4-20 ダメ男は婚約者を叱りつける
意識が少しずつ覚醒していくのが感じられ、俺はゆっくりと目を開けた。初めは少しかすれた感じだったが、次第にクリアになっていった。ここは……アスラの領主館だろうか?
起き上がろうとするが、身体中に痛みが走る。……当たり前か。魔力のごり押しで体を酷使し続けたんだもんな。
痛みに耐えつつ何とか起き上がる。身体を見てみると、あちこちに包帯が巻かれていた。特にナイフをつかんだ手は、厳重に……。でも、怪我のわりに大げさな感じになっていないのは、ポーションとかであらかた治療されたからなのだろう。
丁度その時、部屋がノックされた。入ってきたのは、兄であった。気を失う前に見たのが最後だったが、あれからどうなったのだろう? 魔物はおそらく兄が倒したのだろうが。
「お。ようやく起きたのか」
「ええ。兄上。俺はどのくらい寝てました? あと、魔物や盗賊たちはどうなりました?」
「ああ。それも今話すからよ」
兄に依れば、俺は丸1日以上眠っていたらしい。そしてその間に、襲撃は終わっていた。やってきた魔物はほとんどが倒され、同時に町の中に潜んでいた盗賊たちは捕らえられたという。さらわれた人は0。だけど危ないところだったらしい。盗賊は10人以上もいて、中には町の人に変装して避難所に紛れていた者もいたそうだ。そちらにいたやつらが逃げ出そうとしていた所に兄上が出くわし、そいつらを倒した。それから領主館にやってきたところを俺が見たというわけだ。
ちなみに、領主館の中には8人、外の広場近くには3人が居たらしいが、外の広場近くにいたやつらは全員俺の氷に巻き込まれて凍っている所を発見されたらしい。そして、そいつらは魔物の支配とさらった人の運搬役をしていた。操る人間がいなくなったことにより町の中の魔物は統制を失い、また他の場所にいたやつらの仲間も、連絡のつかない仲間が多数出たことで足並みが乱れ、兄に捕まった、と。
俺は魔力切れと身体の酷使によって倒れたとのことで、とにかく休めと言われた。
「お前の婚約者も心配してたぞ」
最後にそう言ってから、兄上は部屋を出ていった。
俺はむりやり起こしていた体をベッドの横たえる。……そっか。終わったか。思えば、とても長く感じていたけど、1日にも満たない時間だったんだよな。1日でこのざまじゃあ、もし2,3日と戦うことになった場合、体が持たなそうだ。……まあそんな事態、ないに越したことはないだろうけど。
ふう、と息を吐いてから俺は、気を失う前、盗賊の女と対峙していた時のことを思い出していた。
あのとき、俺は女の言う通りに武器を置こうとしながら、反撃のための準備を密かに行っていた。ゆっくりと動きながら時間を稼ぎ、風の魔力を少しずつ、空気中に放出していたのだ。正直言って、フィオナの言葉には驚かされたし、動揺した。でも、集中を乱せば魔力が霧散してしまいそうだったので、反応することもできなかった。
そして準備が整いかけたとき、女がこちらにナイフを向けてきたのだ。一歩間違えば怪我では済まなかったかもしれないが、女が俺に近づいてくるのは好都合だった。女がナイフを俺の首筋に当てた瞬間、俺は魔法を発動し、効果が現れるであろうあたりで反撃に出たのだ。
俺がその時にしたのは、女の周りを自分の風の魔力で覆うことだった。そして魔力が満ちたタイミングで、それを使い女の顔の周りの魔力を固めて、結界のようにする。するとどうなるか?
女は、密閉された小さな箱に顔を突っ込んでいるような状態になるのだ。もちろん目には見えないから、わかるわけもない。密閉された場所で呼吸していれば、いずれ酸素は無くなり、酸欠を起こす。そして酸欠状態で力を失った女から、フィオナを奪い返したわけだ。
はっきり言うと、これはもう風魔法の領域から飛び出している気すらする。でも、“風”は身の回りの空気を動かしてできるものだから、風の素である空気だって操れるのではないか?と思ったのだ。結果としては、今回の通り。でも、何度も練習していた段階で、発動には相当な魔力と集中力が必要なことから、あまり使えないと思っていたけど、やっておいてよかったと改めて思った。思いついたことはなるべく試しておくべきだな。……それを想えば、“投擲”も今回は大活躍だったし。
“投擲”というのは、俺が発見した(?)無属性魔法だ。効果は狙ったところに物を投げるというもの。これは部屋で書き損じの紙をごみ箱に放り投げたときに思いついた。片手に乗るものにしか効果がないという制約はあるが、狙った場所に真っ直ぐに飛んでいくので、相手が素早くよけない限りは外れない。これのおかげで、魔物や盗賊にぶつけた氷球、オーガに当てた瓶など、役立つ場面が多かった。魔法と言えば……。
俺は痛む体を動かして再び起き上がり、ハンターカードを手に取る。“ステータス”
ハンター名 シンゴ (レオン=ファ=アルバート)
ランク アイアン
状態 健康(疲労:大・魔力減少:大)
称号 「転生者」
魔法 「風魔法」 「氷魔法」
スキル 「魔装・纏」
体力 C
魔力 C
備考 「歌好き」
現れたパネルが目に映る。……やっぱりか。体力と魔力が上がっているのは訓練の成果だろう。そして、“スキル”の「魔力制御」が「魔装・纏」というのに変わっていた。……これは“まとい”って読むのか?
とにかく……「鑑定」
魔装・纏 … 魔力を身体に纏う「魔装」の型のひとつ。
権能:身体能力上昇(俊敏性と跳躍力のみ補正・強 その他・中)
魔法の効率化(魔力コスト削減・威力上昇・魔法耐性・魔術耐性)
これは……魔力制御の上位版って考えればいいのか? 屋根から屋根に飛び移っていた時、一瞬体が熱くなった。「魔力制御」を手に入れたときも、同じような感じだったから、もしかしたらと思ってたけど……。しかし、まだこの世界で目覚めてから3か月も経っていないのに、もうこんな強力な感じのスキルを手に入れちゃったよ。……転生特典のチートなのか? いや、そもそも最初は何もなかったし。……もしくは称号の「転生者」には、経験値2倍だとか、スキルが手に入りやすい、みたいな効果があるのかも、と思ったが、鑑定してもそれらしき記述はなかった。
コンコンコン。
部屋の扉がノックされる。俺の返事を聞いて入って来たのは、フィオナだった。顔は緊張のためか、こわばっている。彼女はベッドの上で起き上がっている俺を見ると、安心したような顔をした。でも、中々話さないので、こちらから話しかけてみる。
「こんにちは、フィオナ嬢。1日ぶりかな? なにか困ったことはおきていないか?」
できる限り優しく聞こえるように声を出す。フィオナは俺を見て、ビクッと身体をこわばらせた。
「は……はい。皆さん、は、優しくして……くれます」
途切れ途切れになりながら、そう答える。そして、数秒の沈黙の後、恐る恐る俺に問いかけてきた。
「あの……怒って、いらっしゃいますか?」
「怒っていないと思っていたのか?」
それに俺は低めの声で答える。
「こっちに来なさい」
有無を言わせない感じで、続ける。フィオナは、ゆっくりと俺の近くまでやってきた。俺は痛む体をむりやり動かして、ベッドから出て立ち上がる。俺よりも頭ひとつ分ほど低い彼女の体は、小刻みに震えていた。
「なんで俺が怒っているのか、わかるかい?」
「……」
「あのとき、君が自分の命を投げ出そうとしたからだ」
言いながら、思わずこぶしを握りしめる。
「あのときも言ったが、俺は、君を犠牲にしてあの女を捕まえるつもりなんてこれっぽっちもなかったし、そんなことをさせるつもりは全くなかった‼」
「君はそれで、あいつらが捕まるならいいと思ったのかもしれないが、そんなの大間違いだ! だいたい、前から思ってたが、君は自分を軽視し過ぎだ‼ 君がいなくなって、誰も悲しまないと思ってるのか? 思い上がるな‼ 少なくとも、俺は悲しいぞ‼」
俺の言葉に、フィオナは驚いたように目を開く。
「婚約者だからだとか、君がかわいそうだからとかじゃないぞ。俺は、自分に足りないものを受けとめて、努力を続けることができる君を尊敬している。今回の戦いのときにくれた剣や魔道具。あれがなければもっと被害は大きかっただろう。俺も、あの場にいた仲間たちも、皆君に感謝してるんだ」
フィオナは、身じろぎもせずに、俺の話を聞いていた。体の震えは、もう止まっている。
「騎士たちもそうだが、母上や侍女たち、エレオノーラ嬢に、君が話してくれた乳兄弟の子。皆君がいなくなったら悲しむぞ。君は……君は‼ 家族には愛されてないのかもしれない。でも‼ 君のことを大切に思ってくれている人がたくさんいることをちゃんと知るべきだ‼ 家族じゃなくたって、君を愛してくれる人たちが周りにはいるってことを……な」
それから、彼女の頭にポンと手のひらを乗せて、言葉を紡ぐ。
「実感は湧かないかもしれないが、これからはあんなことを言わないでほしい。……俺は、フィオナが婚約者でよかったって思ってるんだから。今更別の人なんてお断りだ」
フィオナは、はっとした顔で俺を見上げる。その瞳にはじわじわと涙が溜まっていき、やがて水面のように揺らめいた。彼女が何か言おうと口を開く。
「レオン様。ありが『話は聞かせてもらったわ‼(よ!)』
フィオナの言葉をさえぎって、いきなり部屋の扉が開けられ、ふたりの人物が乱入してきたのだ。
……何事?
乱入してきたのはいったい誰なのか⁉ 素直になりかけたフィオナちゃんの言葉を遮った罪は重いぞ!
次の更新は明日の16時を予定しています。そしてもう1話分をいつもと同じ20時に更新する予定です。話数を計算し損ねた結果、変な更新頻度になってしまいました。申し訳ないです。




