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ゼムナ戦記 剣の主  作者: 八波草三郎
故郷の星のカンタータ
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帰郷の道連れ(3)

 途端に空気が変わる。ミゲル王が破顔したタイミングで全体に緩んだ雰囲気になった。


「というわけで、のんびりやってくれ」

 口調まで変わっている。

「堅っ苦しいのもなかなか改められないもんでな。力足らずに付き合わせてすまん」

「あれ?」

「俺がこいつらの父親のミゲルだ。こっちは妻のイクシラ。息子が世話になってる」


 自ら降りてきて握手を求められる。流されるままに手を差しだすが途中で我に返った。


「くだけすぎ!」

 ツッコまざるを得ない。

「いや、こっちが本性だから遠慮せんでくれ」

「はぁ……」


 妙に和やかになったところで自己紹介する。デラやフェブリエーナが肩書を名乗るごとに居並ぶ家臣から拍手があがった。国外の権威にも配慮する下地はできあがっているようだ。


「外はどうだ、ラフロ」

「興味深い」

 青年だけはいつも不変だ。

「フロドは?」

「楽しいよ。色んな所行ったし、色んなものも見てる。いっぱい出会いもあったし、いっぱい自分を試してる。自由で新鮮ですごく経験になってるから。行かせてくれてありがとう、父上」

「そりゃ良かった」


 ミゲルは完全に父親の顔だ。息子(フロド)の頭を愛おしそうに撫でている。


「お帰りなさい」

 今度はイクシラが抱きしめる。

「ただいま、母上」

「大きくなったのね。ほんとは傍で見ていたいのだけど」

「ごめんね。母上のこと愛してるけど、冒険もしてみたい年頃なんだ」


 フロドから身を離し頬にキスをした母親はラフロを見る。自分よりはるかに大きくなってしまった息子も抱きしめた。


「どうですか、ラフロ?」

「すまぬ。期待には応えられぬ」

 彼の欠落のことだろう。

「いいのです。故郷のことを忘れず、こうして帰ってきてくれるなら。わたくしを母と思ってくれるのならそれだけで」

「母上は母上だ。絶対に忘れはせぬ」

「ええ……」


 イクシラの潤んだ瞳には悔恨の色がかすかによぎる。喜んでいるようでいて、胸中は複雑なのが察せられた。


(こんな人が命よりも大事な子供を置いたまま戦場に身を置かなければならなかったら、自分が血を流すより苦しかったに違いないわよね)


 そうしなければならない立場だったのがこの親子の不幸である。ラフロが感情を取り戻すのを誰よりも願っているだろう。しかし、その方法は息子を手放すというもの。後悔のほどは想像を絶する。


「しかし、嫁が二人か」

 ミゲル王は顎に手をやる。

「家臣は後継が望めるから喜ぶだろうが、一気に二人ってのはちょっと揉めそうだな。我が息子ながらラフロも捨て置けん。イクシラ似なのが功を奏したか?」

「嫁ぇ!?」

「良い子を産んでもらえそうだから俺的にはかまわないんだが、騒がしくなりそうだな」

 雲行きがヤバい。

「ち、違うから! 招かれたから来たけど、別に家族に挨拶したかったとかそんなんじゃありません!」

「デラはツンデレさんなんなー」

「誰がツンデレか!」


 ノルデの茶々に声を荒げる。予想だにしなかった話の流れに顔が赤くなるのを感じた。余計に困る。


「わたしはラフロさん狙いじゃないです!」

「『は』って言うな、『は』って!」

 後輩が誤解を助長するような発言をかましてくれる。

「っと、フロドがいいのか? ちと早い気もするが悪くないな」

「どっちかと言うと」

「選択権を絞らせないで!」

「バランスは取れてるか」

「取れてない!」


 成り行きの悪さとツッコミ疲れで目眩がする。早くも大学に戻りたくなったが、国賓として招かれた手前すぐに退去するのは体裁が悪い。星間管理局本部も良い顔をしないだろう。


「冗談なんな。二人を招いたのはラフロたちを里帰りさせる方便なのな」

 ノルデがニヤニヤしながらフォローする。

「信用できないわよ!」

「その気があるならかまわないけどなー。行く末は王妃になれるかもしれないんな」

「その気なんて……!」

 無いと断言すると失礼な気がして口ごもる。


 それを彼女は後悔した。そうでなくとも家臣たちは口元を隠しながら囁き交わしている。明らかに値踏みされていた。


(なにこれ? いったいなにに巻き込まれようとしてるの?)


 デラはいつにない窮地に立たされていると感じていた。


   ◇      ◇      ◇


 ノルデのボディメンテがあるというのでラフロを従えて自室に籠もるという。なのでデラとフェブリエーナはフロドの案内で王城をめぐることとなった。


「いいのかしら、王子様じきじきの案内役なんて」

 軽口を交える。

「それだけのお客さんだって見せておきたいし。そうしないと、星間銀河圏の事情に興味を示さない下仕えなんかは嘗めてきちゃうといけない」

「そんな風潮があるのね?」

「角無しは弱いから見下していいとか古い習慣が意識にこびりついてるんだ」


 角を失ったものを弱者とみなす風習からそういう発想に至るらしい。敗者の証明なのだと。


「喧嘩で折れたり、負けた相手の角を切る習慣があったりしたみたいなんです」

 後輩はあらん限りの情報を頭に入れてきている。

「そうなのね」

「折れても再生はするんだけど、案外時間が掛かっちゃうんだ。だから目立つ」

「人類学とかの人はよく知ってるんですけど、未開の惑星(ほし)だと罪人に目立つ印を付けたりするんです。皮膚に色素を入れる入墨とか。カレサでも角を切ったりしたって情報もありますから」

 皮膚なら再生術も普及しているが角はそうもいくまい。

「それ、ほんと」

「じゃあ、私たちって罪人に見えてしまう?」

「外の人って理解はしてるよ。でも、常識が変に影響してね」


 常識にまつわる意識は定着してしまうもの。それが偏見を生んだり様々な支障を生じさせてしまうのは枚挙にいとまがない。


「ならフロド王子に甘えないとね」

「任せて」


 少年は少し得意げ。星間銀河圏では獣人種(ゾアントピテクス)、それも子供と侮られがちだが、国内で彼の顔を知らぬ者などいないのだから。


「あれが『協定者』なのね」

 施設をめぐりながら言う。

「父上のこと?」

「ええ、風格というか威厳というか、周りの空気を完全に変えてしまう力があるみたいね」

「王様だからじゃないですか?」

 フェブリエーナはピンときてないらしい。

「だからこそよ。王の独断に漫然と頷くだけの人間で固めていれば国なんて立ち行かないわ。事実、私たちを招くのには反対意見を持つ者も少なからずいたんじゃないかと思う」

「え、嫌がられてます?」

「そうかも」


 閉鎖的な空気は肌で感じている。後輩は招かれたことで安心しきっているようだ。


「ましてや、王城内で自由にさせるなんて許すべきじゃないって考え方もね」

 そんな視線も感じた。

「でも、ミゲル王はそんな空気も簡単に吹きとばしてしまった。自分がくだけた態度で接することで。対等であると自ら示したの」

「へぇ」

「見下すのは無し。へりくだる必要もない。命じるまでもなく、それを自然にやって受け入れられる。そんな人間だからノルデが選んだんじゃないかって思ったのよ」


 あくまで想像。しかし、外れていない確信もある。


「案外大変でしょ?」

 フロドは苦笑い。

「僕の前には二枚も壁があるんだ。あの大きすぎる父上と、剣においては並ぶ者なしの兄ちゃん。この二人に勝るところを示さないと誰も認めてくれないんだよ。思いやられると思わない?」

「たしかにね。時間がいくらあっても足りない?」

「うん。許されているのは子供である間だけ。大人になるまでになにかを得られなきゃ役立たずの王子って陰口を叩かれる羽目になる」


 明朗快活な少年も、実は悩み多き人生を送っている様子。産まれながらに持っているのも難しいものである。


(一生懸命吸収しようと足掻いてるのね)


 デラはフロドの中に男の意地を感じていた。

次回『宮廷劇の的(1)』 「なんでラフロのベッドルームなの!?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 [ツンデレ]と言う、日本語表現が 広く(?)使われて(翻訳(意訳?))いるのが……。
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