ラフロの敵(1)
ウィル・べロッソは母艦に帰投するなり医務室に駆け込む。戦友の安否が気がかりでならなかったからだ。幸い、ライラ・バンダーナは気絶していただけで健康状態に問題はないという。
(ひと安心だ。が、それですまされないぜ?)
その足で艦橋に殴り込んだ。負けっぱなしで終わりにするつもりなど欠片もない。PGFパイロットとして怖気づいてなどいられない。
「艦長、早く対策会議を! 奴を野放しにする気なんてないでしょうね?」
副長のダジが睨んでくるがかまっていられない。
「待て。現在、対応を支部に打診している。まだ回答がない。遅いな?」
「再要求したところ、回答は本部からあると言ってきております」
「本部から? どういうことだ?」
艦長の疑問にダジも「わかりません」と応じる。
「少なくとも撤退命令はない。今は落ち着け」
「落ち着いていられますか! また、いつ襲ってくるかもわからないってのに!」
「対処は可能だ。イグレドには協力を要請した」
学者の警護とは別に星間平和維持軍として依頼したらしい。受諾の回答を得ているという。
「傭兵に任すんですか? 沽券に関わります」
「わかっている。もちろん、あくまで協力要請だ。貴官らの士気を挫きはしない」
「お願いしたいもんです」
ファネリゼ・スゥ艦長は話せるほうの上官である。こうやって詰め寄っても許してくれている。彼女は得がたい存在だけに怒らせたくはないが、そうも言っていられない。
「そうしていただけますか? ありがとうございます。では、繋げますので」
誰かと話している。
「事情を話していただける。貴官は体調を整えて待っていろ。あれを倒す」
「了解いたしました! 感謝します!」
ウィルは吉報を告げるべく医務室にとんぼ返りした。
◇ ◇ ◇
直結通路を繋げたGPF戦闘艦アスタメリアに、デラはイグレドクルーと移動する。岩の怪物対策の合同ブリーフィングが行われるからだ。
(ラフロの敵のこと、まだ詳細には聞いてないし。当然、GPFも情報を求めてくるでしょうしね)
ノルデが承諾したところをみると明らかにするつもりなのだろう。
ブリーフィングルームには艦長や副長、主だったパイロットや通信士の代表なども揃っていた。彼らが入室すると一斉に注目を浴びる。
「ご足労感謝いたします。どうぞこちらへ」
ファネリゼがホスト役の艦長としてイグレドメンバーを歓待する。
デラやメギソンはカレサ人の青年と少年と一緒に前方の椅子に着き、ノルデは艦長のところへ向かった。ファネリゼは改めて感謝を述べている。
「話には聞いてたが、ほんとに角付きだったのかよ」
「それよりあの美少女、なにもんなんだ?」
ささやき交わす声が流れるも、副長が「静聴!」と号令をかけると止んだ。まずは艦長が前に出ていく。
「これから話すのは星間管理局でも最重要機密事項に当たる。秘密を厳守する自信のない者はこの場から去ってよろしい。作戦への不参加を許可する」
大胆な提案がなされる。
「え、マジ? そんなん有りですか、艦長?」
「それほどのことだと心に命じよ。守れないなら下がれ。査定にも反映させないと約束する」
「く……、そう言われてもここで引き下がれるかよ」
「あいつに一泡吹かせなきゃパイロットなんてやってられない」
疑問を呈した男につづき、女パイロットも憤懣やる方ない面持ちで声をあげる。辞退するものは一人もいなかった。
(さすがGPF。統制が取れているわね。でも、どこまでついてこれるかしら?)
ノルデの底知れなさを実感しているデラは思う。
「まずはご紹介する。情報提供をいただくノルデ様だ」
美少女を真ん中に据える。
「よろしくなんな」
「彼女はいわゆるゴート遺跡と呼ばれるお方。失礼のないように傾聴せよ」
「うっげ、そっちか!」
ウィルと名乗った先ほどの男が仰天している。
「新宙区絡みの話になるんですか?」
「違う。だが、あの怪物の情報をお持ちなのでお話をいただくことにした」
「そうなんすか」
ファネリゼが全員に戦闘映像の視聴を確認する。それを見たうえで話を進めると通告した。
「では、お願いいたします」
艦長は少女に一礼して受け手にまわる。
「あれは『ヴァラージ』という生体兵器なんな」
「生体兵器? 生物なんですか?」
「素体はそうなのな」
恐るべき事実が告げられる。
「ですが、宇宙空間で活動していました。一定以上のサイズで宇宙でも活動可能な生物というのは確認されていません」
「大気がなくとも生存できる種なんな」
「酸素もですか。では、炭素生命ではないのですね?」
炭素生命、つまり有機物を素とする生命体が一般的、正確にはほぼ全てといっていい。これは有機物の性質によるもの。
四価の原子、炭素はいわゆる多くの足を持っていて多種多様な化合物を生成する。それが様々な組織を必要とする生命体の構成に不可欠な要素だからだ。
炭素生命は、活動エネルギーとして酸素を利用する事例がほとんど。これは生命という高いエネルギーを必要とする活動に適しているからである。
「炭素生命なんな。でも、嫌気細胞でできているから活動に空気も酸素も必要としないのな」
常識が覆される。
「それで宇宙空間でも活動可能なのですね?」
「体内には少しだけど気体も蓄えてるのな。耐圧と組織乾燥防止に強固な外骨格を持っているんな。体構造は虫に似てるのなー」
「そんな生物が? 見識が足りず、申し訳ございません」
(いや、普通はそんな見識持ちあわせてないから。宇宙空間で生きられる生命っていっても、大概は外殻を作って種みたいな状態で耐えるのが限界。活動できる生物なんてほとんど確認されてないわ)
それが常識となっている。
「では、どうやってエネルギーを得ているのですか? あれほどの活動をするにはなんらかのエネルギー源を必要とするはずです」
当然の疑問である。
「メタンやエタンといったガスを取り込んでいるんな。あと宇宙塵に含まれる硝酸化合物も食うのな。腐食みたいな化学反応をエネルギーにしてるんなー」
「熱エネルギーはどうにか得られそうですね」
「それだけじゃ足りないのな。成長するにはもっと効率のいいエネルギーも必要なんな。だから、食うのな、炭素生命体を」
背筋がぞくりとする。
「だから奴は俺たちを食おうとしやがったんだな?」
「そうなんな。人類を襲うのは主に食うためなのな」
「とんでもない奴がいたもんだぜ」
ウィルも顔色を悪くしている。人類を襲う生物が、それも宇宙空間にいるとは思いもしなかっただろう。デラもそんな事実を初めて知った。
「妙です。星間銀河圏でそんな事例は報告されていません。未開惑星の生命をエネルギー源にしていたとしても、発見もされずに種を存続させるのは非常に困難では有りませんか?」
ファネリゼが不可思議を言及する。
「種として成立していないからなんな。ヴァラージは調整された一点物の人造生命体なのな。生殖機能は有してないんな」
「それで素体とおっしゃったのですか。人造生命体ということは、何者かによって製造されたのですね? それは?」
「ノーコメントな。あれが無闇に増殖しないということだけ知ってればいいんな」
無下に断っている。
「待ってくれよ。そんなんじゃ納得できないって」
「納得するのな。踏み込んではいけない領域なんな。人類の存続を願っての助言なのなー」
「そんな無茶な」
(彼の言うことももっともね。とてつもない脅威が宇宙に存在しているけど、知らんぷりをしていなさいと言われて平気でいられる人間なんていない)
デラも黙って聞いているわけにはいかなかった。
次回『ラフロの敵(2)』 「人類の接触を遠ざけるのはなぜ?」




