迷宮の怪異 第一夜
戦場を俯瞰しています。文字通りに真上から。これはたまりません。!
スタンピードなのか、大スタンピードなのか、とにかく滅多に見ることの出来ない不思議現象をじっくりと見てみたい。
そして自然の猛威に人がどう対抗するのか、興味深々です。
一応頼まれたので、一介の傭兵として期待される以上の働きはするつもりだけれど、一人の力で戦局をどうこうするなんて、そんな大それたことは考えてない。
ネグア国もクフの街も単に通りすがっただけで、別に思い入れも無いし、責任を負ういわれもないもんね。
第一、傭兵や騎士達の仕事を横取りしちゃあ、それこそ失礼ってもんだ。
というわけで高見の見物。
クフ側は兵の特性を活かして戦線を良く支えている。
人族が盾兵を前面に出して守備を固め、長槍兵が盾の隙間から攻撃し、後方からは弓兵、盾をくぐり抜けて来た敵の迎撃に剣士が当たる。後方の馬上から将校が適切に差配する。役割分担を明確にして組織の力で戦っているが、この戦場では守りに注力しているのが見て取れる。
犬人族は、数十人の小集団単位で機動力を活かして縦横無尽に戦場を駆け抜けながら、戦闘の苛烈な地点に向けて戦力を適切に投入している。恐らく血の臭いと剣戟音の激しさから急所を探り当てているのだろう。
各小集団単は機能的に組織攻撃を行っている。群れ単位で行動する犬の習性が上手く活かされている。
猫人族は、戦場に分散しながら、各人が個人として戦闘の急所を探り当てて、個人技で魔物に対処し、結果的に人族や犬族の集団戦闘を援護する形となっている。
激戦区から外れたところでは暇そうにしているので一見無駄に見えるが、戦力を温存して継戦能力を確保するという利点もきっとあるのだろう。
一方魔物側はどうか。ゾンビ系は肉の壁。スケルトンは武器防具を備えた主力。上位のスケルトンファイターやスケルトンフェンサー、更にはスケルトンメイジが小隊長の地位について各集団をまとめている。
ゴースト、レイス、ファントムといった幽体系のアンデッドは単体で自由に彷徨い魔法攻撃を担当する。
魔物軍は一応組織的な戦闘単位を構成しているが、その規律はいい加減である。
あまり有意な組織的な行動は取れていない。
最前線のゾンビ系で足止めして、主力のスケルトンが敵に相対し、後方から魔法で攻めるという程度。
数的にはクフ側を10とすれば、迷宮側は4程度。半分以下に過ぎない。
各戦闘地点を見てもクフ側が優勢に押している。
こうして分析的に見てみると、クフ側が圧倒しているはずである。そうでないとおかしい。
しかし現実には、戦場全体では両軍は拮抗している。
むしろ時間経過とともに、魔物側がじりじり優位になっているようにすら見える。
「変だなあ?どうなってるんだ」
「ひとつにはアレのせいだと思うのです」
マットの指し示す方を見ると、迷宮の出口から新手のアンデッドが粛々と吐き出されて来ていた。
火{幽霊タイプに物理攻撃は利かないもん}
猫獣人の剣士がゴーストを斬りつけているが虚しく刃が素通りしており、そのうちに剣士の体は火に包まれ、慌てて地面を転げ回って消化していた。
聖{それにいったん仕留めたアンデッドが復活していますわよ}
バラバラになった骨がカタカタと集まり、スケルトンに組み上がって行く。
その隣では崩れた肉塊が盛り上がり、ぐずぐずのゾンビとなって立ち上がり歩き出した。
闇{この戦場を支配しているのはあのレイスクイーンじゃな。あ奴の魔力の流れをみるのじゃ}
レイスクイーンの体から赤黒い魔力が立ち昇り、拡散している。拡散先で軽く渦巻いて地面に向うと、散らばっていた骨はスケルトンに、肉塊はゾンビとして、再びかりそめの命を吹き込まれているのだった。
地{こりゃあ魔物側の勝だな}
風{あ、でもほら、まだ頑張るみたいッスよ}
ジャクリン隊長を先頭に数騎の騎馬が戦線を右から迂回してレイスクイーンに迫ろうとしていた。
水{見る人はちゃんとみてる}
俺{レイスクイーンを討ち取ったら流れが変わるかも知れないぞ}
ヒヒーン!ジャクリン達の騎馬が棹立ちになる。行く手にはゴーストやワイトの幽霊タイプが立ちはだかり、騎馬兵に纏わり付いて来たのだ。
騎兵の槍や馬上剣は効果が無く、逆に鬼火で狙い撃ちにされている。
「これはまずいな」
緩めの水流刃をとばして消火する。水竜も雨のように弱い落滴を落としていた。
「この隙に退け!」ジャクリン達は無念そうに退却したけれど無事だったことを喜びなさい。
「うはははは、この私に任せるのだ!」
このだみ声はドフルだっけ?助っ人の隊長だ。左から迂回してレイスクイーンに迫っていたんだ。
ドルフは攻撃魔法を放っていた。火槍がレイスクイーンを襲う。
「おう、なかなかやるじゃないか」
だがレイスクイーンが無造作に上げた片手の手前で火槍は掻き消える。
さて、次の攻撃はいかに?
あれ、馬体を翻して退却に掛かっているぞ。
「うはははは、今日のところはこのくらいにしておいてやる」
っておい、だめだろ!
「たぶん左右側面からの同時攻撃の奇襲作戦だったと思うのです」
「ああなるほど。太り過ぎで馬の速度が出ないから時間差がついて失敗したのか…」
火{まあ意気込みは買うけど、同時に攻めてても無理だったと思うなぁ}
闇{そうじゃな、しかもホレ、見るがよい}
新たなレイスクイーンが迷宮から姿を現した。これで二人になった。
その2人から発せられた赤黒い魔力が戦場の一画に溜まったと思った次の瞬間、周囲の肉塊と骨が一か所に集まって小山を成し、その中から何か出て来た。
喉に穴の開いたトロルのゾンビだ。
闇{いやあれはグールじゃ。ゾンビの上位アンデッドで動きがより俊敏じゃぞ}
もう一体、額が割れたトロルのグール、さらに落ちた首を脇にかかえたトロルグール。
更には眼窩に大穴を開けた盲目のサイクロプスグール。
こいつらって、俺が昼間倒した奴らじゃん!
闇{なかなかやりおる。新鮮な怨念を寄せ集めの屍に入れる高等技術じゃ}
つうか、褒めてる場合じゃない。これじゃあこの後の展開は一方的になってしまう。
スタンピード観察どころじゃない。ただの蹂躙劇を見てても気分が悪いだけで何の参考にもならない。
というわけで、適所に参戦するという約束を果たすとしよう。
「今回は魔法無しでやってみる。みんな手出しは控えててくれ」
天{了解でござる}他のみんなも了承してくれた。
マット「幽霊タイプには吸魔剣を使えばいいと思うのです」
闇{闇のモノはミスリルも苦手なのじゃぞ}
前線の薄いところに降下し、斬り込んで行く。ゾンビやスケルトンの遅い攻撃は無視して間を走り抜け、行く手を遮るモノがいれば斬って捨て、進路を確保する。
壁を作っていたワイトに向けて吸魔剣を突き入れると瞬時に霧散する。吸魔剣グッジョブ!
無人の野を行く勢いで最後尾のレイスクイーンに迫る。まあ確かに『人』はいないんだけどね。
レイスクイーンは色付きの影というかホログラムのような感じだ。
2人ともアンデッド軍団の中では異色の美形だ。
いやそんなことはどうでもいい。
1人からは黒い球が数個、もう1人からは黒いテープのようなモノが数本撃ち出されている。
その攻撃はミスリルソードで斬れた。切断され灰色の破片となった球やテープは失速して地に落ちやがて消える。吸魔剣に触れるとその瞬間に消失する。
双剣で攻撃を無力化しながら更に接近し、手を開いて突き出されたレイスクイーンの腕を切り落とす。
続けて足下を一閃。
レイスクイーンのホログラム体も、ミスリルソードで斬ると灰色の煙を上げてダメージが入り、吸魔剣が触れると抉れるように消失する。
キァァァアーーと悲鳴を上げるレイスクイーン。怯むことなくその顔面中央に吸魔剣を突き入れると全身が瞬時に掻き消えた。
もう一体はとみると、無防備な背中を晒しながら迷宮の扉に向けて敗走中である。
逃すものか。数歩で追いつき、背中に吸魔剣を突き刺し、そのまま頭の先まで斬り上げた。
何の手応えも無く吸魔剣は奔り抜け、悲鳴だけを耳に残してもう一体のレイスクイーンも消え失せた。
振り返って戦場を見渡すと、遠くでジャクリン隊の面々が剣を突き上げて喜んでいるのが見えた。
アンデッド軍団は何事もなかったかのように淡々と戦闘を続けている。
ちょっと拍子抜けしたが、流石にアンデッドは無感情なだけある。
巨人グール一派には人族と獣人族が分厚く集って対応している。巨人グールと言えど無手でもあるし、生前より弱体化はしているので、何とかなりそうだ。
それよりもむしろ、幽霊タイプの掃討をした方が良さそうだ。
クフ軍には魔法使いが極端に少ないみたいだからな。獣人はほぼ物理オンリーだし、ケフ軍は獣人が主力だから仕方ないか。
という訳で幽霊退治だ。
{しまった。魔法無しなんて宣言するんじゃなかった}
幽霊タイプは単体で戦場に散らばってるから厄介だ。
{漢に二言は無いでござるよ}{うっ…}
レイスクイーンを失ったアンデッド軍団は、戦力の再利用の道を断たれて、徐々に劣勢になって行った。
それから数時間後、アンデッド軍団はほぼ駆逐され、僅かに残ったモノは迷宮に撤退して行った。
「マサト殿お見事でした。レイスクイーンを討ち取ったのがヤマ場でしたね」
「縦横無尽に駆け抜けて幽霊どもを蹴散らしたお手並みも素晴らしかったですよ」
ヒィヒィ言って走り回ってただけなんだけど、傍目にはそう見えたのかな?
「そんな下郎のことはどうでもよいではないか。それよりもサイクロプスの不気味な眼窩に火槍をぶち込んで止めをさした我輩の活躍を褒めたたえるが良い」
「ああ。お主は偉い。ドルフのその話はもう20回は聞かされたがな」
「うはははは、そうだ我輩は偉い。もっと感謝してもよいぞ」
……。
「とにかく、夜明け前に魔物軍を撤退させたのは上々でした」
「ああ、これで朝までにしばしの休息が取れる」
「えっ!明日もまだ続くんですか?」
「この感じではまだまだ続きそうです。前日と比較して魔物の勢いが増しているか収まっているか、それが問題なのです」
「本来は昼と夜は交代で対応すべきなのですが、魔物の数が多過ぎて、やむを得ずの総力戦です。昼の部に臨む前に休憩出来るのは本当に有難い」
{おいおい、こんなこと言ってるけど大丈夫なのかね?}
火{ダメなら逃げるだけだよ}水{ダメそう}
地{とりわけ事が大スタンピードなら、どこまで逃げられるかという話だ}
風{そッスね。逃げた後は魔物棲息域になって廃墟化しやがて魔の森になるッス}
ツリーハウスで寛ぎながらユリアに魔話機で顛末を報告する。
「どうしたらいいと思う?」
「マサトの好きなようにすればいいよ。ネグアを保てば都市国家連合の友好勢力になるかも知れないし、魔の森化すれば安全マージンが増えるかも知れないし。どっちに転んでも一長一短」
「そっか。じゃあなるようになれって感じで好きにするよ」
うん、いいぞ。責任を負わされて重苦しいのは嫌だけど、好きに暴れるのは嫌いじゃない。
さて、明日はどうなることやら。