宮廷劇の的(1)
(最高)
首まで浸かり足を伸ばしてもどこにも当たらない浴槽。
(あれがなければ)
侍女に傅かれている。太ももまでの薄物を羽織った女性が、デラが湯船から上がるのを待っている。経験のない彼女は心からリラックスなどできない。
「あのぉ、自分で体拭いて上がれますから」
「そうは参りません。お気になさらずごゆるりとなさってくださいませ」
(なされるか!)
心の中でツッコむ。
疲れが抜けるからと勧められた王城の風呂でこんな目に遭うとは思っていなかった。ミゲル王がなんと言おうと、そうそう自由にはさせてくれないらしい。
「王城勤めは長いのかしら?」
沈黙を嫌って話しかける。
「多少は。行儀見習いに上がって四年になります」
「行儀見習い?」
「わたくし、アレサ氏族の姫なのです。陛下のお膝元で学ばせていただいております」
(アレサ氏族? 姫?)
思いがけない単語に戸惑う。
アレサといえば、このカレサと二重惑星になっている星。内乱になりミゲル王が平定したもう一つの領土だ。
姫ということは、そこの有力者の娘なのだろう。貴族のようなものか。なので作法を習いに王城に奉公に来ているという話。
「ご存知のことと思いますが、昔アレサは謀反を企てました」
内乱に言及する。
「それなのに陛下はこうしてアレサ氏族が王城に上がるのもお許しくださいます。ご温情に報いるためにも誠心誠意仕える所存にございます」
「複雑な立場なのね。名前は?」
「オライゼ・メクシファンカと申します、デラ様」
かしこまられるのも気後れする。
「私なんて普通の一般市民よ。もっと気楽に接して」
「陛下のお客様にございますので」
「しんどいから、せめて『様』は抜いてね」
彼女の立場も慮らねばならないだろう。
訊けば二十歳だという。オライゼに用意されていた服を着せてもらう。こればかりは感謝せねばならない。なにせ民族衣装だ。
三角形の小さな布地を組みあわせて一着の服になっている。勝手がわからず、どこから腕を通せばよいのかも不明。教えてもらいながらどうにか着る。少しスースーして心許ない。
(制服着たい)
持ってくるべきだった。
オライゼも同じ様式の衣装になる。彼女は男性よりは短めの角に飾り紐を三本垂らしている。他の侍女も着けていたがせいぜい一本か二本だった。どうやら飾り紐の数は家格にも関係しているとみた。
「どちらにいらっしゃいますか?」
「部屋はどこだったかしら?」
広すぎてもう記憶が怪しい。
「ラフロ殿下のご寝所でしたらしばらくお待ちください。先触れが必要ですので」
「なんでラフロのベッドルームなの!?」
「違うのですか」
オライゼはなぜか残念そうにしている。
(完全に誤解されちゃってる?)
そういう関係なのだと思われていそうだ。弁明してまわらねばならないかと憂鬱になる。
「違うの。彼とは一緒に仕事しているだけ」
彼女から噂を発信してほしい。
「懇意になされていると聞きましたが」
「ちょっと色んな思惑が絡んでいてね。推奨されてるから」
「打ち解けられているのでしょう? 殿下は素敵な方ですので羨ましいです」
お世辞ではない面持ち。
「見初められたいとか思ってる? 年の頃も丁度いいし」
「わたくしくらいの娘であれば誰でも。お迎えくださるのならば側室で十分ですので」
「側室!」
またカルチャーギャップに襲われる。ただ、そういう単語が当たり前のように存在するのは、星間銀河圏の始祖人類にもあった習慣の証明なので否定はできない。
(私には耐えられないけどね。要するに浮気だもの)
一般市民の常識が許さない。
(ラフロにとっては当然の常識かもしれない。とても彼と結婚なんて考えられないわ)
「あ、お風呂終わりました、先輩?」
同様に民族衣装に着替えたフェブリエーナとフロドがやってくる。
「ええ、滅多に味わえないものを味わわせてもらったわ。フェフも夜になったらいただいたら……、って暗っ! いつの間に夜になったの!?」
「違うよ。今、昼の夜だから」
「昼の夜?」
聞き間違いかと思う言葉の並び。
「アレサ蝕です。主星が二連星の片割れで陰ってるんですよ」
「あー、なるほど。そうなるわよね」
「今日は夕日がちょっと拝めるかどうからしいです。明日は昼下がりくらいには蝕がくるって」
二重惑星が稀というほどではないのは知識として知っている。だが、暮らしたことがなければ、そこで起こる天文現象が頭に備わらない。
「だからカレサの暦では蝕のある裏の週と蝕のない表の週があるそうです」
「ちょっと面白いわよね」
蝕は必ず一日一回は起こる。それが昼間なのか確認できない夜なのかで区別をしているという。
「はい。アレサでは表と裏が逆転するんですよ」
当然アレサにはカレサ蝕がある。
「自転速度がほぼ同じだとそうなっちゃうわよね」
「興味深いです。この現象が生態系にどんな影響をしたかとことん調べてみたくなります」
「あまり皆さんのご迷惑にならないようにして」
この困りものの後輩は真っ先に人間に食いつきかねない。釘を差しておかねば、今の星間管理局との円満な関係性に罅を入れてしまうかもしれない。
「オライゼ、あなただったの」
「ええ、パクマシ。陛下がデラにはわたくしをお付けくださいました」
二人に付き従っていた女性が侍女に話しかけている。彼女も角に三本の飾り紐を下げているので、相応に家格の高い家の娘なのだろうと思われた。
「ふーん、そう。お互い頑張りましょうね?」
「なんのことでしょう。お客様の前で礼が足りませんよ?」
「う……。そ、そうですわね」
同じ王城に仕える侍女だろうに仲良しというふうではない。かといって女どうしのイザコザという感じでもない。
「先輩、わたしの面倒を見てくれるパクマシ・トクネトロイさんです。良いとこのお嬢さんみたいなんですよ?」
デラもオライゼを紹介する。
「なんか慣れないけど、ここの習慣には合わせないといけないし。フェフをよろしくね、パクマシ」
「はい、よろしくいたしますわ、デラ様」
「……様はいらないから」
笑い方に含みがあるのが気になった。
「えーっと、このあとは?」
「陛下と妃殿下が夕食をご一緒にと申されておいでです」
「そう、オライゼ。ちなみに私にも食べられそうなもの?」
これだけ習慣の違いがあるとメニューにも大きな差がありそうで腰が引けている。無礼だと思ったがそんな聞き方をしてしまった。
「そんなに変わらないよ。だって僕らはデラと同じメニューを食べてるでしょ?」
フロドが面白そうに言う。
「ちょっと肉っ気が多いくらいかな」
「太らせる気?」
「そのへんは自分で加減しなよ」
少年が正しい。
「味次第だわ」
「食べる気満々!?」
「しがない教授職のギャランティじゃお目にかかれないような豪勢なメニューのはず。食べない手はないわ」
毒を喰らわば皿まで。これだけカレサニアンにどっぷり浸かっているのなら、すべてを知っておきたい。
「揃ってるのな?」
ノルデもラフロを従えてやってくる。二人も民族衣装。青年ほど身体に厚みと幅があると、三角の布地が重なり合って鱗のように見える。本来はこう見せるための様式なのかもしれない。
「少しは様になってるんな」
「あなたほどではないわ」
まるでモデルである。ただし児童モデルだが。
「ラフロ」
「なんだ」
「オライゼはあなたに憧れているそうよ。気にして見てあげてくれない?」
侍女は「そんな」と慌てている。
「すまぬ。吾はそなたが求めているものを与えてやれぬ。子宝を授かる道具にされるのは嫌であろう?」
「ありがたきお言葉にございます」
「よしよし、偉い」
(ちゃんと一般社会の常識を身に着けてくれてるのね)
デラは安心した。
次回『宮廷劇の的(2)』 「それでも父親の意地ってものがあるんだよ」




