踊る彗星の子供たち(1)
飛来する岩塊に対物レーザーが集中する。しかし、直径が1m以上もあると赤熱はするものの断裂には至らない。作業機は慌てて回避し通過させた。
「やっぱ無理だって」
「ビームランチャーでも揃えてくれよ」
パイロットたちは文句を言う。
「お前ら、ランチャー持ってきたらなんとかできるのかよ。撃ったこともないくせに」
「そうだけど、ないよりマシじゃん」
「駄目だ駄目だ、話にならん」
作業船では万が一に備えた数基のビームランチャーしか置いていない。訓練も受けていない作業パイロットが扱えないというのもあるし、維持費だけでもそれなりにかかる。ガンダタン開発の作業船だけが備えが悪いのではない。
「リーダーには持たせているだろ。それでなんとかならんか?」
「下手っぴだから外すんだよ」
「うるせえ! てめぇは使えるのかよ!」
アームドスキンを駆るリーダー格でさえもビームランチャーの練習などほとんどしていない。無用の長物と化していた。
(性懲りもなく無駄な抵抗を。あきらめが悪いったら)
デラはうんざりとしながら会話を聞いていた。
岩石を始めとした危険物排除作業はまったく進んでいない。しかし、興行企業が尻を叩く所為で未だ中止の判断も下っていない。
(メルタンセン政府が折れないと)
上の上がまだ続行を訴えている。
(そういう私も調査をどうするか決めかねているのよね)
ラナトガ課長はなにも言ってこない。彼女の判断を待っているようだ。危険がある状態で続行を命じることなど星間管理局ではあり得ない。
「どうするのな?」
ゲストシートで眉間を揉んでいるとノルデが訊いてくる。
「無闇に飛び込めない。でも、原因究明ができないと前例にならなくて、今後の判断も無理になっちゃうのよ。それだと私が出張ってきた意味ないじゃない?」
「管理局としては推奨しないと言えばいいのな」
「それもね。色んな国がこのプロジェクトの趨勢を注視しているでしょうから」
言い訳だと自覚している。
原因がつきとめられないのを恥じる気はない。が、学者心が疼くのだ。いったいなにが起こっているのか知りたいと。
「逃げたくないんな」
言い当てられて舌を出す。
「実はね。怪奇現象なんかじゃなくて、きちんとした理由があるのを証明したい。それに付き合わせるのもね。学者の意地に命懸けさせる謂れもないでしょう?」
「吾はまだ曲がる岩を斬っておらぬ。手応えも伝えられぬな」
「手応えで理由が判明するって?」
思わずツッコんだ。
「ははは、兄ちゃんも斬り足りないって。我儘言っていいってことだよ、デラ」
「そう? いいの、ラフロ?」
「そなたがあきらめるまでは付き合おう」
青年はまったく揺らがない。鍛錬が築いた自信と実力の裏打ちがあるからだろう。身を任せる側としては心強いばかり。
「じゃあ、チャレンジしてみようかしら。作業機は引き上げるみたいだし」
「承知」
また二機が曲がる岩塊の直撃で大破している。怪我人が出ても死人が出てないのが不思議といえるほどの状態。
オープン回線は不平不満のオンパレード。辞表データが飛び交う事態にまで及んでいる。作業の再開は望めないだろう。
(曲がる岩と曲がらない岩がある。それが彗星の復讐とかオカルトじみた理由でない証拠。曲がる岩塊にはなにか秘密があるはずよ)
予想は確信に近づきつつある。
ターナシールドをかまえたブリガルドにつづいてラゴラナを発進させる。分厚く重いだけの無骨なシールドがこんなに心強く感じることはない。
「おいおい、あの女学者さん、とんでもない命知らずだぜ」
「正気を疑っちゃう。あたしたちの苦労が見えてなかったわけ? あんな金属板一枚で防げると思ってるとか嘗めてる」
オープン回線には聞えよがしな皮肉。極度のストレスが人心を荒廃させていると思って聞きながす。
「準備はいい、フロド、ノルデ?」
打ち合わせ内容の確認。
「中継子機は周回させてる。裏側から楕円軌道を取ってくる岩塊もリンクで飛ばせるよ」
「よろしく」
「リング内の密度分析も進めてるのな。これだけ時間掛けて軌道解析できないってことは、相当数の異常岩塊が存在しているみたいなのなー」
ノルデはずっとリング内で周回する無数の岩石を記録解析していた。何周しても速度や相対位置からパターン分析ができないということは、常に相互作用もし合って軌道が変わっていることを意味する。
(その作用がおそらく異常岩塊が曲がる理由)
原因は絞れてきている。だが、決定打はない。やはり彼らがそう命名した異常岩塊そのもののサンプル採取は不可欠だと思われる。
「どうやって採取するつもり?」
青年に尋ねる。
「まずは斬る」
「そういうとこだけバイオレンスなのはなぜ?」
「斬ってみてから考えればよい」
考える暇があればいいが。
「減速させないと無理よ。とんでもない相対速度なんだもの」
「斬って軽くする」
「斬ってから考えるってそういうこと」
物理的に大きく間違っているわけではない。いささか短絡的に思えるが、足りない部分はノルデがフォローしてくれるだろう。
「シールドに当てて減速させる」
小さくしてからの話。
「わかるけど、私では見えないくらい速いのよ?」
「当たりに行かずとも向こうから来る」
「だから、終着点だけバイオレンスなのはどうしてなの!?」
ツッコミは欠かさない。
「いっそのことリングの物体と速度同期したほうがよくない?」
「ブリガルドでも加速に時間が掛かる。危険な時間が増すだけだ」
「まあ、加速しただけ減速も必要だものね」
加速する間、リング内で無防備な背中をさらすような選択はできないとラフロはいう。デラもまっぴら御免だ。
「バイオレンスな方針でいくしかないのね」
「そういうことだ」
言う間に青年は力場刃を一閃させている。ガス惑星の裏側から楕円軌道を描いてきた岩石が真っ二つになって左右を通過した。
(言うだけの技量があるのも考えものよね)
どこまで本気なのか読みにくい。
ナビスフィアがリング側を指し突入を促す。モニタではイグレドとのリンクによって岩塊の軌道が輝線で示されている。だが、あくまで予想であり、異常岩塊の軌道偏向は計算に入っていない。
「行きますか!」
強く深呼吸して覚悟を決める。
「離れるな」
「そんな無謀じゃない」
境目というのは接近すればそこまで明確ではない。機体表面にコンコンと氷の粒が当たる音がしはじめたところでリング内に進入したと自覚できた。
吹雪と呼べるほど多くの氷の粒が向かってきているように見えはしない。ただ、視界が不明瞭になることで、なにかが高速で通り過ぎているのがわかるだけ。
「ふっ!」
ラフロが呼気とともに剣を閃かせる。一瞬影がよぎったかと思うだけで衝撃はやってこない。
「なんだよあれ!」
「どうやってあんな曲芸みたいなこと!」
外野が騒ぎはじめた。
「連中じゃないけど、どうやってるの? 私にはまったく見えないくらいの相対速度なのよ?」
「吾にも見えておらぬ」
「冗談でしょ。勘とか言わないでね」
偶然頼りでは気が気でない。
「レーザーを自動迎撃モードにしている。軌道予測がσ・ルーンで頭の中に入ってくる」
「マジで?」
「どこに来るかわかっているなら斬るのは容易い」
それはそれで曲芸の領域。会話しながら連続でやってしまう青年には驚きを通り越して呆れさえ感じた。
「曲がったぞ」
「ほんと?」
目を凝らす。
目が慣れてきて、二分された岩石が左右を過ぎるのがわかった。バックウインドウに目をやるととんでもない光景が映っている。
「ちょ! 嘘!」
「まただ」
「待って! まさか!」
上下を通りすぎる異常岩塊。
その瞬間、デラのラゴラナを衝撃が襲った。
次回『踊る彗星の子供たち(2)』 「こんなときだけ冗談言うなー!」




