだ者達によって歪められ、ばら撒かれた嘘は、人々を利己的にするには十分過ぎるものだった。
「畜生マスコミの奴等め、身勝手な憶測ばかりを好き放題に垂れ流しやがって」
そもそも、その地域は他国と比較すると大都市への人口集中が激しく、その結果、Abyss Coreが他国より異様に密集して分布していただけで、人口に対するAbyss Coreの数は、他国と比較しても然程多い数ではなかった。
この無責任な報道合戦により、一部の国では、踊らされた愚か者がアジア種に対する暴力事件や、暴動が発生し、放置する訳にはいかない状況になっていました。
だからと言って、強力に取り締まれば、言論の自由の侵害だ、何かを隠蔽するために鎮圧したのだと、更に好き勝手に報道される。
そしてその煽り報道に触発された愚か者が暴力事件を起こし、鎮圧され、そして煽り報道がされと、各国政府は追い詰められていった。
「我々は無能だとしても法治国家だ。最後の一線を越える訳にはいかない」
一部の国家を除き、煽り立てる報道に便乗して特定種を狙い撃ちした民族浄化の様な事が行える訳もなく、最後の一線は辛うじて越えていなかった。
下手をすれば人種論争、それもARISの母体を占める日本人も含むアジア種排斥の流れが出来る可能性が高い手段を、採用出来る訳がなかった。
「我々は、コンタクトする種族を間違えたのだろうか?」
一向に判明しない変異ウィルスの正体。時には多数の住民が一斉にゴブリナに変異してしまう事態も発生し、それをネタに更に煽り立てる報道。
急激に高まる社会不安に、躊躇する時間が無くなったある主要国家が、特定種の排斥という毒杯を飲み干すと、他の主要国家がそれに続く迄に僅か時間し掛からなかった。
しかし、この時に強制送還されたのは、前科を持っている者か、現在逃亡中か収監されている犯罪者、今迄は軽犯罪であるため送還対象外であった層を送還したのみで、普通に法令を遵守している層は対象外だった。まだ理性は働いていた。
軽犯罪まで対象に含めた事で送還者数は膨大な数になり、その送還者数を知ったマシナーは、この状況の理由が理解出来なかった。
後で気づけば哀しい笑い話だが、彼等がテランに常識を、変異はAbyss Coreによる影響という事を教えていなかった大失態に起因する事に気づかず、恐ろしい程に冷酷で狂暴な種族に銀河へ渡る手段を与えてしまったのかと恐慌状態になっていた。
その恐慌状態に気づいたのか気づいていても無視していたのかは分からないが、彼等は粛々と隔離政策を進めていった。
「国ごと封鎖するべきではないだろうか?」
新規入国の拒否と強制送還だけで隔離対象地域に押し込む予定だったが、隔離対象とされた地域政府は各国政府によるこの強制送還に強く反発しており、強制送還された人物の再出国や、新規出国をを防止しないことは容易に想像がついた。
ならば蛇口を締めてしまえ、強制送還した国から出られない様にすれば良いという考えに至る迄に時間は掛からなかった。
だが、世界各国は経済的に繋がっており1国がその繋がりから消えるというこは、世界経済に致命的な影響を与える可能性があり、最後の一線が越えられる事はなかった。
「代替生産国は在る」
隔離対象地域の産業は、技術力については、基幹技術の開発能力はなく派生技術のみで、無くなったとしても致命的な物はなく、他国でも代替可能なものだった。
隔離対象地域を封鎖した場合、確かに世界経済に与える影響は小さくはないが、既にVOAの出現と変異の発生で混乱している世界経済の状況を考慮すれば許容範囲とされた。
平時なら理由にすらならない屁理屈、暴論、理由のための理由。隔離対象地域は先ず世界から経済的に見捨てられた。
「双方の陣営が関与出来ない空白地域であり、国内の不満を向けさせられる場所と成り得るならば、その封鎖案に反対はしない」
当時のテラは自由市議陣営と、共産主義陣営のふたつに大別されていた。
共産主義陣営に中華人民共和国という国家があった。もっともこの中華人民共和国は、共産主義陣営と言いつつも、その実体は共産党高級幹部という世襲の支配層と、それ以外の民衆だけ、産まれた層で人生が決まってしまう歪な階層社会だった。
支配層に属せば安泰かと言えばそうでもなく、支配層間の派閥争いは血で血を洗う熾烈なもので、競合派閥の構成員を謀略によって嵌め、合法的な死刑判決を利用して抹殺する等ということが当たり前だった。尤も、そうであってもその生活は民衆層よりは遥かに恵まれていた。
民衆層は政府によって日々監視され、反政府的な言動をしようものなら、ある日を境に居なくなる。酷い場合はありとあらゆる公的記録が抹消され、その存在すらなかった事にされる。圧倒的な恐怖と徹底的な監視で、民衆層の不満や革命の気運は抑え込む統制国家だった。
恐怖の源泉である人民解放軍や武装警察が、VOA駆除に長期間拘束される事は、自分達支配層の特権が崩壊するリスク以外の何物でもない。そう考える支配層が、核兵器の使用を躊躇う訳がなかった。
「近隣でVOAが発生したため、退避中の核兵器が暴発した不幸な事故である」
VOAの駆除に人民解放軍が手間取れば、中央政府は主要地域以外は核兵器で吹き飛ばす。民衆がその考えに至るは当然の帰結だった。だからと言って民衆層が支配層に抗議する事は自殺行為であることに変わりなく、民衆層が出来るのは安全と思われる場所への移動だった。
その結果、VOAの駆除が長引いている地方都市では、企業の計画的な倒産や、主要都市への移転が相次ぎ、それに伴う失職者の増加で経済は冷え込んでいった。
反対に安全と思われた地域の主要都市では他所から流入してくる避難民の急増が公共福祉を圧迫し、また治安の急速な悪化等が、VOAを早期に駆除出来ない政府に対する大きな不満に繋がっていった。
古来、為政者は国内に不満が増加したときは、国外に目を向けさせることで回避してきた。これはテラであろうと我々であろうと余り変わらない。
当時の中国政府指導層にとって、支配基盤を脅かす人民の不満の増加は、許容出来るものではなく、人民の不満を指導部と人民解放軍から可及的速やかに逸らす必要があった。
指導部は原因元のVOAのみならず、VOAを産みだした外国があるとして隔離対象地域との国境封鎖を欲し、実行に移した。
他国なら、政府の発言の裏をネット等で情報を収集し、吟味し、判断できるため、恣意的な世論誘導は困難だったろうが、情報統制国家であり、また愚民化政策行っている中国では、極少数の物事を判断できる層を犯罪者として検挙することで、異論を消し去り、自らが望んだ方向に世論誘導するのは至極簡単だった。
さらに隔離対象地域は過去に1000年近く中国の属国であった歴史もあり、自国に惨禍を起こした属国を懲罰するという支配者感覚。
近年では属国であった隔離対象地域との軋轢が絶えず、人民の属国に対する感情は最悪だった。
人民の不安を外に向けさせるのに、これ程に便利な国はなかった。この千載一遇の隔離対象地域の封鎖に反対する理由などひとつもなかった。これは、同じく隔離対象地域に隣接するロシアでも同様だった。
「これが我が国が誇るバランス外交だ」
外交音痴であろうと、流石に陸続きの中国やロシアの態度が可笑しいのは流石に気づいてた。
隔離対象地域政府は、自分達は自由主義陣営だが、共産主義陣営とも友好な関係を持つバランス国家であり、重要な緩衝地帯の国家であると信じていたため、何時もの政情不安程度程度にしか思わなかった。
「蝙蝠は我々の仲間ではない」
奇しくも双方の陣営の考えが一致した時、隔離対象地域の運命は決まった。




