王狐の町
「山ン本さま」
カラクリが情けない声で私の名を呼んでくる。
だが、この旅はすべて彼女のためのもの。何をどうしようが、私にとやかく言う権利はない。
――お前の好きにしろ。
そう云ってやれば、カラクリはいつも通りの明るさを表情に取り戻し、そして非常にゆっくりではあるが、彼女はアリアケの傍に寄ってこう云った。
「アリアケさん。私たちに手伝える事がありましたら、何でも仰ってください」
カラクリが震える肩に手を置くと、アリアケは俯いたまま、自身に差し向けられたカラクリの手をなんとも弱弱しく振り払った。
「…………うるさい。元より、そのつもりよ」
斯くして、一時的とはいえ、私たちの旅に新たな面子が加わった――――。だが、これまたアリアケが賑やかなもので。
「ところで、そちらの殿方は、なんというお名前なので?」
「わたくしは、天命と申します」
「まぁ、なんて素敵なお名前ですこと!」
アリアケの村へと向かう事になった私たちは、その道中、途切れることの無い彼女の問い攻めに疲れ切っていた。主にはテンメイがだが。
「御歳は幾つになるので? 見たところ、三十くらいに見えるけど」
「数えてはおりませぬが、だいたい五十でございます」
「まぁ、あたしより年長なのね!」
とか。
「大熊との戦いは見事でしたわ。今度、あたしにも剣術の手解きをして欲しいなぁ。なんて」
「ええ。私で良ければ」
「本当!? じゃあ明日にでも教えて欲しいの!」
とかとか。
カラクリが可愛く思える程やかましい奴で、かれこれ半刻は舌を回し続けておる。嘆かわしい事に、おちおち景色を楽しむ暇もないほどに。全く、何度時を止めて黙らせようと思った事か。
「あっ、見えて来たわよ」
そしてなんということか。私たちは遂に静かな時間を得ることなく、彼女の村に辿り着いてしまった。というより、それは最早村という枠には収まらず。
「ふぁぁ。おっきい村ですねぇ」
私たちの目に飛び込んで来たのは、巨人が真上から見下ろしながら景観を整えたかのような、なんとも美しい町並みだった。
縦に長い町屋がずらりと並び、壁の色は木の皮をそのまま張り付けたかのような、暗い焦げ茶色で統一されている。そして待ちゆく獣人たちを眺めれば、彼らの世過ぎが如何に質の高い物か瞭然である。
――昔から王狐族は商売上手と云われていたが、どうやら噂は真のようだな。
「私の村とは比べ物にならないほど綺麗ですね」
「っふん。当り前でしょ」
アリアケは何とも憎たらしく、そしてどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべて腕を組んだ。ここまで潔いと、不思議と彼女の性格が気持ちの良いものに思えてしまう…………。
「いやはや、何とも雅な町ですなぁ」
そしてテンメイがそう呟いた瞬間、アリアケの目の色は途端に変わり。
「だ、だったら、このあたしが案内してあげないこともないわよ」
「本当ですかっ?」
「まあアンタも来たいのなら連れて行ってあげるわ」
「やった! ありがとうございますっ」
カラクリが今、どんな顔をしてアリアケの手を取ったのかは分からないが、あれだけ彼女に対しそっけない姿勢を取っていたアリアケも、今では頬を染めて照れくさそうにしている。
――存外、可愛い所もあるではないか。
「アリアケさんにも、可愛い所があるんですね! って、山ン本さまが言ってますよ」
うっかり口にしてしまった言葉を、カラクリは悪びれることなく言い放った。当然ながら、私とカラクリの間柄を知らないアリアケは…………。
「さんもと?」
「はい。私の中にいる魔王様です」
「アンタ、どこかで頭でも打った?」
まぁ、そうなるだろうな。
そしてここで、空気を読むのが上手いテンメイが、不恰好に引きつった作り笑いを面に出しながら割って入る。
「と、とにかく、アリアケ殿が案内してくれると申しておるので、我らもお言葉に甘えましょうぞ」
「はいっ。アリアケさん、よろしくお願いします!」
「しょ、仕様が無いわね。迷子にならないように、しっかりと付いてきなさいよ」
「はい!」
どうやら、初めて目の当たりにする都会の町並みに、カラクリの心は有頂天の様だ。
「今、あたしたちが歩いているのが双子通りよ。大門が向かい合っている事から、そう名付けられたの」
「ここから見ても大きいですねー」
カラクリは両手で日差しを遮りながら、広小路の末に佇む大門を望む。周りの獣人は彼女より背の高い者ばかりだが、それでも遮られることなく門の屋根が頭を出していた。
そうして暫く歩いていると、アリアケは今度、人の往来が激しい十字路の真ん中で立ち止まって指を指した。
「この先に見えるのが、大名様が住んでいる織木屋敷ね」
「ま、町に大名様が住んでるんですか?」
「ええ。この豊竹町を中心とした一万石の領地を治める主よ」
彼女が指し示す方へ目を遣れば、遠くの方には甚大な屋敷が見えたり――――。しかし大名と云えば、元来は自らの城を構えているはずだが、どうやら今では違う様だ。それに、たったの一万石で大名を名乗れるとは、これも時代の流れという奴か。
「一万石。我らの始まりも、最初はそれくらいでしたな」
懐かしむように辺りを見渡しながら天命は口ずさむ。確かに、こういう町の景色にはどこか懐かしさを感ずる。
「牟蔵の国も、最初は小さかったんですね」
「ええ。三里も歩けば端に辿り着くほどに」
彼の言葉に思わず笑ってしまった。
そうだった。大国と呼ばれた牟蔵でさえ、最初はどこの国からも相手にされない小国だった……と。
――あの頃は楽しかったものだ。
「って言ってますよ」
「はい。わたくしも、真に楽しゅうございました」
初めての領土。初めての国造り。初めての戦。
父の国を出てからというもの、全てが初めての事ばかりだった。だからこそ、白紙に想いを描く子供のように、私達は自由だったのだ。
「ちょっとアンタたち、さっきから何の話をしてるのよ」
「牟蔵の国の話です」
「って。牟蔵とか山ン本とか、一体いつの時代の話よ」
「今が閑台4年だから、だいたい300年前ですかね」
「でしょ。なのに、まるでその時代を生きてたかのように話すなんて…………」
「――まぁまぁ、お二方。今はそれよりも、観光を楽しみましょうぞ」
「それもそうね」
テンメイの言葉にアリアケが頷き、そして楽しい町歩きが再開するのだと、カラクリも私も、そう得心していた。




