不穏な徴候
そこは傭兵達の集う酒場。人族もいるが圧倒的に獣人が多い。
獣人達はぱっと見で4つの傾向がある。
まず最も人族に近い者。耳と尻尾があること以外は人と変わらない。
次は鼻の頭が黒やピンクのお団子状になっている者。サビィとガモンもこのタイプ。
そして更にほっぺたがもり上がって犬猫っぽいひげが生えている者。掌は分厚く指も太短い。
最後に見た目ほとんど犬猫で単に服を着て二足歩行しているだけの者。うん、しゃべる犬猫だね。
獣人達は陽気で賑やか、単純で裏表が無く、直情径行タイプが多い様だ。
「いい稼ぎがあったから今日は俺達4人が奢るぜい!」
ちょっとガモンさん。俺とこの場にいないサントスも数に入っているようなんですが?
「「「いやっほー!」」」「太っ腹だねえガモン」
もちろんこの提案は大歓声で迎えられる。
「おう、このガモン様は最高だっての」
「あーあ、自分で言うかねぇ。色々と台無しだぞ」
既に酒の入っている猫人の男が茶化す。
「なんだと、てめぇは俺のげんこつでも食っとけ!」
「へっ、奢りは有難くいただくがげんこつはいらん。しかし返礼はきちんと返すぞい!」
何かいきなり本気モードの殴り合い?速いパンチの応酬だがお互い余裕で躱している。
尻尾を見ると軽く振られているから、これは単なるじゃれ合いなんだろう。
そう、こんなふうに、獣人の身体能力は高い。
筋力、反応速度、バランス感覚、嗅覚聴覚が相当高い次元にある。
生まれながらの優れた戦士なのだ。
そんな獣人戦士に揉まれている人族の戦士の成長も早い。
三下扱いながら、イビルフォックスを軽々と仕留めた少年傭兵サントスのように。
{ネグアの軍事力は獣人兵士に支えられていると思うのです}
マット先生の分析を待つまでもなく、俺もそう思うよ。
ガモンの奢り宣言のおかげもあって、新顔の俺もスムーズに場に溶け込めた。
「そうかい、お前さんも傭兵かい」
服を着た土佐犬に見える獣風味の濃い男が話し掛けて来た。
口蓋の形状のせいか、発声が低くこもった感じで少し聞き取り辛い。
「今はタリーには傭兵仕事はいくらでもあるぞ。タリーだけじゃない。よその街でもだ」
「どんな仕事があるんですか?」
「タリーで一番多いのは、森の砦での監視だな。トルガとシーズーあたりは隣国との戦闘。クフは迷宮絡み。ネグは治安関係かな。街を移動がてらに護衛任務なんてのもいいぞ」
「いやいや、今熱いのはクフだにゃん。伝書バト通信が届いたのを知らないのかにゃ」
みつくちと猫ほっぺの可愛いお姉さん。しかし、やっぱりその語尾ですか!
「砦からさっき街に入ったばかりなんですよ。どんな報せがあったんですか?」
「迷宮から魔物が溢れて来てるらしいにゃん。それもかなり深層の強そうな奴もいるらしいにゃ」
「まじか!なら報酬も足下見放題だな!」
「死んだら報酬は貰えんぞ」
「いやいや、死んだ奴らの分まで貰えてウハウハ」
「行こうかにゃ?あたし今まで死んだことがないのが自慢なのにゃ」
「あんたもか!奇遇だな、実は俺もだ!」
なんだか大騒ぎである。どこか呑気で陽気なところがいい。うん凄くいい。
1番人気は首都ネグ方面への馬車の護衛任務を取って、お金を稼ぎながら移動する方法。
2番人気は、共同で馬車を借りて、お金はかかるけれど速度重視で早めにクフ入りする方法。
転移とか飛ぶとかと言う話は出て来ない。
飛んで行こうかなと呟いてみたが冗談だと受け止められる。
ここでもやっぱり飛ぶのはレアなようだ。
となると、無駄に目立つのはなるべく避けたい。離陸と着陸時には注意せねば!
奢りの分を入れても3Gあれば十分だというのでサビィに3G渡して早めに酒場を後にした。
人目の少ないところで上空へ飛翔し、街の外の良さげな林でツリーハウスを展開する。
シェルター都市のショップでポイント交換で購入した逸品で、基本装備は整っているし風通しはいいし、快適なアウトドアハウスなのである。亜空間から取り出してセッティングすると、自動で木の枝にフィットして平らに安定する。
そのツリーハウスの風通しの良い快適な部屋で、やや固めの清潔なベッドに寝ころびながら魔話機をユリアに繋ぎ、今日の出来事を話す。
報告というより、旅の様子を雑談交じりに話す感じだな。ユリアは聞き上手なので話してて楽しい。
結構な長魔話になってしまって、通話が終わったら、ほろ酔い気分のまま眠りにつく。
旅の初日はこんな感じ。
*****
翌朝目覚めたら、まず生活魔法の浄化で身だしなみを整えて、パンと水に収納していた惣菜で軽く朝食を済ませてから、ランクAの洞窟へ転移(笑)。
俺と竜達それぞれが持ち技を確かめ、軽く連携を調整すると、すぐに2時間くらいは経ってしまう。
ネグアでは出番が無くて暇を持て余していた竜達が活き活きと躍動している。
なに?肆竜が新技を披露してくれるだと!
ネグアでは何やらヒソヒソやってたと思ったらそういうことだったか。
で、その新技その1。地竜の石弾と火竜の炎を組み合わせた溶岩弾。
うむ、衝撃と貫通力、高温と爆発力を兼ね備えたなかなかの威力です。爆発後に残った溶岩が付着していると継続ダメージも入ります。付着が敵体内であればなおさら。よーしいいぞ!
新技その2。水竜の酸霧と風竜の暴風を組み合わせた強酸暴風雨。いやはやなんと申しましょうか…。
酸の侵蝕性が極めて強力です。阿鼻叫喚状態をもたらす鬼畜の範囲攻撃です。これは使いどころを選ぶね。洞窟内ではむやみに使わないように!
「天竜も加わったし新技も出来たし、そろそろ下層に足を伸ばしてもいいかもね」
{洞窟は狭いゆえ、裂空を抜くと崩すかもでござるよ?}
「それは困るのです。この洞窟はとても貴重なのです」
{下層の魔物はランクSじゃろうから、裂空なしでは詰む可能性が無いとは言えんのう}
{行けると思うッスけど、万全じゃあないッスね}
「そっか、まあ急ぐ必要はないよね。無理なくぼちぼちやればいいや」
ということで下層の探索はしばらくお預けだ。
今日は迷宮の街へ行って見よう。ケフに似た名前の…、クフだったかな。
まずはツリーハウスまで転移してハウスを収納し、タリー上空へ飛翔する。
「東の方向だったな」
タリーから東へ、街道の上を飛ぶ。
途中、泉と茶屋があったので裏の林へ降りて、休憩がてら話を聞いてみた。
「こっちへ行けば首都ネグ。ここはタリーとネグの中間地点だよ。クフはネグを通り越して更に東だね」
「クフの迷宮で騒ぎがあったのを聞いてますか?」
「さあ知らないねぇ。でもタリーの西の森で魔物が多数出たという話は聞いてるよ」
昨日のオーク集団の話がもう伝わってる。
クフの話もすぐに耳に入るんだろうな。茶屋の情報力は侮れん!
裏の林へ戻り、上空へ転移してから、街道沿いに更に東へ飛行する。
やがて大きな街が見えて来る。ここが首都のネグだな。
人族、猫族、犬族の各首長が合議で治める三頭政治の体制がとられているらしい。
いずれは、そういうのも間近で見て統治状況を感じてみたいけれど、今はまずクフを目指そう。
ということでネグ上空を素通りして更に東へ。
ネグからは、街道を東へ向けて進軍する軍隊や騎士団、そして傭兵の群れが目立った。
クフに近付くと逆に、大挙してネグ方向へ向かっている人々がいる。
家財道具を荷車に満載した避難民のようだ。
クフの街中は兵や市民が右往左往している感じで、東側の街の外ではあちこちで戦闘が行われていた。
乱戦模様である。戦っているのは兵と魔物。
上空から見ると戦い方の個性が良く分かる。
秩序を守って組織で戦うのは人族だ。一方、個の強さを活かして自由に暴れているのが獣人兵。
俺の立ち位置はと言えば。はい、もちろん自由なのが好きです(笑)。なのでむしろ獣人寄り。
おや?魔物が守兵に囲まれつつも蹂躙している一画があるぞ。
トロルと更に大型の一つ目の巨人。サイクロプスかな。まずはあそこに向うことにしよう。
目立たないように地上に降り立つ。
「トロルとサイクロプスは?おっと!」
聳え経っている。なんというか、遠近感が狂う。
トロルは3~4m、サイクロプスは6mはあるだろう。
接近戦を仕掛けている兵士の頭がサイクロプスの膝から腿までの高さまでしかない。
トロルは3体、極太の棍棒を手にしている。サイクロプス1体だけだが、丸太を持って振り回している。
うわ、丸太で薙ぎ払われて数人が吹っ飛んだ。頭がザクロのように割れている兵もいる。
あのひと振りで3人が戦死、次の一振りで少なくとも2人が戦闘不能の重傷を負ったと思われる。
とんでもないな、巨人どもは。
サイクロプスとトロルを大勢が遠巻きにしているが、有効な攻撃は加えられてない。
奴らが近付くと後ずさりしている。
そしてたまに数人が我慢できずに玉砕覚悟で吶喊しては、そのまま玉砕しているという状況だ。
たどり着いた俺は、グンニグルを手にして包囲陣を掻き分け、静かに巨人に歩み寄る。
サイクロプスの単眼と目が合った。奴は「ゴァ」と短く吼える。完全にこっちを見下しているな。
「のぼぉ」「ぬあぁ」間の抜けた雄叫びを上げながらトロルが迫る。
棍棒を大きく振り上げて隙だらけの正面のトロルの喉元に向けて、腰を入れた捻り突き。
周囲の肉を巻き込みながら太短い首を貫通。脛骨をへし折った手応えがある。
振り上げた棍棒の勢いに従って、喉の穴の開いたトロルが仰向けに倒れる。
右のトロルが棍棒を振り下ろして来たので足捌きで素早く躱す。
棍棒はそのまま地面を抉り先端が埋没した。その斜めになった棍棒を足掛かりに跳躍し、石突で眉間をたたき割り、倒れるトロルの肩の辺りを蹴って身を翻し、横薙ぎにしたグンニグルの穂先で左のトロルの首を刎ねる。グンニグルの刀身は良く斬れるので切断もお手のものなのだ。
この間わずか数秒。間髪を入れない連続動作で3体のトロルを葬り去った。
一瞬ポカンと呆けたサイクロプスだったが、これを事実と受け入れると、顔を歪めて怒り心頭となった。
「ゴアァァァー」大きく吼えて、丸太をブンブンと振り回す。
空を切る重低音と、躱しても感じる風圧。丸太の間合いが長いのでちょっと厄介である。
地{そろそろ出番かな}水{(ワクワク)}
はやる竜達をひとまず諫めておく。
{大丈夫、やれるから任せて}
まだ手の内を見せるような場面じゃないよ。
サイクロプスは力感に溢れているが、動きは無駄に大きくて単調だ。
丸太を振り切った後に大きな隙がある。膝を狙ってグンニグルを突く。
が、弾かれた。おっと頑丈な膝だな!
ならば少し趣向を変えて、膝周囲の靭帯を狙う。
筋肉がよく発達しているので、腱の位置も丸判りだもの。
膝周りを数回突いて奴の足を止め、丸太の振りが鈍ったところで、手首に強めの捻り突きを入れる。
よし、丸太を手放した。
空いた両手で掴み掛かろうとする動作を見せるサイクロプスだが、させるか!
股間と下腹部に衝撃を纏わせた2段突きをかます。
たまらず蹲って顔面が下がったところで、穂先に衝撃を纏わせて、渾身の一撃を奴の単目に突き入れる!
ずりゅっ。うん、良い手応えがあった。
貫通こそしなかったものの、穂先は眼窩から頭蓋内へ入り、衝撃が内部をずたずたに攪拌したはずだ。
槍を手元に手繰り寄せると、こと切れたサイクロプスはゆっくりと傾き、ズシンと地を震わせて倒れ伏した。