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第59話 大臣の思惑

翔麓岩砕撃しょうれいがんさいげき!!」


 ジュリエッタの、もはや何撃目かわからない剣技を頭部に受けて、黒雛が倒れた。

 バランスを崩しながらも着地するジュリエッタを、ユエルが横から支えた。


「お見事です。これで5体目ですね」


「ふん……この程度…………造作もないことだ…………」


 ジュリエッタは荒い呼吸を繰り返して、ユエルの手から離れる。

 額に浮かんだ汗を鬱陶しそうに袖でぬぐった。

 まるで息の整わない様子のジュリエッタを前に、ユエルは歯噛みした。

 

(さすがに辛そうですね……当然です。剣技の連続使用は、身体への負担と精神集中による疲労が凄まじい。

 これほどまでに剣技を使い続けるなど、ロイさんでも難しいはずです)


 すぐに休ませるべきだ。

 そんなことは火を見るよりも明らかであったが、ジュリエッタは未だ立ちはだかる黒雛たちを前にして一度も弱音を吐かずにいた。

 他に黒雛を倒す有効な手段もないため、ユエルは無理を承知で静観してきたのだが。


(……これ以上は本当に限界でしょう。次か、その次か、剣技を使った彼女はきっと気を失ってしまう。

 今もまだ私に加護の力は戻ってきていない。私ではこの魔物を倒すことはできず、足止めし続けることも難しい。もはやこれまで、退くしかありません)


 ユエルはジュリエッタに寄り添うように並ぶ。


「ジュリエッタさん」


「なんだ……勇者よ?」 

 

 怪訝な表情をするジュリエッタに、ユエルはたった今決めたはずの結論に迷いが生じた。

 疲労困憊のはずのジュリエッタはしかし、未だ目に力を失っていなかった。


(…………この人は、どうしてこんなにも綺麗な目をしているんでしょう)


 ユエルは戦場の中にいるにも関わらず、ジュリエッタの瞳に心奪われた。ハイデルベルグ王国の姫として生まれた生来の美しさもさることながら、絶望的な状況にあってもまったく揺らぐことのない力強さに、ユエルは心中でため息をついた。


「……ジュリエッタさん。魔物の数は残り3体です」


「うむ、あとわずかだな…………早々に片づけたら……次は魔王だ」


「そう、ですね」


 結局ユエルは退却を提案することができなかった。

 気力だけで切り抜けることは不可能な事態であることなどジュリエッタも当然理解していたが、それでも引き下がるつもりは毛頭なかった。




 ◇ ◇ ◇




 魔王とロイの戦う様子を前にして、ゾギマスは苛立ちを隠すことができなかった。


(……魔王め。大言を吐いておきながら、未だあの剣聖を討ち取ることができずにいるとは。

 あれほどあの男には気をつけろと忠告していたというのに、愚かな者だ)


 呆れ果てため息を吐くが、形勢自体は魔王に傾いてきていた。

 当初、魔王はロイから放たれる多彩な剣技に手を焼いていたが、少しずつ慣れはじめていた。

 剣技を連発するロイが体力と集中力を削られ続けることに反して、魔王は無尽蔵のスタミナをもって衰える様子はまるでなかったことも要因である。徐々に、魔王の剣と不意を突いた魔法がロイを削り始めていた。


(魔王が押される場面もあったようだが、直に決着がつくだろう。

 ……あちらも同じか)


 ゾギマスは召喚された黒雛を仰ぎ見る。

 9体いた黒雛も、残りは3体のみ。勇者と、もう一人いる女剣士によって次々と黒雛が倒されていく状況には肝を冷やしたが、とうとうその勢いもおさまったらしい。しかし、この戦いが終了したあかつきには新たな補充が必要だと、ゾギマスは頭を悩ませた。


 黒雛は、ゼギレム帝国の魔法協会にゾギマスが働きかけて誕生したものであった。

 もともと帝国の魔法協会は秘密裏に魔物を意のままに操る方法を研究していたのだが、素体となる魔物の入手に苦心していた。当然弱い魔物であればどうとでもできるが、そんなものを操ったところで大きなメリットはない。大抵のことは人間で事足りる。

 そこへゾギマスが素体となるブラックドラゴンの幼体を提供し、この幼体をあらゆる魔導技術で強制的に成長させ生み出したのが黒雛であった。

 ブラックドラゴンの幼体は、もともと魔王からもたらされたものである。

 突如現れた魔王と言葉を交わしたのが、ゾギマスには遠い昔のように思えた。


(ようやく……ようやく、もう少しで私の悲願の第一歩が達成される。帝国が王国を併呑すれば、世界の縮図は名実ともに帝国が筆頭となる。

 この世界は、偉大なる皇帝陛下が治めるべきなのだ。皇帝陛下の下、世界は一つとなり人々は恒久の平和を手にする。

 勇者も、剣聖も、魔王も、この世に必要としない。

 勇者と剣聖が消えれば、あとは魔王のみ。魔王はこの戦いの後、補充した黒雛によって死滅させるとしよう)

 

 魔王との交戦で余裕をなくしたロイの表情を目にして、ゾギマスは暗い笑みをさらに深くしていた。

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