宮廷劇の的(2)
夕食の席では兄弟とめぐった星々の話を求められて語って聞かせた。ミゲル王の瞳には少年のような興奮が浮かび、国王でなければすぐさま宇宙に飛びでたい口振りで続きをせがまれた。
(ラフロとここまで違うタイプだとは思わなかったわ)
窓から入る朝日を眩しく感じながらデラは思う。
(ヤンチャな大人みたい。誰もが担ぎたくなる人よね)
遠く城下が広がっている。そこに住む人々は王を慕い信じて行く先を委ねている。それに応えようと夢中になるあまりにラフロを放置してしまった。ミゲル王にとっては国民皆が家族のように思えるのだろう。
覗く窓には透過金属どころかガラスも填まっていない。ただ、防犯用の格子が設けられているだけ。暖かい風が部屋を駆け抜けていく。
主星に近いこの惑星ではこの様式が風土に合っている。程よく乾燥した空気が飾り格子を抜けていくだけで室内は心地よく保たれていた。
「お目覚めでしょうか、デラ」
「おはよう、オライゼ」
(そうか、この装束は気候にマッチして通気がよくできてるのね)
結局、また民族衣装に袖を通す。
今日の物は少し派手な色合いの三角形の布地の組み合わせでできていた。夜用と昼用で違いがある模樣だ。
明るいところで着ると下から胸元が覗けそうで心許ない。薄手の下着はボディラインを隠してくれるものではないデザインになっている。
(みんな平気にしてるんだから私だけ恥ずかしがるのは余計に目立ってしまう)
気にしないよう自分に言い聞かせる。
「あら、今日は飾り紐の色が違うのね?」
「これは朝の占いで決めるものなのです」
「へぇ、どんなどんな?」
女同士っぽい会話をしながら王城の中を行く。途中でフェブリエーナと出会った。
「どこかに出かけるの?」
後輩はフィットスキンで機材を手にしている。
「フロドくんに有角猿の生息場所に連れてってもらうんです」
「そう。どこかに飼われてないの?」
「気性が荒くて飼育向きではないみたいで、それなりに危険だって言われて」
少年が同行する代わりに護衛の兵士を付けてもらう話になったという。生物博士はせっかくの機会を有意義に使うべく精力的だ。
「気を付けて」
「はい。先輩は?」
「私? どうしようかしら」
(特に決めてないよのね。ミゲル王は私にも頼み事があるみたいな話だったけど、今のところ言ってこないし)
ただの方便だったのかもしれない。
「王城内の様子とか見てみるわ。風習の違いとか記録して帰ったら民俗学系の人に感謝されるでしょう」
「ですね。そっちは先輩にお任せします」
意気揚々と出発していく。
フェブリエーナにフラれたデラは行く宛を失う。なんとなく目に付いた場所をオライゼに案内してもらいながら王城巡りをしていた。
「しゃあっ!」
「ふっ」
掛け声が外までもれてくる。聞き覚えのあるそれに興味を惹かれて一角へと踏みいれた。そこでは声の主であるラフロがミゲル王といつもの大剣を交えている。
「何事!?」
親子喧嘩にしては物騒だ。
「あら、デラ。いらっしゃい」
「どうしたんです?」
「普通の稽古ですのよ」
ベンチに掛けたイクシラ王妃が手招きをする。
「真剣なんですよ?」
「ええ、刃を潰したものではないの。でも、二人の実力があれば、本気を出しても相手を傷つけない加減ができるの」
「そういうものですか」
オライゼも平然としているし、誰も騒いでないので間違いないだろう。しかし、物騒なのに変わりはない。
「せやっ!」
「ぬん」
ミゲル王が手にしているのもかなりの長剣である。ラフロの大剣はさらに長いが同じスピードで繰りだされる。二人の間で火花が散っていた。
「これでもか!」
「しっ」
ミゲルの連続突きは握りいっぱいに伸びる。しかし、ラフロが束元で捌く速度のほうが速い。詰められていく。
突きが弾かれて外に流れる。ところが、そこから跳ねて横薙ぎに変わった。大剣の刃先に阻まれると、そのまま上に逸らされていく。慌てて長剣は引かれた。
「なんとぉ!」
「はぁ!」
直上から大剣が降ってくる。ミゲルは頭上にかかげた長剣で受けた。そこから肘を折りつつ身体も畳んで踏み込む。大剣は抜かれた格好になり切っ先を下へ。
懐へと入った長剣は胴を撫でに行く。防ぎようのないタイミングに見えた。しかし、青年の右手が逆手に変わっている。剣身を引きあげて撫で斬りを弾き飛ばした。
「そこから変わるかよ!」
「甘いぞ、父王よ」
父子の剣による対話は続く。主に父が語りかけて息子はそれをいなしていく。剣技による話術は明らかに息子のほうが長けているようだ。
「はぁー、はぁー」
「老いるには早い、父上」
「抜かしやがれ。また腕を上げやがって」
ミゲル王は息切れして剣を下ろす。下着は汗でしどどに濡れそぼり、三角布までもが身体に張りついていた。それはラフロも同様で、二人の実力はそう変わらないことを証明している。
「まったく」
ベンチまで戻ってきた青年の上着を脱がす。
「せめてフィットスキン着てやりなさい。怖ろしいじゃないの」
「そうですよ」
「う、すまん」
ミゲルもイクシラに脱がされている。上半身をタオルで拭かれていた。デラもオライゼに手渡されたので流れで拭ってやる。
「久しぶりに軽く合わせるつもりが興が乗ってしまって」
「息子相手にムキになってどうするんです?」
デラは咎める。
「だがな、こいつは生意気に軽く俺を超えていきやがるから」
「吾にはこれしかない」
「それでも父親の意地ってものがあるんだよ」
そう言いながら侍女の持ってきたタンブラーの吸口を齧っている。新しい良い物は積極的に取り入れているようだ。
「よし、次はアームドスキンで勝負だ」
「受けよう」
「こら、フィットスキン着ろ! 二人とも!」
黙っていられなくて叱る。イクシラは穏やかに笑いながら侍女に指示を与えていた。親子の交流を楽しんでいる様子。
(いつもこんなんなの?)
そうとしか思えない。
「おりゃ!」
「うむ」
広く取られた中庭に移動。白ベースのアスガルドが赤銅色のブリガルドと激突する。ブレードが紫電を散らし、リフレクタに波紋が刻まれた。
さすがに目立つだけあって観衆も多くなってきた。口々に声援を送っている。王家への親しみが含まれていた。
「ごめんなさいね」
イクシラ王妃がデラに謝る。
「どうしてです?」
「騒がしいでしょう?」
「アームドスキンパイロットなんてもっと手に負えないのがいっぱいですよ」
王妃は嫣然としている。そこには含みを感じさせた。そのままの意味ではないのだ。
「もっと騒がしくなってしまうわ」
真意を問うように沈黙で応じる。
「ミゲルは立太子をしていないの。次代をラフロともフロドとも公言していないのよ」
「選べないでいるのですか?」
「いいえ、自分の代で民政化を図りたくて足掻いているの。立太子をしてしまえば王政の継続を認めているようなもの。それを嫌っているのね」
胸に落ちる。
「逆に他の人の意見が入り込む余地になってしまいませんか?」
「そうなの。普段は表に出ない勢力争いで済んでいるのだけれど、外の人が関わってくると顕在化してしまうでしょうね」
「私とフェフが?」
ラフロを推す勢力とフロドを推す勢力があるということ。それが彼女ら二人を狙ってにわかに動きだすだろうと言っている。
「私は……」
そんなつもりではない。
「ええ、わかっています。でも、あなたたちの意思はあまり関係ないの」
「勘弁していただけませんか?」
「無理よねぇ」
(この方は……)
そこにイクシラの思惑も絡んでいるのだとデラは覚った。
次回『宮廷劇の的(3)』 「王子が否定派なのはマズくない?」




