届かない剣(2)
貴重品輸送の貨物船は時空間復帰禁止範囲、つまり大気圏から5万kmぎりぎりの位置に復帰はしない。通常は時間節約のために誰もが選ぶ場所を避けるのだ。
それは「タッチダウンスキップ」、復帰重複による位置変異での不測の加速を嫌うため。弾かれた船体にかかる慣性による衝撃が積荷に影響しないよう集中箇所を意図的にはずす。
最後の寄港地でも大気圏から7万kmの位置に時空間復帰をした。公宙なのでそこの国の船舶の行き来も少なく、スキップをほぼ無くせる。ただし、降下するまで長い道のりになるガランとした宙域だ、普通は。
「遊覧船? 危なかったんな」
稀にも近傍に客船を発見する。
「この位置で当たるってとんでもなく運が悪いもんね?」
「ぎりぎり狙ってもスキップの起こる確率は小数点の下にゼロが三つは並ぶのな。ここで当たったら逆に運が良いとまで思えるんなー」
「ほんとほんと」
実際、スキップしたわけでないので問題はない。
「様子がおかしい」
「こんなところまで来るのも珍しいのに、異常に静かだね?」
「呼びかけてみてくれ」
交信を試みるが応答がない。それどころか識別信号の発信まで止めている。かなり怪しげな状態。
「外観から船籍照合、ダレスティナ号なんな」
ノルデはすぐに調べた。
「やっぱり遊覧船。銀河円盤鑑賞をしながら、数日のゆったりとした旅を楽しむ企画なー」
混雑する宙域を避ける意味はある。しかし、識別信号まで切ってしまうのは星間法の航宙保安にまつわる条項に違反する行為である。そこが領宙外の公宙であれば取り締まり対象。
「船長、トラブルかもしれないから調べるんな」
「ほいほい、特に急がないから気を付けてよろしくね」
ユーザーは快諾してくれる。
ラフロは父と同じアスガルドを赤銅色にカラーリングして使っていた。魚のシルエットを持つ小型艇から産み落とされたアームドスキンは沈黙する遊覧船へと接近する。
「応答しないどころかネットワークも遮断してるんな。外部から一切のアクセスも受け付けないのなー」
「中で犯罪行為でもしてるのかな?」
(変な知識は付いてしまうんな。フロドの情操教育に悪いのな)
人が秘密にしたがることなど相場が知れている。
「接触回線も応答なし。確認頼む」
アスガルドは遊覧船の装甲に触れている。
「どこまで引きこもってるんな? 見つかって困って……、逃げるんな、ラフロ!」
「くぅっ!」
ノルデがキャッチしたのは破砕音。それは外装に徐々に近づいてくるものだった。咄嗟に回避させる。
本人も反応して跳ねのいている。それを追うように装甲板が弾け、光の鞭が宙を叩く。ラフロは危うくそれに打たれるところだった。
「なん……!」
フロドも絶句する。
「尋常ではない」
「あ……、あ……!? 船長、逃げるのなー! 全速力で逃げて時空界面突入するんな! どこでもいいのなー!」
(嘘な……。いや、リュセルが確認してるんな。でも、本当にいるなんて……)
ノルデは愕然とする。
「ラフロも逃げるんな! それは危険なのな!」
「これは? ノルデは知ってるのか。敵だな?」
「そいつは駄目なんな、ラフロ!」
「では斬る」
装甲を破りながら異様が姿を現す。それは虫の外骨格のような外装を持っていた。手首から伸ばした光る鞭を収めると、両腕を開いて胸を張る。
「隙が多い」
「避けるんな!」
ブレードを抜いたアスガルドは剣の間合いでなくては戦えない。ラフロは当然、リフレクタをかざして距離を詰めにかかる。そこへ白いビームが突き刺さった。
「むぅ!」
ビームは力場を貫通して左腕を根本から断ち切っている。失敗を覚った青年は大きく機体を逃した。
「リフレクタでは防げないのな。躱すしかないんな」
「すまぬ」
忠告に従えなかったのを悔やんでいる。
虫じみた怪物は背中から光の螺旋を解き放った。加速し、ラフロのアスガルドを追いはじめる。
「厄介だが連射は利かぬか」
「一度の掃射時間には限界があるんな。でも、小刻みに使うときもあるのな」
「ならば勝機はある」
青年は機体を振りながら接近を試みる。撃たせて、剣の間合いで勝負をかけようとしていた。すると、一発の発射時間を絞った連射が浴びせられる。
咄嗟に前にかざした力場刃が白光を弾く。直撃すると思われるビームだけを処理しながら間合いの中へ。
「ふん!」
躱しきったアスガルドが必殺の斬撃を放つ。怪物は腕をふるって光の鞭で打とうとした。
「そんな軟弱な攻撃など! む?」
鞭が剣身に絡む。斬れる気配もなく軌道を逸らされた。近い距離で叩き合いになってしまう。
「え? あ……? あっ!」
「しっかりするんな、フロド」
「兄ちゃん!」
茫然自失としていた少年も正気を取り戻す。引き戻された現実の中で兄の危機を知った。驚愕の表情で怪物を見る。
ラフロの剣は瞬速の冴えを見せるが、怪物も異常ともいえる反射神経で打ち返す。紫電が飛び散っているのは、鞭も力場で形成されている証拠。力場刃で斬り裂くのは容易ではない。
「ふっ!」
呼気とともに連続突きを放つラフロ。鞭を弾き飛ばし空隙を作る。ひるがえった剣閃が勝利を生みだそうとした瞬間、反対の腕からも鞭が伸びた。二本の鞭にブレードを絡め取られる。
「ラフロ!」
「兄ちゃん、よけて!」
至近距離で放たれた白光がアスガルドの頭部を吹きとばした。反動で流れたところを右腕も断ち切られ、左足も撃ち抜かれる。
「うああぁー!」
フロドがイグレドを突進させる。ビーム砲塔を全門展開すると最大火力を怪物に叩き込む。危険も顧みずに割って入った。ビームは螺旋の光で弾かれている。
(誰かを呼ぶ暇もないのな。駄目かもしれないんな)
透明金属窓の向こうには怪物の姿。
砲塔が過熱限界を迎えたところで終わると思った。しかし、怪物は興味を失ったように離れる。背中を向けるとどこかに飛んでいった。
「なんで?」
「お腹いっぱいだったんな」
遊覧船の乗客乗員は絶望的である。誰ひとり残っていないと思っていい。
「ラフロ?」
呼びかける。
「大丈夫なんな?」
映像回線をつなげるとコクピット内の様子が映る。敗北した青年の顔を覗くのは忍びないが無事を確認したかった。
ところが、彼は目を丸くしているだけ。口元にはわずかな笑みさえ浮かべている。それは自嘲でも狂気でもない。
「あれがノルデの敵。吾が斬るべき相手」
ノルデの目に映るのは存在意味を見出した青年の歓喜の笑みだった。
◇ ◇ ◇
「それって感情の萌芽ではないの?」
デラはそう感じる。
「ラフロは見つけただけなんな、ノルデが求める者の条件を。あれを斬れば求められつづけると確信した笑みなー。それは唯一の欲求に基づくものでしかないのな」
「そういうこと。で、その怪物は追いかけて仕留めたの?」
「見つけられなかったんな。あれを狩っているのはラフロだけじゃないのな」
他の存在も匂わせる。
「アスガルドでは足りないと思ったからブリガルドを作ったのな。でも、それ以降あれには当たってなかったんな。だから、気合い入ってるのな」
「今度こそ斬る」
「なるほどね」
ダレスティナ号遭難は事故として処理されているという。怪物のことは伏せられたまま。ゼムナの遺志が星間管理局に働きかけて極秘事項にしているという話だ。
「雪辱を果たす自信があるの?」
「そのために鍛えてきた剣である。吾は狩る者で在らねばならないのだ」
(あれは、あの怪物を知っているこその言葉だったのね)
『倒さねば吾は剣で在られぬ』
惑星ワリドントで巨大カマキリを斬ったときの青年の台詞。虫程度には負けていられないという意味。
デラはラフロの決意のほどを知ったのだった。
次回『ラフロの敵(1)』 「また、いつ襲ってくるかもわからないってのに!」




