帰郷の道連れ(1)
中央公務官大学のキャンパスをポニーテールが跳ねながら接近してきたときは嫌な予感がした。躊躇いもなく回れ右したデラ・プリヴェーラ地質学教授だったが時すでに遅し。
「せーんぱい!」
腕を捕獲された。
「来週から一ヶ月くらいは空けといてくださいね」
「なによ、藪から棒に」
「ご一緒するからです」
彼女の腕を掴んだまま満面の笑みを崩さないのは生物学博士であるフェブリエーナ・エーサンである。なついている後輩はいつも唐突だ。
「聞いてない」
素っ気なく答える。
「すぐに連絡行きます」
「そんな急に」
「暇でしょう?」
心外だ。
「忙しいわよ。今、ペロンナ合金の星系ベルトにおける生成シミュレーションをやってるんだから」
「彗星オーナメントの件ですね? あれ話題になってますもん。先輩が作ったんでしょ?」
「違うわ。あれは、あの子たちが自分であそこで踊ってるだけ」
彗星リングプロジェクトは大学に利益はもたらしていない。しかし、命懸けで理論を解明したとされる彼女の名前は天文関係学会を独り歩きしてしまっている。
「実績作れてるんだから大学はなにも言いませんよ。一緒に行きましょうよう」
思いきり腕を振りまわされる。
「どこへよ」
「カレサです」
「え?」
その惑星の名を聞いて思い当たらないわけがない。ラフロたちの故郷である。どういう経緯なのか想像がついた。
「前からずっと入国申請をしてたんですけど、やっと行けるんです」
フェブリエーナが上機嫌なのはその所為もあろう。
「ネローメでラフロさんたちとお仕事したって話をしたら国王陛下が特別に許可をくださったんです。先輩も是非にって」
「私の名前まで出さなくても」
「だって、どんな仕事をしたのか詳しく聞きたがったんですもん。お話しするには先輩のことも交えないと」
形勢不利である。
「あー……。最近授業もできてないのよ。論文は上げてるけど直接発表する場には行けてないし。このままじゃ教授って名乗るのもおこがましい感じに」
「問題なしです。大学はノルデちゃんとの関係性を深めたい星間管理局本部に頭が上がりませんから速攻で許可が下りました」
「どうして私が預かり知らぬところで話が進んじゃってるのよ!」
デラは不遇を嘆いた。
◇ ◇ ◇
「ここ、私専用にして機材を常設してもいい?」
「図々しくなったんな!」
デラのお願いに美少女がツッコむ。
いちいちラゴラナや研究機材を運び込むのが面倒になってきた。イグレドの一室は半ば彼女専用の私室になってしまっている。
「なんだったらノルデの技術で揃えてもらってもいいから」
そのほうが好都合。
「材料費くらい持つし」
「ふっかけてやるのな!」
「手加減してあげて、星間管理局持ちにするから」
そのくらいの我儘は通用する頃合いだ。間違いなくデラの生活はイグレド絡みの侵蝕を受けている。
「まあまあ、ノルデも抑えて。デラも半分くらいはイグレドで生活してるんだし」
「親しき仲にも礼儀ありなんな」
もちろん依頼の対価は払っているので多少の要求は許されるだろう。小型艇といえども船体の運用やアームドスキンの機体運用にどれだけ掛かるかはわからない。一日あたり数千トレドは請求されているのではないかと思う。
彼らにとってそれがどれほどの意味を持っているかは不明。百トレドも一万トレドも変わらないと感じるくらい価値観の違いがあるかもしれない。
(構内食堂なら10トレドも出せば、かなり豪華な食事にありつけるんだけどね)
補助があるので、一般で同じものを頼むともう少し値が張る。
「ほら、お土産だって持ってきたんだから。今話題だって学生から聞いたカサッシィのチョコレートケーキ……」
「好きなだけ使うのな」
食い気味に言われた。
「ノルデって本当に甘い物に目がないわよね」
「フレニオン受容器はすごくエネルギーを必要とするんなー」
「急に人間ぽくない表現はやめて」
つい忘れがちになる。この美少女は人の形をした人工知性でしかない。だからといって人間以下の扱いをするつもりもないが。
「ちょっとおっきくなりましたね、フロドくん」
「フェフも元気そうでなにより」
二人は抱き合って再会を喜んでいる。後輩に少年趣味の傾向があるのは事実だが、それ以上に生物学的興味も尽きないのだろうと思う。
「角も尖りが出てきて大人の階段を登りはじめたんですね。お姉さん、嬉しいです」
「すぐに立派に育てて喜ばせてあげるよ」
微妙な表現だが、本人たちが気づいていなさそうなのでスルー。ラゴラナが基台に固定されたのを確認したら振り向く。
「私も入国していいの? かなり閉鎖的だって資料で見たわ」
若干の不安はある。
「ミゲルに聞いてるんな。粗野な地域も残ってるけど、そういうとこに行かなければ大丈夫なのな」
「国王陛下のお墨付きがあるなら問題ないわよね。変わった旅行くらいのつもりでいるわ」
「相談があるって言ってたんな。少しは仕事モードを残しておくのなー」
物見遊山とはいかないらしい。社会的に慣れない環境に飛び込む以上は多少の勉強も必要と思っておくべきだろう。
(カレサ人。あんまり資料がないのよね。だからこそフェフがこんなに行きたがるんだろうけど)
後輩にとっては大きな成果を挙げる機会なのかもしれない。
封建制度を執る国家がないとはいわない。だが、少ないのは事実である。現実的でないというのが実情だろう。
一人の人間が惑星一つを統治するのはいくらなんでも目が届くまい。地方への権限委譲が必須となる。それは腐敗と内乱の種にしかならない。
(聞いた話だと、たしかミゲルって王様も民主化を頑張ってるって聞いたわ。ただ、市民のほうが王制に慣れきってて移行がなかなか進まないって)
フロドがそんな話をしていた。
ゼムナの遺志という時代の最先端を行く存在を抱えているのに、中身は遺物じみた社会構造というちぐはぐな印象。おそらく星間管理局の権威もそれほどではないと思えば彼女の肩書もどこまで通用するものか。
「行ってみないことにはわからないわね」
ため息とともに独り言をこぼす。
「不安なんな?」
「それはそうよ。だって王様になんて会ったことないもの。礼儀作法がなってないっていきなり斬られたりしないわよね?」
「ちゃんと国賓扱いなのな。それにカレサニアンだって外の社会との違いを十分に理解してるんな。だからちょっと怖がってて引っ込み思案になってるのなー」
俯瞰的に見ている少女の言うことは信用できる。
「国賓ってノルデと同じってこと?」
「違うんな。ノルデは神様なのな」
「げ、そんなふうに名乗ってるの?」
言われてみれば異質な存在だろう。この美少女は二十年近く老いることもなく過ごしてきたはず。神と名乗ったほうが通りがいいかもしれない。
「わかりやすくそういう話にしただけなんな。王城に住む上級家臣はノルデがなにかも知ってるのな」
「なるほど」
一般には理解しがたい話ゆえの措置。実のところ、彼女でさえゼムナの遺志がどういった存在でなにゆえに行動しているのか正確に理解しているとはいえない。
「祀られてるわけね。まあ、あなたならキラキラの椅子にふんぞり返っていても様になるでしょうけど」
多少の揶揄を込める。
「言ってくれるのな。中にはノルデの部屋を神殿って言ってる人もいるけどなー」
「言わせてるでしょ、そのほうが好都合だから」
「バレたのな」
見られては困る機器類も少なくないはず。彼女の人造義体もなんら処置もなしに動きつづける物でもなさそうに見える。
「きっと楽しめるんな」
「そう願うわ」
デラは言いながら初めのドライブフィールドの虹色を眺めていた。
次回『帰郷の道連れ(2)』 「家令……」




