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少女アリアケ④

「どお。これが私の天賦よ!」


 えっへん、と、息を荒くさせて胸を張るアリアケ。獣人は人間の倍を生きるが、しかし精神年齢も同様に成長が遅い。やはり、内はまだまだ子供である。


「面白い戦が出来ると思ったのだが、残念だ」

「ちょっと! 何よその言いぐさ!」

「カラクリ、もうよいぞ」


――は、はい! いま代わります!


 そうして私は舞台を降り、自らカラクリに体の支配権を譲り渡した。


「アンタが私の天賦を見たいって言ったんでしょ! 褒めるとか、お礼とか、もう少し何かあるでしょ!」

「ひぅっ、ご、ごめんさい」


 自身より少し背の低いアリアケに胸倉を掴まれ、カラクリは咄嗟に平謝り。直ぐに謝るクセはなかなか治らん様だ。


「まあいいわ。ともかく天賦を見せたのだから、今度はそっちがあたしの言う事を聞く番よ」

「いうこと?」


 突如として変わったカラクリの性質に、アリアケは少しばかり首を傾げてみせたものの、彼女は直ぐに眉をひそめてそう云って来た。そういえば、条件付きとか云っておったな。


「あたしはね、こんな所で道草を食べている余裕はないの。アンタたちにも手伝ってもらうから」

「……な、何の話か分かりますか? テンメイさん」

「恐れながら、皆目見当もつきませぬ」


 天命とカラクリは、アリアケから少し離れたところで声量を落として囁き合う。ちなみに私も、アリアケが一体何を指しているのかサッパリである。


「アリアケ殿。お主を手伝うのはいいが、先ず何を手伝えばいいのか教えてくれぬか」

「い、いま、あたしの名前をお呼びになって?」


 顔も声の音色も薔薇色にして、だが太々しい態度はそのままに、彼女は天命には目を合わせず言葉だけを返す。当然、天命には何が何だか分からないようで、彼はあごに手を添えて首を傾げた。


「ええ。間違っていましたかな?」

「う、ううん! アリアケで合ってるわ。あ、でも、“殿”はいらない…………かな」


 どうやら狐の少女は、完全に天命にぞっこんな様子。今は人間に変化へんげしているから分かっていないのだろうが、彼が妖と知った時、アリアケがどういう風にたまげるのか楽しみなものだ。


「んー?」


 そして、そういった事に疎いカラクリは、もじもじと身をよじるアリアケの様を見て、天命と同様に小首を傾げるのであった。


*************


「それで、手伝って欲しいこととは何ぞか?」


 話が大いに逸脱したところで、天命テンメイはそう切り出して逸れた話を本筋に戻そうとした。すると有明アリアケも、ハッとした表情で続きを語り始める。


「あたし、ある薬草を探して、この夕底山ゆうていざんに入っていたの。町の人たちに、認めて貰いたくて」

「町の人たちに?」

「ええ。あたしって半獣人だから、王狐おうこの人たちから見れば、面白くない存在なのよ」


 なるほど、そう言う事か。不遜な王狐族のことだ、恐らくアリアケは、今日まで彼らに蔑まれてきたのだろう。還りを習得したのも、きっとそれが理由か。


――花楽里カラクリ、彼女が探しているという薬草を聞いてみてくれ。


「あ、はい。えっと、アリアケさん」

「なに?」

「その、アリアケさんが探している薬草っていうのは?」


 カラクリはおずおずとした口調でアリアケに問う。最初の印象が悪かった故に、未だ彼女の事が怖いのだろう。しかしそれはアリアケも同じようで、彼女もまた、どこかそっけない態度でこう返してくる。


「仙霊薬よ」

「せんれい、やく?」

「そう。どんな病も癒やす薬と言われている薬草よ。それさえ見つければね、あたしは…………」


 仙霊薬か。また懐かしい言葉が出て来たものだ。

 牟蔵むさしが陽月いちの大国になった時、私もその薬草を探して兵を出していた。だがそんなものは…………。


「山ン本様。どうやらアリアケ殿は」


 テンメイはそよ風のように声を落とし、カラクリの中に居る私に聞いて来る。


――ああ。なにがしか深い経緯いきさつがあるように見える。


「…………って言ってます。どういうことですか?」

「遥か昔、山ン本様にも、仙霊薬を探していた時期があったのです」

「えっ。それで、見つかったんですか?」

「いえ。結局のところ斯様なものは存在せず、わたくしたちの苦労も、泡沫のように消えてゆきました」


 そして、仙霊薬は伝説の存在という事実も全土に広めたはず。ゆえに今の時代の者らも、それが存在せぬことを心得ている筈なのだ。しかしながら、それを聞かされていないともなると、どうやらアリアケと王狐族の間には何か因縁があるようだ。


「ちょっと、あたしを差し置いて、なにをヒソヒソと話ているのよ」


――カラクリ、哀れな少女に現実を教えてやれ。


「テ、テンメイさん。哀れな少女に現実を教えてやれって、山ン本さまが言ってます」

「承知しました」

――おい。


 よほど絡みづらいのか、カラクリはすがりつく様にしてテンメイへと言葉を押し付ける。そうすれば、テンメイもただ頭を下げるばかりであり。


「アリアケ殿、真に申し上げにくいのですが、仙霊薬などという代物は、この世には存在しませぬ」

「…………え?」

「故に、この山を幾ら探そうとも、ただ無駄骨を折るばかりなのです」

「そんな…………あいつら……ずっとあたしを騙してたってこと?」


 糸を切られたかのように崩れ落ち、狐の少女は頭を落とす。

 

 爪の間にこびり付いた土。かつては綺麗な朱色だったのであろう袴は綻び、もはや見る影さえも無くなっている。おまけに、土色に染まったその顔には、幾筋もの涙の跡が窺えた。


 おそらく、独りで山に入っては、もうずっと、こんな毎日を過ごしていたのだろう。

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