少女アリアケ④
「どお。これが私の天賦よ!」
えっへん、と、息を荒くさせて胸を張るアリアケ。獣人は人間の倍を生きるが、しかし精神年齢も同様に成長が遅い。やはり、内はまだまだ子供である。
「面白い戦が出来ると思ったのだが、残念だ」
「ちょっと! 何よその言いぐさ!」
「カラクリ、もうよいぞ」
――は、はい! いま代わります!
そうして私は舞台を降り、自らカラクリに体の支配権を譲り渡した。
「アンタが私の天賦を見たいって言ったんでしょ! 褒めるとか、お礼とか、もう少し何かあるでしょ!」
「ひぅっ、ご、ごめんさい」
自身より少し背の低いアリアケに胸倉を掴まれ、カラクリは咄嗟に平謝り。直ぐに謝るクセはなかなか治らん様だ。
「まあいいわ。ともかく天賦を見せたのだから、今度はそっちがあたしの言う事を聞く番よ」
「いうこと?」
突如として変わったカラクリの性質に、アリアケは少しばかり首を傾げてみせたものの、彼女は直ぐに眉をひそめてそう云って来た。そういえば、条件付きとか云っておったな。
「あたしはね、こんな所で道草を食べている余裕はないの。アンタたちにも手伝ってもらうから」
「……な、何の話か分かりますか? テンメイさん」
「恐れながら、皆目見当もつきませぬ」
天命とカラクリは、アリアケから少し離れたところで声量を落として囁き合う。ちなみに私も、アリアケが一体何を指しているのかサッパリである。
「アリアケ殿。お主を手伝うのはいいが、先ず何を手伝えばいいのか教えてくれぬか」
「い、いま、あたしの名前をお呼びになって?」
顔も声の音色も薔薇色にして、だが太々しい態度はそのままに、彼女は天命には目を合わせず言葉だけを返す。当然、天命には何が何だか分からないようで、彼はあごに手を添えて首を傾げた。
「ええ。間違っていましたかな?」
「う、ううん! アリアケで合ってるわ。あ、でも、“殿”はいらない…………かな」
どうやら狐の少女は、完全に天命にぞっこんな様子。今は人間に変化しているから分かっていないのだろうが、彼が妖と知った時、アリアケがどういう風にたまげるのか楽しみなものだ。
「んー?」
そして、そういった事に疎いカラクリは、もじもじと身をよじるアリアケの様を見て、天命と同様に小首を傾げるのであった。
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「それで、手伝って欲しいこととは何ぞか?」
話が大いに逸脱したところで、天命はそう切り出して逸れた話を本筋に戻そうとした。すると有明も、ハッとした表情で続きを語り始める。
「あたし、ある薬草を探して、この夕底山に入っていたの。町の人たちに、認めて貰いたくて」
「町の人たちに?」
「ええ。あたしって半獣人だから、王狐の人たちから見れば、面白くない存在なのよ」
なるほど、そう言う事か。不遜な王狐族のことだ、恐らくアリアケは、今日まで彼らに蔑まれてきたのだろう。還りを習得したのも、きっとそれが理由か。
――花楽里、彼女が探しているという薬草を聞いてみてくれ。
「あ、はい。えっと、アリアケさん」
「なに?」
「その、アリアケさんが探している薬草っていうのは?」
カラクリはおずおずとした口調でアリアケに問う。最初の印象が悪かった故に、未だ彼女の事が怖いのだろう。しかしそれはアリアケも同じようで、彼女もまた、どこかそっけない態度でこう返してくる。
「仙霊薬よ」
「せんれい、やく?」
「そう。どんな病も癒やす薬と言われている薬草よ。それさえ見つければね、あたしは…………」
仙霊薬か。また懐かしい言葉が出て来たものだ。
牟蔵が陽月いちの大国になった時、私もその薬草を探して兵を出していた。だがそんなものは…………。
「山ン本様。どうやらアリアケ殿は」
テンメイはそよ風のように声を落とし、カラクリの中に居る私に聞いて来る。
――ああ。なにがしか深い経緯があるように見える。
「…………って言ってます。どういうことですか?」
「遥か昔、山ン本様にも、仙霊薬を探していた時期があったのです」
「えっ。それで、見つかったんですか?」
「いえ。結局のところ斯様なものは存在せず、私たちの苦労も、泡沫のように消えてゆきました」
そして、仙霊薬は伝説の存在という事実も全土に広めたはず。ゆえに今の時代の者らも、それが存在せぬことを心得ている筈なのだ。しかしながら、それを聞かされていないともなると、どうやらアリアケと王狐族の間には何か因縁があるようだ。
「ちょっと、あたしを差し置いて、なにをヒソヒソと話ているのよ」
――カラクリ、哀れな少女に現実を教えてやれ。
「テ、テンメイさん。哀れな少女に現実を教えてやれって、山ン本さまが言ってます」
「承知しました」
――おい。
よほど絡みづらいのか、カラクリはすがりつく様にしてテンメイへと言葉を押し付ける。そうすれば、テンメイもただ頭を下げるばかりであり。
「アリアケ殿、真に申し上げにくいのですが、仙霊薬などという代物は、この世には存在しませぬ」
「…………え?」
「故に、この山を幾ら探そうとも、ただ無駄骨を折るばかりなのです」
「そんな…………あいつら……ずっとあたしを騙してたってこと?」
糸を切られたかのように崩れ落ち、狐の少女は頭を落とす。
爪の間にこびり付いた土。かつては綺麗な朱色だったのであろう袴は綻び、もはや見る影さえも無くなっている。おまけに、土色に染まったその顔には、幾筋もの涙の跡が窺えた。
おそらく、独りで山に入っては、もうずっと、こんな毎日を過ごしていたのだろう。




