5-2 ダメ男は婚約者の誕生日を祝う
フィオナちゃんのお誕生日会です。主人公の活躍はいかに?
「誕生日おめでとう! フィオナちゃん!」
そう言ってニコニコしているのは母だ。ここは伯爵家の屋敷にあるサロン。今日はフィオナの誕生パーティをしている。
フィオナにお願いをされた後、俺は、母に手紙を出した。内容は「今週末にフィオナの誕生日を祝うので、王都の屋敷に帰る」というもの。フィオナのお願いを叶えるには、屋敷の方がいいと考えた結果だ。
そしてフィオナの誕生日を知った母は、必ず用意をするから、俺にフィオナを連れてくるようにという返事をよこしたのである。
そんなわけで今日、小規模ながらパーティをしてるのだ。
「さあさ。遠慮しないで食べてちょうだい。フィオナちゃんのために作らせたんだから」
「あ、ありがとうございます」
「う……うっ。フィオナ。おめでとう!」
「アンナ。ありがとう」
今日のパーティの参加者は、俺、母、フィオナ。そしてフィオナの乳兄弟で、幼なじみのアンナと言う少女の4人だ。アンナはフィオナの侍女として来ていたのだが、最初は俺を警戒している感じだった。でも、サロンでの歓迎っぷりや母がフィオナを気に入っている様子を見ているうちに何か思うところがあったのか、泣き出していた。
「うう……。フィオナの良さを分かってくれる人がいてあたし、嬉しい……」
グスグスとしゃくりあげながら、そんなことを言っている。……そういえば、乳母の親子はフィオナに好意的だってサクヤが言ってたな。それがこの子か。
「フィオナは、優しくて魅力的なのに、誰もわかってくれなくて……でも、あたしには何もできないのが悔しくて……。でもよかった~~」
ぽろぽろと涙を流している彼女に、母が近づいた。
「わかるわ。私もフィオナちゃんはなんていい子なのかしら、と何度も思ってるの。それに、あなたは何もできていないわけじゃないわ。フィオナちゃんを傍でずっと守って、支えてきたのでしょう?」
「……‼ うう。グスッ」
「今まで頑張ってきたのね……えらいわ……」
母に抱き締められ、撫でられているうちにさらに涙腺が緩んだのか、先ほどよりも激しく涙を流している。しばらくして落ち着いた後は、母とフィオナの話で盛り上がっていた。
俺はほとんど蚊帳の外だったわけだが、しっかりと相槌を打って輪に入っていた。ものすごく豪華ではないが、趣向の凝らされた料理や菓子に舌鼓をうち、紅茶で喉を潤した。
パーティが始まってしばらく経ったころ、母がアンナに話しかけた。
「アンナちゃんは、フィオナちゃんの乳兄弟なのよね? フィオナちゃんの小さい頃の話を聞きたいのだけど、いいかしら?」
「え! もちろんです!」
それから、アンナは母に話を始めた。母がうまく相槌をうって注意をひいているのを確認すると、俺はフィオナと席を立って、屋敷の中へと入り移動を始めた。
「アンナを置いてきてしまいましたけど、大丈夫でしょうか?」
「多分母が何とかするよ」
「……。あ。レオン様、クッキー、ありがとうございました。美味しかったです」
「お! ならよかった」
先日フィオナの誕生日があったわけだが、俺は町で買ってきたかわいい感じのクッキーをあげていた。今日こうやって祝っているとはいえ、何もしないのはな、と思ったのだ。結果としてフィオナは喜んでくれたし、ユーリ嬢たちからの信頼度も少し上がったらしい。ただ、フィオナはもらい過ぎじゃないかと恐縮していたけど。だが今日のパーティは母の発案だから俺のとは関係ないと言ってある。俺のメインはこれからなのだから。
「確かこの部屋だったな……」
やってきたのは屋敷にある部屋のひとつ。そこには立派なピアノをはじめとした楽器が置かれている、音楽室のような部屋だった。この国では歌い手の聖女様を初めとして、音楽に対する敬意が強い。それもあって、だいたいどこの貴族の家にもこういう部屋があるらしい。
この部屋にやってきた目的は、フィオナのお願いを叶えるためだ。
あの日、「考えさせてほしい」と言ったフィオナが出した答えは、「もう一度あの歌を聞かせてほしい」というものだった。それは俺がうなされていた彼女に子守唄代わりに聞かせたあの曲のことだ。少しだけ迷った俺だったが、フィオナは前世の話をもう知っている。それなら平気かな、と考えた俺はOKの返事をしたのである。
さて、そうなると問題なのは「何を歌うか」だ。1曲はリクエストされているので決定として、それだけというのも味気ない。もう2,3曲は歌った方がいいだろう。
ここで疑問に思ったのは、歌詞に使われている言葉のことだった。歌詞はこちらの世界の人にどう聞こえているんだろうか?
今俺は普通に日本語を話しているつもりだが、口から出ている言葉もそうとは限らない。それに、この世界にはない言葉もたくさん使われている。
英語を始めとしてプラスティックやアスファルトのようなカタカナ言葉、改札や観覧車といったこの世界にはないであろう物たちの言葉。これらがこの世界の人にはどんな風に聞こえるのか。
前にマルとリーンに歌って聞かせたときは特に聞かれたりはしなかったな。
気にしなければそれまでなのかもしれない。でも、前世にしかない言葉を話して身バレするってのも読んだ小説ではあったしなあ……。
いろいろと考えたが、今回はフィオナしか聴く人がいないので、むしろどう聞こえたのかを後で聞いてみることにした。
そもそも、この世界の歌は前世で言うところの「オペラ」や「ミュージカル」に近い。現代のJPOPが中心の俺の歌は珍しがられることはあっても、もてはやされたりはしないだろうし。
ピアノのセッティングが終ったので、俺はいすをひとつ持ってきて、そこにフィオナを案内する。これからフィオナ専用のミニコンサートだ。本音を言えばプロのバックバンドについてもらいたいところだけど、歌と演奏が分かるのは多分俺だけだし、時間もなかった。……でも、ピアノがあるなら、それだけでも素晴らしいコンサートになるだろう。ピアノのみの演奏にアレンジされた“楽譜“も持ってきたしな。
前世では歌はうまい方だったし、今は体が若いからか、声がよく出る。下手ではないはず。
「じゃあ、今から始めるよ」
「はい。お願いします」
俺はあらかじめ“楽譜表示“で出しておいた楽譜を持って、ピアノの前に座る。”憑依演奏“で使う楽器はこのピアノにしてある。準備は万端だ。マイクのスイッチが入ってるかも確認して……。よし。
“演奏開始”
途端に、体が動き出して、旋律をなぞった。あとはそれに合わせて、声を乗せればいい。
今回歌う歌は4曲。1,2曲目はマルたちに歌って聞かせたものを。3曲目には初めて歌う歌を。そして4曲目がリクエストされた曲だ。正直4曲は体的にきついけど、練習の際に身体強化したら耐えられたので今回もそうする。
1曲目は道端でたくましく生きる花のように繊細なようで力強く、2曲目は優しく語り掛けるように。
初めて歌う3曲目は、人と人に限りなく近いアンドロイドの少女の恋を描いたアニメに使われていた曲だ。たくさん傷ついて空っぽなフィオナの心が輝き、満たされますように、と願いを込めた。
最後の曲は、「君はひとりじゃないんだ」という気持ちを込めた。君の周りにはたくさんの人がいるんだ、と。
部屋は静かで、俺のピアノと歌声だけが響いていた。フィオナはどうだろうか? 楽しんでくれてるといいな……。
最後の旋律が終わって、部屋は静寂に包まれた。どう、だったのかな……?
パチパチパチパチパチ!
静寂を破って、拍手が鳴り響いた。拍手の主はフィオナだった。顔はほころんでいて、目には光るものが見える。……よかった。
俺は楽譜と演奏を解除してから、立ち上がってフィオナの方に近づいた。フィオナはまだ少しうっとりとした感じになっている。
「どうだったかな?」
聞いてみると、フィオナは開口一番「やっぱり……優しくて、心が軽くなる感じがします」と言った。なんでも、前に聞いた時も、おぼろげな意識の中でそう感じたらしい。……そういえば、マルたちも同じようなことを言っていたような——?
とにかく、喜んでくれたみたいだ。そのことが嬉しい。
その後、感想を聞くついでに、歌詞の言葉についても聞いてみた。何か変だとは感じなかったのか、と。
フィオナ曰く、歌詞のついての情景がするりと頭の中を流れるような感じがして、あまり気にならなかったらしい。俺が気にしていた言葉たちも、それぞれこちらにある似たようなものに変換されていたりしたようだ。アスファルトが石畳、というような感じで。
「レオン様、今日はありがとうございました。……素敵な歌でした」
「そう言ってもらえたなら嬉しいよ。……まだ知っている曲はたくさんあるんだ。君がよければまたやるよ」
「……ありがとうございます。楽しみにしてますね」
そんな会話をしながら笑いあう。とても穏やかな時間が流れていた。でも、そろそろ戻った方がいいかもしれないな。母ももう足止めはできないだろうし……。
「……そろそろ戻らないか? 君のことが大好きなアンナさんが騒ぎそうだからな」
「あ……。は、はい」
いすやピアノを元に戻し、部屋を出ようと歩き出して……足が止まった。
見ると、フィオナが俺の服の裾をきゅっと掴んでいる。……はて?
「どうかしたのか?」
フィオナは、俺の裾をつかんだ姿勢のまま固まっている。ただ、その瞳だけはそわそわとせわしなく動いていた。
「あ……あの……。その……」
根気よく待つ。ややあって、彼女は口を開いた
「ひとつ……お願いがあるのです……」
! お願い。なんだ?
「もし、ご迷惑でなければ……名前、で呼んでほしくて……」
名前?
話を聞いてみると、フィオナは俺に呼び捨てにしてほしがっていることが分かった。体裁とかもあるから、ふたりでいる時だけ。俺としては特に反対する理由もなかったので、承諾した。ついでに俺も呼び捨てで構わないと言ったが、そちらは固辞された。
そして、俺が承諾した時のフィオナは、今日で一番うれしそうにしていた。……かわいいな。優しく努力家で、かわいいなんて、いったい天はこの精霊——もとい女の子に何物を授けたんだろうな……。
少しだけ、胸の奥がざわめいた。
「それじゃあ、フィオナ。行こうか」
「……! は、はい」
こうして、彼女の誕生日パーティは大成功に終わったのだった。
多分これが主人公のスキルの正しい使い方だと思います。これからも出番はありそうです。




