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 グランジの裏手に自転車を止め、正面に回る。店に入ってすぐ、UFOキャッチャーの横に見慣れた友人の姿をみつけることができた。

 パーカーを着てフードを被り、ヘッドホンを首にかけているのは布施夜だ。髪を短く刈って、ほぼ坊主頭のようにしている。尊敬するラッパーの真似らしい。よほど暑い日でない限りは、この格好だ。体を鍛えているからかそれなりに様になっている。

 対して横にいる富永聡太は、手足が長くひょろっとした優男だ。軽薄な雰囲気をなくせば多少は格好がつきそうなのに、いつ見てもどこかふわふわしていて地に足がついていない。服装はその時によって様々だが、共通しているのは必ずどこかに流行り物を取り入れており、女子ウケを最大限に考慮しているという点だ。今日は色褪せたジーンズにロンティー、がっちりしたワークブーツである。髪は茶髪でところどころ跳ねているので、闘威が以前何の気なしに、お前ワックスとかしねぇの、と聞いたところ、「これは無造作ヘアなの!」とキレられた。以来、富永のファッションには言及しないことにしている。

「お、トーイ来た! よ~五日ぶりー! いぇーい!」

 富永は両手でピースサインを作ってグッと前に押し出し、にこにこ笑う。相変わらず無駄にテンションが高い。闘威はおざなりに富永のピースに拳をぶつけ、「いたっ、おま、ひでぇ!」と喚くのを無視して布施の方を向いた。

「先言っとくけど、戻るつもりねぇから」

「そっか。ま、トーイ戻ったからって完全に元通りにはなんねぇだろうしな。でもお前宇賀二で上手くやってけてんの?」

「まぁそこそこ……」

 闘威は言い淀んだ。早退、休み、保健室行きのこの三日間を、果たして上手くやっていると言っていいものか。宇賀三にいた時もよくサボってはいたが、それとは理由が天と地ほども違う。

 闘威は苦い表情で、近くの筐体の上に腰をおろした。景品が駄菓子などの子供が喜びそうなものであるせいか、操作台が低めの位置にありちょうどいいのだ。

「どーした? お前ビビられても気にしねーのに」

「クラスにやべー奴がいんだよ」

「え、お前より?」

 布施の驚いたような顔に、知らねぇって幸せだな、と闘威は羨みとも憐みともつかぬ感情を抱いた。喧嘩の強い奴が強者だと思ったら大間違いだ。どんなに力強い体でも、精神が弱ければ簡単にやられてしまう。ゲームでも状態異常攻撃をしてくる敵が一番厄介なのだ。

 珍しく沈んだ様子の闘威に布施は何かを察し会話が途切れたが、空気を読まない男、富永が布施の背中からひょいと顔を出し、軽い調子で言った。

「ボコればいーじゃん。つーかガッコ行くなよ~。どーせクソうぜーセンコーとかにも目ぇつけられてんだろ?」

「いや、先公はむしろすげー親切」

 校長、担任、養護教諭と、まだ三人にしか会っていないが、碌に話さなかった校長はさておき担任と養護教諭には体調の心配しかされていない。そこに押しつけがましさはなく、ただ純粋な善意のみが感じられた。

 闘威は、強圧的に接してくる者には反射的に手が出るが、教師自体が嫌いなわけではないので、このままいけば良好な関係が築けるかもしれない。ついぞ経験したことのなかった平和な学校生活も目前だ。ただし、細谷弘道さえいなければ。

 闘威は、はあぁ、と深いため息をついた。眉間にしわを寄せてギリギリと歯を噛みしめ、年の割に大きな両手で顔を覆う。

「今の学校マジキモい。ありえねー。でも俺はアレに負けたとかぜってぇ思いたくねぇから辞めねぇ」

「……お? おぉ。お前、負けず嫌いだもんな?」

 はてなマークを飛ばしながら富永は適当に相槌を打つ。一人で頭を抱えている闘威を不気味そうに見て、布施に小声で囁いた。

「なーふっちん、トーイなしたん」

「知らね。なんか弱ってる」

「だよな。宇賀二って強い奴いたっけ?」

「さぁ。あそこ喧嘩しねーからなぁ。そもそもトーイは相手が強くても関係ねーだろ」

「じゃあなんだよ」

「……憑りつかれたとか」

「ユーレイ!?」

「いやコックリさん」

 真面目な顔でぼそりと訂正する布施に、富永は、ひゃあっと自分の体を抱きしめるように両肘を掴んだ。

「マジかよ、『無限ニトロ』も霊には勝てな――っぅわっ」

「てめーら何の話してんだ」

 不機嫌そうな闘威の鋭い眼光が、容赦なく二人を突き刺す。富永は反射的に飛び退ったが、布施は悪びれずにやりと笑った。

「オカルト流行ってるって言ってたべ」

「ちっげぇよ、宗教だよ。お前が自分で言ったんだろ」

 宗教とオカルトを同一視するなど、怖いもの知らずにも程がある。どちらの信者からも盛大なクレームが寄せられそうな愚行だ。

「コックリさんなんかねーよ」

「じゃあエンジェルさん?」

「違うっつってんだろ殺すぞ。そーいうんじゃなくてもっとこー、綺麗過ぎて腹立つ感じの……」

「はぁ?」

「いや、無理。説明できねぇ。くそ、シノがいりゃ……あ、そーいや篠塚は?」

「いつもの。大会近いって」

「道場か」

 闘威は舌打ちした。篠塚史人は、いつもつるんでいる四人の最後の一人だ。巨体で柔道黒帯という実力者ながら温厚な性格なので、余計な茶々も入れず親身なアドバイスをしてくれそうだったのだが。布施は常識人かつ頭も悪くないもののおもしろいことを優先しがちだし、女を口説く以外のことに本気を出さない富永は論外だ。一欠片も頼りになりそうな気がしない。

 元々当てにしていたわけではないが、改めて友人たちの役に立たなさを思い知らされ、天を仰ぐ。しかし馴染みの連中と馬鹿な会話を交わしてどこかほっとしたのも事実だった。

 見上げる先には、装飾性皆無な鉄骨の枠組みが広がっている。黒いコードからは剥き出しの丸い電球が垂れ下がり、柱に括り付けられた看板に書かれたポップな字体は色褪せて読めない。ざっくりしたお洒落さを演出したかったものと思われるが、建てられてから年数の経った今ではお洒落というより真に荒んだ雰囲気が醸し出されていた。BGMは、際限なく無秩序に鳴るうるさいゲーム機の音と、夢中になって格闘ゲームに興じている客の「ぅらあ!」という叫び声。狭くて安っぽくて粗雑な世界。それでも闘威は、この場所が好きだった。この場所で友人達とくだらない話をしたり、だらだらと非生産的な時間を過ごすのが好きだった。幸せというほど大げさな感情ではなくても、それは確かな満足をもたらしてくれたのだ。

 そういうチープな嗜好と緩い倫理観を持つ闘威が、ある日唐突に神に感謝を捧げ、己の到らなさを悔い改めて真面目に生きようとする? ありえない話だった。しかしそのありえない思考を、力技で捻じ込ませてくるのが細谷弘道という男なのだ。

 清らかで和やかで調和のとれた宇賀二の優しいクラスメイトに反感はない。朗らかな教師にも、変な思いつめ方をしている真柴にも。ただ、細谷弘道だけは、どうしても倒さなくてはならない。そうしなければ、例えどこに逃げたとしても、闘威は敗北の記憶に悩まされ、前に進むことができなくなってしまうだろう。

 闘威を闘威たらしめているのは、自由でいたいと願う渇望そのものだ。何にも捕らわれず、誰にもつながれず、自由であるという事を意識すらしないほど自由でいたい。人に指図されるのも矯正されるのもまっぴらごめんだ。行動も思考も、全ては自分の思うがままになされるべきなのだ。

 それを脅かすような細谷弘道の異能は、闘威にとって我慢がならなかった。一刻も早く打ち負かし、本来の自分の強さを取り戻さなければならない。

 が、目下のところ、弘道を倒す算段はまるでついていなかった。今まで腹が立った相手は殴ってどうにかしてきたので、そもそも殴れない相手への対処方法がわからないのだ。

 あ゛―、と濁った唸り声をあげていると、それに被せるように富永の浮ついた高い声が響く。

「おっ、いーの発見! ちょ、ふっちん来て来て!」

 布施の服の裾を引っぱり、ぬいぐるみが積まれたUFOキャッチャーの前に移動させていた。うぜぇ死ね、と肘鉄を食らってもめげず、一向に落ちつく気配のないテンションでねだる。

「俺あれ狙ってんだよ、あれ! ふっちん取って!」

「俺かよ。つーかお前ぬいぐるみなんか好きだったか?」

「夏美がスヌーピー集めてるって」

「あー、そーいう」

 布施は富永に軽く蹴りを入れつつも機械にコインを投入する。たまにこーやって甘やかすからあいつつけ上がるんだよな、と闘威は傍で見ながら思った。何度(はた)かれても富永が布施にくっついているのはそういうことなのだろう。

 布施は器用にコントローラーをガチャガチャ動かしながら、富永に小言を言う。

「お前、女子の間でチャラいって噂になってんぞ。可愛い女子みんなに声かけてるって。つかこないだ彼女できてたろ。あれどしたん」

「あーれーはー、別れちった。絶賛フリーちゅー」

「おい一か月も経ってねーぞ。今回は鬼本気とか言ってなかったか? 黒髪の清楚系で、一目惚れして押しまくってたべ」

「それがな? 思ってたんとさぁ、ちげーんだよ」

「はぁ」

「黒髪ロングやん? おとなしいやん? スカートも超ミニじゃなくて膝丈のフリルつきやん? めっちゃ家庭的かと思うやん?」

「うっぜぇ。その口調ヤメロ」

 ばしっとチョップされ、富永はぎゃっと潰された蛙のような声をあげた。頭を抑えつつ口を尖らせる。

「ってぇなー。ぼーりょく反対」

「んで? どんな子だったん」

「えっとなー、料理全然できんかった。彼女に弁当作ってもらって自慢したいって言ったら一応作ってはくれたんだけど、すっげぇマジィの。で、ムリって言ったら泣かれて」

「はぁ」

「なんかめんどくさくなっちゃってさ。つきあう前は可愛く思えたけど、近づいて色々知ってくと幻滅すんだな」

「馬鹿かよ。そりゃ女子の評判下がるわ」

「うっせ! なー俺かわいそーじゃね? 可愛い子紹介してくんない?」

「知るか。夏美にこれやっとけ」

「わースヌーピー! ふっちんかっけー!」

 放るように渡されたぬいぐるみを掲げ、富永は飛び上がって喜ぶ。それをなんとなく眺めていた闘威の頭に、突如として天啓が舞い降りた。

 ――そうか。幻滅すりゃいーんだ。

 思えば闘威は細谷弘道のことをほとんど知らない。知っているのは顔と名前だけである。目が合った瞬間、完璧で絶対的な神様であるかのような印象を抱いたが、冷静に考えたら完璧な人間なんているわけがないのだ。運動神経が悪いとか、成績が良くないとか、ドジであるとか、ケチだとか嘘つきだとか、とにかくなんでもいいから一つ欠点を見つけてしまえば、弘道のことを神聖視しないですむようになるのではないか。なんで今までこんな簡単なことに気づかなかったんだろう、と闘威は悔しさ半分嬉しさ半分でガッツポーズをしたが、直後問題点に思い到った、

 この対策法には、難点が一つある。弘道のことを知るためには弘道の傍にいる必要があるが、そうすると必然的にダメージを喰らい続けなければならないのだ。闘威が弘道の欠点をみつけるのか先か、弘道が闘威を洗脳しきるのか先か。これからの闘いを思い闘威は絶望的な気分になったが、無視するという選択肢は最初からない。あらん限りの根性を振り絞って不退転の意思を固め、筐体から飛び降りた。

 


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