第58話 共闘
ユエルが巨石のような黒き塊、黒雛のもとへとたどり着いたとき、そこはすでに王国兵を蹂躙する場となっていた。
「前衛部隊は退け!! 遠方より弓と魔法で攻撃せよ!!! 化け物相手に前に出るな!!!! 距離を保て!!!!」
将の叫びをかろうじて耳にした者たちは、全力で動き出す。しかし場にいる王国兵の大半は未だ恐慌状態に陥っていた。
突如王国軍の目前に現れた10メートル級の灰色がかったブラックドラゴンもどき、黒雛。
兵の中でオーク等の魔物討伐に従事した者は少なくないが、竜種となると話は別だった。
その圧倒的な存在感、たやすく人体を溶解させる凶悪なブレス、虫ケラのように人を吹き飛ばす桁違いの膂力。
瞬きする間に消えていく仲間の命を前にして、いかに訓練された兵と言えど恐怖に混乱してしまう者がいるのは必然であった。
ユエルは兵たちの間を駆け抜け、手近にいた黒雛に対して突っ込んでいく。
(魔王が話していた、黒雛、でしたか…………突然に現れたブラックドラゴン。本来であれば、作戦を練り、罠を張り、装備を整え立ち向かう相手のはずです。
それを加味すれば王国兵の方たちは、むしろよく耐えていると言えるでしょう)
ユエルに気づいた黒雛が漆黒のブレスを吐く。
ユエルの持つ、勇者の加護による魔法抵抗の力をもってしても完全には防げぬほど、ブラックドラゴンのブレスは強力である。そしてこのブレスは毒性が強く、直撃されれば平素のユエルでも動きは大きく鈍る。ましてや、勇者の加護が切れた状態の只人である今の状態ではひとたまりもなかった。
ユエルは黒雛のブレスを受けぬよう身を躍らせながら疾駆し、黒雛の頭上へと跳躍する。
「翔麓岩砕撃!!」
振り下ろした最大威力の必殺の剣技はしかし、黒雛へと届く前に大木のような尾がしなり迎撃を果たす。
衝撃音が響き、ユエルは大きく後方へと弾き飛ばされた。空中で一回転をして着地をし黒雛に対峙する。
(今の私の状態で力押しは無駄……。
思えば、私の戦い方はモニカさんの支援魔法と勇者の加護に頼ってばかりでしたね。それで困ったことなどありませんでしたが、加護が切れてしまった今は後悔しきりです)
近くにいた王国軍の指揮官が黒雛を警戒しながらユエルの隣に並び立つ。
「あ、あんた一体何者だ!? あのデカブツとまともにやりあえるなんて……それにその容姿……もしかして……」
ある程度想像がついている様子であったが、指揮官は半信半疑でユエルに尋ねていた。
ユエルは一瞬躊躇したが、わずかにかぶりを振り正直に答えた。
「私はユエル。勇者の名で呼ばれることもあります。
ゆえあって先ほどまで帝国側に与していましたが、現在はどこにも属していません。そして今は勇者として、あの魔物を討伐します」
「や、やはり勇者ユエル殿でしたか!! 勇者殿に加勢していただけるのであれば、これほど心強いことはありません!!!」
指揮官はユエルの言葉に歓喜して声を上げた。
(……私が帝国についていたことは知っていたでしょうに、ずいぶんとあっさり信用してくれましたね)
ユエルが考えたように、王国の指揮官級の兵に限ってはユエルが帝国側であったことを知らされていたが、今この暴虐な魔物を前にした緊急事態において、この指揮官は非常にシンプルな考えをしていた。
すなわち、勇者であれば凶悪な魔物を討伐するだろう、という根拠のない甘い考え、妄信である。
しかしこの単純明快な考えが、指揮官に迅速な決断を促し結果として多くの王国兵を救った。
「あの魔物は私が抑えます。そちらは部隊を下がらせ、後方から矢と魔法の援護をお願いします。
突破してきた別の魔物を相手にする場合は、決して倒そうとはせずに自身の身を守ることを最優先としてください」
「わかりました!! 感謝いたします!!!」
指揮官は大声で兵たちに指示を飛ばし、混乱状態の戦場を立て直しに図った。
ユエルが黒雛に視線を戻すと、黒雛に高速接近する女の姿があった。
女は黒雛の放つブレスを危なげなく回避する。
尾や腕による打撃も避け、時に打ち払いながら黒雛に斬撃を加えていた。
(あれは、ジュリエッタさん?
ブラックドラゴンを相手に、全然ひるんだ様子がないですね)
ジュリエッタは黒雛相手に奮戦していたが、巨大な体躯を前に攻めあぐねているところでもあった。
ユエルは、ジュリエッタの戦う姿を見て、不意に思い至った。
(……無理難題もいいところですが、そうですね。彼女のセンスに賭けましょう)
ユエルは力強く踏み込み、黒雛の眼前まで躍り出る。
「勇者!? お前がなぜここにいるのだ!? ロイと共に魔王と戦っていたのでは……」
「話はあとです。ジュリエッタさん、よく見ていてください!」
「見ていろだと? お前、何をする気だ!?」
ジュリエッタの問いに答えず、ユエルは黒雛の尾による薙ぎ払いを跳躍して躱す。そのまま黒雛の頭部へと肉薄し、
「翔麓岩砕撃!!」
ユエルの振り下ろした剣が命中し、黒雛の頭を爆発したような衝撃が襲う。
黒雛は大きく頭を揺らすが、倒れるには至らない。
ジュリエッタの横に着地したユエルを、黒雛は憤怒の形相で睨みつけ身体全体で咆哮する。常人であれば気絶するであろう激しい雄叫びだった。
後方に待機する王国兵たちが萎縮する中、ユエルとジュリエッタはまるで意に返さず聞き流す。
「今のが私の最大威力の剣技です。あの通り、魔物を倒すには至りません」
「お前、手を抜いていないか? お前とロイが戦っていたときは、いや妾とのときだって、もっと素早くもっと力強かったぞ!」
「今の私は勇者の加護が発動していないようです。おそらく、時間切れでしょう。
今までこんな風に長く戦うことはなかったので、加護の効果が切れるということを考えていませんでした」
「時間切れだと? なんだそれは、迂闊すぎるだろう。お前、賢そうな感じがする割りに、案外アホなのか?」
「………………放っておいてください。
とにかく、そういうわけで今の私では力押しはできません。ですが、貴女の力であればあるいは」
ユエルは短く息を吐き、威圧するように睥睨する黒雛を見据えた。
「ジュリエッタさんは、先ほど私が使った剣技はできますか?」
「お前やロイがやっているのは何度か見たが、試したことはないぞ」
「翔麓岩砕撃は、自分を大岩に見立てて身体全体で叩きつけるように剣を振るう、最も単純な剣技です。
獅子連斬が扱えるのであれば技術的には問題ないでしょう。見よう見真似で使用可能なはずです。
私が黒雛をひきつけますので、貴女は剣技を当てることだけに集中してください」
「……いいだろう、任せるがよい!!」
決断を下すジュリエッタに、ユエルは思わずため息をつきそうになる。
(普通に考えれば、ぶっつけ本番で試したことのない剣技を使うなど正気の沙汰ではないのですが……)
好戦的に笑うジュリエッタを見て、ユエルは呆れると同時に心強く思った。




