5、広明ヶ池九頭竜大王供養会 会次第
広明寺の境内は平日の割には人が多く、少数ながらも出店が立ってにぎわいを見せていた。
焔に連れられて広明寺の境内の奥にまではじめて足を踏み入れた土蜘蛛、もとい葛城剛は、興味深そうにきょろきょろとあたりを見渡し、おいしそうなにおいに惹かれているようだ。
「ヌシ様。お買い物は飛鳥野にねだってくださいね。勝手に買い与えると、俺が怒られちゃうから」
焔に釘を刺されて、剛はぷうと頬を膨らませた。
「なんじゃ。焔はケチじゃのう」
「ケチとかケチじゃないとかの問題じゃないの!」
焔は少々ご機嫌ナナメだった。浄観に命令されて剛を幼稚園までお迎えに行っていたのだ。いまだに焔は浄観の眷属のままだ。ヌシのアルジになって少しは心を入れ替えるかと期待していたが、浄観は浄観のままだった。相変わらず焔は浄観にこき使われている。
「浄観!」
ちょうど通りかかった浄観を見つけ、剛は走りよった。
「おかえりなさい、ヌシ様。二上くんもヌシ様のお迎え、ご苦労さまでした」
穏やかに微笑んで言った浄観に、焔は不平を鳴らす。
「大変だったんだぞ。幼稚園のお迎えくらい自分で行けよな。お前に頼まれたって言っても全然信じてもらえなくて、甘樫のおっさんが来てくれなかったら、俺、男児連れ去りの現行犯で警察に連れてかれるところだったんだからな!」
「よかったじゃないですか、いい経験ができて」
「なにがだ!」
「仕方ないでしょう。私は今日忙しくて、広明寺から離れられないんですよ」
今日は九頭竜大王供養会である。毎年行われているものだが、今年の法要は実質的には九頭竜大王ご遷座の大切な法要である。
九頭竜大王の望みはこの法要を浄観にさせることだったが、若年すぎると反対があったのと、浄観自身がこれを固辞したこともあって、その役目は師である飛鳥野研浄が執り行うことになった。しかし、浄観ももちろん法要に参加するので朝から忙しく抜け出せなかったので、剛の幼稚園のお迎えを焔にまかせたのだった。
「ヌシ様。内陣で法要をご覧になりますか?」
浄観に聞かれて、剛は驚いた。
「わしが入ったら、皆嫌がるじゃろう」
「なにをおっしゃってるんですか。誰も私たちには逆らえませんよ。皆ヌシ様のお力を恐れ、そのヌシ様のアルジである私を恐れているんですから」
得意げに言う浄観。
「浄観、お前いやなことを言うのう」
「私、出世してあの連中に命令するのが夢だったんです。まあ、まだ出世はしてないですけど、半分は夢が叶いましたね」
この発言にはさすがの剛も引いた。
「ヌシ様、早まったね。ヌシ様はこいつの眷属になるべきじゃなかったと思うよ」
「わしも今、ちょっと後悔しておる」
焔のことばに、深くうなずく剛だった。
「のう、浄観。あのベビーカステラっていうのが食べたい」
「ええ? 今、財布持ってないんですけど」
浄観は困り顔を作ってみせた。
「なんなんじゃ。みんなしてわしを飢え死にさせる気か! もういい。さっき焔に教えてもらった方法を試してみるぞ」
そう言って剛は手近に生えていた木の葉を2枚引きちぎり、手のひらで包んでふむむむっ、とかわいらしい声で力んだ。
「あ、ちょ! ダメだよ、ヌシ様!」
慌てて焔が止めに入るが間に合わず、剛が手のひらを開くと、そこには2枚の五百円硬貨だけがあって、先ほどの木の葉は影もない。
「あああああ」
「あなた、ヌシ様になんてことを教えてるんですか」
頭を抱える焔に浄観の冷たい声が降りかかった。
「ヌシ様、俺言ったよね? これは非常事態のときに使うんだよって」
「今が非常事態ではないか」
剛の手を取って目線を合わせ、浄観は真摯に説いた。
「ヌシ様。そういうことはやめてください。品位を欠きます。誇りある土蜘蛛族の長として、恥ずかしくない行動をなさってください」
「うむ。そうだな」
焔は二人のその会話をびっくりして聞いていた。
「はー、まさか飛鳥野の口からそんなセリフがでるとはなあ」
「なんです?」
片眉を上げて、浄観が焔をにらんだ。
「だって、誇りある土蜘蛛って! あの飛鳥野が! 妖怪大嫌いな飛鳥野が!」
「あまりわが君を愚弄するとその足首縊り落としますよ」
なんか急にものすごい土蜘蛛への傾倒ぶりで、気持ち悪いな、と焔は思った。
「さあ、行きましょう。二上くんがベビーカステラ買ってくれるそうですから」
「そうか! すまぬな、焔!」
「いやいや、そんなこと一言も言ってないよね!」
「イヤなんですか。ケチくさい男ですね」
「イヤってことはないけど! さも当然のように言われると腹立つ!」
「おじさん、すみません。ベビーカステラください。二つ」
「なんで? なんで二つなの?」
「当たり前でしょう。ヌシ様の分と私の分です」
「ふざけるな!」
ぎゃあぎゃあと言い合う二人を、剛はニコニコ顔で見ていた。
この間まで山の中一人きりで過ごしていたのに、今は人に囲まれて、こんなに楽しい。
「わしは今、とっても幸せじゃ」
剛がそう言ったのを聞いて、浄観はけんかをやめた。
空はからりと晴れ渡り、二上山が緑に光る。見慣れた風景がこの上なく美しく見えて、浄観の心は躍った。
「ええ、私もです、ヌシ様」
そして、この幸せがずっと続きますように。
浄観は祈るようにそっと剛の手を取って歩き出した。きっと、これから歩く道はたくさんの希望であふれている。そんな気がしていた。




