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王狐の町②

 四つ辻を右に曲がり、大名が暮らすという屋敷の方へと歩みを進めた時、十字路ゆえに歩行人が多いからか、カラクリは見ず知らずの獣人と衝突してしまった。


 刹那、牛に撥ねられたかのような衝撃に見舞われ、ふわふわとした感覚が全身に残る。


――大事ないか?

「はい。大丈夫です」

「お怪我は!?」

「あはは。大袈裟ですよ二人とも」


 私と天命は尻もちをつく彼女に安否を問うたが、しかしカラクリは気丈にも笑顔を作ってそう云った。


「あ、あの。すいませんでした」


 そうして、こともあろうにカラクリは、ぶつかった王狐おうこ族に頭を下げて謝罪を入れた。


――向こうから当たって来たのだ。お前が謝る必要は無いだろ。

「でも、周りを見ていなかった私も私ですし」

「カラクリ様は、しっかりしておられますな」


 蒲公英の綿毛も散らないような、そんな柔らかい口調で天命が気遣うと、彼女もまた笑顔を見せて安心を与える。

 …………しかし気に食わない。

 直ぐに謝るカラクリもだが、それ以上に、私達に肩をぶつけておいて、一言もなく立ち去ったあの獣人が。


「あはは。散らかちゃったなぁ」


 視線が地に向くと、そこにはカラクリの荷物が風呂敷ごと不様に広がっており、彼女はそれを甲斐甲斐しく集め始めた。道の真ん中で、惨めにも――――。だが、彼らがそれを放っておく訳もなく。


「手伝いいたします」

「何やってんのよ、もう」

「い、いいですよ。そんな」


 3人が広小路の只中でかがみ込んでいる光景は、目も当てられないくらい惨めだった。終いには、道行く獣人から冷や水の如し視線を浴びせられる始末。


「欠け人共が」


 そして遂に、一人の王狐が舌打ちと共にその言葉を発すると、それは水面に石を投じたかのように伝わってゆき。


「全く。何ゆえ人間がこの町におるのか」

「臭くて堪らんわぁ」

「貧乏人が、恥ずかしくないのかしら」


 道行くついでに、くすくすと嗤ってゆく狐ども。中には転がった握り飯を蹴とばしていく奴もいるほどだ。


「貴様ッ!」

「い、いいんです、テンメイさん」

「しかしっ」

「いいんです。こういう事にも、慣れておかないといけませんから」


 カラクリの心待ちは私にも伝わって来た。そして、地中から滲み出てくる泥水ような、心の奥底から湧き出るどうしようもない悲しみも。だが、至純な心に、それはまだ早すぎる。


――少し手伝ってやる。

「え?」

――長旅で疲れも溜まっているだろ?

「い、いえ」

――嘘を申せ。繋がっているから分かるのだ。


 カラクリの身体に疲労なんぞ溜まっていない。ゆえに彼女も分かっているはずだ。私の言葉が偽りであると。だが、やはり耐えきれなかったのか、彼女は小さく頷いて自ら舞台を降りた。


「おいッ!」


 舞台へ上がると同時に、私は喉を気に掛けること無く声を張り上げた。そうすれば一町先の獣人さえも。それに驚き何だ何だと立ち止まる。


「今しがた俺たちを嘲った痴れ者ども、今すぐ前に直れ」

「山ン本さま?」

「聞こえなんだかッ」


 いくら怒鳴ろうと、どれだけ凄んでも、狐共は嫌らしい薄ら笑みを浮かべたまま、同様にその目つきを私に向けた。そんな様を見せられたなら、普段温良な私もこれには限界で。


「ッえ!?」

「なんだ…………っ?」


 私の眼前にて尻をつく三匹。そいつらは何が何だか分からぬと云った顔のまま、その首を右往左往へ振り回す。


「ひ、ひぃっ!」


 その場から逃げ出す女狐もいたが、しかし私の天賦からは、誰一人とて逃げられはせん。


「なんでっ! どうなってるのよ!」


 人が何度も消える様を見せつければ、当然ながら、周りの王狐どもも混乱を極めて怖気づく。


「アイツだ。あの欠け人が、何かしたんだ」

「ば、馬鹿な。人間は天賦を持たないはずだぞ」

「おい、そこの二匹もだ。ここへ直れ」


 私がそう云えば、もはや躾けられた犬畜生のように、その二匹も尻尾を巻いて前へと出る。そのときの顔ときたら、先ほどのニヤケ面とは打って変わって、恐怖に満ち満ちているので嗤ってしまう。


「さて、どうしてくれようか」


 怯えて震え、その目からとめどなく恐怖の色を零す獣人たち。昔の私だったら、見せしめとして今すぐ首を落としてやったものだが、しかしカラクリの事もあるーーーー。だからと云って、タダでは終わらせんが。


「先ずは、先ほどの無礼を詫びれ」


 私がそう口ずさんだ途端、彼らは情けない事を、まるで私の草履を舐めるようにして首を垂れる。何度も何度も、「ごめんなさい」「すいません」「許してください」などと云った言葉を吐き続けながら。

 

 貪欲で高慢な狐どものことだ。この大衆の中で恥をかかせれば、しばらくは消えぬ傷となるだろう。


「斬首もよいが、これもまた一興だな」


――さ、山ン本さまっ。もうそれくらいに!


「なんだカラクリ。お前も少しは面白かろう?」


――面白くなんかありません!


 彼女がそう云った玉響たまゆら、私は半ば無理やり奈落へと突き落とされてしまった。全く。善いところだったと云うのに。


「あの皆さん。もう大丈夫ですから、頭をあげてください」


 そうして、カラクリが優しさと申し訳なさを織り交ぜたかのような口調で彼らに近づくと、王狐の者どもは、まるで蜘蛛の子を散らしたかのように、愉快な悲鳴と共に走り去って行った。


「はっはっは。いやはや。まだまだ衰えておりませぬな」

「い、言ってる場合ですかっ。これじゃあのんびり町も歩けないですよ」

「そうね。もともとよそ者には冷たい町だから、ほとぼりが冷めるまで、町の外に出ていましょう」


 謝罪をさせた五人はこの場から消えていたものの、さりとて他の獣人共は未だ、私達に対して目角を立てている始末。確かにこれでは、おちおち買い物にも行けん。まぁ、私のせいではあるのだが……。


「なれば、早速退散いたしましょう」

「ごめんなさい。私達のせいで…………」

「何言ってんのよ。むしろ清々したわ」


 そんなアリアケの口ぶりに私は気付く。

 あの騒ぎの中、アリアケも私たちと同様に誹られていた。もしかすると、奴らは彼女の事を同族として見ていないのやもしれん。だとしたら彼女はずっと…………。


「それって、どういう意味ですか?」

「まぁそれは後にして、一先ずあたしの家へ行きましょう」

「いいんですか?」

「ええ、アンタ達なら歓迎よ」


 持ち前の硝子の様な目で喜ぶカラクリに、アリアケは淀みのない笑みを浮かべてそう云った。

 

 こうして私たちは、道ゆく獣人共に奇怪な目を向けられながらも、町の外れに位置するアリアケの村へと足を運んだのであった。


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