第十七話「もし叢雲さえ良かったらなんだけど……私のドールになってくれない?」
お待たせしたデス! 二週間ぶり!
第十七話
「で、なんでお母さんがここにいるわけ? 確か今頃はアフリカにいるんじゃなかったの?」
濡れたままでは風邪を引くからとすぐにお風呂へと直行させられた吹雪はタオルで髪の毛を拭いながら尋ねる。その母親は吹雪のベッドに腰掛け、呑気にお茶を啜っていた。
「そーそー、その筈だったのよ。ところがね、現地のコーディネーターが急病だとかで急にキャンセルされちゃってね。それで代わりが見つかるまで少し時間が空いちゃって、それなら今のうちに愛しの娘の顔でも見ようかと」
「そんなちょっとコンビニ行ってくるみたいな気軽さで海を渡ってこないでよ……」
「あ、でもコンビニ弁当を食べると日本に帰ってきたって感じがするわー! やっぱり日本のコンビニ弁当は日本でしか食べられないわ!」
見ればゴミ箱には捨てられたコンビニ弁当が少し覗いている。どうやら昼食は吹雪の部屋で食べたようだ。
「え、お母さん、一体いつからいるの?」
「そうね、確か十時頃には最寄りの駅に着いた筈よ」
「それじゃあ殆どすれ違いだったんだ……」
吹雪が予選大会の為に外出したのは午前九時すぎ。駅までは徒歩で十分ほどなので、もう少しタイミングが違えばどこかでバッタリ出くわした可能性もあったのだ。
「あれ? それだと今までずっと部屋にいたの?」
「あんたがいつ戻るか分からなかったからねー。まぁ休日だし、友達とどこかに遊びに行ってるんだろうと思ってあえて連絡しなかったのよ。それに仕事もあったし」
と、視線をローテーブルの上に向ける。そこには使い古したノートパソコンと何枚ものSDカードが散らばっていた。
「お父さん、今度は何の写真撮ってきたの? 前は高山植物だったよね?」
「今回はね~、南米の珍しい昆虫! もうすっごいのよ! それがもう、いかにも南米って感じで、大きくて、毒々しい色のなんかもいっぱいいるんだから! あ、でも宝石みたいにキレイなのもいたわよ。日本に持ち帰れないのが残念ねー」
「虫か~。でもお父さん、虫が苦手じゃなかったっけ?」
「だからヒーヒー言いながらシャッター切ってたわよ。それでも流石はプロね、きっちり良い画に仕上げてるわ」
吹雪の両親は簡単に言えばプロの写真家だ。企業や団体から依頼されて写真を撮る、フリーのカメラマン。特に二人は世界各地の珍しい動植物を専門に扱っており、その写真は広告宣伝や商品パッケージ、ウェブサイトの素材などなど、色々な場面で使われているという。
父親が主にカメラを担当し、何日も掛けて目的の写真を撮影する。そして母親がマネージャー的な雑務を引き受け、写真の編集・加工、現地での手配、依頼者との折衝などもこなしていた。いつも二人で仕事をしていて、幼い頃から吹雪はそんな二人を見て育ってきたのだ。
「そういえば、さ。お母さんとお父さんって、いつも仲が良いよね……。何か秘訣とかあるの?」
吹雪の急な質問に母親は湯呑のお茶を飲み干し、吹雪の様子を盗み見る。
「そうねー。これといって特別なことは何もしてないよー? あえて言うなら……お互いに自分の意見はハッキリ言う、かな? それでも時にはケンカもするし、いつまで経っても考えがすれ違うこともあるけどね」
「え? 二人がケンカしてるところって私見たことないよ?」
「そりゃ大切な娘の前で夫婦喧嘩してる所なんて見せないわよ~。だって恥ずかしいし? ……で、誰とケンカしたの? こっちで友達出来たんだ?」
「え? あ、いやその……」
「まさか彼氏?! うわー、高校入学早速とは……我が娘ながら恐ろしい……!」
「ち、違うよ! 友達……っていうか、相棒?なのかな……?」
「ふーん? どんな子なの?」
「えっとね……すっごくプライドが高くて、とっても強いの。それに思わず二度見しちゃうくらい可愛いんだけど、これがまたすっごく自信過剰で向こう見ず、負けず嫌いで口うるさいし。私の言うことにいっつも反対するんだもん。それでいて、自分が失敗したら『あら、まぁこんな時もあるわ』って長い髪をかき上けながら言うんだよ? あ、でもでも! 最近は丸くなったっていうか、最初の頃より怒らなくなったんだ! まぁ、そのぶん私が気を配ってるんだけどね……」
自慢気に語る吹雪の顔をニヤニヤしながら見つめる母親。その様子に楽しむようにいたずらっぽく尋ねる。
「へぇ、その子のこと、大好きなんだね?」
「うぇ?! ……あ、いや、うん、好きなんだけどね……?」
吹雪はつい先程の、彼女とのやり取りを思いだしてしまい明るかった表情が沈んでしまう。だが、自分の考えは間違っていない。いない筈だ。
「ちょっとね、意見の食い違いっていうのかな。それでつい、怒鳴っちゃった……だって、いつまでたっても私の事を半人前にするし……未だに私のこと認めてくれないし……向こうは私のこと、嫌いなのかなぁ……」
最後の方はボソボソと独り言のようになってしまい、殆ど聞き取れない。だが、吹雪の母はそんな彼女の頭を優しく撫でる。
「何があったのかは聞かないけれど、一つだけアドバイスしたげる。そんな時はお互いにもっと言い合ったほうが良いのよ。普段から思ってること、ムカついてること、感謝してること、全部全部吐き出すとスッキリするわよ」
「え?! それ余計にこじれない?! 今より悪化しそうなんだけれども!」
「だーいじょうぶ、少なくとも私とお父さんはそれで上手くいってるんだから! お母さんの経験談よ?」
胸を張りドヤ顔を決める母に若干の呆れと惚気話を聞かされたもんにょりを感じるが、なんとなくそうしてみようとも思わされた。確かにあの場では言いたいことの少ししか言えなかった。あちらも何か言いたくない事があったのだろう、いつもの覇気が感じられなかったのが今も気に掛かっている。
「それに、ね? お母さんも昔、大事な友達とケンカしたまま、それきり別れたままなんだ。いや、私が置き去りにしちゃったんだ。それがずっと心残りで……でも、もう一度会って話すのが怖くって……もう二十年も前の事だし、気持ちの整理がつかないのよね。だから、吹雪にはそうなってほしくないの」
「お母さん……うん、そうだね。もう一回話してみる。私、少し遠慮してたかもしれない」
「そーよ、友達……いや、相棒だっけ? それなら思ってることズバーンとぶつけなさいよ。それであんたも、向こうが思ってることバシーンと受け止めなさい!」
「うん、ありがとうお母さん!」
もう一度彼女と向き合うため、吹雪は心を決める。言いたいこと、聞きたいことは沢山ある。上手く話せるか分からないけれど、それでも話さなきゃ分からない事ばかりだ。
「ん、いい顔になった! よし、それじゃあご飯にしましょ! コンビニ弁当? それともカップラーメン?」
「……お母さんは座ってて、私が作るから」
「え? そう? えへへ、悪いわね〜!」
「冷蔵庫の残り物だけど、すぐに作っちゃうから。それまで机の上片付けといて!」
「おおう、女子高生の娘が一端の主婦みたいな事を……!」
「少なくとも、お母さんよりは料理できるからね?」
「ぐっ……それを言われるとツラい……お父さんにもよく言われたなぁ……」
「お父さんも苦労してたんだね……」
二人は思わず吹き出してしまう。吹雪の心にあったモヤモヤは晴れ、自分の相棒と向き合う決意が生まれた。
更に話がこじれるかもしれない。余計、仲が悪くなるかもしれない。それでも、吹雪は叢雲と話をしなければいけないと心に決めた。




