4-15 ダメ男は魔物の襲来に備える②
次の日の朝方。俺たちはかなり早い時間から起きて準備を整え、城壁の上に陣取っていた。まだ魔物の姿は見えないが、気は抜けない。それに、もうすぐやってくるのはわかっていた。なんせ、森の方からいくつもの木が倒れる大きな音がしていたからだ。それが魔物が木を倒した音なのか、俺たちがしかけたトラップの成果なのかは分からないが、魔物がこちらに近づいてきているのは間違いない。……夜討ち朝駆けが戦の基本——とは言うけど、それを体感することになろうとは……な。確かに寝てる人が多い時間帯だから、奇襲にはもってこいだよね。とは言っても、こちらも着々と準備は整ってる。城壁の上にいる人も段々と増えてきていた。
城壁の上には俺たちの班の4名と、マルスの隊の8名、そしてラシンとシャーロットがいる。
ふたりとは昨日の夜にたまたま再会したのだが、腕を磨くために伯爵領の魔物討伐に参加していたのだ。そしてこのあたりを拠点に活動していて、今回の事態に巻き込まれた。このふたりは信頼できるので、他のハンターとは別にしてもらい、臨時で俺の班に組み込んでもらった。聞けば、ふたりでもう50匹以上の魔物を倒したという。……やっぱ強いわこのふたり。
ラシンたちと談笑していると、こちらに近づいてくる人影があった。まだやや暗いため、誰かは分からなかったが、数人いるのが分かる。
そこに居たのは、母上とフィオナだった。後ろには護衛の騎士と、箱を持った侍女がいる。
「おはようレオン。気分はどうかしら?」
「おはようございます母上。できるだけ早く終わらせたい気分ですよ」
「最初は皆そんなものよ。私やジルだって、緊張したもの」
「そうなんですか?」
「そうよ。まあでも、あの戦いがあったからジルと知り合えたんだけどね」
……そう言えばハンター活動中に知り合ったことがなれそめだと言っていた気がする。
「あ、あの‼」
声が上がったので見てみると、声の主はシャーロットだった。緊張しているのか、顔が少しこわばっている。
「……“旋風”のアニエス様ですよね⁉ 私、あなたの大ファンなんです‼」
母上を見るシャーロトの目はとてもきらきらしていた。……“旋風”?
母上は懐かしそうな顔をした。
「あら。そう呼ばれるのはずいぶんと久しぶりねえ。もう20年ぶりくらいかしら?」
「あああ⁉ やっぱり‼ あの、握手してください‼」
シャーロットは嬉しそうに母上と握手をしている。隣のラシンは不思議そうな顔をしていた。
「なあシャル。この人誰だ?」
そしてストレートに疑問をぶつけた。次の瞬間、「はあっ⁉」という声を向けられる。
「この方はアルバート伯爵家夫人のアニエス様だよ‼ 伯爵家のご令嬢であったにも関わらず、ハンターとして活動していて、目にも止まらぬ速さで攻撃を仕掛けるから“旋風”って二つ名までついてた凄腕なんだから‼ 全ての女性騎士やハンターのあこがれなんだよ‼」
シャーロットはかなり熱っぽく話してくれた。……そんなにすごかったんだなこの人。
彼女はヒートアップした様子でラシンに母上のことを語っている。それを尻目に俺に近づいてきたのはフィオナだった。その瞳は不安そうに揺れている。
「……心配か?」
そう問いかけると、フィオナはこくりと頷いた。小さな口をきゅっと引き結んで、俺を見る。数秒の後に、彼女は身を翻して侍女の持っていた箱の中から、一振りの剣と、腕輪のようなものを出してきた。
「……それは?」
フィオナはややうつむきながら答える。
「これは、魔鉄で打った剣です。ま、魔力を通しやすい素材でできているので、その……剣に魔法をまとわせることもできると思います。……あと、剣には切れ味を強化する力を、腕輪には魔法を強化する力を込めました。……よければ、使ってください」
「もしかして君が?」
「いえ……。私は剣や魔石に無属性魔法をかけただけで……。これくらいしかできませんから……」
差し出された剣を持ってみる。今までのよりも光沢があるように感じられた。人のいない所で振ってみると、結構手になじんだ。不安そうにこちらを見ているフィオナに向き直り、明るめのトーンで言う。
「ありがとう‼ 大事に使わせてもらうよ」
「……はい」
俺が喜んでいるのを感じ取ったのか、フィオナはほっとしたように微笑んだ。
とここでひとつ思いついた俺は、収納にいれていたあるものを出して、それをフィオナに渡した。
「これ……は?」
不思議そうにしている彼女に、危ないと思ったら、これを相手に投げるように言う。万が一の時の保険だ。母上や護衛がいるけど、用心するに越したことはないし。
持ってきた武器や腕輪は、まだまだあるということで、その場にいたカイルたちにも配った。皆ありがたがっていた。聞けば、新兵に近いうちは、なかなか魔鉄製の武器を持つこともできないのだという。途中ラシンがフィオナを見て「かわいいな」と声をあげ、シャーロットに叩かれるという一幕もあったが、フィオナの持ってきた剣と腕輪は、全て行き渡った。
「レオン様……ご武運を……」
フィオナはそう言うと、母上と共に戻って行った。
「まさかレオン様にあんなにかわいらしい婚約者がいるとは思いませんでしたよ」
「本当ですよ。……素敵な方でしたね」
近寄ってきた騎士たちがそんなことを言ってきた。俺はそれに頷いてから言葉を返す。
「ああ。俺にはもったいないくらいの婚約者だよ」
「のろけですか?」
「どうとでも言ってくれ。……それよりも気を引き締めよう。お客さんがご到着だ」
そう言って城壁の外を見ると、そこには目視できるくらいの距離にまで、魔物たちがやってきているのが見えた。さあて、俺が勝手に立ててる誓いのため、そしてフィオナやこの町、そして領地のため、あんな奴らも盗賊たちも全部叩き潰してやる‼
やってくる魔物たちをにらみつけながら俺は自身を鼓舞した。
全面戦争じゃーー!




