第十二話「えっ?! 私の活躍は?!」
第十二話
「ヒャッハー! 逃げるドールは負け犬だァ! 逃げないドールは良く訓練された負け犬だァッ!」
「ホント、バトルフィールドは地獄だぜェ!」
「オラオラァ! 死にてぇ奴はオレ達の前に出てきな!」
真っ青な海原に強い日差しが照りつける。複雑な海岸線と、大小様々な船舶とフロートが点在する海洋エリア。不安定な足場で戦うか、思い切って水中での戦闘を仕掛けるか、ここは特にテクニカルなドールの運用を求められるバトルエリアの一つだ。
そんな中、カトラスナイフが鈍く光り、フリントロック式ピストルが火を吹く。時代掛かったロングコートに羽根つき帽子。いかにもな海賊の恰好のドールが3人。
彼女らはチーム・ブラッドパイレーツ。見た目通り、海賊のように荒々しい戦い方が特徴的なチームだ。
「キャプテン! この一帯はアタシら以外もう残ってないようです!」
「フン、他愛ないねえ。もっと歯応えのあるドールはいないのかい?!」
キャプテンと呼ばれた女海賊、アルビダは背中に背負った古めかしいデザインの大砲を巨大タンカーの甲板にドンと下ろす。その周りには撃破された他チームのドールが何体も倒れていた。
海賊をモチーフにしてあるだけに彼女達ブラッドパイレーツは水上や船上、水辺の戦闘を得意としている。その秘密は特製のオートバランスプログラムと、脚部に装備された水上ホバー装備のお陰だ。
大抵のドールは水中や水上での活動を苦手としており、フロートなど何かしら足場の上で戦おうとするのが常だ。だが、ブラッドパイレーツはその水上機動力を武器に縦横無尽に攻めたてるのだ。その猛攻に耐えられるドールは少ないだろう。
「ヘイ、マスター! 敵がいなくなっちまった! これからどうするよ?」
「そーね、どっか別のエリアに出向いても良いけどー」
アルビダのマスターは二人のチームメイトと顔を合わせる。
「アタシらはアタシらの得意なフィールドで頑張ろー? 海賊が陸で暴れるのはなんか違うしー?」
「そのとおりだな、マスター!」
「へっ、キャプテン! そうこうしてる内に新たな獲物がやってきたぜ!」
「おっしゃあ! 血祭りだァ!」
フリントロックピストルを腰に4丁も差したドール、アン。大振りのカトラスナイフを器用に操るメアリ。二人の女海賊はキャプテン・アルビダに負けず劣らない獰猛な笑みを浮かべる。
* * *
ブラッドパイレーツ達がいる巨大なタンカー船から少し離れた海岸線。ゴツゴツした岩場の向こう、南国の木々が生い茂る中から人影が。どうやら他のチームから逃げてきたのか、武装はボロボロで足取りもやや覚束ない。
撃破されたのか、それともはぐれたのかは分からないが、そのドールは一人でここまで来たようだ。周囲を警戒しつつ、それでいてなるべく追跡者から早く逃れようと急ぐ足取りは彼女がどれほど緊急事態なのかを端的に表していた。
「うぅ……皆とはぐれちゃったし、敵は強いし、ここドコなのマスター?!」
「お、落ち着いて! えっと、そこは海の近く……F1エリアだから、皆と合流するにはそのまま東に向かって!」
「うう、わかったよマスター……」
とぼとぼ歩くドールは仕方なく歩みを進める。しかし、彼女の災難はここからが本番だった。
「……ヤバい、追いつかれた?!」
遠くから何かが近づいてくる。その気配を察知し、すぐさま大きめな岩の影に隠れた。
「ねぇねぇ、あの娘どこいったの〜?」
「あーあ、見失っちゃった! もう、フラッシュがのんびりしてるからだよ!」
「ええ〜? クイックネスがぼーっとしているからだよー!」
「そんなことないよ!」
「あたしだって!」
「二人共、落ち着いて」
「「は〜い!」」
彼女たちはチーム・ヘルメスロード。二人を諌めたリーダーはライトニング、他の二人はフラッシュとクイックネス。その名が示すように、ヘルメスロードは速さを武器にしたチームだ。
何気なく会話しているが、彼女たちのセンサーは周囲の状況を把握していた。そう、ここには強い敵がいるのだと。
(ライトニング?)
(ええ、分かってるわ)
(行くよ、私が一番乗り!)
三人はアイコンタクトで会話したあと、即座に行動へと移る。目標は海上のタンカー船。
ゴツゴツした岩場にも関わらずチーム・ヘルメスロードは凄まじい速度で走り出す。彼女らのマスター謹製の特別な武装、ヘルメスドライヴ。爪先から太腿の上部までを包み込むロングブーツのようなソレはまるでバレリーナのような優雅さと繊細さを併せ持ったデザインであり、ただの装甲ではない雰囲気を醸し出す。
ドールの駆動用にも使われている人工筋肉を内部に配置し、補助動力で動くそれは一種のパワードスーツと言える。高い応答性と柔軟な追従性を持ち、ドールの脚力を数倍にも高めるという。そして、彼女たちは神話のヘルメス神のようにバトルフィールドを縦横無尽に駆け巡る。
「へっへーん! せんてひっしょー!」
地を蹴り、フロートを何個も飛び越し、一瞬でブラッドパイレーツのいるタンカー船へ強襲をかけるフラッシュ。彼女の両手に握られた二丁の小型レーザーガンが何度も明滅する。
「うおっ?!」
「なんだコイツ、速いぞ?!」
ブラッドパイレーツの二人にレーザー光線の雨が降り注ぎ、フラッシュは空中でトンボ返りしながら巧みに銃撃を加えていった。一撃一撃はそれほどではないが、このスコールのような激しい攻撃は強烈だ。
「どんなもんだい! ……あれ? 二人だけ?」
フラッシュが遠くから見た光景には確か、三人いたはず。それが今は二人だけ?
「ハッハーッ! あたいはここだよ!」
少し離れた艦橋の上、そこにはブラッドパイレーツのリーダーであるアルビダが自慢の大砲を担いでいた。大きな爆発音とともに砲弾が発射され、タンカー船の甲板は木っ端微塵に吹き飛んでしまう。辺りは黒煙に包まれ、そこにいた三人の安否は不明だ。だが、アルビダはその一瞬を見逃さなかった。
「おや、今のを避けたのかい? なかなか素早い娘だねぇ!」
「フラッシュだけじゃなくて、あたしもいるよ!」
「チィ!」
アルビダは背後に気配を感じ、咄嗟に身をかがめる。その虚空を切り裂いたのは青白く光る小ぶりなナイフ。
「その素早さ……そしてその武器! あんたら、ヘルメスロードだね?!」
「あ、もしかしてあたし達の事知ってる~? いやー、有名になったもんだね!」
「クイックネス、お喋りが過ぎるわよ」
クイックネスの背後に音もなく現れたライトニング。その両手に握ったナックルからは紫色の軌跡が尾を引く。
「相手にとって不足なし、ってやつだよ! お前達! ぼさっとしてないでお客さんを相手してやりな!」
「あいよ、キャプテン!」
「アタシのカトラスとどっちが上か、試してみようじゃないか!」
アルビダの掛け声でアンとメアリがもうもうと上がる煙の中から飛び出す。ピストルをデタラメに撃つアンと、それを掻い潜り一気にクイックネスへと仕掛けるメアリ。
「へぇ、なかなかどうして! あんたのナイフ捌きは上等だね!」
「そっちこそ! その重たそうなカトラスでよく私に追いつけるじゃん!」
「アン! ガンガン撃ち込め! こいつは生半可な覚悟じゃ返り討ちにあうぜェ?!」
「了解だァ! そらそら、踊れェ!」
アンの銃弾はまるで相棒のメアリを避けるように、そして敵であるクイックネスの動く先を予測するかのように放たれる。そしてメアリは自らのカトラスを自在に操り、それはまるで舞踊を舞うかのような優美さを放つ。
そしてライトニングとフラッシュの二人を相手取り、単身アルビダはその戦闘能力を遺憾なく発揮する。
「オラオラァ! 避けてるだけじゃアタイには勝てないよ!」
「うわっ? うわわっ?!」
「くっ……?! なんて苛烈な攻撃!」
アルビダは手にした大砲を力まかせに振り回し、圧倒的な暴力を浴びせかかる。頑丈な砲身は多少の衝撃ではびくともせず、むしろその質量と硬度を以て相手を叩き潰さんと唸りを上げる。
フラッシュとライトニングの速度であれば回避するのは容易い。そして攻撃の一瞬を突いて仕掛ける事も可能だろう。だが、何故かそれが出来ない。
(あの女海賊……デタラメに暴れているようで、実は計算された動きのようですね……本当に油断ならない)
ライトニングはその動体視力でアルビダの動きをつぶさに観察する。確かに彼女は滅多矢鱈に暴れまわっているのだが、その瞳は冷静そのもの。気がつけばコンテナや壁が背後になったり、足場が悪く回避しにくいような場所へと誘導されてしまう。
「流石は音に聞こえたブラッドパイレーツですね……ですが、私達もヘルメスロードなのですよ?」
「お、リーダー! アレ、使っちゃう? マスターも良いよね?!」
「フラッシュ、クイックネス! ヘルメスドライヴ、強制解放!」
「おっけ〜い!」
「やっちゃうよ〜!」
途端、三人のヘルメスドライヴが青白く光り出す。これこそはヘルメスロードの奥の手、ヘルメスドライヴに搭載されたエネルギーのリミッターを解放し、その速力を最大限まで高めるのだ。
「ほう……? 良いねェ、良いねェ! 相手が強ければ強いほど、アタイらの名が売れるってもんさ!」
アルビダの眼にはもはや残像のような何かしか映らなくなった相手に向けて砲を構える。周囲を高速移動しているせいなのか、ヂッ、ヂッ、と奇妙な音があちこちから聞こえてくる。
「余裕でいられるのはそこまでです……お覚悟!」
まさに瞬撃。
ライトニングのスタンナックルが何度もアルビダを殴りつける。二度、三度。五度、六度。一瞬にして何発もの拳を振るい、その場で稲妻がスパークしたかのような激しい光が漏れる。
「グゥ?!」
「次は~あたしの番~!」
間髪入れず、フラッシュがレーザーガンを乱射する。あまりの高速移動による銃撃のため、彼女の姿はレーザーが明滅する瞬間、写真で切り取られたかのようにしか見えない。
圧倒的な速度、敵に反撃も回避も防御する暇すら与えない神速。これがチーム・ヘルメスロードの真骨頂だ。
「なまぬるいッ!」
あれだけの攻撃を食らったアルビダだが、しかして相応の傷を負ったようには見えない。それどころか獰猛な眼を爛々と輝かせ、一層凶暴に飛びかかってきた。
「なっ?!」
「嘘でしょ?!」
「あんたらは確かに疾いよッ! でもね、その分だけ攻撃が軽いのさッ! それと!」
アルビダは自慢の大砲を大きく振りかぶり、野球のスイングよろしく思い切り振り抜く。既に回避していたフラッシュもライトニングも、なんてことない攻撃だと高を括っていたのだが。
「きゃあ!」
BDプラ製の巨大な砲身は見事にフラッシュの体を捉えていた。何故なのか? あの程度の速度、見切れないはずはない。しかし、想定以上の衝撃はフラッシュをコンテナの一つに激突させ、撃破寸前にまで追いやってしまった。
「あんた達は疾いけど、それだけ移動できる線というものが狭まるのさ! 特にブーストで速度を上げてんならなおさらさッ!」
ヘルメスロードの最大の武器はその速度だ。しかしそれを活かすにはしっかりとした足場と、広い空間が必要不可欠なのだ。しかし、このバトルエリアはタンカー船の甲板。わずかだが波に揺られ、周囲にはコンテナやその残骸が散らばっている。
これではその素晴らしい脚力を活かせる移動可能な線と線は限られてくる。でなければ恐ろしい速度で予想外の方向へすっ飛んでいくか、盛大に足を滑らせてしまうからだ。アルビダはこの短時間でそこまで見切っていたのだ。
「なるほど……ドールは見かけによらないとはこの事ですね。一つ、勉強になりました。ですが……!」
ライトニングは己の失態を悔やむが、そんな暇ははない。大ダメージを負ったフラッシュの事も気がかりだが、このピンチをどうにか切り抜けなければ。
(あのコートは見た目よりも防御力が高い……ならばイチかバチか!)
ライトニングらの武装はハッキリ言って貧弱な部類だ。その全てをスピードに振っているため、装甲は極限まで軽量化し、武器は最低限のものしか装備していない。それでも速度を生かしたヒットアンドアウェイを繰り返す事で硬い敵をも撃破してきた。
だがそれが通用しない相手もいる。それが、今この眼の前にいる彼女だ。
「へぇ……限界までまで加速した体当たりをかまそうってのかい……? 面白いじゃないか、来なッ!」
そう言うとアルビダはその場に大砲を突き立て、両の手と両の足を大きく広げる。しっかりと甲板を踏みしめ、ライトニングの捨て身の特攻を受け止める気なのだ。
「やぁぁあああっ!」
裂帛の叫び。ライトニングの姿を捉えることは出来ず、今は紫電を放つナックルの光が一筋の軌跡を描くだけである。恐らく、全ドール中最速を誇る彼女の最高速度を乗せた一撃は逆転の一矢となるだろう。そしてそれを回避することも出来ず、堅固な防御すら打ち破る、必死の一撃。
「…………?」
凄まじい衝撃を予感したアルビダは、しかし一向に何も起きない事に気がついた。
「キャプテン~! すいやせん! 逃げられましたァ!」
「あいつ、すばしっこいのなんの……!」
見れば、大きくヘコんだコンテナの側に倒れていたはずのフラッシュはおらず、アンとメアリが相手をしていたクイックネスの姿も見えない。
「逃げたか……。ま、正しい判断かもね」
アルビダは鼻を一つ鳴らすが、彼女のAIは密かにチーム・ヘルメスロードの評価を改めていた。
この予選大会はあくまでバトルロイヤル戦だ。なにも出会った敵を全て倒す必要はなく、最終的に生き残った者が勝者なのだ。強敵同士を争わせ、弱った所を背後から撃つ。必要ならば無様に逃げ出してもいい。蛮勇だけが勝つための道ではないのだ。
「引き際をきちんと見極められるヤツは好きだよ。だが、今度会ったら逃がしゃあしない! お前ら、いいねッ?!」
「うっす! 次こそ全身なます斬りにしてやんよォ!」
「次はその土手っ腹に鉛玉しこたま食らわせてやるからなァ!」
遠く逃げるライトニングらに聞こえるよう、彼女達はあらん限りの声で叫ぶ。
荒々しく勇ましい。それでいて百戦錬磨のベテランチーム。それがブラッドパイレーツ。この予選通過を有力視されている期待の一つだ。




