第26話「フン、私達がこんな一回戦で負けるはずないでしょう? 身の程を思い知らせてあげるわ!」
第二十六話
どこまでも広がる青い空――――
その空間を二つの影が切り裂いていく。
「しつこい。いい加減に落ちたらいい」
「あらぁ、つれないわねぇ……もっとお姉さんと遊びましょうよぉ?」
チーム・Xドラグーン、リーダー機であるワイヴァーンはその肉感たっぷりな肢体をくねらせながら妖艶に微笑む。多くのドールは素体の体型そのままなのだが、ワイヴァーンは特に臀部や胸部装甲を特別に改造してある。端的に言ってプラパテで盛り盛り、通称・魔改造と言われるアレだ。さらにその女性らしさを全面に押し出した仕草と合わさり、一部界隈では歩くR15ドールとまで言われている有様だ。
「……ヴェルグちゃんは非常に不快感を覚える」
普段は無表情が張り付いているフレイスヴェルグだが、なぜかワイヴァーン相手には辛辣になる。今も苦虫を百匹ほど噛み潰したかのような顔で二丁のマシンピストル・フギンとムニンを掃射しているところだ。
「やぁん……そんな激しくされたら……お姉さん、どうにかなっちゃいそう……」
『おお……怒った顔もマジプリティ……フレイスヴェルグちゃーん! 私だー! 一緒に写真撮ってくれー!』
「こいつらマジでぶっ壊してやろうか、とヴェルグちゃんのAIは思考中」
『ヴェルグ、落ち着いて……あと向こうのマスターの戯言はミュートに。それと、彼女の装甲は非常に薄いです。それこそ、こちらの攻撃がカスリさえすれば大ダメージになるほどに』
美空の分析した通り、ワイヴァーンが纏っている装甲は防御力が無い。なぜならば目的は飛行時の空力制御、及び徹底した軽量化である。その防御性能は紙と言っても差し支えない。
とはいえ、比較的火力が劣るフレイスヴェルグの攻撃ですら致命傷となってしまうようなワイヴァーンだが、そこはそれ。彼女たちが曲がりなりにも本戦大会に出場できたのはただ運が良かったからではない。
『オイ、ワイヴァーン。回避ばっかしてねェでさっさと攻撃しやがれ。あ、でもフレイスヴェルグちゃんをあんまり傷つけたり泣かせるようなことすんなよ?!』
「はいは~い。いちいち注文の多いマスターねぇん?」
部長のよく分からない指示にやたら艶っぽく溜息を吐くワイヴァーン。その場でクルリとフレイスヴェルグの銃撃を躱すと、その手に抱えた長大な砲身を構えた。
「貴女も装甲薄いほうだけどぉ、このドラゴントゥースの一撃は大抵の装甲を貫いちゃうんだからぁ!」
大口径ガンランチャー、ドラゴントゥース。実体弾を撃ち出す銃系統の武器としてはかなりの大型で、弾丸の初速は比較的遅いもののその威力と射程は決して侮れない。そしてワイヴァーンの頭部から生えた角はただの飾りではなく、高性能なセンサー機能を有している。
つまり。
「……っ! 射撃の腕はなかなかやる。おかしいのは言動とその無駄に盛ったボディだけ」
ワイヴァーンが放った弾丸はフレイスヴェルグの移動しようとする先を精確に射抜く。相手の未来位置を予測した偏差射撃、多くの射撃を得意とするドールは誰しもこのプログラムを強化するのだが、ワイヴァーンはかなりのレベルのものらしい。偵察用ドローンであるミーミルの眼を一基、少し離れた場所から観測させていたお陰でその弾道を咄嗟に予測できたが、何度も避けるのは難しそうだ。
「うふふ、さぁ……私の手のひらで踊りなさぁい?」
だが、その引き金を何度も引くワイヴァーン。砲口から鈍色の弾丸が次々と吐き出され、明確な害意を持ってフレイスヴェルグへと迫っていく。大型のウイングとスラスターを可動させ、さらには身体を捻りながら銃撃を躱していくフレイスヴェルグだが、どうしても全ての弾丸を避けることは出来なかった。いや、むしろそうなるよう、まるでじわじわと痛めつけるようにワイヴァーンが誘導しているのだ。
「ごめんねぇ? マスターの指示で一気にケリをつけられないのぉ」
「……それならそれで、こちらも戦いようは……ある。ミーミル!」
全く戦意を喪失していないフレイスヴェルグ。彼女は一度フギンとムニンをホルスターに仕舞い、回避行動に専念する。傍から見れば防戦一方、次第に装甲は削られていき、このままではいつかHPも尽きてしまうだろう。
「んもぅ、意固地なんだからぁ! ねぇマスター、そろそろトドメ刺してもいいでしょう?」
『待てワイヴァーン! さっきからドラゴントゥースの命中率が落ちてないか?!』
「えぇ? 何言ってんのよぉ」
ワイヴァーンは信じられないという顔をするが、画面越しに見ている部長にはそうとしか思えない。だが、確かに今もギリギリの機動で嵐のような銃撃を次々と避けているではないか。
『ヴェルグ、相手の射撃プログラムの癖は把握できそう?』
「マスター、ヴェルグちゃんの分析能力を甘く見ないでほしい。ミーミルから得られたデータはバッチリ」
ワイヴァーンの持つガンランチャー、ドラゴントゥースは強力な火器だ。その攻撃力は例えアルテミスの装甲といえど、何発も喰らえば無事には済まない。だが、その大きさゆえに取り回しが悪く、長い銃身は容易に弾道を予測する材料となるのだ。
そして、いつの間にかフレイスヴェルグはフィールドに散開させていた残りのミーミルの眼を呼び戻し、あらゆる方向と角度からワイヴァーンとドラゴントゥースを観察させている。
「後は射撃のタイミングを測りつつ、ドールが固有に持つ思考のブレを考慮。そして彼我の位置関係をデータに入れれば……」
突然、漆黒の翼を広げてフレイスヴェルグは空中で滞空停止する。何のつもりかはわからないが、これを好機と見たワイヴァーンはすかさずランチャーを向けた。
「あらぁ? もう諦めたのかしらぁ?!」
続けて三発、ドラゴントゥースの弾丸がフレイスヴェルグを襲う。頭部、胸部、腹部へとそれぞれ狙いを定められており、彼女の装甲と残りHPではもはや一発でもカスれば撃破されるだろう。
「ふっ、ヴェルグちゃんは既にその攻撃を見切った」
つい、と身体を捩り僅かにスラスターを吹かす。必要最小限のその動きは、しかし三発の弾丸を避けるには十分なものだった。
「なっ?! 避け……!」
「どうした? もう弾切れ?」
挑発のつもりか、フレイスヴェルグはこてんと首を傾げて尋ねる。その無邪気な仕草に言いようのしれないナニかを感じつつも、ワイヴァーンはさらに射撃を続けた。
「お姉さん、そういう冗談は好きじゃないのよぉ!」
「ふぅ、無駄無駄、無駄弾……ドールに二度も同じ技は通用しない」
苛烈な弾幕をまるでワルツでも踊るかのように掻い潜る。大型のウイングも、ふわりと広がる腰のスラスターも、まるで特別に誂えたような漆黒のドレスだ。スラスター炎が煌めくたびに左右に揺れる長いツインテールの動きも、ドラゴントゥースの弾丸軌道も、フレイスヴェルグは全て計算に入れた上で舞っている。
「これならどうかしらっ!」
業を煮やしたワイヴァーンは突如として砲口を明後日の方へと向けた。その先には偵察用ドローンであるミーミルの眼が。
「ようするに、このおもちゃを落とせばいいのよっ!」
流石にワイヴァーンも偵察用ドローンによる情報支援がフレイスヴェルグの回避力を支えているだと気付く。だが、その行動とタイミングすらフレイスヴェルグはこの短時間で予測していたのだ。撃墜しようと狙いすますが、ミーミルはひらりひらりとまるで宙を舞う木の葉のように弾丸を避けていく。
「ミーミルを狙うのは分かりきっている。そしてヴェルグちゃんは既に次の一手を配置し終えた」
三機のミーミルが常時監視し、ワイヴァーンの射撃タイミングと照準は解析されてしまった。そして先程から一切攻撃してこないフレイスヴェルグの余裕が彼女をさらに追い詰めていく。
「マスター? もう四の五の言ってられないわぁ。あの娘、倒すわよ」
『お、おいワイヴァーン! 待てよ落ち着け!』
マスターの制止も聞かず、ワイヴァーンはフレイスヴェルグへと最大加速で突進する。いかに射撃を精確に予測しようとも至近距離からでは避けようがない、そう考えた彼女は牽制代わりの弾丸をばら撒く。案の定、フレイスヴェルグはその場から離脱できずに滞空したままだ。
「やはり最後はその手段を取る。ヴェルグちゃんにはお見通し」
疾風の如きワイヴァーンを、背後から閃光が襲った。二条のビームは彼女の竜のような翼を焼き、牙を折る。突然の衝撃に何が起きたのか分からず、ただただ混乱するばかり。
「なっ?! 何が……?!」
「ヴェルグちゃんに強襲を掛けようと一直線な機動を取る。その予測ポイントにバルドルとヘズを待機させていただけ。真っ直ぐ動く標的は狙いやすい」
飛行能力を喪失したワイヴァーンは地面へと自由落下していく最中、自身の後方をゆったりと飛ぶ二機の固定翼ドローンを見つけた。そしてこの時の為に、フレイスヴェルグはミーミルと自身を囮に使ったのだと彼女は理解する。
「まったく……おもちゃで遊ぶのが上手なんだからぁ……? 次はもっと激しくしましょう?」
「次は無い。さっさと墜ちるがいい」
「最後までつれない娘! でも、そんなところが……あ〜れ〜……」
次第に遠ざかっていくワイヴァーン。落下の衝撃でほんの僅かに残っていたHPも無くなるだろう。フレイスヴェルグはミーミルの眼とバルドル・ヘズを自身の周りに集める。
「ふっ……ヴェルグちゃんの頭脳が勝った……」
『ヴェルグ、急いでドローンを充電して。もうあんまり余裕ないんだから』
「はーい、マスター」
実のところ、フレイスヴェルグもあまり余裕のある勝利では無かった。ミーミルの眼もバルドル・ヘズも、その稼働には大量のエネルギーを必要とするので定期的に彼女の下に戻して再充電しなければならない。その間、周囲の探索能力は当然だが低下するし、叢雲やアルテミスの援護もままならない。
さらに自分を囮にした戦法は、翻ってワイヴァーンの機動力を縛るための苦肉の策でもあった。彼女の速度、運動性能ではフレイスヴェルグの攻撃はカスリもしない。あのままではいずれ、互いに互いの攻撃が当たらない千日手に陥っていただろう。
「ま、それでも勝ったのはヴェルグちゃん。ぶいっ!」




