あらやだ! 家族の時間だわ!
旅館が完成して四日が経った頃、クラウスが家族を連れてやってきた。なんや緊張するわ。置手紙をしたけど家出には変わりないからなあ。
フローラたちは居らんかった。まずはあたしとクラウスだけでおもてなししたかったからや。それにまだまだ接客はフローラやセシール、山賊たちには無理やろ。
近隣の村で作ってもろうた着物のような服を着て、旅館の前で待っとった。そしてようやく馬車が村に来たんや。
馬車ん中から最初に出たのはエルザやった。エルザはあたしのことを見るなり物凄い勢いで走って、抱きついてきた。
あまりの勢いで倒れこんでしもうた。それでもエルザは抱きつくのをやめへんかった。
「お姉ちゃん! お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん!!」
「え、エルザ、苦しい……」
「馬鹿馬鹿馬鹿! 心配したんだから! どれだけ、心配したか……!」
泣きながら怒るエルザの髪を撫でながら「ごめんなあ。情けないお姉ちゃんで」と謝った。
「……自分の娘が家出したと思ったら、まさか村を作るとはなあ」
「……ユーリ、こう言ってはなんだけど、やりすぎじゃないかしら」
おとんとおかんは怒るというより呆れとる感じやった。まあ自分でもやりすぎやと思う。
「えっと、二人は怒らへんの?」
「説教するつもりだったけどよ。何をどう怒ればいいのか、分からないな」
おとんはそう言ってにかっと笑った。
「友達が死んでショックなのは分かる。家出したくなる気持ちも分からんでもない。それに山賊の頭目になって村を作ってカタギにする。それは凄いことだと思う」
「あなた。認めてしまうと……ごほ、ごほ」
おかんが咳き込んどる。あたしは「まずは温泉に入って身体を休ませといてな」とエルザを抱きながら起き上がる。
「温泉とやらは身体にそんなに良いのか? ……というより、ユーリお前結構背が伸びたな」
「うん? 背が伸びた? まあおとんの言うとおりかもな」
着物を作ったとき、サイズを測ったけど、確かに大きくなっとった。特に胸が増えてた。前世のときもまあまあ大きかったけど、この世界でもそうなんやろか。
「お姉ちゃん、柔らかい」
「エルザ、胸触るのやめい」
ちゅうわけで家族を旅館の中に案内した。おとんが興味深そうに眺めとる。大工ギルドのマイスターだけに建物には興味あるやろな。
なるべく純和風の設計をしたんやけど、ところどころ洋風やった。まず障子がない。それに畳もない。でも引き戸になっとるし、庭も日本庭園っぽくした。
「この部屋に物置いたら温泉行くでー」
一番良い部屋に案内するとおとんが「変わった造りだな」と感想を述べた。
「普通は左右対称に作るもんだが、わざと崩している。誰の発案だ?」
「あー、素人が作ったから、そうなってるのかもしれんな」
「なるほど。しかし面白い。後で作った山賊を紹介してくれ」
そんな会話をしつつ、荷物を置いた家族を連れて、温泉に向かう。
「男女に別れとるから、おとんは一人な」
「なんだ別れているのか」
「そのほうが健全でいいじゃないですか」
「おかんの言うとおりや。入り方は壁に書いてあるから、参考にしてな」
温泉のマナーを書いたのは山賊たちが汚く入ったのを見て思いついたんや。この世界の人間はお風呂の入り方が悪い。それはあまり温泉というものに馴染みがないからや。
温泉を堪能したあたしたちはクラウスの作った料理を食べることになった。
前世の温泉街の料理を上手く再現したメニューやった。しかしまさかすき焼きもどきが出てくるとは思わんかった。
「肉を生卵にくぐらせて食べるなんて、生まれて初めてだな」
「でも美味しいね。パンに合うよ!」
エルザがきゃっきゃと喜んどる。それを見とるおかんはなんだか嬉しそうやった。心なしか顔色も良い気がする。
あたしはいつ切り出すか悩んどった。もちろん、エルザの魔法使いについてやった。でも今日は触れないでおこうと思うた。楽しいことで嫌なことを忘れるのは悪くない。先送りと思われるかもしれへんけど、それでもええやんか。
「お気に召しましたか?」
食事の終わる頃にクラウスが現れた。傍には白い布を被せたものがあった。
「お気に召すも何も、最高やで! 流石超理人や!」
「やめてくださいよ。恥ずかしい。それでは締めの一品をご用意しました」
そう言って布を取って見せたのは――
「こ、これは、麺か? いやうどんやな」
「そうです。すき焼きの締めはうどんですね」
家族が不思議そうにうどんを見ている中、クラウスはすき焼きの鍋の中にうどんを入れていく。
「これは素晴らしいな! パスタとはまた違う」
「そうね。お下品だけど啜りたいわね」
「クラウスさん、あなたは天才です!」
家族全員が口々に絶賛する。あたしも久々のうどんを啜りつつ、前世のことを思い出していた。
「ちょっとユーリさん。お話があるので、いいですか? あ、デザートは後で届けます」
「なんや話って?」
「ここではちょっと……」
意味深な感じやな。あたしはクラウスに続いて部屋を出る。
そんとき気づかんかった。怪しんでいる視線を。
「そんで、話ってなんや?」
旅館の裏。誰も居ないところに連れてこられた。クラウスは「単刀直入に言います」と真面目な顔で言うた。
「どうして――飴ちゃんを山賊たちに渡してないんですか?」
あたしは言葉が出えへんかった。
「ジンさんやワールさん、セシールさんとフローラさん、それにエドガーさんにも聞きました。誰一人飴ちゃんをもらっていない」
「…………」
「僕の知る限り、飴ちゃんを渡したのはケイオスくんが最後です。もしかして、ユーリさん、飴ちゃんを渡すのが怖くなりましたか?」
「怖い、か。まあそれと似た感じやな」
あたしは夜空を見上げた。満天の星空やった。
「飴ちゃんを渡すことは正しいのかどうか、分からんようになった。善意で渡したつもりでも、それが悪人を助けることになる。それが怖いのかもしれん」
「……ケイオスくんのことは仕方ないですよ。飢えてた子供に施しを与えるのは、悪ではありません」
クラウスの慰めにあたしは何も言えへんかった。
そしてクラウス以外、誰も聞いてへんと思うて、言うてしもうた。
「なあ。前世――前の世界での家族や友人に未練はあるか?」
「ありますよ。でも僕はこの世界にある程度影響を与えてしまった。サラダにドレッシングをかけるように、味を変えてしまった。そんな僕に前世の未練を語る資格はありません」
あたしは夜空を見上げながら――そうでないと涙が零れそうやった――クラウスに弱音を吐いた。
「前世の家族に会いたい」
「…………」
「今の家族も好きやけど、でも前の世界の家族に未練があるんや。今まで言えへんかったけど。不意に思い出して寂しいって思うんや」
あたしは鼻の奥がつーんとしてくるのを感じた。
「せやから、もし前世に戻れるなら――」
その言葉が続くことはなかった。
「……どういうことなの?」
声の主のほうへ振り向く。
そこには、エルザが、居た。
まるでガラスが割れるように世界が壊れていく音が聞こえた。
「え、エルザ……いつから聞いてたんや……?」
「前の世界ってなに? 家族は私たちだけでしょ?」
顔を伏せながらこっちに一歩ずつ歩んでくる。
「そう。今まで私たちを騙してたんだね」
「だ、騙してなんか――」
「一体、お姉ちゃんは――あなたは何者なの?」
あたしのすぐそば、正面に立って。
そして顔を見上げた。
表情は悲しみと絶望に彩られとった。
「あんたなんか、あんたなんか、お姉ちゃんじゃない!」
そして身体中に発せられる黒の魔力。
「危ない、ユーリさん!」
クラウスの声に反応する間もなく。
黒い魔力が翼の形となり。
あたしを襲った。




