ラフロの敵(2)
「一概に拒むのでは逆効果よ、ノルデ」
デラは空気の悪くなったブリーフィングで言葉を挟む。
「ちゃんと理由を教えてもらえれば秘密も約束も守れるものじゃないかしら?」
「……一理あるのな」
「人類の接触を遠ざけるのはなぜ?」
一拍置いて美少女は彼女の言を肯定する。ノルデもどこまで話すべきか悩むところではあるらしい。
「ヴァラージの製造者が敵視しているのはノルデたちなんな。人類が無理に敵対しなければ、あ奴を怒らせることはないのな」
ヴァラージの生産が拡大することを懸念しているという。
「要するに、製造者が星間銀河の人類を敵視するようになるのは危険だと考えているということね?」
「対抗できないんな。実際、この艦に揃っているような高性能機でも対処は難しいのな。皆がラフロみたいにブレードガードが使えるわけじゃないんな」
「生体ビームの対処ができるのはあなたたちが選んだ協定者かそれに準じる人だけだと」
少女は無言で肯定する。
「大量に製造されて、同時多発的に騒動を起こされたらゼムナの遺志も対処しきれなくなるって意味でいい?」
「狩れる人間が生まれてくる前に文明そのものが大ダメージをこうむってしまうのは確実なんな」
「深刻ね」
ノルデの懸念はもっともといえる。あまりに異質な存在。攻撃法もなにもかも、人類は知らなさすぎる脅威だった。
「つまり」
ファネリゼがあとを受ける。
「本部が下してきた消極的対処命令の意味は、あなた方の補助的な立場を出ない。要するに、対抗できない以上刺激を避けるということなのですね?」
「そういう判断なんな」
「理解いたしました」
艦長も詳しくは告げられていなかったらしい。
「そんなんでいいんですか?」
「べロッソ隊長」
「あんな怪物がいつどこで暴れだすかわからない状態なのに、誰にも知らせるなっていうのはどうなんです? 黙ってやられろってことじゃないですか!」
彼は腕前だけでなく、理念も備えた優秀なパイロットなのだろう。それだけに現状を容認できないのだ。
「命令は命令だ。機密厳守である」
ファネリゼが諌める。
「そんな馬鹿な判断をどこが下したっていうんです?」
「司法部巡察課だ」
「ぎえ」
変な悲鳴をもらす。
「よしとき、ウィル。あたしら正規公務官でもその気になれば消し飛ばせるような部署よ」
「でもよ、ライラ」
「あんた、司法巡察官に喧嘩売る愚か者?」
男は口をつぐむ。ようやく思い直したようで、浮かしていた腰を下ろした。
「解れ。万一の対処には司法巡察官が動くということだ」
いざとなれば強権でいくらでも兵力を投入できると艦長は説く。
「それなら、まあ」
「全域で監視体制は構築されていると思われる。情報に触れた我らはいつでも動員される覚悟だけしていればいい。他に意見は?」
「いいです」
不安を隠せない参加者だが、皆が現状を受け入れるしかない。まずは眼前の脅威を排除するだけでも悩ましいのだから。
「どうして、そう判断されたのか教えておくのな」
美少女の瞳は足掻く人類を愛おしむよう。
「あのサイズのヴァラージでも重力圏に降りて獲物を狩れるんな。その意味は解るのな?」
「たしかに。虫のような体構造をしているのよね?」
「外骨格構造なんな」
筋肉で外装を動かしているという。
「通常の筋組織では体重を支えきれないわ。どうやってるの?」
「特殊な組成をしていて、既存の組織では実現できない筋力を発揮できるんな。その代わり、他の生体を直接取り込まないといけないくらいのエネルギー要求量なー」
「ちょっと待って。直接?」
デラはなんてことない単語に引っかかる。それの意味するところは恐ろしい事実。
「同化吸収するんな」
怖気が来る事実の暴露。
「生体に因子を送り込んで組織を同化させるのな。そのまま吸収できる形に変えてしまうのなー」
「遺伝子書き換えみたいに組織改変をしてしまうの?」
「それも即効的になんな」
生命維持はメタンなどの有機化合物や硝酸化合物でまかなえる。しかし、成長および活発な行動をするとなると生体取り込みが必要なのだという。
「それでアームドスキン表面の加熱処理をさせたのですね?」
ファネリゼが本部の指示で行わせたらしい。
「組織片が少しでも付着していたら危ないんな。因子に感染すると人間はもちろん、どんな動物もヴァラージ化してしまうのな」
「うそ! じゃあ、人類を極力接触させないようにしてるのは、そういう意味でもあるの?」
「下手に対抗しようとして不用意に接触すると、意図せずヴァラージを大量生産してしまうのな。人類にとっては墓穴を掘るようなものなんなー」
次々と驚愕の事実が明らかになる。
「自滅するのを避けたいのなら、秘密裏に処理するしかないということですね? ご配慮感謝いたします」
「ネリーが気にするようなことではないんな。ノルデたちが勝手にやってるのな」
「しかし、あなた方が対処してくれなければ人類は容易に滅びの道を歩むことでしょう」
ここに至って、もう誰もノルデたちのやっていることに口出しはできない。どう考えたところで正しい選択なのだから。
「なんか悔しい」
つい、こぼしてしまう。
「学者としてなにか対抗手段を探しだせないものかしら?」
「あきらめるのな。取り扱い注意なんな」
「感染の危険があるものね」
研究対象として取り扱うのに感染爆発などさせれば本末転倒である。
「自ら人類滅亡の危機を作りだすようなものかしら」
「それに調べるのも簡単ではないのな。一体ごとに違いが大きいのな」
「一品物って言ってたけど、そこまで違うもの?」
用途に応じて調整を変えて作っている可能性はある。しかし、それでは手間暇がかかりすぎて大量生産など望めそうにないものだが。
「同化吸収する過程で形態取り込みもするんな。食べてきたもので、かなり形態に変化が見られるのな」
「特質まで取り込むの?」
驚きの連続だ。
「今回のヴァラージは岩石系の甲殻を持ってるのな。でも、前に遭遇した個体は昆虫系の甲殻をしていたんな。おそらく有機酸とかを取り込むときにミネラル系宇宙塵ごと食ってたのな。暗黒星雲にはそんな物もいっぱいあるんな」
「虫みたいな甲殻類を主に食べると甲殻がキチン質になったりするわけね」
「一体ごとに体構造まで違うから、一定の弱点があるかも解明されてないんな」
細心の注意を払っても、対象の一個体の特性しか判明しない。それでは対抗手段として弱すぎるという結果にしかならない。
「宇宙にはそんな厄介な生物まで存在してたのね」
頭痛がしてくるほどだ。
「ほとんど原型は残ってないのな。素体はあんな形をしていなかったと考えられてるんなー」
「まさか、人型をした生物ばかり取り込んできたからそうなったとか言わないでしょう? ゾッとするんだけど」
「そういうふうに調整されているんな。乗用として操りやすくするための措置なのな」
また聞き捨てならない単語が並ぶ。
「はい? 乗用?」
「生体兵器って言ったのな。あれはアームドスキンみたいな兵器として扱われるものなんなー」
「乗って操れるもの? 嘘でしょ」
にわかに信じられない。だが、ノルデが「生体兵器」といったのは本当。一度も「生物兵器」だとは言っていない。
「あれにも誰か乗ってる?」
「たぶん乗ってないのな。乗ってないときは本能のままに破壊と吸収をくり返すだけの存在になってるんな」
「それでも十分大迷惑だわ」
(危険極まりない代物を宇宙にばら撒いてくれるとは。ノルデの敵っていったい何者?)
デラの想像を遥かに超えるものがどこかにひそんでいるようだった。
次回『ラフロの敵(3)』 「物好きなんな」




