幕間 sideエレオノーラ~読めない展開~
今日は何かと絡んでくるエレオノーラ嬢のお話です。
私の名前はエレオノーラ。アスレイル公爵家の令嬢よ。しかも、ただの令嬢じゃないわ。悪役令嬢なのよ! ……え? 何を言っているのかって? 私にだってわかんないわよ。分かっているのは、この世界が「君ハモ」っていう乙女ゲームにそっくりだってことだけなんだもの。
“君ハモ”、正式には「君と奏でるハーモニー~優しき歌姫は愛される~」。希少な魔力を持っていることが判明したヒロインが、魔法学園に入学して王子様などのかっこいい男の子と出会い、愛を育むというかなりオードソックスな内容だった。でも、制作陣がかなり気合を入れて作ったこともあって、乙女ゲームにありながら魔物と戦うバトルモードがあったり、ダンジョンや町の中などを歩いて情報を集めるといったRPG的な要素まで盛り込んだ、かなりやり込み要素の深いものだったのだ。
そしてヒロインの前に立ちふさがる悪役令嬢のひとりが、私——エレオノーラなのだ。
エレオノーラはカルロス王子の婚約者として登場し、平民のヒロインを、取り巻きをつかったりしていじめまくる。そして断罪されるというテンプレみたいな悪役だ。
実際、攻略対象者は全部で5人いて、ルートは6つあるが、そのうち5つのルートで破滅する。
日本人だった前世を思い出したとき、本当に頭を抱えた。「何で悪役令嬢なのよ!」と。
しかも、既にカルロスと婚約した後だったから、なおさらだ。
記憶を取り戻したショックで寝込み、状況を受け入れた私は決意した。「よし! 婚約破棄されよう!」と。
え? 王子の妃にならないのかって? ……だって私、カルロスの顔が好みじゃないんだもん。それに、王子妃とか窮屈そうだし。前世ではオタクだったのと同時に、農作業にいそしみ、運動も好きな動けるオタクだったのもあって、お城での生活なんてひどく退屈そうに思えたのだ。……そもそも死因だって、おそらく畑作業中の熱中症かなんかだったと思うし。
そんなこともあり、私はなるべくゲームのエレオノーラの真似をした。高圧的な態度をとり、わざと媚びるような態度もとった。……もちろん、いじめや嫌がらせみたいなことはしないけどね。
おかげさまでカルロスにはすっかり嫌われた。ヒロインのアメリアとイチャイチャしている。私は婚約者として、一応忠告はしてる。でも、かなりきつく嫌みを言っているので、これで王子の好感度は最低だろう。
無事に婚約破棄された暁には、さっさとこの国を出て、どこかに畑付きの小さな家でも買ってスローライフをする予定だ。そのための資金も、各種食材や料理のレシピとかを売ったお金で十分にたまっている。
ふふっ。楽しみだわ。
「お嬢様。調べていた件ですが……」
ガルムがそう声をかけてきた。あら……もしかしてアルバート伯爵家のことかしら?
ガルムは、私が前世の知識を取り戻して少し経ったころに、領地の町で出会った。行き倒れていたのを私が見つけたのだけれど、けがが酷かったので放っておけなかったのだ。最初は敵意むき出しのノラ猫みたいな感じだったけど、いつの間にか懐かれていた。行く当てがないというので、お父様に頼んで屋敷で雇ってもらったのだけど、丁寧な仕事ぶりであっという間に信頼され、私の護衛兼執事になった。……実はかなり好みの顔をしているのだけど、本人には内緒だ。
「それで、あの料理の出どころは誰だったの?」
私が調べてもらっていたのは、アルバート伯爵家の屋敷に泊まっていた時に出た食事についてだった。数日間泊まったわけだけど、その中で私が驚愕したのは、食事で米が出てきたことだった。
前世は家が農家だったこともあり、野菜や料理には詳しかった。私は将来に備えてケチャップやみそ、しょうゆなどを領内の職人と協力して作り出し、領内でくすぶっていたダールストン商会に声をかけて売ってもらった。だけど、米だけは見つけられなかった。伝手を頼って探したし、家畜の飼料になっていないかなども調べた。それでも分からなかったものが、伯爵家で出てきたのだ。冷静さを保つのが大変だったわ。
それに、しょうゆやみそもこなれた使い方だった。有名になってきているけど、和食的文化があまり浸透していないのもあって、まだ和食の調味料はいまいち使い方が洗練されていない。でも、伯爵家で出てきた食事は、和食にかなり近い味付けだった。
そこで思ったのだ。“ここには転生者か転移者がいるんじゃない?”と。
アメリアが転生者なのは行動や態度でわかっていた。そしてあの子は「ハーレムルート」を狙っている。攻略者5人のうち3人は攻略済みで、残りのふたりも攻略しようとしている。……私としては、あの子が何をしようが知ったこっちゃないわ。……少しばかり、邪魔はしてるけどね。ま、ゲーム通りになったらさっさとこの国から逃げるだけよ。フィオナと一緒にね。
フィオナは、ゲームでは私の取り巻きのひとりだった。とはいっても、実際は悪役令嬢の手下みたいなものだったけれど。フィオナは魔法が使えないことをエレオノーラからもいじられていた。そして彼女に逆らえないまま、嫌がらせやいじめの片棒を担がされて、破滅してしまう。最期はすごくみじめで、悲しいものだった。
前世ではこのゲームが大人気になったこともあって、漫画や小説にもなったのだけれど、私はそこに出て来るフィオナのファンだった。
だってそうでしょ。魔法が使えなくても、一生懸命に勉強して、いろんなことを頑張って。誰かに認めて欲しいと思いながらも、それも叶わないまま……。
私は……気が付いたら泣いていた。こんなにかわいそうな子はいないって。それから学園でフィオナを見つけて、友達になった。実際のフィオナは、本当にかわいくて、漫画や小説よりもずっといい子で。すっかり私はフィオナの虜になってしまった。それから私はフィオナの味方であり続けたし、かわいがった。ゲームみたいにいじめたりするもんですか。
だから私は、レオンが嫌いだ。こんなにもフィオナはいい子なのに、それに気づかず、アメリアに夢中だから。本気で闇討ちを考えたことも一度や二度ではない。でも、あんなクズでも何かあればフィオナが悲しむから、しなかった。
だけど、そうも言ってられなくなった。
このゲームでは、攻略対象者の好感度が上がった時や攻略完了の時の目印がある。カルロスは「城にある庭園でふたりきりでお茶をする」。マーカスは「図書室でふたりで勉強した後に、名前が呼び捨てになる」だ。こうなれば、攻略完了で断罪のイベントに進むのみになる。
そして、レオンの目印は、「けがをして復帰した後に、まじめに勉強をし始める」ことだ。
今まで、レオンはもうアメリアにべったりだったけど、攻略完了を示す出来事が起こっていなかった。だから様子を見ていたけど、突然休んで、学校に来たと思えば態度が一変していた。レオンが攻略されたら、フィオナも破滅だ。だから私はフィオナを説得して一緒に行こうと言うつもりだった。
でも、不思議なことにレオンはフィオナにも優しくなった。本来ならアメリアに対して甘くなるはずなのに……。そのアメリアとは、前よりも距離ができているように見えるし……。どういうことなの?
ガルムに依れば、米を調理したのは伯爵家の屋敷の若い料理人みたい。もし転生者がいるとすればレオンか屋敷の誰かかもしれない。……私からすれば、レオンが一番怪しいのよね。変わり過ぎだもの。クズから一転してまじめな好青年ぽくなってるし。
でも、ゲームだってあれに近いところまで変わるわけだし、何より私やアメリアがいることで何かしらの影響が出ている可能性は十分にある。その証拠に、レオンの攻略完了の印は、かなり遅く出たしね。
……まだ決めつけるのはよくないわ。これからまたイベントがある。そこできっとわかるはず……。それまでは様子見に徹しよう。
ガルムからの報告を聞いた私は、そう考えをまとめると、ガルムの淹れてくれた紅茶を飲んだ。
いつも読んでくださってありがとうございます!
仲間がいました……。
ついに明かされた乙女ゲーム設定。主人公は攻略対象で、フィオナちゃんはヒロインから見ると悪役令嬢側なのです。主人公はゲーム云々については何も知りません。そしてこれからある行事はゲーム的に言えばイベントなわけです。それに主人公はどう立ち向かっていくのか⁉
次回はここまでの登場人物を簡単に紹介します。その次から続きのお話になります。




