後編
ー来てしまった。
麗かな春の日差しに照らされる田舎道に佇みながら、僕は呆然と空を見上げた。空の青さとは裏腹に、僕の心は鈍色の雲に覆われている。
そんな僕の頭上を、ヒバリが嗤うように囀りながら通り過ぎて行った。
リチャードから預かった書状は懐の中にある。この書状をリディア嬢に手渡すのは、なんとも気の進まない仕事だった。
僕は、リディア嬢の姿を思い出す。
美しいが華やかな人ではなかった。
かってのプリシラが満開のガーベラの花のような可愛らしい人であったのに対して、リディア嬢は水面の辺りに佇む白樺のような人だった。
万人に分かりやすく可愛らしい人ではない。艶やかな人でもない。むしろ、どこかひょろりとして頼りない。
それでも、その佇まいには気品があった。
嫋やかなその身体を真っ直ぐに伸ばして、美しい頭を毅然と持ち上げて。
リチャードがその美しさに気づかなかったのか、たんに好みではなかったのかは分からない。
ただ、リディア嬢が婚約者に決まった時から破棄に至るまでの間、彼がリディア嬢に心を配るようなことは一度もなかったと思う。
それでも、彼女は俯くことなど一度もなかった。リチャードがプリシラと派手にイチャついているのを目撃したときも、謂れのないプリシラへの虐め行為で糾弾されている時も。
再度、ヒバリの嘲る鳴き声がして僕は過去の思い出から我に返った。
あの気高い令嬢に愚かな内容が認められた書状を手渡さねばならないのは、なんとも気が滅入る仕事だ。
彼女はどんな顔をするのだろう?
軽蔑されるのだろうか?嫌悪されるのだろうか?万に一つでも喜んで受け入れてくれる可能性はあるのだろうか?
彼女の住まいだという国境にほど近い砦に続く道は、でこぼことして歩きにくいことこの上なかった。
道の両脇には藪のような蔓性の植物がうっそうと茂っていて、青い小さな花を咲かせている。マルハナバチがぶんぶんと音を立てて飛び交い、何処かから堆肥の匂いが漂ってくる。
何はともあれ、彼女はこんなところで一生を終えるような人ではない。僕は、でこぼこ道を歩きながら強くそう感じた。
彼女が恩赦を受け入れても受け入れなくても、この場所を出てもっと暮らしやすいところに移るように説得しよう。今度こそ、彼女の力になってみせる。
これは、あの日彼女を救えなかった僕の贖罪でもあるのだ。
そして、もしそれを受け入れてもらえたら、今度こそ彼女に想いを告げよう。心に仕舞い込んで、ずっと言えなかったひとことを。
そう決意すると、僕の足並みは自然と早くなった。相変わらずヒバリは僕の頭上で嗤っていたが、それももう気にならなかった。
しばらく歩いたのち、僕は彼女の住む砦へとたどり着いた。
むかしの国境を守る砦であったが、その建物は役目を終えて久しい。国境線は今よりもっと西へと移動し、ここにあるのは砦の痕跡とも残骸とも言える代物だった。
石造の建物は朽ち果て、崩れた石垣からは向こう側の景色が覗いている。頑健だったであろうその石垣からはぼうぼうと草花が立ち伸び、少し衝撃を与えただけでボロボロと崩れそうだ。
久しく手入れされていないのだろう。
しかし、その石垣の手前にある小さな古屋には、最近になって手を入れたであろう痕跡があった。
丸太でできたその古屋は、ペンキで塗り直されており、傷んでいたと思しき箇所は新しい丸太に差し替えられてきっちり継ぎ合わされている。
窓は開け放されていて、レースのカーテンが揺れるたびに窓台に置かれたゼラニウムの鉢が垣間見えた。
古屋の周りには相変わらず蔓性の植物が生い茂り小さな青い花を咲かせていたが、家の前は綺麗に整備されていて、小さな花壇や畑も見受けられる。
木と木の間に張り渡したロープには洗濯物と思しきシーツが掛かっていて、パタパタと風にはためいていた。
思わぬ生活感のある光景に、僕はほっと胸を撫で下ろす。と、同時にこんな田舎で不便な場所で、それでもなんとか暮らしていたのかと思うと心が締め付けられるような気がした。
かってのリディア嬢からは想像もつかない生活だ。
僕は意を決して古屋の前に立つと、少し強めにドアを二回ノックした。
「はぁい」
朗らかな声がノックに応える。彼女の声だ。僕は、胸が震えるような気がした。
軽やかな足音が近づいてきてドアが開き、笑顔のリディア嬢がその姿を見せた。
「あ…リディ…」
と思ったとたん、バタン!と笑顔のリディア嬢の残像だけ残して、ドアは無情にも閉まってしまった。
僕の目の前にあるのは、ペンキを塗り直してもなおも毛羽立っている古いドアだけだ。
「えっ?ちょ…リディア嬢?」
「いません!」
「いや、いますよね?いまお姿が…」
「人違いです!」
「人違わないですよ!リディア嬢でしたよ!」
「ちがいます!」
「ちがいません!」
「ちがいますったら!」
「ちがいませんよ!」
不毛なやり取りを数回繰り返したがドアが開く気配はない。
「こんなことを言えた義理ではないのですが、どうかドアを開けてお話しさせて下さい。僕は、あなたに会うために王都からここまで来たんです」
「どうせリチャード殿下が執務をするのが面倒になって、私を呼び戻せとかなんとかおっしゃったのでしょう?私の方にはお話することなんか、なんにもございませんから!」
図星をつかれて僕は言葉に詰まる。
「確かに僕は、リチャード殿下にあなたを呼び戻すように言付かっています。恩赦の書状も預かってまいりました」
「恩赦など必要ありません」
「しかし、恩赦が与えられれば、あなたは王都に帰ることができるんですよ?こんな不便な土地に骨を埋めるおつもりですか?」
「えぇ、そのつもりですわ。どうか書状を持ってお帰りになって」
「あなたと一緒でなければ帰りません!」
「帰ってください!」
ドアの向こうでリディア嬢が小さくため息を吐く気配がした。自分が招かれざる客になり得ることは十分に自覚していた。しかし、こうして明確に拒絶されてしまうと、その自覚が薄っぺらいものだったことに気付かされてしまう。傷ついたり残念に思ったりする権利など、僕にあるはずもないのに。
「せめて、お話だけでもさせてください。あなたがお元気で恙無く生活しているのかどうか、それだけでも知りたいのです」
絞り出すように懇願すると、細くドアが開いて隙間からリディア嬢の困ったような瞳が覗いた。
彼女が優しい性格なのは知っていた。頼まれると嫌とは言えない性格なのも知っていた。
「お話だけなら伺います。でも、恩赦を受け入れたり王都に帰ることはお断りですから」
「もちろんです」
ドアは開かれ、少し迷惑そうな顔をしたリディア嬢は僕を古屋に招き入れたのだった。
外観から古い荒屋だと思っていたが、室内は清潔で手入れが行き届いていて、開け放たれた窓からは日の光が溢れんばかりに差し込んでいた。
壁は明るいアイボリーのペンキで塗られていて、部屋の中央に置かれた上等ではないがしっかりとした作りのテーブルには淡い藤色のスカラップのクロスが掛かっている。クロスの裾には小さな青い花がぐるりと刺繍されていた。
暖炉の前には手作りと思しきチューブラグが敷かれ、その上には座り心地の良さそうな揺り椅子が鎮座している。揺り椅子の足元には籠に入った端切れと手芸道具が置かれている。
心配していたような悲壮感はどこにもなかった。ごく長閑でありふれた民家の一室。だが、生活感が少なくすっきりしているのは、リディア嬢らしいと思わされた。
「お掛けになって。いま、お茶を淹れますから」
そう言って、リディア嬢はキッチンに移動する。
僕はクロスの掛かったテーブルから椅子を引き出して腰掛けると、お茶の用意をするリディア嬢を眺めた。
よく手入れされて上質なオパールのようにとろりと輝いていた髪の毛は無造作に束ねられ、白く陶器のようだった肌は少し日に焼けている。コルセットで締め上げられ折れそうなほどに細かった腰は気持ちふっくらとして、華奢だった身体はほどよく丸みを帯びている。すとんとした飾り気のない麻のワンピースを着た彼女は、その所作の美しさがなければ普通の農家の娘に見えなくもない。
もともと華美な装いを好む人ではなかったが、今の彼女は貴族だった頃の姿など想像もつかないほどシンプルだ。唇に紅さえさしていない。
しかし、今の彼女は生命力に満ち溢れていて眩いほどの美しさだった。
張り詰めたような表情をして毅然と佇んでいた以前の姿とは比べるべくもない。
刈り込まれて剪定されていた枝葉は、今は自由にその手を広げ、しっかりと大地に根を張り健やかに育った大樹のように伸びやかに微笑んでいた。
「今日はお天気が良いから、歩いてここまで来られたなら汗ばむくらいだったのではなくて?」
そう声を掛けられて、彼女に見惚れていた僕ははっと我に返った。
「街からずいぶん歩きましたから」
「お疲れさまでした。この辺りは道が悪くて馬車も入れませんから、ここまで来るのは大変でしたでしょう?」
そう言ってリディア嬢は笑った。
最寄りの街からこの古屋までは徒歩で30分近く掛かった上に、歩きやすいとは言い難い道のりだった。
曲がりくねったでこぼこ道で、水捌けが悪いのかぬかるんでいる所すらあった。
「…やはり、このような辺境の地で暮らすべきではないと思います」
思わず言い募った僕に、リディア嬢は非難するような目を向ける。
「ここは不便だし令嬢のひとり暮らしは防犯の面でも心配です。不本意かも知れませんが、恩赦を受け入れて王都に帰りましょう。心無いことを言う連中からは、僕がお守りしますから」
「必要ありませんわ」
僕の申し出を彼女は涼やかに断った。
「恩赦を受け入れるということは、リチャード殿下とプリシラさんが申し立てた私の犯罪行為を認めると言うことに他なりません。そのようなことはごめん被ります。それに、先程も申し上げましたが、私はここでの生活が気に入っているのです」
そう言いながら、彼女は僕の前にカップを置いた。その中には鮮やかなブルーの液体が入っている。
「これは?」
「ブルーティーです。最近、王都でも人気なの。ご存じない?」
「噂だけなら。大変希少で高価なものだと伺っていますが、なぜ…」
こんな高価なものを?と問いかけて言い淀んだ。
ブルーティーは少し前から王都の女性を中心に爆発的な人気を博しているお茶である。
青く鮮やかな見た目もさることながら、柑橘系のシロップを加えると鮮やかなピンク色に色が変わるという珍しさも相まって、誰もが手に入れようと躍起になっていた。
特にプリシラはこのブルーティーを手に入れようと駆けずり回っていて、割高だが安定して手に入れることのできる良い仕入先を見つけた時は小躍りして喜んでいた記憶がある。
「だって、王都にこのお茶を卸しているのは私ですもの」
リディア嬢は楽しそうにころころと笑った。
「卸し…え?」
「外に小さな青い花がたくさん咲いていたでしょう?あれを乾燥させたものがブルーティーですわ。本当は希少でもなんでもありませんの」
「や、でも、王都ではなかなか手に入らなくて…」
「供給を絞っておりますから」
リディア嬢は澄ました顔で言う。
「良いものですけど、ありふれた物だと売れませんからね。希少で高価だからこそ、貴族の皆様からご所望頂けるのですわ」
言われてみればブルーティーの販売戦略は貴族の琴線を刺激するのに絶妙な線を突いていた。
販路不明の希少さに加え、高価ではあるが手が出せないわけではない価格設定、柑橘類を加えると色が鮮やかなピンク色に変わるという噂が広まってからはそれを求める声はさらに大きくなった。
「プリシラさんなんか、三倍の金額でも良いから買うとおっしゃって下さって。今では良いお得意さまですの」
「もしかして、お付き合いが?」
「いいえ、販売者が私だとはご存じではありませんわ。でも、昨日の敵は今日の財布と申しますでしょう?慰謝料代わりにたっぷり稼がせて頂きました」
「…そんな諺はありません」
「まぁ、そうだったかしら?」
リディア嬢は楽しそうに声を上げて笑った。
初めて聞く屈託のない彼女の笑い声に、ここでの生活が本当に性に合っているのだと実感させられる。
これでは王都に帰ろうと誘っても、むしろ他の土地に移ろうと誘っても首を縦には振らないだろう。
「でも、プリシラさんのおかげで素敵な家を購入することができましたのよ」
「い、家!?」
リディア嬢の爆弾発言に、僕はあやうく飲んでいたブルーティーを吹き出しそうになった。
「えぇ、ご心配頂いた通り、ここはやはり不便ですしひとり暮らしはなにかと不安でしょう?手入れはしていますが、この建物も暮らしやすいとは言い難い造りですからね」
「いや、確かに心配はしましたが…それにしても家って。お茶を買うのにどれだけ金使ったんだあのバカ女!!」
「私への慰謝料だと思って頂ければ、そこまでの浪費でもないでしょう」
思わぬところで知ったプリシラの浪費ぶりについ悪態をつくと、リディア嬢は宥めるように笑ったあとピシャリと言い放った。
「まだまだ足りませんけどね」
「リディア嬢…」
呆然とする僕にリディア嬢は笑顔のまま言い放つ。
「貴族としての地位も誇りも、王都での立場や暮らしも、家族や友人すらも奪われたのですよ?家の一軒や二軒で償いになるとお思いですか?」
「いや、それは…」
「全力で毟り取りますけど、お目溢し頂けますわよね?」
「…国庫が傾くようなことになれば見過ごせません」
「あら、たかがお茶ですわよ。そこまで高価なものではございませんし、お気になさるならドレスや宝石の方を優先するべきでは?私なんてお茶だけで家が建ちましたのに、ドレスや宝石を扱っている方々はどれだけ財を成したことでしょうね」
そう言われてぞわりと鳥肌が立った。早急に王都に帰って、プリシラ関連の支出を改めて確認しなければならない。
が、目の前のリディア嬢をこのままここに残して帰るのは、やはり僕には堪え難かった。
一度は手に入れることを諦めた宝石が、いま目の前に所有者もなく無防備に置かれているのだ。
ほかに執務の補佐をする者がいれば、リチャードはリディア嬢にそこまで執着はしないだろう。
プリシラを隠居させ、リチャード好みの可愛らしいタイプの女性を紹介すればそちらの方が喜ばれる可能性すらある。
このまま王都に帰ってしまえば、もう二度と彼女に会うことは叶わないだろう。
「リディア嬢、僕は…」
想いを告げようと意を決して顔を上げたとたん
「ただいまー」
朗らかな声がして玄関のドアが開き、素朴な装いの大柄な男が入ってきた。
リディア嬢がぱっと顔を輝かせて、男の元に駆け寄る。
「おかえりなさい、ロブ」
「ただいま、リディア。会いたかった」
そう言って男は、大きく両手を広げてリディア嬢をぎゅっと抱きしめた。
「ちょ、離してロブ。お客さまが見えてるのよ」
顔を赤くしてリディア嬢が抗議すると、男は怪訝そうな顔でこちらを見た。
「どちらさま?」
「王都から見えたリチャード殿下の使者の方よ。こちらの現状を確認するためにいらっしゃったの」
リディア嬢の説明に男は少し不愉快そうな顔をしたが、すぐに思い直したように微笑みを浮かべると田舎の粗野な男には似つかわしくない洗練された動きで僕に握手の手を差し出してきた。
「ようこそおいでくださいました。リディアの夫のロバートと言います。わざわざ王都から妻の様子を確認に来てくださったのですね」
「は、初めまして」
声が掠れそうになるのをなんとか抑え込んで、僕は立ち上がってその手を握り返す。
日に焼けた顔、節くれだった手、身体は大きく僕より頭ひとつ分くらい背が高い。
そのくせ、表情は少年のようにあどけなく僕を見つめる鳶色の瞳は穏やかで善良そうだった。
ーリディアの夫
一拍遅れてその意味を理解する。
「ご結婚されていたのは存じませんでした」
動揺が悟られないように、努めて朗らかに応える。
「あら、お話するのを忘れていたのかしら?あと半年もすれば赤ちゃんも産まれますのよ」
そう言いながら、リディア嬢はそっとお腹に手を当てた。
そんなリディア嬢を、彼女の夫が愛しむように眺める。
「僕には勿体ないくらいの人で、彼女に出会えたことは人生の喜びそのものですよ」
「まぁ、買い被りすぎよ、ロブ」
ほんのりと頬を染めながらリディア嬢がそう言うと、ロバートは大袈裟に被りを振った。
「何を言ってるんだ!田舎の粗野な学もない農夫だった僕に、学問の楽しさや紳士としてのマナーを教えてくれたのは誰だい?識字率の低いこの村の人たちに読み書きを教え、職業を選択する幅を増やしてくれたのは誰だい?ブルーティーを王都に卸して、この村に人並みの豊かさと飢えや病気に怯えずに済む生活をもたらしてくれたのは誰だい?全部きみじゃないか!きみは僕だけじゃなく、この村に住む全ての人にとっての女神だ!太陽そのものだよ!そんなきみの夫になることができた僕は、この世で一番の果報者と言っても過言ではないさ」
「大袈裟ね」
そう言いながらリディア嬢は、ほんのりと染まった頬を両手で押さえた。王都では見せたこともないそのあどけない仕草は爆発的な可愛らしさで、ロバートの頭が僕より一つ分も高くなければ嫉妬のあまりうっかり殴りつけていたかも知れなかった。
「この地域の方々に、学問を教えてらっしゃるのですか?」
「えぇ、読み書きや計算が苦手なばっかりに、都会から来た業者に搾取されてる方がたくさんいらしたので」
冷静になろうと何気なくした質問に、思わず重い答えが返ってきて少し焦る。
「でも、最初はなかなか受け入れてもらえなかったの」
「机に齧り付いてるより、畑で鍬を振っていた方が金になると考えてる連中ばかりだったからね」
「自分の名前が書けるようになるのすらなかなかだったわね」
リディア嬢は、そう言って遠い目をした。学ぶことの大切さが分からない人々に、学問を教えるのは相当苦労したのだろう。
「子供たちをお菓子と絵本で釣ったのが、今にして思えば成功への第一歩だったな」
「美味しいお菓子でお勉強をさせて、綺麗な絵本を貸し出しして」
「絵本を持って帰った子供たちが、親に読み聞かせをねだったら親たちは全然読めなくて」
「お勉強に通ってくる子供たちの方が先に文字を覚えてしまったものだから、子供たちがご両親に絵本を読み聞かせるなんて逆転現象が起きてしまったのよね」
そう言ってリディア嬢は楽しそうにころころ笑った。
「おかげで親たちの向上心に火がついたのは嬉しい誤算だったけどね」
ロバートが優しくリディア嬢の肩を抱く。
「でも、それも全てきみのおかげだ、リディア」
その言葉に、リディア嬢は薄らと涙ぐんだ。
王都での彼女の努力は、報われることはなかった。顧みられることすらなかった。
いま、彼女が学んで得た知識が、この地で確実に芽吹こうとしているのだ。
そして、その傍らには彼女を慈しみ、尊敬し、愛してやまない男がしっかりと寄り添っている。
…僕の出る幕など微塵もなかった。
「お幸せそうで何よりです。自然豊かなこちらの方が、騒がしい王都よりも子育てには良さそうですね」
「えぇ、この子が産まれるまでには新居の環境も整うと思いますわ」
少しふっくらとした彼女の身体。すとんとしたワンピース。手芸用品を入れた籠に入っているのは、縫い掛けのベビーウェアなのだろう。
「では、その旨リチャード殿下にはお伝えします。リディア嬢はご結婚されて恙無く暮らしていらっしゃると」
「そうして頂けると助かりますわ」
「突然お訪ねしてすみませんでした。ロバートさん、リディア嬢をよろしくお願いします。お二人の幸せを祈っています」
最後の気力を振り絞ってなんとか微笑みを浮かべると、足がもつれないように慎重に古屋から辞去した。
人生最大の失恋だ。
ぺしゃんこに叩き潰された気分だった。
「畜生!こうなったらあのバカ女の放蕩三昧を、全部論って叩きつけてやるからな!リチャードの愛人も全員きっちり清算して、執務が滞りなくこなせるようになるまで王都から出してなんかやらないからな!」
空に向かってそう怒鳴ると僕は帰り道を歩き出した。
僕の頭の上では、またもやヒバリが嗤っていた。
辺境の何の変哲もない村にやたらと教養の高い人たちが住んでいるという噂が広まるのは、まだしばらく先のこと。
ブルーティーのモデルはバタフライピーです。
子宮を収縮させるので生理中や妊娠中には控えた方が良いそうですが、プリシラは気にせずに飲んでました。
リディアはきちんとその旨伝えてはありますが、プリシラがそれを守ろうが守るまいがしーらないってスタンスだったというエピソードを入れようかと思ったのですが、めんどくさ…長くなるので省きました。