5-10 学園祭2日目。ダメ男は闘技会決勝戦を戦う②
俺がやったのはたったふたつ。ひとつめは、地面にある魔法をかけた。それは俺が“ワックス”と言っている無属性魔法。効果は単純で、指定した範囲をピカピカにすること。そう、立っている人がすっころぶくらいまでな。“クリーン”の魔法をさらに強化したもので、本来は上に荷物を置いて滑らせたりするのが正しい使い方だろうけど、今回は罠に使わせてもらったのだ。
あいつは俺を怒らせて冷静な判断をさせないようにして自分を有利にしようとしている。そう思った俺は、奴の言葉に激高して隙ができる魔法を使うように見せかけたのだ。……いや。キレてるのは本当か。
さらに俺は、奴が足を滑らしたときに、もうひとつ魔法を発動していた。それは風を上空から地面に向かってゆっくりと吹かせる魔法。これを受けると体が重くなったように感じる。実際、上から圧力をかけているようなものだから、当たり前ではあるのだが。これは体勢を立て直されそうになったときの対策として発動していたのだが、綺麗にこけた今となっては、奴を地面に叩きつける役割を担ってくれた。
奴は立ち上がろうとするが、ふたつの魔法の影響で立ち上がれないようだ。あ。またついた手が滑った。
そんな様子を見下ろしながら、小声で話しかける。
「おう。どうだ? お前が馬鹿にした魔法で無様に這いつくばる気分は?」
「……くそが。なめるなあ!」
「うるせえ」
俺はもがく奴に“ウィンドボム”を放り投げる。とたんに暴風が吹き荒れ、奴が吹き飛んで……いや、上手く受け身を取っているな。ここから抜け出すためにあえて受けたのか。
まあでも、あれで終わりなんてつまんないよなあ? まだまだこっちには種も仕掛けも残ってるんだ。もっと味わっていってくれよ!
舞台の端の方に吹っ飛んで移動したマルバスだが、ぶつけた顔が赤い以外は対してダメージがなさそうだった。多分、魔法で防御したんだろう。あ。でも鼻血が出てる。痛そ。
そして、奴を中心に風が吹き始めた。ラシンの時にもやっていた竜巻の防壁か。すぐさまウィンドカッターや竜巻が俺に向かって飛んでくる。俺はそれらを風壁で防ぎ、竜巻は逆方向の風を纏った竜巻で相殺したり、そらしたりした。
ふと気が付くと、舞台全体を囲むように風が流れている。まるで竜巻の中にいるみたいだ。上から見たら、大きな竜巻の中に小さな竜巻があるように見えることだろう。
“アイスアロー”!
俺は奴を囲む竜巻に向けて魔法を放つ。だけど、それは竜巻に当たるとはじかれ、粉々になってしまった。氷のかけらが風に流されて行く。
「ハッ。そんなもの効くか!」
すぐにあちらからも魔法が飛んでくる。俺はそれを風壁で防いだ。今度はこれだ!
“ウィンドニードル”!
矢よりも細い、鋭い風が奴に向かう。それは竜巻に当たり、少し刺さるも、弾かれる。まだだ!
再びウィンドニードルを放つ。しかし今度はあっさりとはじかれた。
そんなことを数度繰り返す。しかし、奴の防壁は少し揺らぐことはあっても、崩れることはなかった。氷のかけらで視界がやや白くなるほどに打ち込んでも、だ。
その間にも、奴の攻撃を受けて、少し傷を負った。が、俺はそこに立ち続けた。
「……ははっ。エラそうなこと言っといて、この程度かよ。もう終わりにしてやるよ!」
マルバスはそう言うと、俺に向けていくつもの矢を放ってきた。しかしそれらは、俺の前にあった防壁に防がれる。
「……? 壁の位置が違う?」
あ、気付かれたか。でも、準備は完了してる!
俺はずっと動かさないでいた腕を思いっきり掲げる。その瞬間、俺の上空の空気が揺らぎ、隠れていた物が姿を現す。
それは氷でできた巨大なハンマーだった。奴に無意味ともいえる攻撃を繰り返している間に、ひそかに生成していたのだ。ハンマーの周りには認識疎外の風壁をつけて見つかりにくいようにしていた。むしろ、それに気づかせないために攻撃していたと言ってもいい。氷魔法を連発して空気中に氷の粒を飛ばしたのもこのためだ。
奴も驚いたのか、上空を見ている。……よしよし。
とにかく、狙うは竜巻の上部分。こいつで押しつぶして2度目の地面にご対面させてやる。
高さ5メートルはあるハンマーを奴に向かって振り下ろす。……こんなの創ってるから移動もできなかったんだよなあ。
渾身のハンマーはゆっくりと振り下ろされ、竜巻に激突する。そしてそのまま押しつぶす……かと思われたが、すぐにぴたりと止まった。……⁉
「あははは! 対策をしてないとでも? また上からくるだろうと思って、上にもつけてあるんだよ!」
マルバスが勝ち誇ったようにそう言った。そして魔法を放とうとする。俺はハンマーの柄を持って竜巻に押し返されないように踏ん張っているから、すぐには反応できないと思ったのだろう。
「今度こそ終わりにして『なあ、知ってるか?』……あ?」
唐突な問かけに奴は“なんだこいつ“と言う顔をした。
「魔法ってさ、速さがあるんだよ。数が多ければ遅く、少ないほど早くなる」
「はあ? それがどうした」
「お前の竜巻に、ウィンドニードルは少し刺さった。あの時は20本。その次は弾かれた。40本だった。数が減るほど早くなる。……なら、もし1本だけだったら?」
「は?」
「……あとお前は、常に魔力を供給し続けて防壁を維持してるだろ? だから強い。そして、想定以上の攻撃が来ると魔力消費が激しくなってその部分が薄くなる」
「だからなんだってんだよ!」
「今はだいぶ薄いだろ。防いでるとはいえ、あの質量が常にかかってるんだから、な」
視線で頭上にある氷の塊を示す。
「……もう黙れよ! サイクロン——……!? ぐっ」
奴の魔法の発動よりも早く、放たれた1本の針が、竜巻を貫通しマルバスの肩に突き刺さった! 竜巻越しに、奴がよろめいたのが分かる。
思いのほか効いたらしく、奴を守っていた竜巻が霧散した。そうなれば、遮るものは何もない。
「潰れろ……」“アイスハンマー”
俺はそのまま氷の塊を、振り下ろした。
ドウン‼
確かな手ごたえの後、ハンマーが叩きつけられる。……これで2回目だな。
その瞬間、わあっと歓声が上がった。ギャラリーも熱狂しているらしい。まあそんなことはどうでもいい。重要なのは目の前の戦いだ。
叩きつけてから数秒後、ハンマーが粉々にされて吹き飛ばされ、マルバスがふらりと立ち上がった。最初に見たときよりも薄汚れている。魔法か剣でハンマーを斬ったんだろうな。まあ言ってしまえばあれ、でかいだけの氷の塊だしな。潰すため用だから特に仕掛けもしてなかったし。
「き……貴様あ……!」
怒り心頭といった様子のマルバスに対して、俺は冷静だった。もちろん、腹の中には煮えくりかねないほどの怒りがある。共に戦った仲間を、俺を受け入れてくれた家族を、そして理不尽な目に遭いながらもひたむきに頑張っている彼女をあざ笑い、傷つけたこいつだけは許せない……と! でも、頭の中は冷静で、魔法を組み立て、状況を分析している。こいつが何をしてきても大丈夫なように。
「おやおや、降参ですか? あれほど大きな口を叩いていたのに……」
さっきの意趣返しも込めて、安い挑発をしかける。……降参なんてしてくれるなよ?
すると、マルバスは見て分かるくらいに苛立たし気な顔をして、風の矢を放ってきた。
俺は距離を詰めることでそれを躱し、奴に斬りかかる。金属音が鳴り響いた。2度、3度と切り結ぶ。
剣を合わせたタイミングで、奴が風の矢で俺を狙う。俺もまた後方に“ウィンドニードル”を多数展開させて放つ。互いの魔法がぶつかって打ち消しあう。その余波で少しずつ傷を負いつつも、剣を手にぶつかり合った。
再び魔法がぶつかり合う。今度は余波が大きく、思わず少し距離を取った。見ると立ち止まって目をこする奴の姿が目に入る。俺はすぐに動き、剣を叩き込んだ。
でも、剣は奴をすり抜ける。……やっぱり蜃気楼か。視界の端に俺に向かって飛んでくる竜巻が目に入る。……だけど、それは前に見た!
俺は移動を補佐する風魔法を使うとすぐに後ろへジャンプする。そして距離を取りながら、風壁で竜巻を防御した。そして奴の反応がある方に向かった。
お互いの姿を視認する。見ると、マルバスは剣に風を纏わせているのが魔力で分かった。
ひゅおん!
風切り音と共にウィンドカッターが迫って来る。剣でいなす。ひとつ。ふたつ。
しかし、3つ目で剣を弾き飛ばされてしまった。剣が宙を舞い、後方に飛んでいく。さらにいくつものウィンドカッターが迫っていた。
俺は風壁でそれを防ぐ。
!
奴の反応が動いた。見ると、さっきと同じ場所に奴はいるが、“気配察知”にはこちらに近づく反応があった。
俺は“アイスニードル”をその方向に放つ。すると、いくつかの魔法が弾かれ、マルバスが迫ってくるのが見えた。風による移動補佐と蜃気楼の身代わり!?
近くまで迫ったマルバスは、剣を俺に叩きつけようとした。俺は何とかそれをよけた。俺がいた場所を竜巻が通り抜けていく。
再び剣を振り下ろして来るマルバスに対して、俺は風で剣を作り、それを受けとめた。ふたつの風がぶつかり合って、髪や服が翻る。マルバスは俺が風で剣を作ったことに少し驚いているみたいだが、すぐにまた攻撃を仕掛けてきた。鋭い攻撃が次々と迫る。それを俺はいなし、隙をみては反撃した。
もはや金属音は響かない。風同士のぶつかる不思議な音が響くのみとなった。ぶつかるたびに風が巻き起こり、余波が観覧席にまで届きそうだった。
ドン!
ドオオン‼
一進一退の攻防が続いている。俺も、奴も、風の剣を振るう。マルバスが風の矢を飛ばせば俺は剣で払い、俺が“ワックス”でバランスを崩そうとすれば、奴は風の力で体勢をすぐに立て直す。
戦いをはじめてどれくらい経ったのだろうか? 30分? 1時間? ……でも、アスラの町での戦いに比べればこれくらいっ!
不意に、マルバスが強く剣を振り下ろして来る。思わず距離を取ってそれを回避した。振り下ろされた剣から風の刃が飛び出す。それに対処した時、マルバスは片手を天に掲げていた。そして生まれたのは、4つの風。
「……こんなにも手古摺らされたのは初めてかな。でも、もうお前の顔は見飽きたよ。さっさと地面に這いつくばれ!」
そして風の塊が俺に向かって放たれる! 一つひとつが俺の逃げ道を塞ぐように迫ってくる。
俺は手にもつ風の剣に意識を集中する。……鍛錬の通りにやればできる! 魔力を練れ。力をひとつに!
風の剣が揺らぐ。……その中に、氷が混ざる!
“ブリザード”!
俺はそれを、正面にあるふたつの塊に向かって振り下ろす! 放たれた風はそれらにぶつかり、霧散させた。できた隙間に、踏み込み、駆ける!
その先には、驚愕した顔のマルバスがいた。あれは奴の切り札だったのかもしれない。俺は奴に、風と氷でできた、吹雪の剣を振り下ろす!
だけどそれは奴の剣に受けとめられた。再びの打ち合いになる。舞台の上で暴風と吹雪がぶつかり合った。先ほどと違うのは、今度は俺がマルバスを攻め立てていること。今まで温存してきた力を振るって攻撃を加える。
「なぜだ!」
マルバスがそう吠えると、俺に剣を叩きつけて来る。俺はそれをいなすと、横をすり抜けながら一当てする。少しよろめいたが、またすぐに斬りかかってきた。
「なぜ、僕がお前なんかに!」
そうつぶやくマルバスの顔は今の状況が理解できないと言わんばかりだった。
「家柄も魔法の才も、ずっと優れている僕がなんで……!」
ふたつの剣がぶつかり合う。
「……お前はその優れた力を、誰かのために使ったことはあるか?」
「……!?」
「どんなに力が強くたってなあ、それをひけらかして悦に浸ってるなんて、間抜けがすることだ。お前はその力で何をした? 悲しむ人たちを助けるために使ったか? 誰かを守るために使ったか? 助けてと縋る人のために振るったことは? ……何もないだろ? せっかくの天賦の才も、嫌がらせと自己顕示欲のために使われちゃあおしまいだな」
「……うるさい! 黙れえ‼」
マルバスは剣を振り上げた。振り上げたそれに、魔力が溜まっていっているのが分かる。その魔力で俺を吹き飛ばすつもりかな。
俺もまた魔力を流し込んで剣を強化し、それを迎え撃つ。ふたつの力が衝突し、すさまじいまでの爆風が吹き荒れる!
そして軍配が上がったのは、俺だった。押し負けたマルバスが吹き飛ばされ、———すぐに壁のようなものにぶち当たる。——俺の防壁だ。
俺はすぐさま距離を詰める。マルバスは衝撃にうめきながらも剣を振った。俺は下から切り上げた剣でそれを弾き飛ばす! そして剣の形をとっていた魔力をほどき、右手に集中させる!
「黙るのはお前の方だよ。このクソガキが」
“ウィンドボム”を改良した、圧縮空気の塊を纏った手を振りかぶる!
「騎士の誇りを汚してるのはお前の方だ」
何よりも、目標に向けて努力を重ねている人を嘲笑った。俺の大切な人たちを傷つけた。
1度目はラシンたちの分。2度目は家族の分。そしてこれは、ひたむきに頑張っている彼女の分だ!
暴風を纏った俺の拳が、マルバスの顔に突き刺さった! 同時に、解き放たれた空気が、風が、炸裂する!
“エア・インパクト”‼
奴を支えていた防壁が霧散し、支えを失ったマルバスは吹っ飛んでいく。………———そして、舞台の外の地面に転がったのだった。
思えば、対個人戦でここまで長い話を書いたのは初めてでした。
次の更新で一度区切りとして、休息期間に入ろうと思っています。まだ学園祭途中ですが、申し訳ありません。更新再開は、2月初めを予定しています。多分再開前に活動報告をあげます。次の更新は30日(木)を予定しています。




