4-26: 妙に精度の高い解答
空気を読んだのか、あるいはそもそもこれ以上人口密度を上げられないことを悟ったのか、いつの間にかこの狭い空間から咲妃の姿は消えていた。
とはいえ、この小さな小さなブースを囲っているのはただの黒い布だ。周りからの声なんてガンガン聞こえてくるし、それなりの距離に居る人間の気配も良く解ってしまう程度。――だからこそ、咲妃がこの近くに居るだろうことくらいも解ってしまうのだが。
それでもなぜか、妙に『ふたりきり感』が演出されているのは何なんだろう。
結局は、二階堂菜那というこの女の子が纏って居るオーラのような、多分に非現実的なモノに因るものだったりするのだろうか。
――あんまりそういうオカルトチックなモノは信じない質なんだけどな。
そんなことを頭の片隅で考えつつも、視線はしっかりとその不思議オーラな彼女に注いでみるとする。
さっきから随分とこちらを見て――いや、何だ。何かちょっと違う。
睨まれてる?
いや、まさか。
たしかにクールビューティー系で無表情気味なことが多い菜那は、得てしてそういう風に見られることもあるという話を咲妃から聞いたことはあるけれど。実際俺も睨まれているような気がしたこともあったけれど、今は違うと。そう思っていたけれど。
「さて、と」
ごちゃごちゃと考えていた俺のことをさて置いたところで、菜那が段取り通りに事を進めようとしてくれた。
「何占うの?」
一旦タブレットに向けていた視線を再度こちらに戻して、彼女は訊いてきた。
「……というか、何を訊きたいの? と言った方が良いのかしらね」
「ああ、まぁ、そうか」
占うのではなく生成AIに訊くわけだから、その言い方の方が正しそうだ。
「まぁ正直、何でもいいよ、って言いたいところだけど……」
「『何でもいい』は無しでお願いしまーす」
「……ッス」
咲妃の圧が背後から刺さる。アイツ、やっぱり聴いていやがったか。
俺の苦笑いも見遣りながら菜那が小さく息を吐いた。
それが溜め息なのか笑いなのか、今の俺には判別がつかない。
「じゃあ、……今日の運勢って出来るのかな」
一番無難そうなやつを選んだつもりだ。
「それでいいの?」
菜那が、ほんの少しだけ首を傾げた。
いやいや待て。……その仕草、反則だろ。
「いいの。俺がこの後死なずに今日を終えられればそれで」
「……ふふっ」
菜那が小さく鼻で笑った。意外にもウケが取れたのだろうか。
「大袈裟ね」
「それがあんまり大袈裟でも無くてな」
午前中のこととか、その後のこととか。考えたら胃がキリ付き始めそうな事態が多い。あんまり冗談でもないのが哀しいところだった。
「まぁいいわ。じゃあ、とりあえずそれで……」
菜那がタブレットを操作する。抱きかかえるように持ってタッチペンで1文字ずつしっかりと入力していく。あまり慣れている感じはしなかった。
「ところで、何をプロンプト入力するんだ?」
「それは秘密」
「レシピ的なのがあるのか」
「一応ね」
それは――訊きたいような、訊きたくないような。まぁ、訊かぬが華かもしれない。
入力が終わると待機。ほどなくして、画面の文字が更新される。
「『今日のあなたは、注目を浴びやすい日。疲れやすいので、水分と休憩を。小さな行動が良い縁を作ります』……ですって」
淡々とした調子で、そして囁くように、菜那が読み上げた。
「……当たってるな。とくに『注目を浴びやす』く『疲れやすい』のところが」
「そうね」
菜那が短く返す。断定された感じもするのが、ちょっと悔しい。
「っていうか、何を入力してそれが返ってきたのかは解らんけど、……何か妙に説得力があって怖いな」
咲妃が後ろで「でしょでしょ」と満足げに頷いている気配がした。いや、実際に声に出されている。何だ、まさか咲妃がこの監修をやっているとかなのか。
ここまでやられるとやっぱりそのタネと中身が気になってしまうのだが。
「生成AIだけじゃないから。もうひとつ、取材どころがある、みたいな」
そんなことを思っていると、少しだけ目線を外しながら菜那がぽつりと言う。
どういうことだ?
「……ここだけの話だけど、一応さっきの話も踏まえていたりはするのよ」
「さっきの話って?」
「簡単に言えば、浄明寺さんの占いの結果とかを予め入力してあったりするのよ」
「あぁ、なーるほど……?」
あっさり暴露されるといきなり逃げ場を失ったような感覚になる。若干背筋が冷える。
おかしいな、この校舎の一般教室にはまだエアコンなんてモノは導入されていないのだが。どうして急に背中が冷えるんだろう。首筋から零れた汗が背骨をなぞっているような、そんな冷たさだ。
「ってことは、ココのブースにいるヒトは、必ず聞き耳立ててる感じだったり?」
「立ててはいない」
即答された。意趣返しとばかりに攻めたのが一瞬でバレた、そんな感じだ。
「じゃあどうして知ってるの」
「……届いてきたの」
「言葉は届くものですから、ってやつ?」
「咲妃は黙ってて」
「はぁい」
ガヤを菜那が小さく刺した。が、笑いをかみ殺しているようなクスクス笑いが幕越しに聞こえてきた。
聞き耳の立て度合いで言うならば、圧倒的に菜那よりも咲妃の方だろう。
思えば、菜那が咲妃の言動をちょっと強引な物言いで制御しようとするのも、このふたりにとっては概ね日常的な戯れ合いではあるのだが、俺にとっては久々に見聞きした気がしてしまう。如何に今日が忙しなかったかという話に帰着するのだが。
それだけで、胸の奥が少しだけ温かくなるのは何なんだ。
「じゃあ……、何を占うの」
少しだけ喉の調子を整え直した菜那が改めて訊いてきた。
さて、どうするか。何が正解なのか。
恋占いなんて言ったら、黒幕――咲妃が絶対に面倒な方向へ転がす。
かといって逃げ続けるのも、何か違う。
……違う、というのかは良く解らないが。
小さな行動。
形に残す。
そんな言葉が過った俺は、つい、口を滑らせる。
「……後夜祭」
「え?」
菜那が珍しくも、小さく目を瞬いた。
「後夜祭、どうなるんだろうなって」
「占いじゃないじゃない」
「でも、今日の一番のイベントはそれかな、って」
「……そうね」
菜那は否定しない。否定していないはずだが、彼女の指先が止まったままだ。
ほんの一瞬、視線が俺の方へ落ちる。
その視線の温度が、さっきより近い気がした。
咲妃が、満足げに息を吐く。
「はいはい。じゃあそれで占えば? 後夜祭運」
「そんな運あるのかよ」
「作ればいいのよ」
「雑すぎん?」
そんな俺たちのやり取りは概ね無視して、菜那がタブレットに入力する。
しばらくして画面が更新される。
「……『後夜祭は、流れに任せるほど良い。自分から動くと、相手も動く。暗い場所では、言葉より行動が伝わる』」
「……」
良い返答は思い付かない。菜那も何か補足事項を入れるような素振りはない。
暗い場所。
言葉より行動。
何でこの生成AIはいちいち解像度高めの解答を用意してくるんだよ。
いや、質問事項として何かしらのことを菜那が入力したんだろうけど。
暗幕の中での暫しの沈黙。
それを破ったのは、菜那だった。
「当たると思う?」
彼女がそんなことを訊いてきた。
いや、そんなことを言われても。
「……当たってほしいって言ったら?」
気の利いたコメントなんて出てくる前に、俺は思わず反射で言ってしまう。
言った瞬間に、耳が熱くなる音を聞いた。
菜那は一拍だけ止まってから、短く言う。
「……好きにしたら、良いんじゃ無いかしら」
またそれだ。
ただ、その語尾がとても、あまりにも柔らかく感じてしまった。
「はいはーい。おふたりさん、そろそろここのブースも空けないといけないんだけど、大丈夫かしらー」
何とも言えない空気を穏やかに包んで、テイクアウトできるようにしてくれたのは、やはり咲妃だった。セリフの文字だけならば俺を茶化すような口ぶりだが、そのセリフ回りを含めばきっちりと空気も読み切っている。物凄く良いタイミングだったしな。
「お、おう」
「ん? ……ふぅん」
ぼんやりとした返事をした俺を、上から下までしっかりと分析でもするように、咲妃が見てくる。
「な、何だ?」
「うぅん、何も。問題無し」
「そっか」
咲妃に問題が無いのならそれはそれでイイのだが、俺にとっては問題がまぁまぁ山積したような状態だ。どうしたものか。
「とりあえず、お邪魔したね」
「何も何も。それがショーバイですから。……っと、ああ、レンレンにひとつだけ」
適当に礼を告げてそろそろ行こうかとしたところで咲妃に呼び止められる。
「ん?」
「後夜祭も、その後も、よろしくね」
「……」
その後、とは。
その言葉の意味を訊こうとしたが、咲妃はもう菜那のすぐ隣に移動している。
そして、咲妃は何かしらを菜那に耳打ちして、それに対して菜那は一瞬だけ俺を見てから咲妃に頷き返していた。




