第三十一話「アンタみたいなへっぽこマスターに払う敬意なんてないわよ!」
第三十一話
「ちょっと吹雪! どーいう指示してんのよアンタは!」
『叢雲こそこっちの作戦を理解してないんじゃないの?!』
「んもう真理! そんな命令じゃ分かりませんよっ!」
『アルテミス~! どうしてアナタはそんな分からず屋になったのかしら~!』
バトルフィールドとマスターブースで交わされる叫び声。準決勝戦を戦うチーム・ブロッサムメイツは現在、未曾有の危機に瀕していた。
「いったい……いったい何故こんな事になってしまったのだろうか。ヴェルグちゃん困惑」
フィールド上空を大きく旋回しつつ、フレイスヴェルグはこの状況をどうすべきか思案していた。叢雲と吹雪、アルテミスと真理のペアが互いにケンカし始め、まともにバトルすることが出来ないのだ。
「うぐっ?! この、猪口才な!」
「あらあら、そんな雑な攻撃ではカスリもしませんわよ?」
フリフリの、いわゆるゴスロリと呼ばれるタイプのドレスを華麗にひらめかせ、相手チームのドールが鋭い蹴りを連発してくる。天之叢雲剣の間合いより内側に入られた叢雲はその連続攻撃を捌くことに夢中で、その背後にアルテミスがいることに気づいていなかった。
「ぐえっ!」
「きゃあ?!」
『ちょっと叢雲! 周りをよく見て!』
『ああもう、アルテミス! 早く立ち上がって!』
「~~~!!!」
「うう、もうやってられませーん!」
怒りのあまり声にならない叫びを発する叢雲、そしてこの状況に涙目になっているアルテミスは今にも地団駄を踏みそうだ。
すべては、二回戦を勝ち抜いた直後。今、ブロッサムメイツが戦っている準決勝戦の対戦相手、チーム・レベヂィーノエ・オーゼロが吹雪たちに接触してきた事が始まりだった。
* * *
「いやー、なんとか勝ち抜けたねー」
「なんだか私たちの扱いに釈然としませんが、まぁよしとしましょう」
「それより早くお昼にしましょう~? もうお腹ペコペコだわ~」
二回戦目を無事に突破したブロッサムメイツは、午後からの準決勝戦に向けてしばしの休憩を取っていた。試合の前後は自由時間となっており、今のうちに食事や次のバトルに向けて最終調整を済ませるようになっている。
そして、叢雲たちドール三人娘は控室にて充電中。
今は吹雪たちとは異なるBブロックのバトルが始まっており、黒風白雨の圧倒的な戦闘シーンが会場外のモニターに映し出されていた。それを見ながら、三人は会場のロビー部を歩いていると……。
「あ、あの! もしかしてブロッサムメイツの方々ですか……?」
突如、声を掛けられたほうを見るとそこには気合の入ったゴスロリ少女と形容すべき、少しおどおどとした子が。
「あ、はい! 私たちがブロッサムメイツです! えっとあなたは」
「わー! 本物だー! あ、突然すみませんご迷惑でしたよね急に話しかけてスミマセンスミマセン!」
喜びの表情を見せたかと思うと、いきなり頭をぶんぶんと振りながら謝罪するゴスロリ少女。真理がどうにか落ち着かせるまで彼女の謝罪は数分も続いてしまった。
「えっと、私はブロッサムメイツの皆さんと準決勝で戦う予定のレベヂィーノエ・オーゼロの者です! あ、私の名前は白谷リノアと申します……」
どうやら白谷リノアはブロッサムメイツの一回戦目、二回戦目の試合を見ていたく感激したらしく、偶然見かけて思わずテンションが上がりすぎてしまったそうだ。
「凄かったです! Xドラグーンも、マジカル☆ミラクル♡フェリーチェもとっても強いチームなのに、それをものともしない勝ち方! 私、シビれました~!」
「あ、あはは……ありがとう!」
「特に神代吹雪さんと叢雲さん! 第一世代型の素体を使ってるのに、あれだけ動ける接近戦特化ってどんなカスタムしてるんですか?もしかして特別なアクチュエータを使用?私はAIの方を弄って行動とモーションパターンの最適化を図ってるんじゃないかと睨んでいるんですけどあそうだあの剣も相当作り込んでますよね市販品とは一線を画する性能といい十種雲形という固有スキルあれはどのドールとも異なる設計思想が見えますね最近のトレンドから外れてるのはわざとそうしてるんですよね白眉なのはエネルギーをドール本体に還元する機構でこれは既存のパー」
まるで蛇口の壊れた水道、とめどなく溢れる言葉に吹雪らは圧倒されてしまう。よほどのファンになってしまったのか、この短期間にブロッサムメイツの事をよく調べているらしいことは痛いほど伝わってくる。
「あ、あの……リノアさん?」
「ひゃう?! ああ……憧れの神代さんに名前で呼んでもらえた……でへへ……」
名前で呼ばれただけで恍惚の表情を浮かべるリノア。これにはどうしようかと一瞬頭をよぎった吹雪たちだが、いきなり真面目な顔に戻ったリノアは吹雪の両手を取り、ぐいと急接近する。
「あの! もしよろしければ私と少しお話して頂けませんか! 叢雲さんの事とか、吹雪さんの事をもっと知りたいんです!」
「は、はいっ!?」
「あ、私ちょうど良いカフェ知ってるんですよ! すぐそこなので! ではしゅっぱーつ!」
まだ了承していない吹雪をずりずりと引きずりながらリノアはずんずんと進んでいく。まるで嵐が過ぎ去ったかのような跡には、ポカンとした美空と真理が残されただけだった。
「……半ば拉致られてしまいましたよ、吹雪さん。どうしましょう?」
「……まぁ、次の試合までには戻ってくるんじゃない~?」
「……とりあえず、昼食にしましょうか」
「……そうね~」
準決勝の始まるまではまだ少し先なので、二人は会場の少し外まで足を伸ばすことにした。最近出来たばかりだが、SNSでも評判のネパールカリー屋があるとのことだった。
「この辺ね~。先生が教えてくれたお店は~」
昼ごはんには丁度いい時間帯、オフィス街に近いせいかスーツ姿の通行人が多い。そんな中を目的地を目指して真理がスマホのマップアプリを見ながら歩いていると。
「キャッ!」
真理の身体に軽い衝撃が。どうやらよそ見していたせいで人とぶつかってしまったようだ。
「ごめんなさい~! 大丈夫ですか~?」
「あ……はい」
「もう、真理先輩。駄目ですよ、スマホ見ながら歩いては」
「本当にごめんなさいね~? どこもケガしてませんか~?」
ぶつかった相手はとても線の細い女性で、真理もいつになく慌てている。ともすれば病的なまでに色白の肌、それと対照的な黒髪。落ち着いた……というよりもとても静かな印象を与える人物だった。
「私もよそ見していてすみません……それでは……痛っ」
端正な顔を歪める女性。どうやら足首をひねってしまったようだ。怪我をさせてしまったという罪悪感から真理は慌てて女性の味をそっと確認する。見た目にはあまり腫れてはいないようだが、万が一の事もある。
「たいへん! どこかで手当しなくちゃ~! 美空ちゃん、悪いんだけどお昼は一人で行ってくれない~? 私はこの人をみなくちゃ~!」
「え? あ、はい……」
「あ、あの……私は大丈夫ですので……っ!」
「悪いのはこちらなので気にしないでください~。それに歩くのも辛そうじゃないですか~」
真理は女性に肩を貸し、どこか休める場所を探しに行ってしまった。やはりポツンと残されてしまった美空は、しかし妙な感覚を覚える。こういう、ちょっとしたトラブル自体はまぁ珍しくはないのだろう。しかしこの短時間に、立て続けに起きるものだろうか。
「なんなんでしょうかね……? まったく……」
小さなため息は街の雑踏にかき消されてしまった。




