踊る彗星の子供たち(2)
一つ目の異常岩塊をラフロが斬ったとき、デラがバックウインドウで目にしたのは常識外の光景。それは二つになった岩塊が元通りに断面を合わせてくっつくところ。
(だとすれば……)
推論を口にする暇もなく次の異常岩塊がやってきてラフロに斬り裂かれる。そして、ラゴラナを衝撃が襲った。
「だぁっ!」
ガツンと引かれる。慌ててターナシールドを放りだすとブリガルドの腰にしがみついた。
連続した衝撃が機体を持っていこうとする。デラは必死でラゴラナの腕に力を込めさせた。
「デラ、そなた」
青年の低く平坦な声。
「自身で異常岩塊を捕獲したか。器用だな」
「こんなときだけ冗談言うなー!」
彼女のラゴラナは両足に異常岩塊を張りつけていた。
◇ ◇ ◇
「これが分析結果です」
「ほほう、なるほど」
デラはラナトガ課長に説明している。
あれからラゴラナとブリガルドは端子突起を最大出力にして異常岩塊の持つ運動エネルギーを相殺した。その後、リング内から離脱し、星間管理局の調査船にサンプルとして持ちこんで詳細分析を行う。
「異常岩塊に含まれているのはペロンナ合金です」
投影パネルに表示させた分子組成を示す。
「ご存知のとおりこの合金は、混合させた金属にネオジムより強い磁性を与えます。よって異常岩塊は強磁性体となっていたのです」
「あの速度でもアストロウォーカーやアームドスキンの装甲に引かれるほどのですか?」
「はい。元はそれほどではなかったと思われます。当初の分析で強い磁力は検出されていなかったので」
そんなデータはなかった。
「ですが、岩塊レベルまで崩壊し、他の岩や氷の粒との摩擦をくり返すうちに極めて強力な磁力を持つに至ったのでしょう」
「そんなことが?」
「起こったとしか考えられません」
なにせラゴラナの足に接着して放さなかったほどだ。デラはそのままリングの一部になってしまうのではないかという恐怖を味わった。
「ペロンナは、無重力下で一定の高熱高圧を保たなければ作りだせない合金です」
「ええ、データを見る限りでは」
「このオックノスの星系ベルトか、あるいは星系雲でそんな状態が過去生まれたのでしょう。そのときに生成されたペロンナ合金が彗星の核に含まれていたのです」
惑星系の外縁にあるダストリングのような星系ベルト。そのさらに外側に存在する球殻状の星系雲。そういう場所では高熱高圧という状態は維持しにくい。
だが、まったくの不可能ではないと彼女は考える。もし、岩石の多い星系ベルトで衝突していた物の中に微少なペロンナ合金が生まれていたら。長い年月のうちにそれらが磁力で引き合い、少しずつ大きくなっていたら。
(強磁性化する素質のある彗星が生まれる可能性は排除できないわ)
実証実験は困難だが推論としては成り立つ。
「では、デラ女史としてはどんな対処が可能だと思われますか?」
「不可能です」
きっぱりと言う。
「軌道分析を行ったところ、リング内に含まれている異常岩塊の数は一万から数万に至るでしょう」
「元が長径で100kmの彗星ですからね」
「ええ、含まれていた岩石のうち磁性化したものが1〜2%だとしてもそれくらいの数は見込まねばなりません。対処法を講じたところで、実作業にどれほどの期間が必要になるか。そちらは専門でないので算出もできないのですが」
最低でも数年だと予想はできる。
ラナトガ課長は考え込む。危険排除作業は現実的でないのは明白。となれば説得方法を編みだそうとしているのだろう。
「理解しました。一通りのデータはいただけますか?」
「すべてお渡しします。とても興味深いのでサンプルの一部とコピーデータは持ち帰らせてもらいますけど」
デラは満足げに微笑んだ。
◇ ◇ ◇
「以上が彗星リング構成物質の調査結果です」
ラナトガ課長が惑星メルタンセンのパグニカ大統領への説明を終えた。
デラも学術的知見を求められるオブザーバーとしてオンライン会議に参加している。話が進むうちに大統領の表情は曇っていっていた。
「要するに星間管理局が問題視していた危険物質は検出されなかったということですのね?」
並べられたデータすべてを理解するほどの知識はなさそうだ。
「氷の粒、通常岩塊、異常岩塊ともに人体に危険を及ぼす物質はありません。貿易管理上、採取を禁じることはありませんのでご安心を」
「ですが、この異常岩塊というのは……」
「そこに記されているとおり、現状の周回速度でも接近する航宙機に甚大な被害を及ぼす可能性があります」
大統領の口元がわずかに痙攣する。
「つまり除去作業は?」
「くり返しますが禁じることはありません。十分な安全対策を講じたうえで行ってください」
「その安全対策というのは?」
目が泳ぎはじめている。経済を得意とする大統領との呼び声高い彼女の頭の中では計算が働いているのだろう。
「当方の管轄外です」
課長は間髪入れず答える。
「し、しかし、それでは彗星リングの興行使用ができないのでは? なんらかの方法を……、そう、プリヴェーラ教授はどうお考えなのですか?」
「私も調査を要請されたのみですので管轄外です」
「そんな」
すがるような視線を送ってくる。
「強いて言わせてもらうならば、極めて困難だと申しあげておきましょう。専用機材の開発が必須だと思われます。それが可能だとしても作業には数年を要するでしょう。現状、推定した異常岩石の数は三万を超えています」
「今の宇宙作業での撤去は無理と……?」
「もし敢行されるのならば、星間管理局としては人権事案としてメルタンセン政府になんらかの措置を講じねばならないと思っていてください」
ラナトガ課長が話を締める。パグニカ大統領は放心して背もたれに身を預けた。
「ああ、投資した莫大な予算が……。わたくしの支持率が……。どうかお助けを」
「管轄外です」
(欲の皮を突っ張らせて作業を強行したりするからよ。損害を増やしたうえに予算回収もできないと)
憐れむ気持ちも起きない。
「ダレット・セネー!」
思い出したようにフランダアミューズメントの代表を呼びつける。
「速やかに、できるだけ低予算短期で異常岩塊を除去する設備を作りなさい」
「そんな契約は!」
「早く! リングの使用ができなければ違約金を請求しますよ?」
ダレットは目を白黒させる。
「無茶です! せめてリングがある程度の岩塊を放出するまで待ってくださるとかでないと」
「それにはどれくらい掛かるのです!」
「およそ数十年から数百年だと思いますよ」
デラは言い添える。
パグニカ大統領はがっくりと項垂れる。これ以上ないくらいの絶望を示すポーズだった。
(そんなに悪い状況かしら?)
そう思っていない。
(全然投資が回収できないわけではないのに)
その答えは今、彼女の目の前にある。ガス惑星を縁取る彗星リングは綺羅びやかな光を発しているのだ。
(氷の粒どうしや岩石との衝突でイオン化が進んできたんだわ。そこに強磁性体の異常岩塊が作用して発光させてる)
リングを構成する物質は、自身の運動エネルギーの一部を発光現象に転換させていた。異常岩塊が光を纏いながら輝線を引いてリングを彩る。
「素晴らしい景色じゃない?」
「そうなんなー」
「美しい」
「うん!」
会議を退出して見惚れる。
「最初は壊された復讐とか与太話もしたけど、ドルドノスは本当はここで輪舞曲を踊りたかっただけな気がしてきたわ」
「意外にロマンティックなのな?」
「いくら学者っていっても、これくらいは許してくれてもいいじゃない」
デラはイグレドクルーにウインクを送った。
次は「故郷の星のカンタータ」『帰郷の道連れ(1)』 「なによ、藪から棒に」




