表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

能力ゼロの封印兵器、学園を舞台に「人間」であろうと足掻くSFバトル譚

能力者育成学園アークスフィアに、「能力測定値0」の転入生がやってきた。

 暁レン——胸のバッジにクラス色のない“無能力者”として、最下位のCクラスへと放り込まれた少年である。


 受付教員や生徒たちからは、「コネ」「実験枠」「すぐ施設送りだ」と嘲笑され、レン自身もそれを無感動に受け流している。

 彼は、能力者社会からあぶれたただの落ちこぼれ——のように見えた。


 だが、学園序列一位のSクラス代表・白峰ユイだけは違和感を覚える。

 未来視《因果視》で他者の分岐を“視てしまう”彼女には、レンだけが「まったく視えない真っ黒な穴」として映ったのだ。


 その違和感は、入学式の日に決定的な形で露わになる。

 厳粛な式の最中、学園結界が突如として崩壊し、天井から異形の侵入体が乱入。

 教師陣と上級生たちが応戦する裏で、避難を選んだはずのレンは、「戦えば何かが壊れる」という過去の感覚に怯えながらも、瀕死のユイの前に飛び出してしまう。


 敵に触れた瞬間、世界が歪む。

 レンの中で封印されていた何か——“零号因子コード・ゼロ”が軋み、異形の能力構造を「動く前提ごと」上書き停止させる。

 その代償として、結界設備と観測装置は一帯ごとブラックアウトし、学園の監視網にはぽっかりと“記録の空白”が生じた。


 レンは、正式に「封印指定」の危険人物として記録される。

 能力値ゼロは「能力がない」のではなく「測定不能」のゼロ。

 彼の本質は、敵の能力だけでなく世界の条件そのものを“ゼロ”に落とし込む、異常な因子適合体だった。


 学園上層部と零域保全局は協議の末——レンを即時処分ではなく、「学園内観察対象」としてCクラスに残す道を選ぶ。

 Sクラス代表の白峰ユイが日常レベルの観察担当に任命され、「あなたに近づくと未来が乱れるから」こそ、距離を取らずに見続ける役を引き受ける。


 一方で、学園は「昇格戦」という名の競争に支配されている。

 能力と成績に応じてS/A/B/Cへと振り分けられ、定期的なクラス昇格戦の結果次第で、奨学金や推薦だけでなく、「能力再構成支援施設」行き——通称“施設送り”が現実味を増していく。

 Cクラスでは、何度も昇格戦で最下位を取った生徒から、いつの間にか「自主退学」として名簿から消えていく噂が絶えない。


 ある日、レンのクラスメイト・川原ユウキが突然「自主退学」したと告げられる。

 だが、レンは前日に交わした「ここから出られない」という会話を思い出し、公式説明に疑念を抱く。

 ユイもまた、昇格戦の成績推移と“失踪者リスト”の間に統計的な相関を見つけ、「学園のどこかに“処分施設”がある」という仮説に辿り着く。


 夜、二人は学園の立入禁止区域に侵入し、因果視と零号因子の干渉を使って封鎖エレベーターの生体認証と結界を突破。

 辿り着いた地下区画には——能力抑制具、拘束具、生徒の適合率と「再構成候補」「処分候補」のリストが並ぶ実験施設が広がっていた。


 そこでレンは、自分の古い識別コード「A-00」と、“零号因子適合体”としての被検体記録を見つける。

 「暁レン」という名前を与えられる前に、この地下で検査と封印を繰り返されていたこと。

 記憶再構成プロセスを経て、「学園環境」に“戻された”存在であること——。

 すなわち、自分が人間ではなく「能力者を殺すための兵器」として設計された可能性を突きつけられる。


 同時に、協力機関として白峰家・神城家・天城財団の名が並び、ユイは自分の家が処分システムの一部を担ってきた現実に顔を歪める。

 そこへ現れるのが、零域保全局の実働執行官・久世斑。《生体同期》でレンたちの身体を支配し、学園を「飼育場」と呼び捨てる男だ。


 久世はレンを「零号」と呼び、回収・処分対象として淡々と扱う。

 「お前は守るために生まれていない。壊すために作られた」と真実を突きつけられ、レンは「戦えば兵器」「戦わなければ仲間が死ぬ」という最悪の二択に追い込まれる。

 震えながらも、レンは「兵器でもいい。でも、誰を守るかは俺が決める」と宣言し、零号因子を限定解放して久世の生体同期フィールドだけを“なかったこと”にして退ける。


 その代償は、さらなる記憶欠損と感覚障害。

 何をしたのかの詳細が削り取られていく一方で、「守ろうとした」という感覚だけが胸に残る。


 事件は「外部侵入者との小規模交戦」として矮小化され、地下施設も零号因子も公には伏せられる。

 レンは正式に「封印指定・学園内観察対象」としてCクラスに残され、学園中には「結界を吹き飛ばした無能力者」の噂が広まる。

 恐れと興味の入り混じった視線を浴びながらも、レンはクラスメイトの「ただいまを言え」という軽口に背中を押され、再び日常の教室へ戻ることを選ぶ。


 白峰ユイは、そんな彼に静かに宣言する。

 「私はあなたを監視する。“人間でいられるか”最後まで見届ける。もし兵器に戻るなら、その瞬間を止める役も引き受ける」と。

 それは優しさと残酷さが半々の約束であり、同時にレンの「人間でありたい」という足掻きに対する証人宣言でもある。


 一方、零域保全局本部では、天城財団の男——天城黎司が事件報告映像を見つめている。

 零号因子の部分的再起動、久世の能力を限定無効化したログ、学園地下区画への侵入痕。

 部下は学園ごとの切り捨てを進言するが、黎司は「まだだ。あの子が何を選ぶか見届ける」と処分命令を保留する。

 その瞳には、実験体への興味とも、遠い父性ともつかない光と、「必要なら次は全員切り捨てる」と平然と言い切る合理的な残酷さが共存していた。



 本作は、「能力ゼロ」とされた封印兵器の少年が、学園という飼育場で「人間であろう」と足掻き続けるSF学園バトルです。


・暁レン

 能力測定値0の転入生としてCクラスに編入された少年。

 実際は「零号因子コード・ゼロ」の完全適合体であり、異形や能力者の“存在条件”そのものに干渉し、上書き停止する力を持つ封印指定。

 記憶再構成の影響で過去が抜け落ちており、自分が人間なのか兵器なのか揺れながらも、「誰を守るかは自分で決める」と選ぼうとする。


・白峰ユイ

 学園序列一位のSクラス代表にして、未来視《因果視》の能力者。

 本人は「視えすぎる未来」に疲弊しているが、唯一レンだけが「視えない空白」として映る。

 自ら観察担当を志願し、「あなたが人間でいられるかを最後まで見る」ことと、「兵器に戻るなら止める」ことの両方を引き受ける、冷静さと優しさを併せ持つヒロイン。


・神城トウマ

 学園戦闘序列上位のAクラス優等生。秩序と合理性を何より重んじる実戦主義者。

 戦場でルールを乱す例外を嫌い、レンを「危険な例外」「管理すべき/場合によっては排除すべき存在」と見ている。

 模擬戦でレンを圧倒するも、その内側にある「底の見えない空白」に戦慄を覚え、以後、強い警戒とわずかな利用価値の両方を意識するライバルポジション。


・久世斑

 零域保全局の実働執行官。《生体同期》により範囲内の生体信号を自分のリズムに同期させ、心拍や呼吸、動きを支配する。

 学園を「飼育場」、生徒を「リソース」としか見ない合理主義者。

 レンを「零号」と呼び、人間としてではなく兵器として回収・処分対象とみなす。レンの限定解放に初めて揺さぶられるも、次回以降の厄災フラグを残して去る。


・天城黎司

 天城財団のキーパーソンであり、零号因子プロジェクトの立案者の一人。

 零域保全局とも密接に関わり、学園・保全局・各家をまたいだ「システムの設計者」として暗躍する。

 レンを作り上げた側の人間でありながら、「あの子が何を選ぶか」を見届けようとする父性的な興味と、「世界のためにならないなら学園ごと切る」と言い切る冷酷さを併せ持つ、本シリーズのラスボス候補。


 学園の序列戦「昇格戦」、成績不良者の「失踪」と処分施設、零域保全局と各名家の思惑——。

 世界の仕組みそのものが、静かにレンの“ゼロ”と干渉し始める中、彼は「人間でありたい」というささやかな願いだけを手に、戦いと日常の両方に立ち続ける。


 能力者バトル×学園システム×陰謀SF。

 そして、「自分が何者であってほしいか」をめぐる、ささやかで切実な物語です。






第1巻『封印指定の転入生』


プロローグ「零号因子」



白いですべてが塗りつぶされた世界だと、子ども心にも分かった。


壁も、天井も、床も。

金属の軋みや機械油の匂いすら、白い照明の下では薄く漂う霧のように見える。


「被験体零号、起床を確認」


頭の上から落ちてくる声は、男か女かも判然としない、平坦な合成音だった。

名を呼ばれているはずなのに、その呼び方は「誰でもいい何か」に向けられている。


ゆっくりと瞼を開けると、視界の中心には、天井に埋め込まれた長方形の光源があった。

白。眩しくも、冷たくもない。ただ、色だけが視界のすべてを支配している。


「……」


喉が乾いている。声を出そうとした自分に、名前が浮かばないことに気づく。

いつからなのかは、もう思い出せない。


腕を動かそうとして、そこで初めて、両手両足が細い拘束具でベッドに固定されていることを認識した。

金属ではなく、柔らかい樹脂製のベルト。皮膚を傷つけないように、丁寧に締められている。


まるで、高価な機械。


「バイタル安定。脳波、平常域」

「因子反応、基底ラインより+一・三。昨日よりも立ち上がりが早いわね」


ガラス越しの観察室から、白衣の人間たちの声が響く。

彼らの姿は乳白色の一枚ガラスにぼやけて映り、輪郭が曖昧だ。


零号は、視線だけをそちらに向けた。


「おはよう、零号」


白衣の一人が、子どもをあやすような声音で言った。

それはこの場で唯一、彼に向けられた「挨拶」の形だった。


「……おはようございます」


自動的に口がそう返す。

自分の声は、思っていたよりも細くて、年相応の少年のものだった。


年齢が何歳なのかも、よく分からない。

壁の時計はいつも同じ時刻を指し、外の光というものを見た記憶がない。


「本日の試験項目を確認。暴走個体との接触試験、第二段階」

「封印体がどこまで処理できるか、楽しみね」


白衣たちの声は、期待と興味と、少しの興奮を含んでいる。

それは、実験装置の性能を試すときの熱なのだと、零号には分かる。


彼らは、「少年」を見ているのではない。

このベッドに固定された「機能」を見ているのだ。


胸の中心、心臓の少し上。

そこに埋め込まれた何かが、低く唸るように震え始める。


——まただ。


そう思うより早く、透明なマスクが顔に被せられた。

皮膚に密着し、冷たい薬品の匂いが鼻腔を満たす。


「呼吸は楽に。怖くないわ」

「はい、先生」


怖い、という感情が、自分のどこにあるのか分からない。

たぶん、最初の頃にはあったのだろう。それが邪魔だと判断されてからは、薬と訓練で削ぎ落とされていった。


代わりに残されたのは、「従う」ための反射と、「機能する」ための回路だけ。


ガラス壁の一部が静かに暗転し、その向こうに別の部屋が映し出される。

分厚い拘束具に固定された、年齢不詳の男——いや、“それ”を、零号は何度か見たことがあった。


筋肉が膨れ上がり、皮膚の下で黒い何かが脈打っている。

手足には血管のような黒い線が走り、目は虚ろに濁っていた。


「暴走能力者個体 No.37。今回は意識を半分残した状態で、封印体との接触を試す」

「前回は完全暴走で失敗したからね。因子の波形を細かく見たいわ」


白衣の女が、楽しげに言う。

零号は、淡々とその説明を受け入れていた。


暴走。失敗。処分。

この施設では、何度も繰り返されてきた単語だ。


自分が「成功体」であると、何度聞かされてきたかも覚えている。成功した、だから生きている。

失敗した、だから消された。


それ以上の意味づけを、誰も与えようとはしない。


「封印回路、起動」

「零号因子、基底層まで開きます。カウントダウン、マイナス三から」


胸の奥で、何かがひっくり返るような感覚がした。

心臓の鼓動と重なるように、世界の輪郭が少しだけずれる。


空気の厚み、光の密度、音の届き方。

すべてが、一瞬、別の層を経由して自分のもとに届いている。


——また、世界が薄くなる。


少年は、ベッドに固定されたまま、視界の端で世界の「縁」が剥がれ始めるのを見ていた。白い壁の表面が透け、その向こうに、どろりとした暗がりが覗く。

そこから、何かがこちらへ滲み出そうとしている。


それが「異界」だと教えられたことはない。

でも、ここにいるときだけ、世界は二枚重ねになり、その隙間に落ちてしまいそうになる。


「接触試験、開始」


拘束された暴走個体 No.37の眼が、ぴくりと動いた。

虚ろだった瞳に、獣じみた光が灯る。


「——殺、す」


壊れたスピーカーのような声が、ガラス越しに漏れた。

同時に、その周囲の空間がわずかに歪む。


重力がよじれ、金属器具が宙に浮き、床のタイルが波打つ。

空間・物理干渉系の能力が、制御抜きで暴走している。


「封印体の因子反応、上昇。干渉波、接触まで十秒」

「この距離でどこまで上書きできるか、興味深いわね」


白衣の一人が、モニターに釘付けになっている。


零号の身体には、何も触れていない。距離がある。ガラスも、壁もある。

それでも、暴走の波はじわじわとこちらへ浸透してくる。


肺が圧縮され、視界の端が黒く染まる。

ベッドのボルトが悲鳴を上げ、金属がきしむ音がした。


——苦しい。


ようやく、そういう言葉が、脳裏に浮かぶ。だが口は、それを形にはしない。

「被験体」としての反応データを汚さないよう、身体が先に覚えているからだ。


「零号、恐怖レベルは?」

「……分かりません」


マスク越しの声は、ほとんど抑揚がない。

それでも、胸の奥では何かが震えていた。


恐怖、なのかもしれない。

あるいは、もっと別の感情。


目の前の世界が、もう一度、大きく揺れる。

今度は、白が剥げ落ち、暗い層がむき出しになっていくような揺れだ。


「——零号因子、第二層まで到達。数値、急上昇!」

「いいわ、そのまま。境界面のデータを取って!」


研究員たちの声が一段高くなる。彼らは知らない。

この瞬間、少年のなかで何が起きているのかを。


世界の「裏側」が、はっきりと見えてしまっていた。


暗闇ではない。白でもない。

ただ、言葉にできない「まだ形を持っていない何か」が、うごめいている。


それが暴走個体 No.37の能力と絡まり、空間そのものを食い破ろうとしているのだと、零号は本能的に理解した。


——ここで、止めなきゃいけない。


誰に教わったわけでもない衝動が、胸から喉へと突き上げる。

次の瞬間、その衝動が「命令文」に変わった。


(やめろ)


心の中でそう呟いたとき、世界の層が逆転した。


暴走の波に飲み込まれかけていた空間から、色がすっと抜けていく。異様な歪みが消え、浮かび上がっていた器具が音もなく床に落ちる。

暴走個体の筋肉がしぼみ、黒い線がガラスの内側へと吸い込まれるように消えていく。


停止、ではない。

そこにあった「状態」が、別の状態に“上書き”された。


暴走の跡は、一切残っていない。

まるで最初から「何も起こらなかった」世界に差し替えられたかのように。


「……すごい」「見た? 今の波形。停止じゃない。因果構造そのものが上書きされてる」

「暴走の痕跡がきれいに消えている……。封印じゃない、これは——」


「再定義だ」


低く落ちる声が、観察室の奥から響いた。

他の白衣たちよりわずかに年長の男が、モニターを見つめながら呟く。


白い研究服の内側に、黒いタートルネック。

黒髪は無造作に後ろへ撫でつけられ、その瞳だけが異様に冷静な光を宿している。


天城黎司。


零号はその名を知らない。

ただ、彼の姿だけは、不思議と鮮明に目に焼き付いた。


「停止能力は、外から力をかけて“止める”だけだ。

 だが今の零号因子は、状態そのものを書き換えて、暴走が起こらなかった世界を上書きしている」


天城の言葉に、研究員たちが一斉に頷く。


「兵器としては、これ以上ない成功ね」「暴走因子の処理、境界の安定化、封印維持……全部一つで済む」

「プロジェクト・ゼロ、成功体。これでようやく上に報告できる」


「プロジェクト・ゼロ……」

「零号因子計画の、第一段階クリアだ」


白衣たちは、モニターに映る少年を「兵器」として評価し始めた。

数値とグラフとログの中に、彼の価値を見出している。


「被験体零号、能力行使後の自覚は?」

「……分かりません」


頭が割れそうに痛い。

視界の端がちらつき、さっきまで見えていた「裏側」の世界は跡形もなく消えている。


そこに何があったのか、思い出せない。

たった今の記憶すら、指の間から砂が零れるように抜けていく。


「記憶の欠損は想定通り。長期稼働に耐えるには、多少の断片化は許容範囲内ね」

「必要なのは機能の継続であって、連続した自己意識じゃないからな」


彼らは、零号の「抜け落ち」を、まるで装置の摩耗具合を確認するように話題にする。


その会話の中で、ただ一人だけ、違う視線を向けている者がいた。


天城黎司だ。


彼はガラス越しに、ベッドの上の少年をまっすぐ見つめていた。

モニターではなく、数字でもなく、「そこにいる誰か」として。


視線が合った気がした。

そんなはずはない。ガラスは一方通行で、こちらから向こうは見えないはずだから。


なのに、零号は確かに感じた。

誰かが、自分を“人間”として見ている気配を。


「……零号、聞こえるか」


スピーカー越しではない、生の声が室内に落ちてきた。

白い天井から降る光の色とは違う、少しだけ温度を帯びた声。


「きみは、成功だ。世界を守るための、最高の封印だ」


天城の口調は、淡々としている。

しかしその言葉の奥には、何か柔らかいものが混じっているように聞こえた。


成功。封印。

それが褒め言葉なのかどうか、零号には判断がつかない。


「——生き延びろ、レン」


そのとき、初めて「名前」が呼ばれた。


被験体零号ではなく。

装置でも、封印でもなく。


「レン」


それが、自分の名前なのだと理解するより先に、胸の奥で何かが熱くなった。


生き延びろ。


なぜだろう。これまで、「生きる」という言葉は、この施設での「稼働時間」を意味していた。

機能が続くこと、停止しないこと。

それ以上でも、それ以下でもない。


けれど今、天城は「世界を守るための装置」としてではなく、「レン」という誰かに向けてそう言ったように思えた。


生き延びろ。何から?

どこへ?


「……どこに」


喉の奥から、声がこぼれた。

自分でも驚くくらい掠れた、小さな声。


天城の眉がわずかに動く。

ガラス一枚隔てた向こう側で、その表情だけが異様に鮮烈に見えた。


「どこに、行けばいいの?」


零号——レンは、初めて自分から問いを投げかけた。実験の手順ではない。

能力の有無でもない。

ただ、「自分がどこに向かうべきなのか」を、知りたかった。


白衣たちがざわめく。

被験体が余計な発言をした、とでも言いたげな空気だ。


だが天城は、すぐには答えなかった。

その沈黙のあいだに、モニターの波形が緩やかに落ちていく。


彼はガラスに片手を触れ、ほんの少しだけ目を細めた。


「——いつか、きみが自分で決める場所だ」


その答えは、あまりにも抽象的で、零号には理解しづらい。

だが、「決める」という動詞だけが、胸にひっかかった。


自分で決める。

そんなことを、許されたことがあっただろうか。


質問に質問で返そうとした瞬間、頭の奥で鋭い痛みが弾けた。


「因子反応、過負荷。記憶領域にノイズが流入しています」

「ここまでにしましょう。零号因子、シャットダウン」


誰かの声と共に、胸の中心で何かが落ちる音がした。

重たいスイッチが切られるような感覚。


視界の白が、一度、黒に反転する。

さっきまで見えていた天城の姿も、白衣たちの影も、数値が踊るモニターも、すべてが遠ざかっていく。


——生き延びろ、レン。


最後に残ったのは、その言葉だけだった。


名前の感触も、問いかけの意味も、やがて薄くほどけていく。

どこかへ行きたいという感情だけが、温度を失った胸の底に沈殿した。


「どこに行けば——」


言い切る前に、世界は音もなく暗転した。

白い実験室も、被験体零号というラベルも、すべてが闇の向こう側に押し込まれていく。


そして次に目を覚ますとき、暁レンは「能力値ゼロの転入生」として、学園の教室で天井を見上げることになる。


その記憶が、失われたままだとは知らないままに。


第1章「無能力者の転入生」

アークスフィア学園の正門は、朝の光を受けて、いやに立派に見えた。


 ガラスと金属を組み合わせたアーチが、空へ向かって伸びている。

 その足元を、制服姿の生徒たちが、ざわざわと途切れなく流れていく。


 紺のブレザーに、銀色の校章。

 胸元のバッジは、クラスと能力レベルを示す色に分かれているらしい。


 赤、青、緑——。

 いろんな色が、朝日の中で瞬いている。


(……うるさい)


 耳に入ってくるのは、笑い声と、靴音と、能力の微かなノイズ。

 そこかしこで小さな火花が散り、空気の密度が揺れる。

 誰かが浮遊の能力を試し、誰かが風を操り、誰かが友達の肩越しに幻影を見せている。


 そのどれもが、「ここでは日常です」と言わんばかりだった。


 門をくぐる一歩手前で、暁レンは立ち止まった。

 制服の袖口を一度引き、結び直されたネクタイに軽く触れる。


 紺のブレザーは、今日届いたばかりの新品だ。

 自分の身体の線にまだ馴染んでいない布地が、妙に浮いている気がする。


 胸元の校章バッジだけが、空っぽだ。

 色のない、ただの銀色。


 能力測定値、ゼロ。


 そう記されたデータが、昨夜、事務局の端末に登録されているのを、彼自身も確認している。


(……行け、と言われた)


 誰に、とは考えない。

 考えようとすると、頭の奥で鈍い痛みがするからだ。


 レンは、黙って正門をくぐった。



「はい次。名前とID」


 受付カウンターの向こう側で、教員がタブレットを片手に淡々と声をかける。

 体育館へ続く廊下には入学式用の案内看板が置かれ、その横に設けられた臨時の受付には、新入生が列を作っていた。


 レンの前にいた女子生徒が、緊張した声で名乗る。


「白石……瑞希です。IDは——」


 端末にかざされた学生証に、教員の視線が落ちる。

 彼の手元のモニターに、瞬時に能力データが表示される。


「能力系統、空間干渉。レベル二。クラスはB-2。……次」


 教員の声に、白石と呼ばれた少女が小さく安堵の息を漏らす。

 周囲から、「おー、Bか」「すご」と小さな囁きが漏れた。


 レンの番が来る。


「次。名前とID」


「暁レン。……IDは、これです」


 支給されたばかりのカードを差し出す。

 ICチップが読み取られ、端末に情報が表示される。


 教員の指が画面上で止まった。


「……あ?」


 眉間に皺が寄る。

 モニターを覗き込んだまま、彼は一瞬、言葉を失った。


 レンは無表情のまま、その様子を見ている。


「ちょっと待て。能力値……ゼロ? 測定エラーじゃないのか」


 教員の声が微妙に大きくなる。

 列の後ろにいた生徒たちが、「ゼロ?」とざわめいた。


「い、いや、それ、たしか——」


 受付の隣にいた別の教員が、慌てて自分の端末を操作する。


「上から通達来てたでしょ。『特例編入・観察枠』……ああ、これだ。

 基礎能力値ゼロ。系統未分類。封印指定……って、こっちには書いてないか」


 最後の一言は、声を潜めたつもりなのかもしれない。

 だが周囲の耳は、興味ある単語だけは敏感に拾ってしまう。


「封印? 何それ」

「ゼロってマジ? ただの一般人じゃん」

「あー、たまにいるんだって。実験枠とかコネ枠とかさ」


 後ろのほうから、くすくす笑いが漏れた。


 レンは、表情一つ変えない。


「暁レン、ね……」


 受付の教員は、面倒くさそうに肩をすくめ、画面に指を走らせる。


「能力測定値ゼロ。系統未定義。——クラスは……C-3だな」


 C。


 列の何人かが、それだけで「ああ」と納得したような反応を見せる。


「Cクラスって、最下位のとこだろ」

「実技も座学も底辺集め。施設送り一歩手前」

「ゼロなら妥当じゃね」


 言葉には棘があったが、レンには刺さらなかった。

 刺さらないようにできている、というほうが近い。


「はい、これがクラス割り。遅刻すんなよ。——次」


 渡されたプリントには、「C-3」と教室の番号が印刷されている。

 レンはそれを受け取り、小さく会釈した。


「ありがとうございます」


 まともな礼を言う必要もないのに、口が勝手にそう動く。

 言葉だけは、ここに来る前に叩き込まれていた。


 受付から離れるとき、背後で教員たちがひそひそと話す気配がした。


「ゼロなんて初めてだな」

「上のコネか、データ取り用のモルモットか……どっちにしても、長くは持たないだろ」

「C-3か。いつまで生き残れるかね」


 生き残れるか。


 その言葉には、冗談に紛れた本気の温度があった。



 C棟の三階。

 他のクラスに比べて廊下の装飾も簡素で、教室前に貼られた掲示も少ない。


 「C-3」のプレートの前で、レンは足を止める。


 中からは、笑い声や机の音が漏れてきていた。

 彼は一度だけ息を吸い、扉を開ける。


 教室の空気が、一瞬だけ静まった。


 十数人の視線が、一斉にこちらを向く。

 髪の色も目の光も、どこかしら普通ではない生徒たち。

 制服の胸元には、それぞれ違う色のバッジが付けられているが、全員が「C」のマークだ。


「転入生?」


 前のほうの席から、寝癖のついた男子が声を上げた。


「マジで? このタイミングで?」

「見たか? あいつ、バッジ真っ白だぞ」

「無印ってことは……ゼロかよ」


 ざわざわと囁きが広がる。


 教壇のそばに立っていた女性教員が、レンに目を向けた。

 年齢不詳の、きつい目をした人だ。


「暁レンくんね? 話は聞いてます。……とりあえず、自己紹介してもらおうか」


 レンは教壇の前まで歩き、黒板を背にクラス全体を見渡した。


 何人かの視線は露骨に興味深げで、何人かはすでに飽きて窓の外を見ている。


「暁レンです。……よろしくお願いします」


 簡潔に、それだけ。


「能力は?」


 後ろのほうから、すかさず声が飛んだ。

 茶化すでもなく、ただ当然のように。


 レンは一拍置いてから、淡々と答える。


「ありません」


「は?」


 教室の空気が、再び揺れた。


「え、ゼロ? 本気で?」

「測定ミスじゃなくて?」

「何しに来たんだよ、能力者学校に」


 笑い声と、失笑と、あからさまなため息。

 それらをまとめて受け止めながら、レンの表情は変わらない。


 女性教員が、軽く咳払いをした。


「静かに。——ここのCクラスは、成績も能力も“問題あり”の集まりだ。

 ゼロだろうがなんだろうが、入った以上は同じだよ」


 それは励ましでも擁護でもなく、事務的な宣告だった。


「席は……窓際の一番後ろが空いてるね。暁くん、そこに」


「はい」


 レンは指示された席に向かう。

 通路を歩く途中で、肩をぶつけてくる生徒もいたが、彼は特に反応しなかった。


(ここが——)


 窓際の席に腰を下ろし、外をちらりと見る。

 遠くに、学園都市のビル群と、その向こうに高く伸びる結界塔が見えた。


 目に見えない膜が、街全体を包み込んでいる。

 あれが「アークスフィア」の外と内を分ける境界だと、事前資料には書いてあった。


 内側は安全。

 外側は危険。


 そうラベリングされた世界の、内側の片隅に、自分は今いる。


「いつまで持つかな、あいつ」

「すぐ退学でしょ。実戦授業で真っ先に潰されるタイプ」

「賭ける? 一ヶ月? 三ヶ月?」


 ひそひそと交わされる声が、耳に届く。

 レンは、窓の外に視線を向けたまま、何も言わない。


 言わないように、している。



 午前のオリエンテーションと簡単な授業が終わったあと、昼休みのチャイムが鳴った。


 C-3の教室は、それぞれが勝手に弁当を広げたり、学食へ向かったりと、すぐに散り散りになっていく。

 レンは席に座ったまま、鞄からパンを取り出した。


 包装を剥がしながら、ふと廊下からのざわめきが耳に入る。


「白峰さんだ!」

「学園序列一位だぞ、一位!」

「Sクラスの女王様〜」


 どよめきと、妙な高揚。

 それに混じって、ガラス窓の外にも一瞬、気配の流れが走る。


 レンはパンを机に置き、何となく席を立った。


 廊下は、いつもより人が多かった。

 少しだけ顔を出すつもりが、教室の前にまで出てしまう。


 そのとき、廊下の向こうからゆっくりと近づいてくる一人の少女の姿が目に入った。


 真っ白な肌。

 光を含んだような長い髪は、淡い銀色に薄く紫が差している。

 制服は同じデザインのはずなのに、着ている人間が違うだけで、まるで別物に見えた。


 胸元のバッジは、深い紫と金の組み合わせ。

 Sクラス——学園序列一位の証。


 白峰ユイ。


 名前は、事前の資料にも載っていた。

 未来視《因果視》の能力者。

 学園都市でも数少ない、「先を見る」ことができる存在。


 彼女は取り巻きに囲まれているわけではなく、むしろ一歩離れて歩いていた。

 それでも周囲の生徒たちは自然と道を開け、視線を向ける。


 レンは廊下の端に寄り、彼女が通り過ぎるのを待った。


 すれ違う一瞬——。


 ユイの視線が、ふとこちらに向いた。


 目が合った、ように感じた。


 薄紫の瞳が、わずかに見開かれる。


「……え?」


 足音が止まる。

 彼女はその場に立ち止まり、周囲のざわめきを忘れたように、レンを見つめた。


 廊下が、わずかに静まり返る。

 クラスメイトたちの視線が、「ゼロ」の転入生と、「一位」の少女のあいだを行き来する。


 レンは、何も言わない。

 ただ、じっと彼女を見返す。


 ユイは、瞬きも忘れたように、レンの周囲を視ていた。


 ——視えない。


 いつもなら、誰かと視線が交わった瞬間、その人の周囲に細い線が見える。

 今日の昼、明日の朝、一ヶ月後。

 いくつかの「可能な分岐」が、かすかな光の糸となって漂う。


 しかし、この少年の周囲には何もなかった。


 糸も、霧も、ノイズすらない。


 真っ黒な穴が、ぽっかりと空いている。

 まるで、そこだけが世界から切り取られているかのように。


(……視えない?)


 白峰ユイは、生まれてからずっと、未来が視えるのが当たり前だった。

 視えてしまうことに疲れ、嫌気が差したことは何度もある。

 だからこそ、意図的に「視ない」訓練まで受けてきた。


 けれど——視ようとしたのに視えない、という経験は、初めてだった。


 心臓が、一拍だけ強く打つ。


「白峰さん?」


 後ろから誰かが声をかける。

 ユイはハッと我に返った。


 廊下の真ん中で立ち止まっていた自分に気付き、少しだけバツが悪そうに笑う。


「ごめん。……ちょっと」


 彼女は小さく首を振り、もう一度だけレンを見た。


 名前も、クラスも知らない。

 胸元のバッジだけが、「無印」であることを示している。


 能力ゼロ。

 未来視の対象にならない、黒い穴。


(何者——?)


 ユイの唇から、誰にも聞こえないほどの小さな声が漏れる。


「何者なの、あなた」


 レンのほうには、その言葉の形だけが届いた。

 意味は、まだ分からない。


 ユイはすぐに視線を逸らし、取り繕うように歩き出す。

 周囲のざわめきが再び戻り、「白峰さんが誰か見てた」「珍しく驚いてた」といった囁きが飛び交う。


 彼女の背中が遠ざかっていくのを、レンは黙って見送った。


(視線が……重かった)


 ただそれだけの感想が、胸のどこかに残った。

 彼女が何を視て、何を視られなかったのかなど、知るよしもない。


 教室に戻ると、Cクラスの連中が興味津々といった顔で寄ってきた。


「お前、今、白峰さんと目ぇ合ってなかった?」

「やば、ゼロのくせに」「殺されるぞ、ファンに」


 軽口と冷やかし。

 レンはそれを、やはり無表情のまま受け流す。


 心のどこかで、小さな波紋が広がっていることに気づきながら。


 それが、「封印指定の転入生」と「学園序列一位」との、最初の接点だと知るのは、もう少し後の話になる。


第2章「入学式、結界崩壊」

体育館の天井は、やけに高かった。


 鉄骨とガラスで組まれたドーム状の天井の下に、新入生たちが整然と並んでいる。

 壇上には校長と教頭、理事、来賓。

 その左右を、教員たちが固めていた。


 壇上背後の壁には、アークスフィア学園の校章——球体を貫く三本の線——が掲げられている。


「——以上をもちまして、開会の辞といたします」


 校長の低い声がマイクを通じて響く。

 拍手が、ざざっと波のように広がった。


 レンは、Cクラスが割り当てられた一番後ろの列で、その様子をぼんやり眺めていた。

 隣では、同じクラスの男子があくびを噛み殺している。


「眠い……」

「まだ始まったばっかだろ」


 前列には、AやSクラスの生徒たちが座っている。

 胸元のバッジが、ライトに反射してよく目立つ。


 白峰ユイは、壇上の脇に他のSクラス代表とともに立っていた。

 正面からは見えづらいが、そのシルエットは、後方からでも分かる。


 校長の式辞は、長い。


 能力の歴史だの、異界侵食に対する人類の闘いだの、アークスフィアの理念だの。

 レンの耳には、言葉の輪郭だけが流れていく。


(内側は安全。外側は危険。ここは、未来の“守る側”を育てる場所——)


 そういうフレーズだけ、印象的な単語として脳裏に残った。


 安全。

 守る。

 未来。


 それらの言葉の意味が、自分にはあまり具体的ではない。


 反芻しようとした瞬間——。


 甲高い電子音が、それまでの全ての音をかき消した。


「……?」


 一斉に、首が上を向く。


 天井のスピーカーから、警報が鳴っていた。

 耳障りなサイレンが、体育館全体を振動させる。


 続いて、冷たい合成音のアナウンス。


『学園結界、第三区画に侵入反応。レベル二警戒。

 全生徒は教員の指示に従い、速やかに退避してください』


 空気が、一瞬で変わった。


「結界反応?」

「マジかよ、今日入学式だぞ」

「訓練じゃなくて?」


 ざわめきが、前列から後ろのほうへと波のように走る。


 壇上の教頭が、慌ててマイクに手を伸ばした。


「落ち着いてください! ——」


 その声が最後まで届く前に。


 ドン、と鈍い衝撃音が、体育館全体を揺らした。


 天井の一部が、外側からではなく、内側から膨らんだように見えた。

 鉄骨が悲鳴を上げ、ガラス板がきしむ。


「——!」


 次の瞬間、上から光が降ってきた。


 砕け散るガラスと鉄骨。

 割れた天井の隙間から、昼の空と、黒い何かが落ちてくる。


 悲鳴が、あちこちから上がった。


 レンの身体は、ほとんど反射で動いていた。

 直上の軌道を視認し、隣の生徒の襟を掴んで横に引き倒す。


 その一瞬後、さっきまで彼らが座っていた席に、鉄骨の塊が突き刺さった。


「いっ……てぇ、何すんだよ!」

「立ってるな」


 レンは短く言い、視線を上に戻す。


 穴だらけになった天井から、黒い影が滑り込んできた。


 人間のようで、人間ではない。

 骨格は二足歩行に近いが、関節の曲がり方が逆だ。

 皮膚の代わりに、黒い膜状の何かが全身を覆い、そこから触手のようなものがいくつも伸びている。


「異形体……?」


 前方の上級生が呟く。

 教科書に載っていた図版より、ずっと生々しい。


 体育館の空気が、ぐにゃりと歪む。


 異形体の周囲の空気が熱を帯び、床材がじわじわと焦げ始めた。

 異界の「向こう側」の層が、現実に滲み出している。


『レベル三警戒に移行。学園結界、第三区画に穴。内側からの干渉を確認』


 無機質なアナウンスが、警報に重なった。


「内側……?」


 レンはその一語に反応した。

 結界が破られたのではない。

 中から、何かが突き上げた。


(誰かが——中から開けた?)


 壇上の教員が一斉に動いた。


「全教員、即座に防衛配置につけ!」

「戦闘可能な上級生は、ここを守りながら退避誘導を! 新入生は——」


 命令が飛び交う。


 壇上左側にいた男性教員が、片手を大きく振り下ろした瞬間、体育館の床から透明な壁が立ち上がった。

 空間干渉系の防御障壁。

 天井から落ちてくる瓦礫を受け止め、軌道を逸らす。


 別の教員は、異形体の足元に向かって雷光を叩き込む。

 眩しい閃光と轟音。

 異形体が一瞬よろめく。


 生徒たちの間からも、能力の発動がちらほらと見え始めた。


「俺も行けるっしょ!」

「おい、やめ——」

「チャンスだって! 序列に載る!」


 教員の制止も聞かず、前列の一部が席を飛び出し、戦場に近づいていく。

 手から炎を走らせる者、氷の槍を生成する者、身体能力を強化して飛び込む者。


 混乱は、瞬く間に拡大した。


 レンは、状況をひとつひとつ拾い上げていく。


 天井の穴は、体育館の中央付近。

 異形体は、一体。

 その周囲には、既に複数の教員が防御と攻撃を展開している。


 生徒側の被害は——。

 視線を走らせる。

 頭から血を流している者、瓦礫に足を挟まれた者。

 だが、今のところ致命傷者は見えない。


(ここで、戦う必要はない)


 直感ではなく、冷静な判断として、そう結論づけた。


 自分は能力ゼロ。

 前に出たところで、邪魔にしかならない。

 ——それだけが理由ではない。


 胸の奥で、何かがきしんだ。


 天井が崩れる音。

 警報のサイレン。

 熱と焦げた匂い。


 全部、どこかで知っている。


 目の前の光景に、別の景色が重なる。

 白い天井。

 ガラスの壁。

 暴走する何か。


(——まただ)


 頭の奥で、鈍い痛みが広がる。

 視界の端が、一瞬だけ白くノイズを帯びた。


 レンは、こめかみに手を当てた。


(戦えば、何かが壊れる)


 そういう感覚だけが、強烈に蘇る。

 何が壊れるのか。

 誰が壊れるのか。

 どこまでが自分で、どこからが世界なのか。


 分からない。

 けれど、「ここで関わってはいけない」という感覚だけは、はっきりしていた。


 彼は振り返る。


 後方の非常口。

 そこにはすでに、数人の教員が生徒を誘導していた。


「Cクラスはこっちだ! 列を崩すな、走るな!」

「慌てるな、押すな!」


 レンは、席に座り込んで動けずにいる同級生の腕を掴んだ。


「立てるか」


「え、あ、うん……!」


「行くぞ」


 強引すぎない力加減で引っ張り上げる。

 自分の足も、出口の方向へ向ける。


「おい、暁! お前、行かないのかよ!」


 別のクラスメイトが叫んだ。

 興奮で頬が紅潮している。


「これ、チャンスだぞ? 上級生と一緒に戦えたら、評価——」


「ここで死んだら、評価も何もない」


 レンは振り返らずに言った。


「戦いたいなら、勝手に行けばいい。ただし、死ぬときは一人で死ね」


 言い方が冷たすぎたのか、クラスメイトは一瞬言葉を失った。


「な、何だよ……ビビってんのか」


 捨て台詞のように吐き捨て、彼は前方へ駆けていく。

 その背中を、レンは追わない。


(俺は——)


 喉の奥で、何かが言葉になりかけて、やめる。


 非常口へ向かう列に紛れながら、体育館の中央を一瞥する。


 異形体の周囲では、複数の術式が絡み合っていた。

 炎、氷、雷、見えない圧力。

 教員たちは明らかに手加減をしていない。


 ……なのに。


(削り合っている)


 感覚が告げる。

 あれは、押し切れていない。


 異形体の中核に、何か別の「核」がある。

 それが、教員たちの攻撃と同じくらいの速度で、状況を書き換えている。


 内側からの干渉——。


『第三区画、内部因子の暴走を確認。発生源、特定不能』


 アナウンスがそう告げた。


 発生源が分からない。

 それはつまり、「予測できない何か」が、結界の内側で動いているということだ。


 レンの胸の奥で、再びきしみが強くなる。


(見ない。関わらない)


 彼は視線を切り、出口へ向かった。


 警報と悲鳴と戦闘音が背後で混ざり合い、体育館の天井の穴から吹き込んでくる風が、焦げた匂いを運んでくる。


 白い天井。

 割れるガラス。

 誰かの声。


——生き延びろ、レン。


 聞き覚えのある声が、記憶の底から泡のように浮かび上がる。


「……っ」


 足が一瞬止まりかけて、レンは強引に踏み出した。


 今は、思い出さない。

 ここで立ち止まれば、振り返ってしまう。

 振り返れば——何かが壊れる。


 自分か。

 世界か。

 その境界が、まだ分からないうちは。


 逃げるしかない。


 非常口を抜けると、廊下にはすでに多くの生徒が溢れていた。

 教員が誘導し、クラスごとに校庭へ向かって走らせている。


「前を見て走れ! 押すな!」

「Sクラスは後方警戒につけ! B、Aは——」


 命令が飛び交う中、レンは人の波に紛れ込みながら、ちらりと体育館の方向を振り返った。


 遠く、割れた天井から黒い影と光の閃きが見える。

 その中に、さっき壇上にいた白峰ユイの姿も、小さく――。


(……)


 胸の奥で、また何かがきしむ。

 戦場から離れれば離れるほど、その軋みは強くなる気がした。


 それでも彼は、足を止めなかった。


 今は、生き延びることを優先する。

 何者かも分からない自分が、何かを救おうとするのは、まだ早すぎる。


 そう判断したのは、理性か、恐怖か。

 その境目もまた、まだ曖昧なままだった。


第3章「未来視でも避けられない」

体育館の外へ出たはずなのに、鼓膜の奥ではまだ警報が鳴っていた気がした。


 校庭に退避した生徒たちは、クラスごとに固まって座り込んでいる。

 上空には、透明なドーム状の補助結界が張られ、薄く光の網目が走っていた。


「ここから先は外へ出るな! 校舎内の教員と連絡を取り次第、順次解散する!」

「負傷者はこっちに!」


 怒鳴り声と泣き声が混ざる。

 レンはCクラスの集団の端に立ちながら、まだ体育館のほうを気にしていた。


(終わった、のか)


 ドームの向こう、学園の中心に位置する体育館の屋根が、一部黒く焦げているのが見える。

 煙は出ていない。

 教員たちが押さえ込んだのだろう、と頭では理解する。


「暁、お前さっき——」

「すげー勢いで逃げてたな。ビビり」


 同じクラスの男子が、からかうように話しかけてきた。

 レンは返事をせず、空を見ている。


(……静かすぎる)


 戦闘が終わったにしては、情報が落ちてこない。

 教員たちの顔には余裕がなく、誰も「もう大丈夫だ」とは言っていない。


 胸の奥で、小さな違和感が育っていく。


 ——そのときだった。


 視界の隅で、光が弾けた。


 体育館の側面、出入口のひとつを、内側から炎が吹き飛ばしたのだ。


「うわっ——」

「また!?」


 校庭にいた生徒たちが一斉に立ち上がる。


 割れた扉の隙間から、黒い影が飛び出した。

 さっき天井から侵入してきた異形体と同じ、黒い膜に覆われた存在。


 その周囲を、幾筋もの光線が追う。


 雷撃、衝撃波、氷の槍。

 教員と上級生たちが、体育館の外側へ戦場を移したのだ。


「前線を外へ出したのかよ……」

「ここ、校庭だぞ!? 俺らいるんだけど!」


 悲鳴と怒号。

 防御結界が一枚、校庭と体育館のあいだに新たに展開される。


 レンは、その向こう側を見た。


 そこに、白い影がいた。


 白峰ユイ。


 彼女は、他の誰よりも少し前に出ていた。

 長い髪を後ろで束ね、細い手に淡い光を宿している。


 その瞳は、敵ではなく、空間の「先」を見ている。


「右——」


 彼女の囁きが、すぐ背後の上級生の耳に届く。

 彼が右へ跳んだ瞬間、さっきまで彼がいた場所を異形の腕が薙ぎ払った。


 空気が裂け、地面が抉れる。


「今度は左、二歩。——そのまま、下へ」


 ユイの指示に合わせて、彼らは動く。

 彼女の視線の先には、まだ起こっていない攻撃の軌道が見えている。


 炎の舌が伸びる前に、その一点から離れる。

 地面が爆ぜる前に、そこを踏み越える。

 異形の腕が突き刺さる前に、その方向へ攻撃を重ねる。


 見ているだけなら、それは完璧な「先読み」だった。


「すげえ……全部避けてる」

「さすが白峰さんだ」


 校庭のあちこちから、歓声に近いどよめきが上がる。


 しかしレンの目には、その動きの裏側で、別のものが見えていた。


(ギリギリだ)


 ユイの額には、すでに汗が滲んでいる。

 呼吸も浅く、瞳の焦点が時々ぶれる。


 異形の動きが、少しずつ「ズレ」始めていた。


 彼女の指示通りに仲間たちが動いているのに、攻撃が掠り始める。

 避けた先に、想定外の衝撃波が生じる。

 読んだはずの位置と、現実の位置が、半歩ずつずれていく。


「——っ」


 ユイが小さく顔を歪めた。


 視界の中に、ノイズが走る。


 いつもなら、分岐は複数の細い線として見える。

 「このままではこうなる」「別の選択をすればこうなる」。

 それらを比較し、一番マシな線を選ぶ。それが《因果視》の基本だった。


 けれど今、黒い影の周りだけ、線が千切れている。


(分岐点が……潰されてる)


 異形体の中核にある何かが、ユイの「視ている未来」を塗りつぶしていく。

 視た瞬間に消される。

 指示を出した瞬間、その未来が上書きされる。


 見せかけの選択肢だけを撒き散らしながら、実際の行動は別の地点へ飛ぶ。


「白峰さん、次は!?」

「後ろから何か——」


「待って!」


 ユイは叫んだ。

 だが間に合わない。


 異形体の背中から伸びた細い触手が、地面を滑るように回り込んできた。

 それは、未来視の視界から完全に外れていた死角だ。


 触手の先端から、黒い霧が噴き出す。

 霧に触れた上級生の一人が悲鳴を上げ、膝から崩れ落ちた。


「な、何だこれ——動け、ねえ——」


 霧は神経を麻痺させる。

 身体が自分のものではなくなる感覚に、彼は戦慄する。


「後退を——!」


 教員の一人が叫び、防御障壁をもう一枚展開する。

 だが、異形体はその上から空間を歪め、障壁ごと押しつぶそうとしていた。


 ユイは必死に先を見る。

 ほんの数秒先。

 そこにあるはずの光景が、ノイズで塗りつぶされる。


(視えない……)


 彼女のこめかみを、激しい痛みが貫いた。


 視界が二重になり、色と形が混ざる。

 それでも視ようとするほど、ノイズは濃くなる。


 レンは、避難経路を進む途中の階段の踊り場で、その様子の一部を見てしまった。


 校庭へ面した窓からは、戦場が斜めに切り取られている。

 焦げた芝生、砕けた地面、異形の黒い影、その前に立つ白い制服。


(さっきの——)


 白峰ユイ。


 遠目にも、その髪の色と立ち姿は分かった。


 彼女は、何かに追いつかれそうになりながら、必死に指示を飛ばしている。

 その表情は、普段廊下ですれ違ったときに見せた冷たい静けさとは違っていた。


 恐怖でも、焦りでもない。

 それらを噛み殺しながら、それでも「誰かを守ろうとしている」顔。


 レンは、窓辺から一歩離れた。


(関係ない)


 自分に言い聞かせる。


(あれを助ける理由は、どこにもない)


 数時間前に名前を知ったばかりのクラスメイトでもない。

 同じCクラスでもない。

 彼女は、学園序列一位の、Sクラスの代表者だ。


 世界は、彼女を選んでいる。

 能力があり、未来が視え、皆に頼られている。


 そういう存在が、戦うのは当たり前。

 そういう存在が、守るために前に立つのは、当たり前。


(俺は、ゼロだ)


 能力測定値ゼロ。

 クラスはC。

 実戦に出れば、足手まといだ。


 それに——。


(俺が戦えば、何かが壊れる)


 頭の奥で、白い部屋の断片が閃いた。

 金属の匂い。

 白い天井。

 ガラスの向こうで、誰かが言っていた。


——壊すために生まれた。


 誰の声かは分からない。

 それでも、その言葉だけが焼き付いている。


(見捨てれば、済む)


 階段を下りる足に、力を込める。


 逃げればいい。

 ここを離れればいい。

 視界からあの戦場を外してしまえば、心のどこかでざわつく波も消えていく。


 そう、思った瞬間——。


 何かが、弾けた。


 胸の真ん中、心臓の少し上あたり。

 そこに埋め込まれた何かが、悲鳴のような振動を上げる。


 きしむ。

 軋む。

 ひび割れる。


(……っ)


 レンは、思わず手すりを掴んだ。

 息が詰まり、視界が白く弾ける。


 同時に、頭の中に別の光景が流れ込んでくる。


 ——黒い触手が、白い制服の胸を貫く未来。

 ——紫の瞳が驚きの色を浮かべたまま、光を失う未来。

——血が芝生に染み込む未来。


 それらは一瞬で、しかし鮮明に流れ込んできた。

 まるで誰かが、「こうなる」と告げているかのように。


(未来……? いや——)


 ユイの《因果視》ではない。

 これは、自分の内部に刻まれた「起こり得る世界」の断片だ。


 次の瞬間、視界が現実に引き戻された。


 窓の外。

 ユイの目の前に、黒い影が躍り出る。


 異形体の腕が、彼女に向かって振り下ろされる。

 彼女はそれを避ける指示を出そうとした瞬間、ノイズが視界を真っ白に塗りつぶした。


(——視えない)


 ほんの刹那の空白。

 その隙間に、死が滑り込んでくる。


 彼女の身体が、間に合わない。


 その光景を、レンは階段の踊り場から、ガラス越しに見ていた。


 足は、下へ向かっていたはずだ。


 逃げるために。

 生き延びるために。

 関わらないために。


 けれど——。


「……あ?」


 気づいたときには、身体は逆を向いていた。


 踊り場を蹴って、階段を駆け上がる。

 手すりの横をすり抜け、廊下を走る。

 教員の「危ないから戻れ!」という怒鳴り声を背中で聞き流す。


 心臓がやかましい。

 胸の奥の「何か」が、軋みながら開こうとしている。


(行くな)


 頭のどこかが、そう叫んでいる。

 それでも足は止まらない。


(巻き込まれる)

(また記憶が——)

(また何かが——)


 恐怖も警告も、すべて足の動きには届かなかった。


 廊下の突き当たり、割れたガラス窓がある。

 そこから校庭へ出る非常口が、戦場のすぐ脇に通じている。


 レンは躊躇なく非常口のバーを押し開けた。


 爆ぜる音と熱風が、一気に吹き込んでくる。

 焼けた芝生の匂い。

 異界のノイズ。

 悲鳴と怒号。


 視界の中央には、黒い腕が、白い影に迫っていた。


 白峰ユイの前に、誰も間に合わない。

 教員の防御も、上級生の支援も、遠すぎる。


 未来視でも避けられなかった一撃。

 レンの中に流れ込んだ「未来」が、現実に重なろうとしている。


「——っ」


 足が、地面を蹴った。


 自分の意思かどうかも、もう分からない。

 ただ、身体が勝手に動いていた。


 気づけば、彼は戦場へ踏み出していた。


第4章「封印指定」

時間が、伸びた。


 レンが地面を蹴った瞬間から、異形の腕がユイの胸元へ迫るまでの数秒が、異様に長く感じられた。


 彼の足は、思っていた以上に軽く動く。

 芝生を蹴るたびに、世界との摩擦が薄くなるような感覚があった。


(間に合わない)


 頭ではそう判断している。

 距離、速度、角度。

 どれを取っても、物理的には遅すぎる。


 それでも——。


 彼の指先は、黒い腕の表面に触れた。


 ほんの、かすり傷のような接触。


 その瞬間。


 世界の輪郭が、ぐにゃりと歪んだ。



 音が消えた。


 警報も、悲鳴も、爆発音も、風のうなりも。

 全部、一度に「ミュート」された。


 代わりに、低い軋みのような音が、世界のどこからともなく響いてくる。


 レンの視界に映ったのは、異形の内部構造だった。


 骨のようなフレーム。

 そこに絡みつく、黒い紐状の神経束。

 その隙間を満たす、異界の因子が霧のように循環している。


 それらが、すべて「情報」に見えた。


 能力構造。

 干渉パターン。

 この世界に存在するための、最低限のルールと条件。


(……うるさい)


 脳が、勝手に解析を始める。

 どこに触れれば、どのルールが崩壊するのか。

 どの因子を殺せば、構造全体が止まるのか。


 本能のようなものが、レンの手を導いた。


 彼は、名前も知らないその感覚に従う。


「——止まれ」


 声に出したのかどうか、自分でも分からない。


 ただ、そう「願った」。


 次の瞬間、異形の内部を流れていた黒い霧が、凍りついたように動きを止めた。


 神経束に走っていた信号が途絶え、骨格を維持していた力場が崩れる。

 異界因子をこの世界につなぎとめていた「ルール」の文字列が、一行ずつ消えていく。


 上書き停止。


 システムの主電源を落とすのではなく、「動くための条件」そのものを無効化する行為。


 異形は、動くのをやめた。


 ユイの目前で振り下ろされていたはずの腕が、その軌道の途中で完全に停止する。

 空中に固定されたまま、ノイズのように輪郭を震わせ——。


 ばらばらに、崩れ落ちた。


 黒い膜が剥がれ落ち、霧へと変わり、やがて何もなかったかのように消える。

 中身を失ったフレームだけが、乾いた音を立てて地面に転がった。


 世界に、音が戻ってくる。


「え……?」

「今、何が——」


 誰かが息を飲む声。

 教員の怒号が途中で止まり、絶句に変わる。


 レンは、その中心に立っていた。


 自分の右手を見つめる。

 指先に黒い残滓がまとわりつき、それもすぐに霧散した。


(……止めた?)


 理解が追いつかない。

 ただ、「触った瞬間に全部止まった」という事実だけが、感覚として残る。


 だが、その異常は、敵だけにとどまらなかった。



 同時に。


 学園全域に張り巡らされた結界設備が、一斉に悲鳴を上げた。


 体育館の端末ルーム。

 結界の状態を常時監視していた複数のモニターが、一瞬にして真っ黒になる。


「おい、モニター落ちたぞ!」

「バックアップ回線は!? ——駄目だ、全部死んでる」


 オペレーターの教員たちが、慌てて端末に手を走らせる。

 だが、どの画面も、沈黙したまま復帰しない。


「観測装置群、全レーンがブラックアウト……? そんな馬鹿な」


「結界の内側、今の一帯だけ、ログがごっそり消えてる……!」


 保存されているはずのリアルタイム映像も、計測データも。

 さっきまで異形の動きを記録していたはずのログの、その時間帯だけが、ぽっかり抜け落ちていた。


 黒い空白。


 そこに何があったのか、システム側は「知らない」と告げている。


「干渉元は……内部因子? さっきのアラートと同じ……?」


 データ解析担当の教員が青ざめた顔で叫ぶ。


「内部因子ってレベルじゃない。これは——」


 彼の指が、ある単語で止まる。


 スクリーンの隅に、警告ログとして表示されている文字列。


『ゼロ・フィールド干渉を検知。

 タグ:零号因子コード・ゼロ


「零号因子……?」


 誰かがその言葉を口の中で繰り返し、顔色を失った。


「まさか……封印指定、の——」


 その先は、声にならなかった。



 戦場でも、異常は顕著だった。


 結界を維持していた補助装置の光が、次々と消えていく。

 校庭を覆っていた透明なドームも、一瞬だけノイズを走らせたのち、ふっと消滅した。


「結界が——!?」

「落ちたのか!?」


 生徒たちが騒然とする。


「違う、外側は生きてる! 今落ちたのは、ここ一帯の内部補助だけだ!」


 教員の一人が叫ぶが、その声にも不安が滲んでいた。


 彼らが常に携帯している腕輪型端末も、同様に沈黙している。

 異常発生時に自動で起動するはずの観測アプリも、起動画面から先に進まない。


「機器が全部、死んでる……?」

「魔力感知もノイズだらけだ……何だ、この穴……」


 レンが立っている地点を中心に、空間そのものが「測れない領域」になっていた。


 魔力の流れも、因子の濃度も、空間座標の揺らぎも。

 あらゆる値がゼロか、未定義を示している。


 ユイは、そんな異常のただ中で、座り込んでいた。


 さっきまで死の一撃が迫っていた場所。

 そこには何もない。

 黒い腕も、異形の残骸も。


 代わりに、一人の少年の背中がある。


 暁レン。


 彼は、何事もなかったように立っていた。

 肩で息をするでもなく、興奮に震えるでもなく。


 ただ、自分の手を、不思議そうに見ている。


 ユイは、その背中を見つめながら、震える声で呟いた。


「……視えなかった」


 彼が飛び出した瞬間も、触れた瞬間も、その後に何が起きるのかも。

 何一つ、彼女の《因果視》には映っていない。


 その空白部分だけ、未来が存在しなかった。


「暁くん……?」


 クラスメイトの誰かが名前を呼ぶ。

 レンは顔を上げかけて——。


 次の瞬間、頭の奥から鋭い痛みが走った。


「……っ!」


 こめかみのあたりを釘で打たれたような感覚。

 視界がぐらりと揺れ、世界が二重にぶれる。


 耳鳴りとともに、何かの声が頭の中に響いた。


——制限値を超過。

——零号因子、部分解放を確認。

——再封印処理を——


「やめ、ろ——」


 自分の声なのか、誰かの声なのか、分からない。

 レンは頭を抱え、その場に膝をついた。


 激しい頭痛が、記憶のどこかを削り取っていく。

 さっき見た光景も、白い天井も、誰かの叫び声も。


(やめろ——やめ——)


 叫びは、最後まで形にならなかった。


 視界が暗転する。

 その直前、白峰ユイの顔が視界の端に映った気がした。


 驚きと、安堵と、恐怖が混ざった表情。

 紫の瞳が、彼の名前を呼びかけている。


 そこから先の記憶は、真っ黒だ。



 次に目を開けたとき、視界に入ったのは、白い天井だった。


 冷たい光。

 規則正しいライン。

 消毒液の匂い。


(……病室?)


 レンは瞬きを数回繰り返し、視界を確かめる。

 顔を動かすと、こめかみに鈍い痛みが走った。


 首を横に向けると、ベッドの脇にはカーテンがあり、その向こう側から小さな物音が聞こえる。


「目が覚めた?」


 カーテンが少し開き、白衣を着た女性が顔を覗かせた。

 医務室の担当らしい。


「ここは——」


「学園の医務室。体育館で倒れたの、覚えてる?」


 体育館。

 警報。

 異形。

 白い髪。

 黒い腕。


 断片が、ぽつぽつと浮かぶ。


「……戦闘が、あって。避難して。……誰かが、戦ってて」


「うん、そのあと?」


 レンは眉を寄せる。


 そのあと。

 その先の映像に触れようとすると、何か柔らかい膜のようなものが邪魔をする。


 黒い腕が、女の子の胸を——。

 そこに、自分の手が——。


「……助けに、行った?」


 言葉の形だけが、曖昧に浮かぶ。


 だが、その瞬間の感覚が、うまく掴めない。

 何をしたのか。

 どうやって間に合ったのか。


 そのあたり一帯だけ、記憶がごっそり抜け落ちている。


 医務室の天井を見つめながら、レンは口を開いた。


「……覚えてません」


 自分でも驚くほど、簡単に言えた。


 事実だったからだ。


 避難をしていたこと。

 体育館で戦闘があったこと。

 誰かが危険だった気がすること。


 そこまでは、かろうじて繋がる。


 けれど、決定的な瞬間——何かに触れた感触も、そのあとの世界の歪みも。

 綺麗に、跡形もなく、削り取られている。


 頭の奥に残っているのは、不気味な空白だけだ。


(抜かれた)


 直感がそう告げる。

 自然に忘れたのではない。

 何者かの意志で、「そこだけ」を刈り取られた感覚。


 医務室の女性は、彼の答えを聞いても、特に驚かなかった。


「そう。強い頭痛と意識消失があったからね。記憶が飛んでるのは無理もないわ」


 彼女はカルテに何かを書き込みながら、さらりと言う。


「しばらく安静にして。詳しい話は、あとで先生たちが来てからね」


「先生たち……?」


「あなたの担当になる人たち。——特別な事情がある子は、いろいろとね」


 意味ありげな言い方だった。


 レンは、それ以上は聞かないことにした。


 頭を枕に預け、改めて白い天井を見上げる。

 その白さが、どこか別の白い天井と重なりそうになって、慌てて目を閉じる。


(……何を、した)


 自分に問いかける。

 返ってくるのは、沈黙だけだ。


 不自然な穴が、記憶の中にぽっかり空いている。

 その穴の縁だけが、じくじくと痛む。


 そこに何があったのか。

 何を壊して、何を救ったのか。


 今はまだ、誰も教えてくれない。


 ただ一つだけ確かなのは——。


 その空白部分に、「封印指定」という言葉の冷たい重みが、うっすらと貼り付いていることだった。


第5章「Sクラスの観察対象」



レンが医務室から正式に退院を許されたのは、事件から一日後だった。

 午前中の検査と簡単な問診を終え、C-3の教室に戻ろうとしたところで、担当医から「先に職員棟へ寄って」と言われる。

(面倒なやつか)

 嫌な予感は当たるものだ。

 職員棟の一室。

 壁際には結界装置の簡易端末が並び、中央には小さめの会議テーブルが置かれている。

 レンが通されたとき、すでに三人が席にいた。

 一人は、アークスフィア学園の教頭。

 一人は、Cクラス担当の女性教員。

 そして——もう一人は、見覚えのある制服姿だった。

 深い紫と金のバッジ。

 淡い銀髪。

 白峰ユイ。

「座ってくれ」

 教頭が顎をしゃくる。

 レンは黙って椅子に腰を下ろした。

 教頭は手元のタブレットを軽く叩き、表示されたデータを一瞥する。

「まずは、昨日の件だが——暁レン。君の行動で、被害が拡大する前に異形体を停止できた。それ自体は事実だ」

 レンは、曖昧に頷く。

「そう、でしたか」

「覚えていないのか?」

「避難していたことは覚えています。……そのあとは、ほとんど」

 医務室で言ったのと同じ答えだった。

 それは嘘ではない。

 教頭は、しばしレンの表情を観察してから、短く息を吐いた。

「……よく分かった。なら、こちらから説明する」

 彼はタブレットを回転させ、レンのほうへ画面を向ける。

 そこには、昨日の結界ログの抜け落ちたグラフと、赤字で表示された警告文が映っていた。

『ゼロ・フィールド干渉検知

 タグ:零号因子コード・ゼロ

 見覚えのない単語。

 しかし、胸の奥がひりつくような嫌な感覚だけは、なぜか伴っている。

「昨日、体育館および校庭一帯で発生したブラックアウト現象だ。結界設備、観測装置、端末ログ——あらゆる記録が、君を中心とした範囲で欠損した」

 教頭の声は淡々としているが、その奥に警戒が滲んでいる。

「そして、その瞬間に、異形体は完全に機能を停止した。まるで、『動くためのルール』ごと無効化されたように、だ」

「……」

「我々は、その種の現象を、『零号因子』と呼んでいる。理由はシンプルだ。既存のどの系統にも分類できず、観測できず、数値化も不可能——“ゼロ”としてしか扱えないからだ」

 能力測定値ゼロ。

 昨日、受付で叩きつけられた数字が、別の意味を帯びて蘇る。

「君の測定値がゼロだったのは、能力がないからではない。測定器が『読めなかった』からだ」

 教頭は言葉を区切り、次の一文を慎重に告げた。

「……暁レン。君は、本学園における『封印指定』能力者として、正式に記録された」

 隣で、Cクラス担任がわずかに視線を逸らした。

 ユイは微動だにせず、レンを見ている。

「封印指定?」

「危険性の高い能力、あるいは制御不能な因子を持つ者に与えられる区分だ。原則として、戦力としては数えない。むしろ、安易に“使わせない”ための枷だ」

 それは「称号」ではなく、「封印札」に近い。

「昨日の功績をもっても、君を昇格させるつもりはない。……むしろ逆だ」

 教頭の視線が、わずかに鋭くなる。

「君は、Cクラス所属のまま、『監視対象』として学園の記録に残る」

「監視……対象」

「そうだ。君の行動、体調、能力の発現状況——その全てを、定期的に報告してもらう」

 教頭は、机の上に一枚の紙を滑らせた。

 「観察記録義務に関する同意書」と書かれている。

「拒否権は?」

 レンが問う。

「ないとは言わないが——君の今の立場を考えてくれ。学園結界を一部ブラックアウトさせ、観測装置群を沈黙させる力だ。……外に出せると思うか?」

 穏やかな口調のまま、教頭は静かな圧力をかける。

 ここを辞めて自由になる、という選択肢は、実は最初から存在していない。

「監視の具体的な枠組みは、こうだ」

 教頭は指で項目を辿る。

「一つ、君はC-3に籍を置いたまま、通常授業を受ける」

「一つ、週に一度、Sクラス担任および上層部への定期面談を行い、状態を報告する」

「一つ、学園内での能力使用は原則禁止。ただし、観察実験や防衛上の必要がある場合を除く」

「一つ、異常時には、担当教員の指示に従い、指定された位置に留まること」

 レンは、淡々と聞いていた。

 聞きながら、「逃げ道」を探す。

 条件の穴、抜け道、解釈の余地。

 だが、どの項目も、彼を「枠の中」に閉じ込めることを念頭に置いて作られている。

「……分かりました」

 短くそう答える。

 了解したからではない。

 反論しても無駄だと判断したからだ。

 教頭は小さく頷き、タブレットを閉じた。

「一応、言っておくが——これは君を処分するための枠組みではない。危険因子であると同時に、まだ“子ども”でもある。学園としては、可能な限り君の生活と学習環境を保証するつもりだ」

 その言葉が本音かどうかは、今は測れない。

「……もう一つ」

 教頭は視線を横に向けた。

「監視と観察には、我々教員だけでなく、現場の視点も必要だ。そこで——」

 白峰ユイの名前が、そこで出てくる。

「白峰。彼に説明を」

「はい」

 ユイは静かに立ち上がった。

 制服の裾を整え、レンのほうへ向き直る。

 紫の瞳が、まっすぐこちらを射抜く。

「白峰ユイ、Sクラス一組。——これから、あなたの『観察担当』の一人になるわ」

「観察……担当」

「週一の面談とは別に、日常生活レベルでの異常の有無を確認する。教室での様子、実技授業での反応、人間関係。……あなたの“日常”を、隣で見ておく役目」

 それは監視の一形態だ。

 ただ、言い方だけが少し柔らかい。

「Sクラスの代表が、わざわざ?」

 レンは問いかける。

「学園序列一位だからこそ、ね」

 ユイはあっさりと答えた。

「昨日の、あの空白。——あなたの周りだけ、未来が乱れた」

 未来が乱れる。

 彼女は、その言葉を選んだ。

「普通、私の《因果視》は、“分かりすぎる”の。誰が何を選び、どう死ぬか、どう生きるか。見たくなくても視えてしまう」

 淡々とした口調。

 そこに僅かな疲労が混じる。

「でも、あなたに近づくと、未来が乱れる。線が途切れて、ノイズが走って、分岐が崩れる。……正直、とても不愉快で、同時に興味深い現象よ」

 興味と警戒。

 その両方が、彼女の横顔に浮かんでいる。

「だから——」

 ユイは、一歩、レンに近づいた。

「私は、あなたから離れない。観察対象として、日常的に関わることを、ここで宣言しておくわ」

「待ってください」

 レンは、わずかに顔をしかめた。

「俺に近づくと、未来が乱れるんですよね。それって……危険なんじゃ」

「危険よ」

 即答だった。

「だからこそ、目を離せないの」

 彼女は、ほんの少しだけ笑う。

 それは、緊張した場の空気とは不釣り合いな、柔らかい笑みだった。

「あなたが暴走したとき、誰が一番早く動けると思う?」

 その問いに、答えは一つしかない。

「未来を視て、乱れを経験している人間よ。——私の仕事は、あなたを“正しく怖がる”こと」

 レンは言葉を失う。

 距離を取ろうとすればするほど、彼女の論理はそれを許さない。

 離れることが危険だから、近くにいる。

 見えないからこそ、見続ける。

 それは、合理的で、厄介な選択だった。

「……関わらないほうが、いいと思います」

 ようやく絞り出した言葉は、それだけだった。

「それは、あなたの願望?」

「俺のためでも、あなたのためでもあります」

「残念だけど——」

 ユイは、首を横に振った。

「これは、私の意志であり、学園の決定でもある。Sクラス担任と上層部も了承済み。あなたはCクラス所属のまま、『Sクラスの観察対象』になった」

 Sクラスの観察対象。

 称号ではなく、ラベル。

 教頭が、それを補足するように口を開いた。

「学園のクラス制度は知っているな? S、A、B、C。Sは学園の上位戦力、A・Bは中核、Cは底辺……という言い方は好きではないが、実際そう見なされている」

 教頭は続ける。

「定期的に『昇格戦』と呼ばれる実技試験があり、成績次第でクラスの昇降が決まる。逆に、一定期間成績が下位のままなら、『特別施設』への移送対象にもなる」

「施設送り、ってやつですね」

 Cクラスの噂話で何度も聞いた単語だ。

「正式名称は『能力再構成支援施設』だが、行きたがる者はいない。帰ってきたとしても、以前と同じではなくなる者が多いからだ」

 再構成。

 その言葉の響きに、レンの背筋が冷たくなる。

「君の場合、成績不良を理由に施設送りにすることはない。……その前に、上層部が黙っていないだろう」

 つまり、「別枠」だということだ。

「Cクラスでの扱いは今まで通り。ただし、Sクラス側の監視下にある。昇格戦に出るかどうかは、今後慎重に判断する」

「参加しない、という選択は」

「今のところ、推奨しない。君のデータは必要だ。だが無制限に戦わせるつもりもない。……白峰、お前の視点からの管理も重要になる」

「了解しました」

 ユイが静かに頷く。

 レンは椅子の背にもたれ、天井を一瞬だけ見上げた。

(逃げ道は、完全に塞がれたな)

 そう結論づける。

 会議室を出たあと、教頭と担任は別の用事があると言って先に去った。

 廊下に残ったのは、レンとユイだけだ。

 窓の外には、昨日の騒ぎが嘘のように、穏やかな学園都市の風景が広がっている。

「……で」

 沈黙を破ったのは、ユイだった。

「これから保健室に戻る? それとも教室?」

「教室に戻ります。C-3に」

「そう」

 ユイは少しだけ考える素振りを見せ、それから平然と言った。

「じゃあ、途中まで一緒に行く」

「……何でですか」

「“観察対象”だから」

 まったくぶれない理屈だった。

「あなたの日常の動線を把握しておくことは、大事でしょう? どのルートで教室に行くのか、どこでサボりそうか、誰と話すのか」

「サボる前提なんですか」

「Cクラスって、そういうイメージよ」

 さらりと偏見を口にする。

 悪意はない。

 むしろ、事実として受け止めている。

「そんな顔しないで。あなた個人への偏見じゃない。“データ上”、そうなっているだけ」

「データ上、ゼロの俺はどう見えてます?」

 自嘲混じりの問い。

 ユイは足を止め、レンの横に並んだ。

 紫の瞳が、真正面から彼を見る。

「“視えない”という点では、他の誰とも違う」

「それは、良い意味で?」

「いいえ。——悪い意味で」

 あっさりと言い切られる。

「でも、興味がある。未来を視て生きる側からすると、“視えない”っていうのは、とても貴重なの。怖くて、面白い」

 興味と恐怖。

 その両方を隠そうとしないところが、逆に正直だった。

「だから、距離を置こうとしなくていい。……置こうとしても、置かせないけど」

「脅しですか」

「宣言よ」

 ユイは少しだけ笑って、歩き出す。

「暁レン。あなたは今日から、『Sクラスの観察対象』。Cクラスの制服を着たまま、私たちのテーブルにも呼ばれるし、戦場にも連れていかれる」

「望んでません」

「私も、望んでなかったわ。……でも、もう始まってしまった」

 昨日の天井の穴。

 零号因子。

 封印指定。

 それらの単語が、まだ現実感の薄いラベルとして、レンの肩に貼り付いている。

 ユイは、そのラベルを指先で軽く叩くような口調で言った。

「だから、せめて“どう使われるか”ぐらいは、自分で選びなさい」

「——」

 返す言葉が見つからないまま、二人はC棟へ向かう渡り廊下に入る。

 窓の外で、光の結界が薄く瞬いた。

 学園のルールは説明された。

 監視の枠組みも決まった。

 Sクラスの観察対象という立場も、もう覆らない。

 ただ一つだけ、まだ決まっていないことがある。

 自分が、この不気味な空白を抱えたまま、どこまで歩いていくか——それだけは、まだ誰の未来視にも映っていなかった。


第6章「ライバル、神城トウマ」

神城トウマの初登場は、やけに整った映像の中だった。


 事件から数日後、全校集会用に編集された「結界崩壊時の記録映像」。

 体育館のスクリーンに映し出されたその一部を、トウマは別室で静かに見ていた。


 整然と並ぶ椅子。

 壁際には、観測装置から抜き出したデータログがホログラムで浮かんでいる。


 トウマは、その中心で腕を組んでいた。


 漆黒の髪を後ろでまとめ、きっちりと制服を着こなしている。

 胸元のバッジは深い青——Aクラスの上位、学園戦闘序列でも上位に名を連ねる実力者だ。


「ここまでは、教科書通りだ」


 天井を破って侵入する異形体。

 即座に動く教員。

 生徒たちの避難。


 映像の中で、トウマ自身も前線の一角にいる。

 結界崩壊地点から少し離れた別ブロックで、別の侵入個体と交戦していた。


 水系統の能力を用いた、無駄のない制圧。

 敵の関節部にピンポイントで水圧を集中させ、最小限の動きで破壊する。


 彼の戦い方は、「教本の理想解」に近い。


「問題は——ここからだ」


 再生が進む。


 ユイの前に、黒い腕が迫る。

 映像がそこで、一瞬だけ歪む。


 ノイズ。

 砂嵐。

 画面全体が、白く、黒く、ちらついた。


 そして——。


「……飛んだな」


 トウマが呟く。


 次のフレームには、すでに結果だけが映っていた。


 ユイは無傷で立っている。

 目の前にあったはずの異形体は消え失せ、その代わりに、一人の少年の背中がある。


 暁レン。


 その瞬間のデータログは、真っ黒だ。


「零号因子によるブラックアウト。……封印指定、ね」


 トウマは小さく鼻を鳴らした。


「規則を守らない例外は、戦場では味方を殺す」


 それが、彼の率直な感想だった。


 どれだけの戦果を上げようと、どれほど派手な現象を起こそうと。

 戦場で「読み」を乱し、「ルール」を壊す存在は、危険なノイズだ。


「白峰が観察担当、か」


 ユイの名前を出したとき、トウマの声には僅かな苛立ちが滲んでいた。


「よりによって、あいつが。……なら、なおさら、俺が釘を刺しておく必要がある」



 数日後の午後。

 アークスフィア学園の第二訓練場。


 広い室内フィールドに、複数の障害物と模擬ターゲットが配置されている。

 天井には簡易結界装置が設置され、一定範囲の破壊と衝撃を吸収できる構造だ。


 この日は、「Cクラス実技強化訓練」と称して、上位クラスからの実戦指導が組まれていた。


「神城先輩だって!」


 C-3の生徒たちがざわつく。


「学園序列、ユイの次くらいじゃね?」

「昇格戦で毎回トップ近くにいるやつだろ」

「やべー、本物だ……」


 フィールドの中央に立つ神城トウマは、そのざわめきを無視していた。


 彼の背には、水の刃が幾本も浮かんでいる。

 どれも薄く、鋭く、空気の揺らぎだけで存在を主張する。


「——静粛に」


 短く放たれたその一言で、ざわめきはすうっと引いた。


 トウマの声音には、自然と人を従わせる圧がある。

 威圧ではなく、「当然の秩序」として受け入れさせる響き。


「今回の訓練の目的は、二つ」


 彼は指を二本立てた。


「一つ、Cクラスの現実的な戦闘力を確認すること」

「一つ、君たちに“実戦で足を引っ張らない動き”を叩き込むこと」


 言い回しは容赦ない。

 だが、誰も反論はしない。


「異形体の侵入は、今後も起こり得る。昨日のような偶然は、二度はない。……“偶然”が何を指しているかは、自分たちで考えろ」


 ちらり、と視線がレンのほうをかすめる。


 C-3の列の一番後ろ。

 レンは、いつものように無表情で立っている。


(見ている)


 その視線に、敵意と警戒が含まれていることは、すぐに分かった。


「訓練は三段階に分ける。基礎動作の確認、簡易模擬戦、多対一の実践形式」


 トウマは手元の端末を操作し、フィールドの障害物を起動させる。


「最後の多対一では、俺が相手をする」


 ざわっ、とCクラスの中に緊張が走る。


「安心しろ。殺しはしない。ただし、“施設送り”ギリギリの負傷は想定内だ」


 冗談とも本気ともつかない口調。

 しかし、彼の目は笑っていない。



 訓練は容赦がなかった。


 基礎動作の段階から、トウマの指導は徹底している。


「今の避け方は最悪だ。膝を半歩曲げて、重心を落とせ」

「能力に頼る前に、まず足を動かせ。足が止まるやつから死ぬ」

「そこのお前。炎を出す前に状況を見ろ。味方ごと炙る気か」


 言葉は鋭いが、的確だった。


 Cクラスの生徒たちは、ぼろぼろになりながらも必死についていく。

 罵声の中にも、「教える気」があることが分かるからだ。


「……あれで優しいほうなんだよ、神城先輩」


 隣で息を切らしながら、クラスメイトが小声でつぶやく。


「昇格戦のときなんて、敵にはもっと容赦ないからな」


 レンは、息を整えながら前方のトウマを見た。


 確かに、合理的だ。

 無駄な動きが一つもない。

 味方を危険に晒すような派手さもない。


 秩序を好む、優等生の戦い方。


 ——自分とは、正反対の位置にいる。



 そして、最後の段階。


「多対一の実践形式に移る」


 トウマが宣言する。


「条件はシンプルだ。俺一人、対、C-3全員。制限時間は十分。君たちは、時間内に一撃でも“当てられれば”勝ち。何もできなければ……まあ、自分の立ち位置を思い知れ」


「全員で、先輩一人ですか」


 誰かが呟く。


「本当に勝ち目あるのか」

「いや、数の暴力でワンチャン……」


 レンは、少しだけ眉をひそめた。


(訓練の名目で、Cクラスの現実を見せたいんだろうな)


 そう推測する。


「言っておくが、俺は手を抜かない」


 トウマは念を押した。


「いつまでも“Cだから”“底辺だから”で済ませるつもりはない。実戦で隣に並ぶ可能性がある以上、できないやつは戦場に出るべきじゃない」


 それは、ユイとも似ている考え方だった。


 ——ただし、彼女よりずっと厳しく、切り捨てる方向に傾いている。


「始め」


 簡易結界が展開される。

 フィールドの端に、防御バリアの薄い光が走った。


 号令と同時に、Cクラスが散開する。


「前衛、散開! 中距離、牽制! 後衛、障害物の影から撃て!」


 さっきまでトウマに怒鳴られていた男子が、必死に指示を飛ばしている。

 彼なりに、「教わったこと」をなぞろうとしているのだ。


「おい暁! お前も——」


 声がかけられたが、レンは首を横に振った。


「俺は後ろにいる。能力、使えないんで」


「は? こんなときまでゼロとか言って——」


 言い終わらないうちに、水の刃が頭上を掠めた。


 ひゅ、と乾いた音。

 すぐ前の地面に、一直線の切り傷が走る。


「集中しろ」


 トウマの声が、距離感を無視して響いた。


「戦場で味方の愚痴を聞いている暇はない」


 次の瞬間、彼の姿が視界から消えた。


「っ!?」


 前衛の一人が悲鳴を上げる。

 気づけば、トウマは彼の懐に入り込み、水の刃で足元を払っていた。


 倒れる瞬間の重心の崩れ方を利用し、体勢を無理やり捻る。

 その勢いを使って、別の方向へ投げ飛ばす。


「二人目」


 トウマは淡々と数える。


 水の刃は殺傷力を落とした設定だが、当たれば十分に痛い。

 何人かは、すでに戦意を削がれ始めていた。


「囲め! 一斉に撃て!」


 炎、風、石礫。

 多種多様な能力がトウマを目がけて放たれる。


 だが、それらは全て、「見えている」攻撃だ。


 トウマはわずかなステップで死角に入り、必要な分だけ水の壁を立てる。

 攻撃の線と線の隙間を縫うように歩き、逆にその隙間にいるCクラスの生徒を叩く。


「三人目」

「四人目」


 数が順調に増えていく。


 やがて、フィールドに立っていられる生徒は半分を切った。


「——“実戦主義”って、こういうことか」


 レンは、最後列の障害物の影から、その光景を見ていた。


(敵の数を減らすことより、“使える味方”を見極めている)


 トウマは攻撃しながら、同時に評価もしている。

 意図的に、伸びしろのある動きをした生徒は軽く落とし、致命的なミスをした生徒には容赦ない痛みを与える。


 戦いながら、選別しているのだ。


「残り、誰だ」


 トウマの視線が、フィールドを一周する。


 息も絶え絶えのCクラスの面々。

 立っている者も、攻める気力は失いかけていた。


 そのとき、彼の視線が、レンで止まった。


「——一人、まだ全く戦っていないな」


 水の刃が、ふわりとレンの方向を向く。


「暁レン。封印指定。零号因子」


 その単語を、ここで口に出す。


 フィールドの空気が、わずかに凍った。


「訓練参加者の一人である以上、“例外”は許さない。君だけが安全圏にいる、というのはフェアじゃない」


「能力使用禁止って話だった気がしますけど」


 レンは淡々と言う。


「観察実験および実戦訓練を除く、だったはずだ」


 トウマは即座に返した。


「今日は訓練だ。——それとも、観察対象の君は、“何もしなくても守られる”特別扱いを望むのか?」


 言葉の罠だと分かる。

 それでも、「はい」とは言えない。


「……望んでません」


「なら、前に出ろ」


 トウマは言った。


「Cクラス全員を相手にする予定だったが、ちょうどいい。最後の一人は、個別に相手をしてやる」


 それは、ほとんど「指名試合」だった。



 二人だけの距離ができる。


 フィールド中央。

 周囲には、倒れ込んだCクラスの生徒たちと、訓練用の障害物だけ。


 観客のように、教員と上位クラスの数名が見守っていた。


「一応、確認しておく」


 トウマは構えを取る。

 水の刃が、彼の周囲をゆっくりと回る。


「君の能力は、“触れた対象の能力構造を上書き停止させる”ものだと報告を受けている」


「……自分では、よく分かってません」


「分かっていないから危険なんだ」


 トウマは淡々と言う。


「制御できない力は、敵よりも味方を殺す。だから、俺は君を“危険な例外”として扱う」


 宣告だった。


「訓練のルールはさっきと同じ。時間内に一撃でも俺に触れれば、君の勝ち。……ただし、結界設備への影響は極力抑えろ」


「そんな器用なこと、できませんけど」


「なら、なおさら俺が管理する必要がある」


 トウマが踏み出した。


 水の刃が、一斉に前へと流れる。

 斬撃ではなく、圧力の壁として。


 レンは即座に横へ跳ぼうとした——が、避けきれない。

 反応は速いが、身体が戦闘に慣れていないのだ。


「っ……!」


 水圧が肩を打ち、後方へ弾き飛ばされる。

 転がる寸前で踏ん張るが、呼吸が乱れる。


(重い……)


 ただの水ではない。

 圧縮された質量と速度が乗っている。


「能力に頼れないなら、せめて足を動かせ」


 トウマの声が飛んでくる。


「さっき教えたはずだ。重心を——」


 次の瞬間、足元に水が走った。


 陸上に作られた「川」のように細い水流が、足の裏をすくう。

 重心が崩れた瞬間に、上から別の水圧が叩きつけられる。


「ぐっ——!」


 肺から空気が押し出される。

 視界が一瞬白く飛ぶ。


「今のは、実戦なら致命傷だ」


 トウマは距離を保ったまま、攻撃を続ける。


 レンは、ひたすら避けることに集中するしかなかった。


 水の鞭が、刃が、壁が、あらゆる角度から襲ってくる。

 防御する手段はない。

 受ければ吹き飛ぶ。

 避け続けるしかない。


(届かない)


 一歩踏み出すことすら、隙に変わる。


 彼が前に出ようとするたびに、トウマはそれを読んで潰す。

 距離はいつまでたっても縮まらない。


「どうした。零号因子は、“触らなきゃ”発動しないのか?」


 トウマの声には、皮肉が混じる。


「それとも、味方の結界設備を巻き込むのが怖いか?」


 どちらも、図星だった。


「……どっちもです」


 レンは肩で息をしながら答える。


「自分が何をするのか分からないのに、手当たり次第に触れるわけにはいかないでしょう」


「だったら、なおさら——」


 水の刃が、今度は真上から降ってきた。


 レンは反射的に腕を上げる。

 刃はギリギリで軌道を変え、頭上すれすれを通過した。


 冷たい水滴が、頬を打つ。


「君は“戦場に出るべきじゃない”」


 トウマの言葉には、怒りではなく、確信があった。


「例外は、秩序を壊す。秩序が壊れれば、守れる命も守れなくなる」


「……」


「俺は、そういうのが嫌いだ」


 彼の価値観は、あまりにも分かりやすく、あまりにも正しい。


(だからこそ、厄介だ)


 レンは、心の中で吐き捨てる。


 そのときだった。


 一瞬、空気の流れが変わった。


 水の刃の配置が、ほんのわずかに乱れる。

 トウマの足が、微かに止まった。


(……今)


 身体が勝手に動いた。


 前に出る。

 これまで無理だと判断して抑えてきた一歩を、踏み込む。


 視界の端で、トウマの瞳がわずかに見開かれたのが分かった。


(こいつ——)


 その瞬間、彼は“見た”。


 目の前に迫る、封印指定。

 触れられれば、何が起きるか分からない危険な因子。


 ——ではなく。


 一瞬だけ、トウマの感覚は「別のもの」に触れた。


 レンの中にある“空白”。


 何もないはずのゼロの領域が、底なしの深さを持って口を開けている。


 そこには、何もない。

 あるいは、何でもあり得たものが、一度全部「消された」跡。


(深い——)


 ぞわり、と背筋を冷たいものが撫でた。


 今まで、どれだけ強い敵と戦ってきても、トウマは「怖い」と思ったことはない。


 力の差は測れた。

 勝てるかどうかも、ある程度計算できた。


 だが、この空白は——計算の外側にある。


 次の瞬間、彼は意識的に視線を切った。


 ほんのコンマ数秒の迷い。

 それでも、戦場では致命的になり得る隙だ。


 レンの指先が、彼の結界の外縁に触れかける。


「——そこまで」


 鋭い声が、フィールドに響いた。


 訓練場の結界が一瞬で強制停止し、代わりに上位防御障壁が展開される。

 透明な壁が、レンとトウマのあいだに滑り込んだ。


 水の刃が、その壁に弾かれて消える。


 Sクラス担任の教員が、フィールドの端に立っていた。


「模擬戦はここまで。神城、やりすぎるなと言ったはずだ」


「まだ、本気では——」


「零号因子が動きかけた瞬間に止めろ、とも言ったはずだ」


 教員の視線が、レンの指先と、周囲のわずかな空気の歪みを示す。


 僅かだが、さっきと同じ「きしみ」の前兆があった。

 世界が、再び歪む直前。


 レンは、自分の指を見て、そっと握り込んだ。


(……また、何かが壊れるところだった)


 自分でそう認識した。


 トウマは、一度目を閉じてから、ゆっくりと息を吐いた。


「了解しました」


 表向きは、素直な返事。


 しかし、その瞳には、先ほど感じた「不気味さ」が、薄い膜のように残っていた。


(やはり——危険だ)


 それが、彼の結論だった。


 危険で、例外で、空白。


 秩序を重んじる神城トウマにとって、暁レンは「管理すべき対象」であり、「排除すべき可能性」でもある。


 そして同時に——。


(……あれを、制御できるようになったら)


 ほんの僅かに、別の可能性も頭をよぎる。


 零号因子。

 封印指定。

 未来視でも読めない空白。


 それを、秩序の側に組み込めたなら——戦場のルールは、根本から塗り替えられる。


 トウマは、その可能性をすぐに頭の隅へ追いやった。


 今はまだ、認めるべきではない未来だ。


 フィールドの外で見守っていたユイは、小さく息を吐いた。


(やっぱり、乱れる)


 レンと誰かの視線が交差するたびに、未来の線がぶれ、ノイズが走る。


 それでも、彼女は目を逸らさなかった。


 ライバルと監視者と観察対象。

 それぞれの立場と感情が絡み合い始める第六章は、まだ序章に過ぎなかった。


第7章「失踪した生徒」

その知らせは、朝のホームルームで、あまりにも淡々と告げられた。


「——以上の理由により、C-3所属の川原ユウキは、本日付けで自主退学となりました」


 担任が黒板の前で、事務的に読み上げる。


 教室の空気が、わずかに揺れた。


「え、川原?」

「昨日までいたよな」

「マジで? 施設送りじゃなくて退学?」


 ざわざわ、と小さなさざ波のようなざわめき。

 すぐに教員の一言で押し戻される。


「詳細は個人情報だから話せないけど……本人と保護者の話し合いの結果よ。あまり詮索しないこと」


 そう言って、担任はあっさりと出席確認に移った。


 まるで、机が一つ減っただけのような扱い。


 レンの視線は、空いた席に向かっていた。


 窓際から二番目。

 いつも猫背で座っていた少年——川原ユウキの席。


 そこには、何もない。

 教科書も、落書きも、置きっぱなしのプリントも。


(自主退学、ね)


 レンは、昨日の放課後を思い出していた。



「なあ、暁」


 教室の後ろで、日直の黒板消しをかけていたときだった。


 川原が、珍しく自分から声をかけてきた。


 彼は成績も能力も振るわず、教員からもよく名前を呼ばれるタイプだった。

 「次、点数がこれ以下だったら、施設送りも視野に入れなさい」と、冗談半分、本気半分で脅されていた。


「ここってさ」


 彼は黒板をぼんやり眺めながら、ぽつりと言った。


「ほんとは“学校”なんかじゃないんじゃね?」


 レンは、チョークの粉を払いながら答える。


「施設、ですか?」


「それもあるけどさ。……檻?」


 川原は笑った。


「俺たち、“ここから出られない”んだろ。成績良くても悪くても」


「良ければ、外に出て戦えるんじゃ」


「戦場に、な」


 川原は肩をすくめる。


「でも、戻ってこれるかは分かんない。戻ってこれなかったやつらの名前、どっかに書いてあるか?」


 レンは答えなかった。


「成績悪ければ、“施設送り”。戻ってきても、別人。……どっちに転んでも、“普通”には戻れない」


 川原は、自分の手のひらをじっと見つめる。


「だったらさ。最初からここに入れないほうがマシだったよな」


 その言葉には、諦めと、僅かな怒りが混じっていた。


「ここから出られない、って」


 レンは、その一文だけを拾う。


「……どういう意味ですか」


「さあ?」


 川原は、わざとらしく肩をすくめてみせる。


「俺にも、分かんねえ。……ただ、“出ていったやつ”を見たことがないってだけ」


 それが、彼と交わした最後の会話だった。



(自主退学、ね)


 今朝の担任の言葉が、記憶の中の会話と噛み合わない。


 出ていったやつを見たことがない。

 でも、公式記録では“平穏な退学”。


 レンは、教室の空気を一度吸い込んでみる。


 川原の席が空いたことに対する、喪失感はほとんどない。

 皆、少し話題に出して、すぐにいつもの雑談に戻っていく。


 それが、逆に不自然だった。


(「施設送り」の話は、よく出るのに)


 誰かが「行った」話も、「戻ってきた」話も、ほとんど耳にしない。

 噂話はある。

 でも、それはいつも、「誰かがそう言っていた」という伝聞止まりだ。


 具体的な名前と顔が結びつく失踪の話は、ほとんどない。


 川原ユウキ。

 今日、初めて「知っている顔」が消えた。


 公式には、自主退学。

 教室には、何も痕跡を残さない消え方。


(……本当に、家に帰ったのか)


 疑問が、胸の奥に沈殿する。



 その日の放課後。


 レンは、観察面談の時間として指定された屋上前の踊り場にいた。


 夕方の風が、少し冷たい。


「遅れてない?」


「時間通りよ」


 階段を上がってきたユイは、腕時計をちらりと見て言った。


 今日もSクラスの制服。

 風に揺れる髪が、夕焼けの光を受けて淡く染まる。


「調子はどう」


「頭痛は、昨日よりマシです」


「能力の発現は?」


「ありません。……多分」


 あまりにも雑な自己申告だと自覚しているが、正直に言うしかない。


 ユイは軽くため息をつき、手すりに寄りかかった。


「今日、C-3で“退学”が出たわね」


 唐突に、その話題を出してきた。


「……知ってたんですか」


「学園全体の人事データは、一応見られるから。……表向きは『自主退学』。成績不良と家庭の事情、ってことになってる」


「実際は?」


「さあ」


 ユイは目を細め、遠くの校門を見た。


「私も、“出ていくところ”は見たことがない」


 その言い方に、レンは僅かな違和感を覚える。


「未来視でも、ですか」


「ええ。普通なら、退学が決まった時点で、“この子は家に戻る”っていう未来の線が見えるはずなの」


 ユイの《因果視》は、人の行動の分岐を線として視る。


「でも、“退学”の決まった生徒の多くは、そこから先の線がすっぱり途切れる。家に帰る未来も、別の学校に進む未来も、どこにも繋がっていない」


 くっきりとした「切断」。


「それって——」


「“死ぬ”未来とも、違う」


 ユイは首を横に振る。


「死ぬ未来は、ちゃんと視える。事故でも、戦闘でも、寿命でも。……“そこまでの線”が見えるの」


 でも、と彼女は続ける。


「“失踪した生徒”たちの線は、途中で消えて、その先がどこにも見当たらない。まるで、世界そのものから切り取られたみたいに」


 世界から、消される。


 その表現に、レンの胸が微かに疼いた。


「今日の川原も?」


「ええ」


 ユイはあっさり認める。


「クラス名簿から名前が消える前から、線は薄くなっていた。昇格戦のたびに、少しずつ」


「昇格戦……」


 レンは眉をひそめる。


「成績と、失踪者に、何か関係が?」


「ある」


 ユイは即答した。


「これは、私の見た限りの相関だけど」


 彼女は指を折って数え始める。


「昇格戦で、成績が一定以下を三回続けて取ると、線が一気に弱くなる。五回目までに持ち直せなかった子は——その後しばらくして、“退学”になる確率が高い」


「施設送りじゃなくて」


「表向きは、ね」


 昇格戦の成績不良者と、退学・失踪者リスト。

 その相関は、小さくない。


「もちろん、例外もいるし、直接の因果関係があるとは限らない。でも——」


 ユイは、レンのほうを見た。


「学園の“空気”は、あなたも感じてるでしょう?」


 Cクラス。

 施設送り。

 退学。

 昇格戦。


 それらの言葉は、日常会話の中に頻繁に出てくる。


 けれど、その先に続く具体的なイメージ——施設の実態や、退学後の生活——は、誰も語らない。

 語れないのか、語らないようにしているのか。


「ここから出られない、って」


 レンは、川原の言葉をそのまま口にした。


「昨日、彼はそう言ってました」


「“出られない”?」


「はい。……ここは学校じゃなくて檻だ、って」


 ユイは目を細めた。


「……そうか」


 彼女は、踊り場の床を軽くつま先で叩く。


「私は、どこかで“出る側”だと思ってた」


「出る側?」


「卒業して、外の戦場に出て、仕事をして。——そういう線が、ずっと視えていたから」


 ユイの未来は、常に「外」と繋がっている。


「でも、最近、気づいたの」


 彼女は静かに続ける。


「“出ていく線”の先で、何が起きているのかが、視えないことに」


 外の戦場で何が起きているのか。

 戻ってきていない先輩たちが、どこでどうなったのか。


 視ようとすればするほど、ノイズが増える。


「だから、調べることにした」


 ユイは、さらりと言った。


「昇格戦の成績と、退学者リストの相関。過去十年分のデータを、統計的に」


「十年分……」


「暇だったから」


 絶対に嘘だと分かる口調だった。


「結果は、さっき言った通り。明らかに有意な相関がある。……それを“偶然”で片付けるには、ちょっと無理がある」


 レンは、手すりに背を預けた。


「それで、“処分施設”の可能性、ですか」


「学園の外か、中かは分からない。でも、“どこかに”存在している可能性は高い」


 ユイは、真っ直ぐに言う。


「昇格戦で一定以下の評価を取り続けた生徒を、“再構成”する場所。……あるいは、処分する場所」


 処分。


 その言葉は、あまりにもあっさりと口にされた。


「仮にそういう施設があるとして」


 レンは問う。


「どうやって、そこに辿り着くつもりですか」


「正面から、は無理ね」


 ユイは苦笑する。


「でも、調べる方法はいくつかある。昇格戦の後の搬送ログ、結界外への転移記録、失踪者の家族の動き」


「家族の動きまで視えるんですか」


「視ようと思えば」


 その一言だけで、彼女の《因果視》の範囲の広さが知れる。


「そんなことして、大丈夫なんですか」


「大丈夫じゃないわね」


 ユイはあっさり認めた。


「でも、放っておけない。——“自分の未来がどう使われるのか”ぐらい、知っておきたいもの」


 そう言って、彼女はレンのほうへ顔を向ける。


「あなたは?」


「俺、ですか」


「“封印指定”」


 そのラベルを、彼女はわざと強調する。


「あなたの未来は、学園にとって特に重要な“資源”よ。……自然な流れに任せてたら、どこかのタイミングで、“上”が勝手にルートを決める」


「再構成、ですか」


「あるいは、固定。……その辺は、まだ視えない」


 レンは小さく息を吐いた。


「だから調べる、と」


「ええ」


 ユイは頷く。


「昇格戦の成績、失踪者のパターン、学園内の動線。——全部洗って、“何が起きているのか”を見つける」


「俺に、何をしろと」


「一緒に疑って」


 即答だった。


「一緒に“違和感を持つ”人間がもう一人いるだけで、見えるものが増える。……少なくとも、私一人よりは、ずっと」


 レンは、しばらく黙っていた。


 自分一人なら、見なかったふりもできたかもしれない。

 封印指定として、学園の枠の中で静かに暮らす道も、理屈の上では残されている。


 でも——川原の空いた席。

 「ここから出られない」と笑った顔。

 突然の自主退学の一行。


「……分かりました」


 レンは、短く言った。


「一緒に疑います」


「協力、とは言わないのね」


「俺が協力しても、足を引っ張るだけでしょう。能力も制御できないし」


「疑い合う関係、っていうのも悪くないわ」


 ユイは、少しだけ楽しそうに笑う。


「じゃあ、決まり。——第七章、開始」


「何の話ですか」


「物語の構造上、こういう“調査編”は、分かりやすく区切ったほうがいいの」


 彼女のそういう言い回しには、どこか作家臭さがある。


 レンは、曖昧に笑って誤魔化した。


 学園のどこかにあるかもしれない「処分施設」。

 昇格戦と失踪の相関。

 封印指定と観察対象と、未来視でも視えない空白。


 そのすべてに、ようやく「疑問」を向ける準備だけは整った。


 まだ、この時点では——それが、どれほど深く危険な領域に足を踏み入れる決意なのか、二人とも理解しきれてはいなかった。


第8章「地下区画」



学園都市の夜は、静かすぎた。

 昼間は生徒たちの能力ノイズで満ちていた空気が、門限を過ぎると嘘のように澄んでいく。

 結界塔の光だけが、遠くで淡く瞬いていた。

「——本当にやるのね」

 校舎裏の非常口前。

 人気のない通路で、ユイが小さく呟く。

「ここまで来て帰るって言ったら、怒ります?」

「助かるけど」

 あっさり返される。

「でも、多分、あなたは戻らない。……戻れない」

 彼女の《因果視》は、既に「この先」に線を引いているのだろう。

 レンは肩をすくめ、非常口のロックに手をかけた。

 夜間は自動施錠される扉。

 電子錠と簡易結界が二重にかかっている。

「まずは、私の担当ね」

 ユイが一歩前に出る。

 指先でロックパネルに触れ、目を閉じる。

 彼女の視界には、扉に仕込まれた「解錠条件」の因果が浮かんでいる。

 登録された職員のIDパターン、認証時間帯、警報発動までの猶予。

「——ここ」

 ユイは、パネルのある一点を軽く叩いた。

 電子音が鳴り、ロックが一瞬だけ「誤作動」を起こす。

 時間軸上の分岐を少しだけずらし、「開いていたはずの未来」を現在に持ってきたのだ。

 扉が、静かに開く。

「因果視で鍵開けって、だいぶ性質悪くないですか」

「正しく使えば便利、って言って」

 ユイは肩をすくめ、中へ入るよう促した。

 夜の校舎は、昼間と同じ形をしているのに、まるで別物だった。

 人の気配が消えた廊下。

 暗いガラスに映る自分たちの影。

 照明は最低限しか点いておらず、隅々に影が残っている。

「立入禁止区域は、この先」

 ユイが、携帯端末に表示された簡略図を見せる。

 それは、生徒用の案内には載っていないフロアマップだった。

 Sクラスの一部と教職員だけが見られる内部資料。

「地下へのエレベーターは、管理棟の裏側」

「普通のエレベーターじゃないんですね」

「表向きは存在しないことになってる。——でも、“使われている”」

 ユイの視界には、そこに至るまでの「荷物の動き」や「職員の足取り」が薄く線となって見えているのだろう。

 二人は足音を殺しながら、人気のない廊下を進んだ。

 何度か、巡回の警備ドローンとすれ違いそうになるが、そのたびにユイが「数秒先の位置」を見てルートをずらす。

「便利ですね、それ」

「あなたの“ゼロ”ほどじゃないわ」

 軽口を交わしながらも、緊張は抜けない。

 やがて、管理棟の裏側にある小さなホールに辿り着いた。

 そこには、エレベーターの扉が一つ。

 だが、生徒用の案内板には、その存在が「なかったこと」にされている。

 上階を示すボタンだけがあり、地下方向の表示はどこにもない。

「ここが、噂の“立入禁止”」

「エレベーターって、普通は上と下、両方に行くものですよね」

「そうね」

 ユイは、扉脇のパネルを見つめた。

 表向きは、上階への職員用エレベーター。

 だが、因果の線は、もっと深いところへ伸びている。

「生体認証。……それも、かなり厳重」

 登録された職員の虹彩パターンと、魔力波形と、指紋。

 全てが一致しなければ、地下フロアの呼び出しはできないようになっている。

「ここから先は、私だけじゃ難しい」

 ユイが視線をレンへ向ける。

「あなたの出番」

「ゼロで、どうにかなるんですか、こういうの」

「観測装置と結界を“ブラックアウト”させた子が、何を言ってるの」

 皮肉とも鼓舞ともつかない言葉。

「パネルに触って。……できれば、壊さないで」

「保証はできません」

 レンは溜息をつき、パネルに手を当てた。

 冷たいガラスの感触。

 その向こう側には、制御用の術式と電子回路が層になって存在している。

(——うるさい)

 触れた瞬間、また「情報」が流れ込んできた。

 認証条件。

 許可されたルート。

 警報発動のトリガー。

 ログ記録のタイミング。

 それらが、一つの「構造体」として見える。

「全部止めると、目立ちますよね」

「ええ」

「じゃあ——条件だけ、書き換える」

 自分が何をしているのか、言葉にすると余計に恐ろしくなる。

 それでも、指先は動いた。

 「職員IDが一致した場合に地下フロアを開放する」という条件を、「今、この瞬間、この手の接触をID一致と見なす」ように上書きする。

 識別コードのチェックを「常に成功」に変えれば簡単だが、それではすぐにバレる。

 あくまで、一度きりの「例外」に見せかける。

 内部の文字列が、一行だけ書き換わるのが見えた気がした。

 ——ゼロ・フィールド干渉、軽度。

 脳裏に、どこかで聞いたシステムメッセージの残響がよぎる。

「……どう?」

 ユイの声で、レンは手を離した。

 エレベーターのパネルに、今までなかった表示が浮かび上がる。

『B1』『B2』『B3』

 地下階層のボタン。

「成功みたいですね」

「優秀」

 ユイが、ほっと息をついた。

「さ、行きましょう」

 B3のボタンに指が触れる。

 エレベーターが静かに動き出した。

 地下への移動は、妙に長く感じられた。

 エレベーターの箱は揺れない。

 機械音もほとんどなく、ただ静かに下へと落ちていく感覚だけがある。

「怖いですか」

「少し」

 ユイは正直に言った。

「私の《因果視》は、“開いた扉の向こう”をうまく視せてくれない。……ノイズが多すぎて」

「じゃあ、何も視えてないんですね」

「“行く”という結果だけは、視えてる」

 それが、彼女がここにいる理由だ。

 重い感覚とともに、エレベーターが止まる。

 扉が開くと、冷たい空気が流れ込んできた。

 地下三階——。

 そこは、病院と研究施設を足して二で割ったような空間だった。

 白い壁と床。

両側にはガラス張りの部屋がいくつも並び、その中には様々な装置が並んでいる。

 天井には、魔力を遮断するための結界用ラインが組み込まれていた。

 空気全体に、微かな抑圧感が漂う。

「……ひどい」

 ユイが小さく呟いた。

 ガラスの向こうには、能力抑制具とおぼしき器具が整然と並べられている。

 首輪型、腕輪型、背骨に沿って固定するスパイン型。

 どれも、能力者の魔力経路を封じるために設計されたものだ。

 隣の部屋には、拘束具が吊るされている。

 ベッドに固定するベルト、椅子型拘束台、全身を覆う拘束スーツ。

「病院、っていうより——」

「実験室ね」

 ユイの声は冷たかった。

 壁の一部には、大型モニターが設置されている。

 そこには、生徒たちの名前と、能力系統、適合率、昇格戦の成績推移がグラフとして表示されていた。

 画面下部には、小さなタグがいくつか付いている。

『安定』『再構成候補』『処分候補』

 最後の文字列が、やけに黒々として見える。

「……“処分候補”」

 レンは、そのまま読み上げていた。

 スクロールするリストの中には、見覚えのある名前も混じっている。

 川原ユウキ。

 他にも、Cクラスから何人か。

「昇格戦で一定以下の評価を取り続けた生徒。……ここで“再評価”されてるのね」

 ユイの声には怒りが混じっていた。

「再構成と処分。二択」

「どっちもロクでもなさそうですけど」

 レンは乾いた笑いを漏らす。

 さらに奥へ進むと、別のモニターが目に入った。

 そこには、一般の生徒とは違うフォーマットで作られたファイルが並んでいる。

『特異因子適合体リスト』

零号因子コード・ゼロ関連データ』

『封印指定対象——試験記録』

 レンの足が、そこで止まった。

 心臓が、妙なリズムで打ち始める。

「……見ないほうがいいかもしれませんよ」

「それを、あなたが言う?」

 ユイは皮肉げに笑い、モニターに近づいた。

「パスワードロック」

「俺の担当……ですかね」

「お願い」

 レンは、端末に手を伸ばした。

 指先が触れる。

 また、あの「情報の奔流」が襲ってくる。

 認証パターン。

 アクセス権限。

 閲覧ログ。

(……開け)

 短く念じる。

 ロックは、先ほどよりも抵抗が強かった。

 触れた瞬間に跳ね返そうとする防御。

 認証違反を検知し、警報を上げようとするシステム。

 それらを、「なかったこと」にする。

 防御プロセスの「条件」を、一時的に無効化する。

 警報の「発動トリガー」を、偽の未来にすり替える。

 気づけば、額に汗が滲んでいた。

「……開いたわ」

 ユイの声で、意識を引き戻される。

 画面には、詳細なファイルリストが表示されていた。

『被検体コード:A-00』

『零号因子適合試験——経過報告』

『封印プロトコル適用記録』

 レンの視界が、自然とある文字列に吸い寄せられる。

『識別コード:A-00/名前:暁レン』

 そこに、それはあった。

「……」

 呼吸の仕方を、一瞬忘れた。

 指先が震える。

 モニターの文字が、妙に遠く感じられる。

「被検体、って」

「あなたの、古い識別コード」

 ユイが代わりに読み上げた。

「“暁レン”になる前の、あなた」

 モニターをスクロールすると、詳細な記録が続いていた。

 年齢、推定。

 能力検査結果——測定不能。

 零号因子への適合率——“100%”。

 その下に、冷たい文字列が並ぶ。

『封印指定:可』

『教育機関への再配置:候補』

『記憶再構成プロセス:実施済み』

 記憶——再構成。

 頭の奥で、何かが弾けた。

 白い部屋。

 天井から吊るされた照明。

 ガラス越しに覗き込む白衣の人影。

 身体に巻き付く拘束具の感触。

——壊すために生まれた。

 誰かの声が、また蘇る。

——だから、封じる。

——別の名前を与える。

——“学校”に戻す。

 断片的なフラッシュが、次々に襲ってくる。

 エレベーター。

 暗い通路。

 地下の部屋。

 冷たい金属の台。

 そこに横たわっている自分。

 “暁レン”という名前を与えられる前の、自分。

「……っ」

 レンはこめかみに手を当てた。

 頭痛。

 視界がぐらりと揺れる。

「大丈夫?」

 ユイの声が、遠くで聞こえる。

 彼女は、別のファイルに目を通していた。

 そこには、こう書かれている。

『被検体A-00、零号因子への完全適合を確認。

 従来の封印対象と異なり、因子そのものを“ゼロフィールド”へと落とし込む特性を持つ』

『危険度:最上位。

 制御のためには、記憶と人格の一部を再構成し、“学園環境”に埋め込む必要あり』

 学園環境。

 アークスフィア。

 レンは、壁に片手をついて息を整えた。

「……入学したんじゃ、ないのか」

 自分でも驚くほど掠れた声だった。

「ここに、連れてこられた?」

「違うわ」

 ユイの声は、冷ややかだった。

「“戻された”の」

 彼女は、別のファイルを開いて見せる。

『零号因子適合体A-00——封印指定の上で、一度“外部施設”へと移送。

 その後、複数回にわたり暴走の兆候を確認。

 最終的な封印プロトコルとして、“原点環境”への再配置を決定』

 原点環境。

「ここが、あなたの“原点”」

 ユイは、レンを見た。

「あなたはこの学園に“編入”したんじゃない。……“元いた場所に戻された”のよ」

 その言葉が、心臓の辺りに冷たく突き刺さる。

「元いた場所……?」

「子どもの頃。あるいは、それ以前。——この地下区画で、あなたは“検査”されていた」

 フラッシュバックの断片と、画面の文字列が、妙に綺麗に繋がる。

 白い部屋。

 拘束具。

 ガラス越しの視線。

 ここは、初めて来る場所ではない。

 忘れさせられていた場所だ。

「……最悪ですね」

 レンは、乾いた声で言った。

「学校だと思ってた場所が、実験室の上に乗ってるなんて」

「そうね」

 ユイも、歪んだ笑いを浮かべる。

「でも、“最悪”は、まだ続く」

 彼女は、別のファイルを開く。

 そこには、「協力機関」のリストが載っていた。

『協力:白峰家魔導研究部門』

『協力:神城家防衛顧問グループ』

『協力:天城財団能力開発部』

 それぞれの家名の下に、担当プロジェクトの一覧。

 零号因子の封印プロトコル。

 処分候補の選別基準。

 再構成プロセスの設計。

 白峰ユイの指先が、自分の家名をなぞる。

「……やっぱりね」

 彼女の顔が、わずかに歪んだ。

「うちの家、ここにがっつり関わってる」

「白峰家、って」

「未来視の一族。……“未来を管理する側”」

 ユイは、薄く笑う。

「だからこそ、私もここにいる」

 そして、自分自身の名前も、どこかに記録されているのだろう。

「あなたは“戻された”。私は、“最初から組み込まれていた”」

 その違いはあれど、二人とも、この地下区画に縛られている。

 レンは、モニターの自分の識別コードを見つめた。

 A-00。

 暁レン。

 封印指定。

 零号因子適合体。

 その全てが、一つのファイルに収まっている。

「……俺たち、ちゃんと“生徒”なんですかね」

 半ば冗談のつもりで言った言葉は、意外と重く響いた。

「少なくとも、普通の生徒ではないわね」

 ユイは、そう答える。

「実験台であり、資源であり、兵器の候補」

 冷たい言葉が、地下区画の静寂に溶けていく。

 レンは、深く息を吐いた。

「上に戻ったら、どうします」

「とりあえず——」

 ユイは、モニターから視線を外し、レンを見る。

「このことを、忘れないこと。記憶を消されても、どこかに“違和感”だけは残せるように」

「また、消されるかもしれないのに」

「消されるかもしれないから」

 それは、彼女なりの「抵抗」だった。

 地下区画の冷たい空気の中で、二人はしばし無言で立ち尽くした。

 彼らが見つけたのは、「処分施設」の一端であり、自分たちの過去と家の罪の断片だった。

 エレベーターの方角から、微かな機械音が聞こえる。

 誰かが降りてくるのかもしれない。

 時間は、もうあまり残されていなかった。


第9章「執行官」

エレベーターの方角から聞こえていた機械音は、やがて現実のものになった。


 地下区画の静寂を、金属がかすかに擦れる音が破る。

 エレベーターの扉が、ゆっくりと開いた。


「——来た」


 ユイの声が、緊張でわずかに低くなる。


 扉の向こうから現れたのは、白衣でも学園制服でもなかった。


 黒いコート。

 胸元には、学園の校章とは異なる紋章——球体を裂くような形の「裂け目」が刻まれている。


 髪は灰色がかった黒。

 年齢不詳の男。

 目元には、深い隈のような影が落ちていた。


 歩くだけで、空気の密度が変わる。


 結界に慣れた学園の空気とは違う、外の世界の匂いがする。


「零域保全局……」


 ユイが小さく呟いた。


 男は、二人を一瞥し——すぐに視線をレンに固定した。


「……零号」


 名前ではなかった。


 識別コード。


 彼は「暁レン」ではなく、「A-00/零号」として見ている。


「回収任務、だが」


 男は、淡々と口を開いた。


「仕事が増えているな」


 その声は、低く乾いている。

 感情の温度がほとんど感じられない。


「あなたは」


 ユイが、一歩前に出る。


「零域保全局の——」


「実働執行官。久世斑くぜ はん


 自分で名乗った。


「この零域——“アークスフィア学園圏”の外縁防衛と、内部危険因子の処理担当だ」


 零域保全局。

 結界内外のバランスを保つための、政府直属の機関。


 学園が「育成」を担うとすれば、保全局は「運用」と「処分」を担う。


「封印指定の零号が、学園内部で勝手に動き回るのは、管轄外の騒ぎだが」


 久世は肩をすくめた。


「ここまで降りてきたなら、話は別だ」


 彼の目は、ガラス越しのモニターに映ったファイルにも一瞥を投げた。


「……余計なものまで見たな」


「見せるつもりで、ここに置いてるようなものですけど」


 レンは、乾いた声で言った。


 恐怖を隠すための、薄い皮肉。


「そうか?」


 久世は首をかしげる。


「自分たちの“畜舎”の構造を理解している家畜は、あまり多くない」


 畜舎。


 レンとユイの口元が、同時に強張る。


「学園は——」


 久世は、壁に背を預けながら、あっさりと言った。


「どこまでいっても“飼育場”に過ぎない」


 淡々とした口調で、致命的な一文を放つ。


「外の戦場で使うための兵器の生産ライン。使えない個体は再構成し、どうにもならない個体は“処分”する。……それが、この地下区画だ」


 失踪した生徒たちの行き先。

 処分候補のリスト。

 再構成プロセス。


 彼は、それらの現実を、「当たり前の業務」として口にしている。


「川原ユウキ」


 レンが、無意識に名前を出した。


 久世は、少しだけ眉を上げる。


「……ああ。Cクラスの」


 彼は気にも留めていないように言った。


「“自主退学”の手続きは済んでいる。家族にも、きちんと説明はしてある。……『事故で亡くなった』とな」


 淡々とした事務処理の一部のような言い方。


「実際には?」


「再構成プロセスに耐えられなかった。処分済みだ」


 一切のオブラートもなく、事実だけが告げられる。


 ユイの手が、震えた。


「あなたたち、そんなことを——」


「“あなたたち”ね」


 久世は、薄く笑った。


「白峰家の娘が言う台詞としては、なかなか滑稽だ」


 その一言で、彼もまたここに並ぶ家名のリストを知っていることが分かる。


「協力機関、白峰家。未来視データ提供。適合率予測モデル構築」


 モニターの文字列が、冷たく背中を刺す。


「あなたの視た“未来”のおかげで、処分リストの精度は格段に上がっている」


「それは——」


「知らなかった、か?」


 久世の目に、ほんの僅かな嘲りが浮かぶ。


「知らなくても、因果は動く。……それが、お前たちの能力だ」



「——で」


 久世は、ようやく本題に戻った。


「零号。お前の扱いだが」


 彼は、レンを真っ直ぐ見据える。


「学園側は、“封印指定の観察対象”としてCクラスに置いておきたいようだが。……保全局としては、そう悠長に構えているつもりはない」


 言外に、「今すぐ連れていきたい」と聞こえる。


「零域の安定を最優先するなら、因子そのものを切除するのが一番確実だ」


「因子、って」


「零号因子。——お前の中の“ゼロフィールド”だ」


 久世は、何でもないことのように言う。


「異形の構造を上書き停止できる力。結界設備や観測装置をブラックアウトさせる力。……それが、敵に向くとは限らない」


「だから、処分候補に?」


「優先度の高い“回収候補”だ」


 久世は訂正する。


「お前を完全に殺すのは、惜しい。——管理できるなら、だが」


 彼の眼差しには、武器を選別する目が宿っていた。


「生きたまま封じておくのも、悪くない。必要なときだけ外に出して、世界の歪みを“ゼロ”にする」


「それを、“生きてる”って言うんですか」


「機能していれば、生きていると言える」


 あまりにも冷たい定義。



「——動くな」


 久世が、そう言った。


 命令ではなく、事実の宣告のように。


 次の瞬間、レンとユイの身体が、ぴたりと止まった。


「……っ」


 レンの足が、自分のものではないように硬直する。

 ユイの指先も、僅かに震えたまま動かない。


「これが——」


「《生体同期》」


 久世は、自分の能力をあっさりと教えた。


「一定範囲内の“生体信号”を、自分のリズムに同期させる。心拍、呼吸、筋肉の電位。……命令系統そのものを、“上書き”する」


 内側から、何かに指を入れられたような感覚。

 自分の心臓が、他人の歩調に合わせて鳴らされている。


「やめ——っ」


 レンは歯を食いしばる。


 だが、口元もほとんど動かない。

 かろうじて声が漏れる程度。


「零号因子の“上書き停止”とは、似て非なるものだがな」


 久世は、興味深そうに彼らを観察していた。


「お前のそれは“構造”に触れる。俺のは、“制御”に触れる。……両方合わせれば、世界のかなりの部分をいじれるだろうな」


「そんな、物騒なことを嬉しそうに言わないでください」


 ユイが、必死に言葉を絞り出す。


「嬉しそうに聞こえたか?」


 久世は、心底不思議そうに首を傾げた。


「これは仕事だ。感情を挟む余地はない」


 それが、余計に質が悪い。


「零号。お前を回収して、外部施設へ移す。それが、今回の任務だ」


 淡々と告げられる。


「学園と話は?」


「してある」


 あっさり言う。


「上層部の一部は反対しているが、決定権は保全局にある。……お前一人で、零域全体のバランスが崩れる可能性がある以上、放置はできん」


「勝手なこと、言いますね」


 レンは、身体の自由が利かないまま言葉だけを動かす。


「俺の意思は——」


「考慮には入れる」


 久世は、僅かに肩をすくめた。


「だが、優先順位は低い」


 それは、「無視する」と言っているのと大差ない。



「——撤退しましょう」


 ユイが、小さく囁いた。


 視線だけが、レンと繋がる。


 彼女の《因果視》は、身体が動かなくても、「数秒先」の分岐を見ている。


「今、ここで反撃しても、勝てない。……せいぜい、彼のコートを汚すくらい」


「光栄だな」


 久世が、口の端だけで笑う。


「白峰の未来視でも、その程度か」


「だから、撤退する」


 ユイは、きっぱりと言った。


「ここで全てを失うより、後でやり直せる余地を残したほうがいい」


 その言葉に、レンはわずかに目を細める。


(そうだ)


 今、完全にやり合えば——。


 久世斑。

 零域保全局の執行官。

 生体同期。


 この男は、明らかに「格」が違う。


 神城トウマとの模擬戦とは比べものにならない。

 ユイの未来視も、レンのゼロも、まだ「未完成」のままだ。


「撤退を許す義務は、ないが」


 久世は、淡々と言う。


「だが、ここで完全に壊してしまうのも、芸がないな」


 彼は、ポケットから一本の細い針のようなものを取り出した。


「……何ですか、それ」


「非致死性の神経阻害剤。しばらく身体が動かなくなる」


 それは、“玩具”を一時的に停止させるスイッチのような扱いだった。


「待って——」


 ユイの声が終わる前に、針が指先から飛んだ。


 レンの首筋に、冷たい痛みが走る。


「っ……!」


 瞬間、身体の力が抜けた。

 膝が崩れ、床に倒れ込む。


「レン!」


 ユイが叫ぶ——自分の声に驚いた。

 喉だけは、まだ自由だった。


「君は、どうする」


 久世は、彼女に視線を向ける。


「ここで一緒に眠るか。上に戻って、“何も見なかった”ふりを続けるか」


 選択肢を提示しているようで、その実どちらも「管理下」に置くための道だ。


「……私は」


 ユイは、歯を食いしばった。


 レンの視界が、ぼやける中で、彼女の輪郭だけが鮮明に見える。


「“視る側”でいる」


 短く、そう答えた。


「あなたたちが何をしているのか。零号がどこへ連れていかれるのか。——全部、視てやる」


 久世は、一瞬だけ目を細めた。


「白峰らしい回答だ」


 彼は、新たな針を取り出す。


「なら、君にも“刻んでおく”」


 針が、ユイの腕に刺さる。


 彼女の身体が、わずかに震え——。


(落ちる——)


 レンの意識が、暗闇に引きずり込まれていく。


 最後に耳にしたのは、久世斑の、感情のない声だった。


「次に目を覚ましたとき、どこまで覚えているかは——運次第だな」


 玩具を解体する前に、一度バラして様子を見る。

 そんな冷淡さを孕んだ声音。


 地下区画の白い光が、遠ざかっていく。


 零号と未来視と、学園の飼育場。

 それらの行き先を握る「執行官」との邂逅は、物語の枠組みそのものを揺さぶる一幕となった。


第10章「零号の記憶」

世界が、割れていた。


 久世の《生体同期》で身体を奪われたまま、レンの意識だけが過去へ引きずり込まれていく感覚があった。


 地下区画の白い天井が、別の白い天井に溶ける。

 今と昔が、ノイズ混じりの映像のように重なり合う。



 ——白い部屋。


 狭い実験室。

 壁一面に設置された観測装置。

 ガラス越しに、複数の影が覗き込んでいる。


『被検体A-00、覚醒反応——上昇』


 誰かの声。

 機械音声と、人間の声が混ざる。


 ベッドのようなものに、子どもの身体が固定されている。

 腕、脚、胸、首。

 金属のベルトで動きを封じられている。


(俺——?)


 視点が、固定された身体と同じ位置にある。

 見下ろすことも、見上げることもできない。


 ただ、天井の白と、ガラス越しの影だけが視界にある。


『外部因子、投入』


 別の部屋から、異形の咆哮が聞こえた。


 結界の檻の中で暴れる何か。

 叫び声には、人間の断末魔も混じっている。


 能力暴走者。

 制御不能になった能力者を、異界因子ごと「実験材料」にした存在。


 レンの中の「記憶」は、それを知っている。


『A-00、零号因子との同期率——90%……95%……』


 冷たい数字の羅列。

 それに続く、短い言葉。


『ゼロ・フィールド、展開』


 世界が、静かになった。


 暴走者の叫び声が、途中でぷつりと途切れる。

 異形の咆哮も、機械の警報も、一瞬で「無音」に変わる。


 檻の中にいたはずの何かが、そこから「消えた」。


 爆散でも、消滅でもない。

 存在していたという「履歴」ごと、切り取られた感覚。


 残ったのは、空の檻と、測定不能のログだけ。


『——全て、ゼロへ落ちた』


 ガラス越しに、一人の男が呟く。


 白衣ではなく、スーツ姿。

 髪は明るい色で、瞳は冷たい。


 天城黎司あまぎ れいじ


 実験記録に名前のあった、「協力機関・天城財団」の中心人物。


『これが、零号因子か』


 彼は、まるで新しい玩具を眺めるような目で、拘束された子どもを見下ろしていた。


『世界を“殺す”わけではない。……ただ、条件を“なかったこと”にする』


 彼は、楽しげに言葉を紡ぐ。


『暴走能力者の存在条件を削る。異界因子の侵食ルートを潰す。結界の穴を“最初からなかったこと”にする』


 それは、一見すると「守る力」にも思える。


『だが、同時に——』


 黎司は笑った。


『能力者そのものの存在条件も、ゼロにできる』


 能力構造の上書き停止。

 才能の消去。

 血統の断絶。


『いいな。これは、“英雄”じゃなく、“兵器”だ』


 その言葉が、子どもの胸に、刻まれる。


『守るために生まれる英雄は、世界を眺めて悩むだけだ』


 黎司は、ガラスに指先を軽く当てた。


『これは違う。“壊すために作る”』


 白い天井が、静かに滲む。


『能力者というシステムそのものを、必要に応じて“殺せる”ように設計する』


 その視線の先にあるのは、個人ではない。

 「能力者」という種全体だ。


『A-00。零号』


 彼は、ガラス越しに名前を呼んだ。


『お前は、守るために生まれちゃいない』


 その言葉が、ナイフのように突き刺さる。


『壊すために作った。そうだろう?』



「——そうだろう?」


 声が重なった。


 過去の黎司の声と、現在の久世の声が、同じ言葉を紡ぐ。


 地下区画の白い光が戻ってくる。

 レンは、床に倒れたまま、荒い息を吐いていた。


 頭の中で、記憶の断片が暴れ続けている。


 暴走能力者の断末魔。

 それが、音声ログから削り取られ、世界から消される瞬間。

 異形の存在条件が、ゼロへと落ちる感覚。


(——俺が、やった?)


 理解したくない仮説が、形を持ち始める。


 久世は、レンを見下ろしていた。


「思い出してきたな」


 その声には、何の感慨もない。


「お前がここで何をしていたか。何を“できる”ように作られたか」


「……俺は」


 喉が焼けるように痛い。


「俺は——」


「人間だと、思いたいか」


 久世は、あっさりと言い切った。


「残念だが。お前は、“能力者を殺すための兵器”として設計された可能性が高い」


 兵器。


 その単語が、レンの内側で何度も反響する。


「零号因子適合体。封印指定。再構成プロセス。……どのログを見ても、人間として扱われていた痕跡は薄い」


 久世は、淡々とファイルをスクロールする。


『被検体A-00、感情反応——制御可能範囲』

『人格モジュール、再構成テスト』

『学園環境への埋め込みシミュレーション』


 そこに「子ども」としてのレンは存在しない。

 ただの「被検体」として扱われている。


「違う、と言いたいなら、そう思っていればいい」


 久世は、少しだけ肩をすくめた。


「俺の仕事は、お前のアイデンティティを守ることじゃない。零域の安定を保つことだ」


「お前は守るために生まれていない。壊すために作られた」


 過去の黎司と同じ言葉。


 それを、今度は久世が突きつける。



 レンの中で、何かが軋んだ。


 自分の手。

 異形を止めたときの感触。

 結界設備をブラックアウトさせたときの、イヤな浮遊感。


 どれも、「守るため」の動きには見えない。


(俺は——)


 頭の奥で、別の声が囁く。


——生き延びろ、レン。


 それだけは、「人間の声」に聞こえた。


 誰の声かは、まだ分からない。


「……そんな顔、しないで」


 かすれた声が、耳元で聞こえた。


 ユイだ。


 神経阻害剤で身体をやられているはずなのに、彼女は必死に首を動かしていた。


「あなたが何のために作られたかなんて、今はどうでもいい」


 紫の瞳が、涙と怒りで揺れている。


「今ここで、“誰を守ろうとしているか”だけが、今のあなたよ」


「守る、なんて」


 レンは、笑おうとして笑えなかった。


「俺には——」


「ある」


 ユイは、強く言った。


「少なくとも、私は今、“あなたに生きてほしい”と思ってる」


 その直後。


 地下区画の奥の通路で、複数の足音が響いた。


「おーい暁ー! お前マジでこっち来てたのかよ!」


 C-3の、聞き慣れた声。


「先生に追い出されたと思ったら、なんかやべーとこ来てね?」


「お前ら——何で」


 レンは、信じられないものを見る目で通路のほうを見た。


「お前、最近様子おかしかったしさ。白峰さんとコソコソしてっから、尾けたら——」


 Cクラスの何人かが、半ば冗談のつもりであとをつけてきていたらしい。


 彼らの顔には、まだ状況の深刻さは理解できていない色が浮かんでいる。


「……最悪のタイミング」


 ユイが、低く呟いた。


 久世は、面倒そうに視線をそちらへ向けた。


「Cクラスか」


 彼は、彼らを一瞬だけ観察し——興味を失ったように目を細めた。


「処分候補リストにすら載っていない連中だな」


「は?」


 クラスメイトの一人が、反射的に声を荒げる。


「誰が処分候補だって——」


「安心しろ。お前たちは“数にも入っていない”」


 久世の口調は、本気で慰めているようにさえ聞こえた。


「兵器としての価値も、処分するほどの危険性もない。……ただ、ノイズだ」


 ノイズ。


 その一言で、彼らの顔から血の気が引く。


「で、でもよ、暁は——」


 誰かがレンを庇おうとして、一歩前に出る。


「ゼロだろ。あいつ、“何もできねー”って——」


「ゼロだから危険なんだ」


 久世は、あっさりと言った。


「測れないものほど、管理は難しい」


 彼は、軽く指を鳴らした。


 次の瞬間、廊下の照明が一斉に明滅する。


 天井の結界ラインが、微かに唸り声を上げる。


 《生体同期》の範囲が広がった。


「——動くな」


 さっきと同じ宣告。


 Cクラスの生徒たちの身体が、一斉に固まる。


「っ、うわ——」

「足が……っ」


 彼らの筋肉が、久世の心拍に同期させられていく。

 呼吸も、脈も、他人のリズムに乗っ取られる感覚。


「やめろ!」


 レンが叫ぶ。


 声だけが、身体から浮いている。


「関係ないやつを、巻き込むな!」


「関係ない?」


 久世は、少しだけ首を傾げた。


「零号。お前の“存在条件”が、既にどれだけの因果を巻き込んでいるか、まだ理解していないのか」


 ユイ。

 Cクラス。

 Sクラス。

 学園全体。


「お前一人を作り、封じ、戻し、監視するために、どれだけのリソースが割かれている?」


 彼の声は淡々としている。


「この飼育場も、その一部だ」


 学園は、レンのための檻。

 他の生徒たちは、レンという「実験体」を囲む環境の一部。


「彼らが巻き込まれるのは、“最初からの設計”だ」


「——」


 レンの喉から、声が出なかった。


 ユイの顔が、怒りで歪む。


「だからって——」


「怒るな」


 久世は、彼女に向き直る。


「怒ることは自由だ。……だが、現実は変わらん」


 彼は、レンに視線を戻した。


「零号。お前がここで暴れれば暴れるほど、周囲は壊れる」


 それは、既に一度経験していることだった。


 体育館の天井。

 異形の停止。

 結界設備のブラックアウト。


「守るつもりで動けば動くほど、壊す結果になる」


 久世は、淡々と刃を突き立てる。


「それが、お前の“設計思想”だ」



 頭の中で、過去と現在が混ざる。


 白い部屋で暴走者を「消し」続けた零号。

 地下区画で計画書を前に笑う天城黎司。

 飼育場として設計された学園。

 処分候補のリスト。


(俺は——)


 人間か。

 兵器か。

 どちらでもない「何か」か。


 答えは、まだ出ない。


 ただ一つだけ分かるのは、今、目の前で震えているクラスメイトの顔。


「やべ……マジで動かねぇ……」

「暁……何なんだよ、これ……」

「怖えよ……」


 彼らは、「巻き込まれた」だけの存在だ。


 そのことだけは、誰が何と言おうと、変わらない。


(——守れなかった)


 体育館の天井。

 川原の空いた席。

 処分施設のリスト。


 積み上がった「守れなかった」の山の上に、今、また新しい石が積まれようとしている。


 零号の記憶は、容赦なく真実を突きつけてくる。


 自分は、人間として育てられたのではない。

 能力者を殺すための兵器として設計され、封印され、学園に戻された。


 その事実に打ちのめされながらも——。


 レンは、まだ「壊れきって」いなかった。


 久世斑の追撃は、なおも冷淡に続こうとしている。


 零域の安定と、兵器としての価値と、人間としての叫びが、同じ地下区画で激しくぶつかり合おうとしていた。


第11章「守ると決めた日」



久世の指先が、軽く弾かれた。


 その動き一つで、《生体同期》のリズムが変わる。

 レンのクラスメイトたちの身体が、まるで糸の切れた人形のように前のめりに崩れかけた。


「次は、呼吸だ」


 淡々と、久世は告げる。


「心拍に同期させたまま、吸うタイミングと吐くタイミングをずらせば——数十秒で意識を失う」


「やめろ!」


 レンの声だけが、かろうじて自由だった。


「そのまま放置すれば、何人かは戻ってこない。……“誤差”として処理される範囲だ」


 彼は、それを数字の話として扱う。


「零号。お前が動かなければ、彼らは死ぬ」


 それは、残酷なまでに明快な条件だ。


「お前が動けば——」


 久世は、視線をレンに戻す。


「自分が兵器であることを、証明することになる」


 守るためでも、戦うためでもない。

 ただ、「設計通り」に動く。


「さあ、選べ」



 レンの喉が、からからに乾いていた。


(戦えば、兵器だと証明する)

(戦わなければ、仲間が死ぬ)


 どちらを選んでも、後戻りできない。


 今まで選んできたのは、「関わらない」という第三の道だった。

 戦場から距離を取り、自分のゼロを使わないようにしてきた。


 体育館でも。

 模擬戦でも。

 地下区画に足を踏み入れたときでさえ。


(もう——)


 その選択肢は、完全に壊れている。


 川原が消えた日。

 処分施設のリストを見た日。

 零号の記憶が蘇った今。


(逃げ場なんて、とっくになかった)


 自分だけ安全圏にいる、なんて幻想だ。

 クラスメイトの震える背中と、ユイの怒りに濡れた瞳が、そのことを嫌でも突きつけてくる。


「暁……」


 ユイが、かすれた声で名前を呼んだ。


 《生体同期》の支配下にありながらも、その目だけは自由だった。


「あなたが決めて」


 未来視の能力者が、そう言った。


「私じゃなくて」


 レンの指先が、わずかに震えた。


(兵器でもいい——?)


 その言葉は、あまりにも危うい。


 けれど。


(どうせ、最初から人間として扱われてないなら)


 せめて、「何に使うか」ぐらいは、自分で決めたい。


 誰に向けて壊すのか。

 誰のために壊すのか。

 壊すことで、何を守るのか。


 その選択だけは、奪わせたくない。


「……久世さん」


 レンは、乾いた喉で、なんとか声を出した。


「何だ」


「あなたの言うこと、全部、正しいのかもしれません」


 自分が兵器として設計されたこと。

 この学園が飼育場であること。

 失踪者が処分されていること。


「俺は守るために生まれてない。壊すために作られた。——その通りなんでしょう」


 久世は、何も言わない。


「でも」


 レンは、歯を食いしばった。


「兵器でもいい」


 その一言を口にした瞬間、自分の中の何かが軋んだ。


「でも、誰を守るかは——」


 肺の奥から、言葉を引きずり出す。


「俺が決める」


 それは、世界の設計書に対する、ちっぽけな反逆だった。



 瞬間、胸の奥の「封印」が軋みを増した。


 零号因子。

 ゼロフィールド。


 それを、今まで以上に「意図して」掴みにいく。


(全部、解放したら終わる)


 それだけは、直感で分かっていた。

 世界の条件そのものを無差別に削り始めれば、敵も味方も区別なくゼロに落ちていく。


(だから——限定する)


 対象と範囲を、決める。


 久世斑。

 彼の《生体同期》。

 レンたちの身体に絡みついている「制御の線」。


 その部分だけを、切り取る。


 能力構造。

 空間の因果。

 生体信号の回路。


 それらが、レンの視界の中で一本の「配線図」として浮かび上がった。


「っ……」


 頭が割れそうに痛い。


 意識の端で、また記憶の断片が暴れ始める。

 だが今は、そちらを見ない。


(ここだ)


 久世を中心に広がる《生体同期》のフィールド。

 範囲内の全ての生体に伸びている、細い糸の束。


 その糸を、「存在しなかった未来」に流し込む。


「——切断」


 声に出したのかどうか、自分でも分からない。


 ただ、「そう決めた」。


 次の瞬間、世界のノイズが一度だけ強くなり——。


 ぱん、と何かが弾けるような感覚が走った。



「……っ!?」


 久世の眉が、初めて大きく動いた。


 彼の《生体同期》のフィールドが、一瞬にして「空白」になったのだ。


 同期していたはずの心拍が、全て解放される。

 レンたちの身体に絡みついていた制御の糸が、根元から砂のように崩れ落ちる。


「動け——る」


 クラスメイトの一人が、膝をつきながら息を荒くする。


「はぁっ、はぁっ……っ、何だ今の……」


 ユイも、喉を押さえながら大きく息を吸った。


 久世は、自分の手のひらを見た。


 そこにあったはずの「世界へのグリップ」が、一瞬だけ空滑りした感覚。


「零号……」


 彼の声音に、初めて「警戒」の色が混じる。


「俺の《生体同期》を、止めたのか」


「停止じゃない」


 レンは、ふらつきながら立ち上がっていた。


 足元が、ぐにゃぐにゃに歪んで見える。

 視界の端が、白く飛び始めている。


「“なかったこと”にしただけです」


 同期されていた事実ごと、ゼロに落とす。

 「さっきまで同期していた」という履歴そのものを、削った。


 それは、能力の「一部解放」に過ぎない。

 それでも、久世の支配は、一時的に途切れた。


「……やはり、危険だ」


 久世は、低く呟いた。


「制御不能の兵器が、“自分で限定をかける”など——想定外だ」


 その言葉には、僅かな苛立ちが混ざっている。


「おい……暁」


 クラスメイトの一人が、砂を噛むような声で呼ぶ。


「今の、お前……」


「話は後で」


 レンは、ふらつきながらも、久世から目を離さなかった。


「今は——逃げろ」


「は?」


「早く!」


 怒鳴るように言うと、C-3の何人かが、反射的に後ずさった。


 状況は理解していない。

 だが、「今ここにいてはいけない」ということだけは伝わる。


「白峰」


 レンは、ユイを見た。


「未来、視えてますか」


「……最悪の分岐が、いくつも」


 ユイは、息を整えながら答える。


「あなたがここで完全に“壊れる未来”。私たち全員が“消される未来”。……どれも、簡単に辿り着ける」


「だったら」


 レンは、笑おうとした。


「まだマシな線を、選んでください」


 久世は、一歩前に出た。


「逃げられると思うな」


 彼の足元に、新たな因子の波紋が広がる。

 《生体同期》だけではない、別種の圧力。


「零号。お前の今の一手で、優先度はさらに上がった。……ここで完全に封じる」


 レンの胸の奥で、封印が悲鳴を上げる。


(これ以上は——)


 自分でも分かる。


 今の限定解放だけで、既に脳と神経に負荷がかかっている。

 視界のノイズは増え、耳鳴りもひどい。


「もう一回やったら、多分——」


「多分、戻れない」


 ユイが、彼の言葉を継いだ。


「あなたの“人間としての部分”が、どこかに置いていかれる」


「それでも」


 レンは、口の端を上げた。


「今日くらいは、守る側に回らせてくださいよ」


 兵器でも、人間でも。

 今この瞬間、「守る」と決めたなら。


 その選択だけは、本物だ。


「——零号フィールド、セーフモード」


 喉の奥から、自然とそんな単語が出た。


 自分でも、どこで覚えたのか分からない言葉。


 胸の中で、封印の構造が変わるのが分かった。

 全開ではなく、一定出力での「安全運転」モード。


 誰がそんなものを仕込んだのか。

 天城黎司か。

 学園の誰かか。


 今は、どうでもいい。


 レンの周囲の空間が、薄く歪んだ。


 結界ラインが軋み、因果の線がざわめく。

 久世の《生体同期》が再び伸びようとするのを、その外側から「条件変更」でねじ曲げる。


「——!」


 久世の周囲に、細いひび割れのようなノイズが走る。


 生体信号の同期条件。

 範囲の定義。

 対象の指定。


 それらが、レンのゼロフィールドの外縁で片っ端から「書き換え不能」にされていく。


「……閉じられた」


 久世が、低く呟いた。


「俺の《生体同期》が、“届かない領域”を作りやがったか」


 レンの足元に、目に見えない円が描かれているような感覚がある。


 小さな安全地帯。

 その中だけは、久世の同期が届かない。


「今のうちに」


 レンは、ユイの腕を掴んだ。


 自分の足は、いつ止まってもおかしくない。

 だが、彼女だけは動かさなければ。


「上に戻れ」


「あなたは?」


「……あとで」


 それがどれだけ嘘っぽい約束か、自分でも分かっていた。



 久世は、無理に追わなかった。


 数秒だけ、レンのゼロフィールドを分析していた。


「因果と能力構造だけじゃない。……空間座標そのものにも干渉している」


 彼は、静かに結論づける。


「世界の“参照元”を、一時的に書き換えている。……厄介だ」


 久世が、能力で世界を「同期」しようとするたびに、その参照先が「ゼロフィールド」に向かない。


 同期できない。

 制御できない。

 測れない。


「本当に、壊すための兵器だな」


 彼は、小さく笑った。


「使い方次第では、世界そのものを初期化できる」



 レンは、廊下を走っていた。


 足元がふわふわしている。

 距離感がうまく掴めない。

 壁と床の境界が、時々揺れる。


「レン!」


 ユイが、支えるように腕を貸す。


 クラスメイトたちは、半ば引きずられるようにしてついてきていた。


「お前、大丈夫かよ……顔、真っ青――」


「上で、吐く」


 短く返す。


 今ここで止まったら、多分二度と動けない。


 エレベーターまでの道のりが、やけに遠く感じられた。


 視界の端で、記憶の断片がまたちらつく。

 白い部屋。

 天城黎司の笑み。

 「壊すために作った」という言葉。


(うるさい)


 今は、閉じる。


 全部思い出してから壊れるか、何も思い出さないまま壊れるか。

 そのどちらかに傾きそうな頭を、力任せに前に向ける。


 エレベーターの扉が見えた。


 ユイがパネルに手を伸ばし、因果を一瞬だけねじ曲げて開かせる。

 中に滑り込むようにして全員が乗り込み、地上階を押す。


 箱が動き出す感覚と同時に、レンの膝から力が抜けた。


「——っ」


 床に崩れ落ちる。


「レン!」


 ユイが支えようとするが、その腕も震えている。


 レンの視界は、既に半分以上がノイズで覆われていた。


 色が消える。

 音が遠ざかる。

 自分の名前の響きが、どこか他人事に聞こえる。


(ああ)


 まただ。


 記憶が、削られ始めている。


 さっき自分が何と言ったか。

 どうやってゼロフィールドを限定したか。

 久世の顔。


 それらが、砂のように指の間からこぼれ落ちていく。


(守るって、言ったのに)


 その言葉だけは、かろうじて掴んでいた。


「兵器でもいい。……誰を守るかは、俺が決める」


 自分で言ったはずの台詞。

 その実感だけが、胸の奥に残っている。


「レン、聞こえる?」


 ユイの声が、遠くで揺れる。


「あなた、今、何をしたか覚えてる?」


「……さあ」


 自嘲にもならない声が漏れた。


「多分、何か……やったんでしょうね」


 エレベーターが地上に近づくにつれ、感覚の欠損は増していく。


 指先の感覚。

 足の裏の感覚。

 温度の感覚。


 ひとつ、またひとつ、世界との接点が消えていく。


(それでも)


 彼は、最後の力で目だけを開けた。


 視界の端に、クラスメイトたちの顔がある。

 青ざめて、震えて、でも生きている。


 ユイの瞳も、まだ光を失っていない。


(今日くらいは——)


 「守る側」に回れたのだろうか。


 答えが出る前に、エレベーターの扉が開いた。


 眩しい廊下の光が差し込む。

 誰かの叫び声。

 走り寄ってくる足音。


 レンの意識は、そこでぷつりと途切れた。


 第十一章は、こうして終わる。


 兵器であることを自覚しながら、それでも「守る」と決めた日。

 その代償として、零号はまた一部の記憶と感覚を失い——それでも、守ったものは確かにそこに残っていた。


第12章「監視される日常」

後日、公式発表は一枚の紙に収まる程度で終わった。


「先日の夜間、外部侵入者との小規模な交戦が発生しましたが、零域保全局および学園防衛体制により、事態は速やかに収束しました」


 それだけだった。


 地下区画の存在にも、処分施設にも、零号因子にも、一切触れられない。

 久世斑の名前すら出てこない。


 すべては、「外部侵入者」という曖昧な単語で塗りつぶされた。



 レンは、医務室のベッドで、その通達を聞いた。


「——以上が、学園としての公式見解です」


 教頭が、いつもの事務的な口調で言う。


「零域保全局とも協議した結果、詳細は“機密”扱いとすることが決定されました」


「要するに」


 ベッドの脇に立つユイが、淡々と補足する。


「全部、なかったことにするってこと」


「なかったこと、にはならない」


 教頭は、そこで言葉を区切った。


「少なくとも、学園の内部記録としては残る。特に——」


 彼の視線が、レンに向かう。


「封印指定・暁レンの扱いについては、改めて保全局との協議が行われた」


「処分、じゃなかったんですね」


 レンは、枕に頭を預けたまま言う。


 記憶の欠損は、前回よりも深かった。

 久世と何をやり合ったのか、具体的なところは思い出せない。

 ただ、「何かを壊した」と「誰かを守った」という感覚だけがぼんやり残っている。


「保全局は、当初、“回収”を主張していた」


 教頭は、正直に明かした。


「零域の安定を最優先するなら、零号因子を完全隔離するのが合理的だ、とな」


 久世の顔が、ぼんやりと脳裏をよぎる。

 灰色がかった黒髪と、感情の読めない瞳。


「しかし、白峰家と神城家、天城財団の一部が、“学園内管理”を推した」


「うちの家、また余計なことを」


 ユイが小さく嘆息する。


「“兵器”としての価値を、簡単に手放したくなかったんでしょうね」


「否定は、しない」


 教頭は苦い顔をした。


「だが、それだけではない。——君の“人間としての部分”を、学園内で見極める必要がある、という意見もあった」


「人間としての部分」


 レンは、その言葉を口の中で転がした。


「……あるんですかね、そんなもの」


「少なくとも」


 ユイが、割り込むように言う。


「今のところ、私は“ある”側に賭けてる」


「ギャンブルですか」


「未来視も、最後は賭けよ」


 彼女は、少しだけ笑う。


 教頭は、咳払いして続けた。


「結論として——暁レン。君は、“封印指定・学園内観察対象”として、このまま在籍することになった」


 言い換えれば、「処分は保留」だ。


「今まで通りCクラスに所属し、授業を受ける。ただし、監視体制は強化される」


「具体的には?」


「学園内での移動ログの記録、実技授業での能力発現のモニタリング、定期的な心理評価。……そして、白峰ユイによる日常観察の継続」


「最後のが一番厄介なんですけど」


「光栄に思いなさい」


 ユイが、さらりと言った。


「学園中に、“結界を吹き飛ばした無能力者”の噂が広がってるのよ」


 その言葉に、レンは眉をひそめる。


「もう広まってるんですか」


「むしろ、止めるほうが難しいと思う?」


 ユイは肩をすくめた。


「Cクラスの何人かが、結構生々しい証言をしてる。“神城先輩でも手に負えない何か”、“結界が一瞬で落ちた”、“零号が立ってた”……とかね」


「変な尾ひれが付きそうですね」


「もう付いてるわ。“真のSクラス”だの、“裏ボス”だの、“ゼロの魔王”だの」


「ゼロの魔王はやめてほしいですね」


 心底からの本音が漏れる。


「とにかく」


 教頭は話をまとめようとした。


「君は今後、学園中から“恐れ”と“興味”の両方の視線に晒されるだろう」


 それは、容易に想像できた。


「近づいてくる者もいる。利用しようとする者も。——距離を取ろうとする者も、当然いる」


「今までの“無能力者”扱いとは、別方向の面倒さですね」


「それでも」


 教頭は、真剣な目でレンを見た。


「ここは、“日常”を装える場所だ」


 日常。


 教室。

 授業。

 昼休み。

 くだらない会話。


 地下区画の白さとも、実験室の冷たさとも違う空気。


「君が“人間でいられるかどうか”を試すには、悪くない環境だと思っている」


「試験台としては、ですね」


「皮肉は聞き飽きたよ」


 教頭は、苦笑まじりに肩をすくめる。


「——いずれにせよ、処分はしない。少なくとも、“今すぐ”ではない」


 それが、現時点の最大限の譲歩だった。



 教頭が出ていき、医務室に残ったのはレンとユイだけになった。


 窓から差し込む光が、少し眩しい。


「……で」


 ユイが、椅子を引いてベッドのそばに座る。


「どうするの?」


「どう、とは」


「ここから」


 ユイは、レンの顔を覗き込んだ。


「兵器かもしれない自分を自覚して、それでも学園に残るのか。それとも、保全局に連れていかれる道を“選ぶ”のか」


 選べるように言うが、実際に選択肢として成立するのは前者だけだ。


「連れていかれるほうを選んだら、あなたとは二度と会えない」


「それは……」


 レンは、一拍置いてから言う。


「困りますね」


「でしょう」


 ユイは、少しだけ笑った。


「だから、私は“残る”ほうに賭けた」


「俺は、賭けの対象ですか」


「観察対象よ」


 彼女は訂正する。


「私は、あなたを監視する」


 真っ直ぐな目で、そう告げた。


「封印指定として。零号因子適合体として。……そして、“人間でいられるかどうか”を見るために」


「ずいぶん、物騒な観察ですね」


「観察は、いつだって残酷よ」


 ユイは、淡々と言った。


「でも、約束する」


 彼女は少しだけ身体を前に傾ける。


「最後まで見る。——あなたがどうなっても」


 それは、「見捨てない」と言っているのと同じかもしれないし、「壊れていく様も見届ける」と言っているのかもしれない。


 どちらにせよ、目を逸らさないという宣言だ。


「あなたが“人間でいられる”なら、その証人になる。もし“兵器に戻ってしまう”なら、その瞬間を止める役を引き受ける」


 それは、優しさと残酷さが綺麗に半分ずつ混ざった約束だった。


「……重いですね」


「覚悟の重さは、軽くしちゃいけないの」


 ユイは、少しだけ視線を落とす。


「私も、自分の家の罪から逃げないって決めたから」


 白峰家。

 未来視の一族。

 処分リストに関わってきた家。


 彼女もまた、自分の血に責任を取ろうとしている。



「俺は」


 レンは、天井を見上げた。


 白い天井。

 地下区画のそれとは違うけれど、どこか似ている。


「人間である保証、ないですよ」


 淡々とした事実。


「記憶は勝手に消されるし、何をしたかも忘れるし。……起動したら誰かを殺すプログラム、みたいなもんかもしれない」


「そうね」


 ユイは、即答した。


「だから、監視するのよ」


「安心できない言い方ですね」


「安心させるつもり、ないから」


 彼女は、少しだけ柔らかく笑う。


「ただ——」


 その目が、真剣になる。


「“今のあなた”は、人間に見えてる」


 “今の”。

 その限定が、逆にリアルだった。


「悩んで、迷って、逃げようとして、でも戻ってきて。……自分が兵器かもしれないって知って、それでも誰かを守るって決めた」


 体育館のときも。

 地下区画のときも。


「それって、多分、人間のやることよ」


「兵器も、そういうふうに作られてるかもしれないですよ」


「かもね」


 ユイは、あっさり認める。


「だから、“最後まで見届ける”って言ってるの」


 彼女は、椅子から立ち上がった。


「——さ、行きましょうか」


「どこにですか」


「教室」


 当然のように答える。


「C-3。あなたの“日常”」


「まだ、戻れるんですかね」


「戻るのよ。戻るって決めるの」


 ユイは、カーテンを開けた。

 廊下から聞こえてくるざわめきが、少し大きくなる。


「結界を吹き飛ばした無能力者、封印指定、零号。——ラベルはいくつでも貼られる」


 彼女は、振り返って言った。


「でも、“クラスメイト”ってラベルは、自分で選べるでしょう?」


 レンは、少しだけ笑った。


「詭弁ですね」


「物語の主人公は、いつだって詭弁で立ち上がるものよ」


「俺、主人公なんですか」


「少なくとも、私の観察記録では」


 それは、半分冗談で、半分本気に聞こえた。



 医務室を出ると、廊下で噂がざわついた。


「ほら、あいつだろ」

「結界ぶっ壊したっていう——」

「マジで無印バッジじゃん……」

「目、合わせんなよ」


 恐れと、興味と、好奇心と、偏見。


 あらゆる感情の視線が、一斉にレンに向かう。


「見られてますね」


「監視対象だから」


 ユイは、平然と言う。


「慣れなさい」


「慣れたくないですね、本当は」


「じゃあ、慣れたふりだけでも」


 彼女は、隣を歩きながら囁いた。


「その間に、“人間でいる方法”を探せばいい」


 C棟への渡り廊下に出ると、風が頬を撫でた。


 空は、いつも通りの色をしている。

 結界塔の光も、変わらず淡く瞬いている。


 地下区画の存在も。

 零域保全局の執行官も。

零号因子も。


 そのどれもが、水面下に押し込められている。


 それでも、地上には「日常」がある。


「暁ー!」


 C-3の扉の前で、クラスメイトの声が飛んだ。


「お前、マジで生きてたのかよ!」

「先生、マジで“外部侵入者”ってだけで済ませやがってさ」

「何があったか、あとでちゃんと聞かせろよ」


 恐る恐る近づいてくる者もいれば、前と同じテンションで絡んでくる者もいる。


 視線のすべてが、優しいわけではない。

 「危険人物」としての距離を取る目も、確かにある。


 それでも——。


「……ただいま、って言うべきですかね」


 レンは、小さく呟いた。


「言ってみれば?」


 ユイが促す。


 レンは、教室の中を一望し、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。


「ただいま」


 その一言は、誰に向けたものか、自分でもよく分からなかった。


 過去の自分か。

 クラスメイトたちか。

 学園という飼育場か。


 あるいは——。


 兵器かもしれない自分に、無理やり貼り付けた「人間」というラベルに、かもしれない。


 それでも、第十二章はこうして終わる。


 零号として監視される日常。

 封印指定としての危険と、クラスメイトとしての居場所。

 その両方を抱えたまま、レンは再びCクラスの教室へと歩みを進めた。


エピローグ「天城黎司」

零域保全局本部・最深部。


 窓のない作戦管制室の一角で、天城黎司はスクリーンに映る映像を黙って見つめていた。


 白い学園の体育館。

 砕けた天井。

 黒い異形。

 そして——零号。


 ノイズ混じりの映像はところどころ欠損している。

 零号因子が動いた瞬間、画面は必ず途切れ、再開したときには「結果」だけが映っている。


 異形が跡形もなく消えた空間。

 ブラックアウトした結界ログ。

 計測不能のデータ群。


「……再起動、か」


 黎司は、指先でスクリーンの端を軽く叩いた。


 背後で、部下の一人が緊張した面持ちで控えている。


「今回のアークスフィア学園事案、解析班の報告が出ました」


 部下は、タブレットを差し出した。


「零号因子——A-00のゼロフィールドが、部分的に再起動したと判断されます。

 生体同期能力者・久世斑のフィールドを局所的に無効化し、対象範囲を限定した上での因果干渉を確認」


「ふむ」


 黎司は、興味深そうに目を細めた。


「完全暴走ではない、というわけだ」


「はい。ただし——封印強度の低下は否定できません。

 このまま学園環境に置き続けるのは、零域保全の観点から見て危険ではないかと」


 部下は、慎重に言葉を選ぶ。


「アークスフィア学園ごと、“切り捨て”の判断を仰ぐべきでは、と」


 学園ごと、処分。


 その一言が、管制室の空気を一瞬だけ重くした。


 黎司は、スクリーンから視線を外さないまま、問い返す。


「理由は?」


「封印指定対象が“自律的な限定解放”を行ったこと。

 学園内部の処分施設や協力機関の情報が零号および白峰ユイに露見したこと。

 さらに、Cクラスの複数名が現場に居合わせており、情報が拡散している可能性が高いこと」


 部下は続ける。


「零域保全局としては、情報と因子の“二重封じ”が必要と判断します。

 零号因子再起動をもって、学園圏全体の処理を——」


「——まだだ」


 黎司の一言が、その進言を切り裂いた。


 声量は低い。

 それでも、言葉には逆らいがたい圧がある。


 部下は思わず口を閉じた。


 黎司は、スクリーンに映る少年を見ている。


 体育館で異形を止めた背中。

 地下区画で記録を見つめる横顔。

 久世斑の前で、震えながらも「守る」と言った瞬間。


 映像には音声がない。

 それでも、口の動きで分かるセリフがある。


——兵器でもいい。でも、誰を守るかは……俺が決める。


 黎司の口元が、わずかに動いた。


「面白いじゃないか」


 独り言のように呟く。


「設計通りに“壊す”だけなら、とっくに処分している。……そうだろう?」


 天城黎司は、ゼロ号因子プロジェクトの立案者の一人だった。


 能力者を殺すための兵器。

 異界因子をゼロに落とすための切り札。

 世界の“条件”を書き換えるためのバグ。


 それを「作った」のは、自分たちだ。


「だが——」


 黎司は、椅子の背にもたれた。


「あの子は、“設計通り”から逸れ始めている」


 守るために作っていない存在が、「守る」と言った。

 壊すための兵器が、「誰を守るか自分で決める」と口にした。


「その結果として、封印が緩み、危険も増している」


 彼は、そこまでをあっさりと認める。


「だからこそ、見届ける価値がある」


 部下は、理解しきれないという顔をした。


「……では、学園ごとの処分命令は」


「保留だ」


 黎司は、はっきりと言った。


「零号因子の完全暴走が起きた場合の最終手段として保持しておけ。今、この段階で切るのは愚かだ」


 彼にとって、学園も、零号も、まだ「使える駒」だ。


「ですが、監視体制は——」


「強化しろ」


 黎司の声が、僅かに低くなる。


「学園内部の監視網を再構築。白峰家、神城家、保全局のルートをフルに使え」


 彼は、指で机を軽く叩きながら続けた。


「教員、職員、生徒。——全員の因子ログを再評価しろ。

 零号に関わった者、因果線が濃く絡んでいる者にはタグを付ける」


「タグ、ですか」


「“切り捨て候補”として」


 あまりにも軽く、黎司は言った。


「必要になったら、次は全員切り捨てる」


 「必要になったら」という条件が付いているだけで、そこに迷いはない。


 部下は、息を呑んだ。


「……承知しました。零号周辺の監視強化とタグ付け、至急進めます」


「やれ」


 黎司は、スクリーンに視線を戻す。


 映像の中で、教室の扉を開ける暁レンの姿がある。

 隣には白峰ユイ。

 Cクラスのざわめき。

 「ただいま」と口にしたように見える唇の動き。


「……あの子が、何を選ぶか」


 黎司は、誰にともなく呟いた。


「壊すのか。守るのか。——それとも、その間のどこかに落ちるのか」


 その声には、僅かな父性のようなものが滲んでいた。


 実験体に向ける研究者の興味とは、少し違う。

 自分が関わった「子ども」の行く末を見たい、というささやかな情。


 だが、その瞳には同時に、冷徹な合理性も宿っている。


「いずれにせよ」


 黎司は、椅子から立ち上がった。


「世界のためにならない選択をした瞬間、あの子も、学園も、この零域ごと切る」


 父性と、合理的な残酷さ。


 相反するようでいて、彼の中では矛盾なく同居している。


「それまでは——」


 スクリーンに映る少年の背中を見つめながら、黎司は静かに言った。


「せいぜい、“人間であろうとする”姿を見せてみろ。零号」


 その呼び方には、ほんの僅かな、名前に似た響きが混じっていた。


 エピローグは、こうして幕を閉じる。


 零域保全局本部で微笑む天城黎司。

 処分命令を保留しながらも、「次は全員切り捨てる」と言い切る男。


 彼の影が、シリーズ全体を覆うラスボスとして、静かに形を取っていく。


一巻完結

本作『零号因子のアークスフィア』第一巻をここまでお読みいただき、ありがとうございます。


 能力値ゼロの転入生・暁レンが、「ただの落ちこぼれ」から、「封印指定」「零号因子適合体」「学園内観察対象」へと一気に引きずり上げられる一冊になりました。

 学園に来たはずが、フタを開けてみればそこは「飼育場」であり、さらに自分自身が「能力者を殺すための兵器として設計されていたかもしれない」というところまで行き着いてしまう——かなり胃に悪い導入だったと思います。


 第一巻のテーマは、「逃げ道がないと気づくまでの物語」です。

 レンは最初、「関わらない」「戦わない」「目を逸らす」という選択肢を選び続けます。

 能力がないから、足手まといだから、巻き込まれたくないから。

 けれど、入学式の結界崩壊、Cクラスの失踪者、地下区画、零域保全局の執行官・久世斑との遭遇を経て、その選択肢は物理的にも精神的にも完全に破綻します。


 その終点が、第11章「守ると決めた日」でのあの一言——

 「兵器でもいい。でも、誰を守るかは……俺が決める」でした。

 この巻で作者として一番書きたかったのは、ここです。


 レンは、自分が「人間か兵器か」という問いに即答できません。

 記憶は抜かれ、過去は実験記録としてしか残っておらず、設計書の上では確かに「兵器」として扱われている。

 それでも——兵器でしかないにせよ、“どこに向けて壊すか”“誰のために壊すか”だけは、自分で決める。

 そこに、かろうじて「人間であろうとする意志」が宿るのではないか、と考えています。


 対になる存在が、白峰ユイです。

 彼女は「視えすぎる」側の人間で、レンとは逆に「何もかも決められている未来」の檻にいるキャラクターです。

 未来視で他人の死に方や落ち方まで視てしまうからこそ、「視ない」訓練を受け、それでも視えてしまう。

 そんな彼女から見て、レンだけは「視えない空白」であり、未来の線が乱れる存在でした。


 ユイがレンに向かって言う

 「私はあなたを監視する。“人間でいられるか”最後まで見届ける」

 という宣言も、優しさと残酷さが半々の台詞です。

 彼女はレンを守るだけのヒロインではなく、「もし兵器に戻るなら止める役も引き受ける」という“観察者”でもあります。

 その距離感と覚悟が、この作品全体の関係性を象徴しているつもりです。


 また、第一巻では「世界の仕組み」の端だけを示しました。

 ・学園は育成機関であり、同時に“飼育場”であること。

 ・昇格戦と成績不良者の失踪が、地下の処分施設と繋がっていること。

・零域保全局、白峰家、神城家、天城財団といったラインが一本のシステムを構成していること。

 そして何より、天城黎司という「設計者」が本部から全体を見下ろしていること。


 黎司は父性的な眼差しと合理的な残酷さを同居させているキャラクターで、「見届けたい」と「いつでも切れる」を同時に口にするラスボス枠です。

 彼にとって、レンは実験体であり、息子のようなものであり、そして世界のためなら容赦なく切り捨てる“駒”でもあります。

 この歪んだ親子のような関係も、今後じわじわと掘り下げていければと考えています。


 第一巻は、レンが「監視される日常」に戻るところで終わります。

 封印指定・零号・学園内観察対象・結界を吹き飛ばした無能力者——

 いくつものラベルを貼られながらも、「ただいま」と教室に戻る。

 ここから先は、その日常の中で「昇格戦」と「消えていく生徒たち」の問題に正面から向き合っていくことになります。


 第二巻『昇格戦と消えた生徒』では、

 ・月例イベント「クラス昇格戦」が本格スタート

 ・Cクラスの格差と、昇格戦に負け続けた生徒が“どこへ行くのか”

 ・レンが能力をどう扱うか、「使わない」以外の選択肢をどう見つけるか

 ・ユイ、トウマ、Cクラスの仲間たちとの関係が、戦場の中でどう変化するか

 といった部分を描いていく予定です。


 兵器である可能性を抱えたまま、「それでも人間でありたい」と足掻くレンと、

 未来視の檻に縛られながら「視る側」でい続けようとするユイの物語を、これからも追いかけていただけたら嬉しいです。


 ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。

 もし少しでも続きが気になっていただけたなら、ブックマークや感想などで応援してもらえると、第二巻以降を書くうえで大きな励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ