第57話 魔剣レーヴェルスフィア
魔王の放った炎球を真っ二つに斬り裂くと、虚空へと消失した。
「…………俺の魔法を、斬っただと?」
「そんなに難しくはないぜ? あんたの魔法自体は単純だからな。力押しの魔法じゃ、俺の前では無力だ」
目を見開く魔王に、余裕しゃくしゃくの態度で剣先をぷらぷらさせてやる。
……本当のところ、魔王の魔法が斬れるかはちょっと不安だったけどさ。だってあんな見るからに高火力の魔法、この魔剣で相手にしたことねぇからな。
「……一介の剣士ごときがふざけたことを言う。ならば試してやろう」
魔王が詠唱を開始する。
アホか! そう何度も暢気に待っててやるかよ!!
インターバルを置いたおかげで、俺の気力はほとんど戻ってきている。
練気を発動して、一気に魔王との間合いを詰めて接近戦を仕掛けにいく。
魔王が舌打ちして、虚空から先ほどの黒剣を引き出した。
「獅子連斬!!」
隙の少ない三連撃をぶちかまし、間断なく斬撃を繰り出す。
俺の斬撃に、魔王はやや力任せ寄りの薙ぎ払いで応戦してきた。
技術はそれほどじゃないが、やはり純粋な力の差が歴然としている。こりゃベストの状態のユエルでも、パワー勝負じゃかなわないかもしれねぇな。さすがは魔王と名乗るだけはあるようだ。
「ええい!! ちょこまかと鬱陶しい!!!」
俺の袈裟斬りを魔王が片手剣でガードして抑え込み、空いた左手に魔弾が生じる。おい、ちょっと待て!?
即座に発射された魔弾を、俺は身をひねってギリギリで躱す。崩れがちの体勢いのまま、大きく跳んで間合いを取った。
……あ、危ねぇなこの野郎!? 接近戦やりながら魔法攻撃とか反則だろ!?
一息つこうとしたところで、魔王が詠唱していたことに気づいた。
あ、ヤバい?
「紅絶爆!!」
両手に生み出した炎球を合成させて、俺に撃ち出してくる。
気合と共にさくっと斬り捨ててやると、魔王は警戒心を強くした様子でつぶやく。
「………………人間ごときの剣で、俺の魔法を…………」
おぉ、なんかえらいショックを受けてるっぽいな。
続けて攻めてやってもいいけど、あいつの魔弾は本気で厄介なんだよな。そもそも俺の剣であいつの防護を破ってダメージを与えられるか怪しいし。
となると、やはり決め手は…………。
「す、凄いですね。まさか、魔王の魔法すら斬ってしまうなんて……」
ユエルが呆けたようにしていた。
そういやユエルと一緒にいたときは、わざわざ敵の上級魔法なんざ撃たせる前に勝負がついてばかりだった。最初のころは危険だから雑魚狩りしてて、ユエルが強くなってからは大半の敵は相手にならなくなったからな。
魔剣に対するユエルの反応は今更すぎるような気もするが、そもそもこの剣の力がどれほどのものかよくわかっていなかったのかもしれない。
「まさしく銘に恥じない名剣だろ?
それよりユエル、お前もエッタの後を追え」
「え? な、なにを言っているんですか!
ロイさん一人で魔王と戦うっていうんですか!? 危険です!! 私だって戦いま……」
「ユエル」
魔王へ向かって踏み出そうとしたユエルに警告する。
「…………なんですか?」
「魔王の魔法、紅絶爆だったか?
ありゃ確かに強力だが、詠唱中とその後、まったく隙がなかったわけじゃないだろ? なんで見逃した?」
「そ、それは……」
言いよどむユエルを見て、予想が確信に変わる。
やっぱりな。ユエルの奴、魔王の最初の魔法はわざと撃たせて隙をつこうとしたんだろうけど、それから微妙に動きが鈍くなってきている。
おそらくゾギマスの支援魔法、神々の祝福の効果が切れかけているんだろう。
支援魔法が切れれば、当然勇者の加護も発動しない。
「素の状態じゃ、魔王相手にはまともに戦えないだろ。
ここでまごついているくらいなら、エッタと一緒にあの黒いデカブツの相手を頼む」
「…………今の私でも、できることはあります。ここにいて役に立たないということはありません。
たとえ加護の力が切れようとも、まだ支援魔法の効果は残っています」
「あのな? 魔王相手にだれかをフォローしながら戦う余裕なんて俺には…………なに? 加護の力が切れる?」
ちょっと待て、どういうことだ? ゾギマスの支援魔法の力が切れたんじゃないのか?
「……こんなにも長い時間、私は戦ったことがありません。
迂闊でした。勇者の加護に、制限時間があるのだと、今初めて知りました」
「マジか!? じゃあ、今支援魔法をかけなおしても……」
「効果は皆さんと同じですね。
いつも回復魔法や支援魔法を受けたときにある感覚が、今はまったくないんです……」
ユエルは焦りの表情を浮かべて、わずかに顔をゆがめる。
おいおいやべぇぞ、勇者の加護にリミットがあるなんて考えもしなかったぞ?
確かに今までは本気を出したユエルの前では、すべての敵が瞬殺だったからな。発動時間に限界があろうが気付く機会がなかったけど。
くそ、こんなことになるなら、安易にユエルと戦わずに何が何でも説得するべきだったか?
……つっても、実は魔王が生きてて、さらにはこのタイミングで仕掛けてくるなんて知らんかったからなぁ。後の祭りだ。だが、やらかした分は取り返さねぇとな!
「ユエル、やっぱりお前はエッタの加勢に行け」
「あちらも大変なのはわかりますが、魔王相手に一人で戦う気ですか? 無茶が過ぎます!」
「どうにかする」
「どうにかするって……」
「時間を稼ぐだけだ。そうすれば、お前の力はいずれ戻るんだろう? そんときにドカンと一発頼むぞ」
完全に勇者任せのセリフに、当のユエルが顔をしかめる。
「……確実とは言えません。
いつ加護の力が戻るともわからないのに、そんなの……」
「確実な手なんてこの状況であるかよ。あっちは猫の手も借りたい状況だろうからな。それともお前は、王国兵なら何人死のうが構わないって言うのか?」
「…………………………………………ッ!!」
完全に殺す殺気を俺にぶちかまして、ユエルが踵を返した。黒いデカブツ、黒雛とかいうブラックドラゴンのいる方へと走っていく。
……やれやれ、やっと行ってくれたか。
しかしなんなんですか、今の態度。普通にびびったんですけど? 味方に向けるにしてはシャレにならない殺気だったんですけど? ていうか普通、味方に殺気向けないよね? 怖ぁ。
ユエルの背を見送って魔王に視線を戻すと、奴は憎々しげに俺を睨んでいた。
「…………一体なんだ、その剣は? 貴様は何者だ? ゾギマスが貴様を警戒していたのは知っていたが……。
人の間で剣聖などと呼ばれているようだが、所詮貴様は一介の剣士だろう? 神に選ばれし勇者とは比較にもならない、吹けば飛ぶような人間のはずだ……」
なーんかブツブツ言ってるなぁ。
俺に自慢の魔法を斬られたのがそんなにショックだったのかね? うん、魔王だもんな。世界で一番強くてもおかしくないわけだし、ショック受けてもしょうがないね。
にしてもこの野郎、本当にゾギマスと繋がってやがったのか。あのハゲ大臣、魔王とコネがあるってどんな顔の広さだよ。
「……一体なんだというのだ、お前は? その剣は?」
「優秀な魔剣だろ? 俺のお気に入りだ」
「この俺の魔法を無効化するなど、そのような魔剣があるはずがない。一体どのような絡繰りだ?」
「種も仕掛けもねぇっての。
まぁ、さすがは魔剣といったところだ。現魔王の魔すら斬り裂くんだからな、魔法センスは奴のが優れてたってことじゃないか?」
「奴だと……?」
「お前もよく知ってるだろうよ。というか、そんな奴一人しかいないだろ。
この魔剣は銘のとおり、その魂を宿している」
「なに? ………………はっ!? そうか、貴様!! 剣聖ッ!!! そういうことか!!!」
魔王ゼーレスドーグルは、ようやく気づいたようだ。
わざわざ現魔王呼ばわりしてやったんだから、早々にぴんっと来てほしいところだったな。
「もう10年以上になるか。
お前の先代、魔王レーヴェル。奴を倒して俺はこの魔剣を手に入れた。
この剣は奴の魂を宿した、あらゆる魔を斬り裂く魔王の剣、レーヴェルスフィアだ。
……レーヴェルは、強かったぜ。魔王ゼーレスドーグル、お前の強さはどんなもんだ?」
話している間に高めた集中力で、俺は剣技を発動した。




