スタンピード
おおっーー!
「凄い」「あっという間」「誰だあれ」
トロルとサイクロプスの巨人一派を始末し終えた際、軽くどよめきが起こったが、あくまで軽いものに過ぎなかった。
まだ大挙する魔物達との戦闘は続いている。
巨人一派に対応するために遠巻きに集まっていた戦力は、必要とされる場所へ散って行った。
みんな良く訓練されている。
火{乗りの良い獣人達がもっと騒ぐと思ったけど意外~}
地{多少騒いだのはほとんどが人族の兵だったな}
風{でも味方の雰囲気は変わったみたいッス}
水{うん、尻尾が}
聖{うふふ、なんか可愛いわね}
垂れ気味だった獣人兵達の尻尾が、全部ピーンと立ち上がってる!
闇{みるからに勇気凛々という感じじゃの}
天{士気は戦局を一変させるものでござるよ}
獣人兵達の気迫が膨れ上がり、それは人族の兵をも巻き込んで行く。
巨人一派に対処せんと集合していた余剰戦力が、自然と戦闘の適所に配備されたこともあり、拮抗していた戦局が大きく傾き、一方的になりつつあった。
「あれ?もう勝負が決まりそう?」
どこを見ても守備兵側が押している。
やがて魔物は全て迷宮の入り口にまで追い立てられ、奥へと吸い込まれるように消えて行った。
*****
パカラッパカラッ、騎馬が一騎、俺の近くに駆け寄り、ひらりと優雅に騎士が降り立った。
体格の良い見事な馬、騎士の鎧も立派である。
「そこの御方、先程は助かった。おかげで魔物どもを押し戻すことが出来た」
兜を脱いで語り掛けて来た騎士は、うら若い美人さんだった。
「激戦でしたね。微力を尽くしましたが、お役に立てたなら何よりです」
「クフ守備隊長のジャクリン=ストリームと申します。失礼ですが?」
「傭兵の将斗です。ただの通りすがりですよ」
戦闘が終了しスイッチが切り替わった獣人達が、俺を嗅ぎつけてどっと押し寄せて来た。
「あれだぞ、さっきの」「おー、あんた凄かったなー」「まだ若い!」「細いのねー」「まじか、ホントに人族だったのか」「一杯奢らせてくれい」「お友達になりたいわ!」「友達以上でもいいかな」
ワイワイガヤガヤ囲まれて、頭や肩や背中がバンバンと叩かれる。あの、痛いんですが。
色々と身の危険を感じたが、ジャクリン隊長と騎士団に保護?されて、タリーの街に無事帰還した。
そのまま、騎士団本部でお茶と軽食をごちそうになっている。
「すると、正式な依頼は受けてなかったのですか」
「騒ぎになっていたので、急いで現場まで駆けつけんですよ」
「大活躍でしたのに勿体ない。手続きはこっちでやっておきましょうか?」
「そうして貰えると助かります。でももう戦いは終了しちゃいましたよね」
「いえいえ、むしろこれからです。おそらく夜の部があります」
夜には夜行性の魔物が進出してくる可能性があるそうだ。
「ところで、一体何が起こってるんですか?」
「ご存知ありませんか。スタンピードです」
数年に一度、魔物が迷宮から外部にあふれ出して来る現象、それがスタンピード。
中でも大スタンピード、文字通り大規模なスタンピードが数十年に一度発生するという。
「困ったことに、今回はその大スタンピードの可能性があるのです」
大スタンピードの場合、あふれ出て来る魔物の数が膨大でかつ質的にも、迷宮最下層にいる魔物、あるいは最下層にすらいるはずもないほど強力な魔物が出張って来ることがあるという。
「大スタンピードだった場合、どうなるんですか?」
「多くの場合、広い範囲が壊滅して魔物地帯になってしまいます。街はおろか国すらも…」
「そうならないためには?」
「大スタンピードの原因を解き明かし、それを解決すれば良いのですが、それがなかなか」
「これからどう対応なされるのですか?」
「首都ネグに応援要請は出しています。ただ隣国と交戦中であり、余剰戦力という面では厳しいでしょうから、増援が来てもなお厳しい戦いとなりそうです」
なんだか悲惨な未来しか見えないぞ。
「隊長!連絡があります」
騎士が歩み寄り、ジャクリンに何やら小声で伝えている。
「なに!?そうか…。その応援部隊が来たようです。作戦会議がありますのでここで失礼させていただきますた、マサト殿には、今後も是非お力を貸して頂きたい。戦場ではご自身の判断で自由に行動していただいて結構ですから」
ジャクリン隊長は礼儀正しくて好感が持てる。俺の扱いについても文句はない。
「分かりました。遊軍として適所と判断したところで参戦させていただこうと思います」
その時、扉が勢いよく開けられて、バン!と壁にぶつかった。
「ジャクリン!来てやったぞ、喜べ。応援はこの私の指揮下の部隊だ!」
「そ、そうか…。それは有難いかな?久しいな、ドルフ」
気のせいか、若干困った様子に見えるジャクリン隊長。俺は黙礼してその場を去ることにした。
ドルフという肉々しい感じの応援部隊の将校は、俺には全く無関心で、一瞥することすら無かった。
隊長室から騎士団本部を出るまで同行してくれた騎士の話では、ドルフ大佐はジャクリン隊長と士官学校の同期で、今は首都で近衛副長の地位にある人物だという。
「ここだけの話、ちょっとうるさ型のお方なんですよ。優れた武人なんですけどね」
部外者の俺にそこまで言うのってどうかとも思ったり、うるさ型というよりあんこ型かと思ったり。
マット{公然の情報ってことだと思うのです}
なるほど、『だから今後も気分を害さないで下さいね』と気を回してくれたわけだ。
騎士団本部を出て、クフの街中をぶらぶら歩いてみた。
非常時なので、道は避難の準備をする人が行きかい、建物は雨戸まで卸して厳重に戸締りされていて、どこもかしこも店仕舞いで取り付くシマも無い感じだ。
道端に立っていた大柄な熊獣人が俺の肩を掴むと問いかけて来た。
「おい、貴様は傭兵だな。どこのクランの者だ?」
「クラン?俺は騎士団から遊軍として参戦して良いと許可をもらってるんだけど」
「騎士団の遊軍、なんだそりゃ?まあいい。傭兵の集合場所はそっちの広場だ。あそこの角を右だからな」
「クランって何だ?」角を曲がって歩きながら呟く。
地{傭兵の部隊だな。正式なクランもあるが、多くは戦場ごとに臨時に組織される}
風{騎士団と傭兵団が共闘するときはクランは必須ッスね。クラン毎に部隊として行動するッス}
火{食料や報酬の配分にも便利なのよー}
「みんな良く知ってるな」
水{常識なの}
マット「精霊使いが傭兵ということもあるから、みなさん詳しいはずなのです」
人目の隙をついて上空へ縮空で移動し、広場の様子を観察してみる。
大きな幟がはためいてクランの場所を示しており、傭兵達が食事の提供を受けたり武器の補修をしたりテントの中で寛いだりしている。
大テントでは、机が置かれ説明や配置、そして報告と記録などの事務仕事が行われている。
怪我の治療をしている一画もある。
適度に弛緩しながらも、良い意味で緊張感があり、全体に活気にあふれている。
「さすが傭兵。戦場が仕事場であり日常なんだなー」
地{そりゃそうだ。お主も傭兵生活をするならアレに慣れることだな}
「うーん、自由なのは好きだけど、集団生活は苦手なんだよなぁ」
水{ダイジョブ。竜も大抵そうだから}
火{ていうか、傭兵自体が大抵そんな感じだよ}
風{傭兵集団は、実利と気分でかろうじて纏まってるだけッス。規律とかあんま気にしないッスよ}
「なろほど。だから騎士団の管轄ながら俺を遊軍にしてくれたんだな。おかげで凄く気が楽だ」
観察を終えて、郊外の林の中でツリーハウスを展開し、そこを拠点とすることにした。
パンと美味しい水と遅延収納内の適当な惣菜でいつもの食事を摂って寛いでいるうちに日も落ち、辺りは夕闇に包まれ始めた。
「おっと、そろそろ夜の部が始まるかも?」
*****
外壁付近の地上にも外壁上にもかがり火が焚かれている。
空には満天の星と太り気味の半月。
目が慣れると夜目の効かない人族の兵でも地上の様子を見ることが出来そうである。
迷宮の出入り口付近に動きがある。
何か出て来たぞ。人?いやゾンビだ。スケルトンもいる。
迷宮からぞくぞくと出て来て、いくつかの集団を作る。アンデッド軍団だな。
「迷宮から出て来るところを叩けばいいんじゃないの?」
地{いやいや、外で散開させて出来るだけ多数の魔物を討伐するのが大事なのだ}
聖{スタンピードの圧力を減じたいわけですわよね}
闇{定番じゃな。圧力を制御するにせよ迷宮内に突入するにせよ、まずはガス抜きからじゃ}
オーガスケルトンやトロルゾンビなどの大型のアンデッドや、強い魔力を持つ幽体のレイスなども散見される。
最後尾には王冠を戴いた女性のレイス。こいつがアンデッド軍団の総大将?
火{レイスクイーンだ}
地{そこそこ大物だぞ}
「レイスクイーン?なんだかパラソルを持たせたくなるな」
水{は?}風{意味不明ッス}
レイスクイーンの名称に違和感があるのは俺だけのようだ。
カタカタカタ、ビシャグシャピシャ。硬質な音と水っぽい音を立ててアンデッド軍団が前進する。
ザッザッザッ。軍靴の音を響かせて、人族と獣人族の兵が迎え撃つ。
不規則に広がったアンデッド軍団の前線に合わせて、守備兵側も散開した。
迷宮と街壁のほぼ中央で両軍の前線がぶつかり合い、そして戦端は開かれた。




