修羅場
翌日早朝から活動を始める。
専門家のエランが夜間偵察から戻って来て報告したところによれば、敵兵は騎馬60、弓槍兼備の重装歩兵が40とのこと。
ザワザワザワ。
「何だと、騎馬60!」「あり得ん。協定違反だ」「卑怯な!」「まずいぞ、圧倒的に不利だ」
こちらの軽装歩兵40名分がまるごと騎馬なのが敵の構成だ。どうやらしきたりに反するらしい。
伝統的な兵種選択を逸脱しているとのこと。
軽装歩兵は騎馬に次ぐ機動力を持つが、騎馬と比較すると機動力も攻撃力もまるで及ばない。
そしてこちらの重装歩兵が槍及び盾が20、弓及び盾が20なのに対し、敵は槍及び弓が40。
守りを捨てて攻撃のみに特化している。
「こちらの優位は、盾持ち40の防御力と、傭兵部隊10人を捨て兵にできることだけか」
騎馬の誰かが話すのが聞こえた。
おいおい、俺達は捨て兵かよっ!
作戦が伝えられる。
まず敵の弓を先攻めして封じる。
その後、敵騎馬の動きに応じて、できるだけ背後か側面から攻撃する。
騎馬2隊は両翼に陣取り、機を見て柔軟に移動して、守りつつ敵弱点を突く。
槍隊は最前線、弓隊は最後尾。攻撃時以外は密集隊形で盾を構えて防御する。
軽装歩兵は、槍隊の背後に位置して前進し、敵に十分接近したら突撃して白兵戦、または敵騎馬の足が止まったら、白兵戦。
傭兵隊は先行して大きく迂回し、背後から敵重装歩兵に白兵戦を挑む。
傭兵隊がまず第一に動き、これが戦闘開始の合図になる。
敵が弓を構えているうちに突撃し、敵に弓を撃たせないこと。
弓隊は傭兵隊の動きを見ながら弓で援護する。
将隊は敵将隊を牽制しつつ、余裕があれば戦闘の急所に攻防魔法を投入して援護する。
「初動でどれだけ敵を倒せるかに戦いの帰趨が賭かっている。傭兵隊、頼んだぞ」
中隊長の侯爵夫人からありがたい?お言葉。
傭兵隊のメンバーの顔を見ると、みんな血の気が引いている。
ゴザク班ではへたり込んでいる者もいる。
「くっ。それでも役目を果たして、生きて還る!」
ソーシンが歯を食いしばって呟いた。
本隊が朝食の準備を始めているうちに、傭兵隊は先行して出発した。
乾パンと干し肉を齧りながら歩く。皆無言だ。雰囲気は限りなく重い。
やがて泉の茶屋と開けた草原が見えて来た。ここが決戦場になるべき場所だ。敵の姿はまだ無い。
傭兵隊はここから、道をそれて森に入り、予想される敵布陣の背後の位置を取るべく、潜行する。
森の中にはやけにゴブリンとコボルトが多い。あらかじめ地竜と水竜に倒してもらいながら進む。
死体は避けて進行したので、傭兵仲間に気付かれることは無かった。
じきに敵味方両軍が到着して布陣する。敵は前線に騎馬5隊、中間に重装歩兵、最後尾に騎馬1隊。
なお、両軍の将隊は、それぞれ側面にそれて全体の視界が確保できる位置に陣取っている。
俺達は敵の真後ろから少し移動して、騎馬と重装歩兵の中間あたり近くの藪に潜んだ。
「まずいな。騎馬10が邪魔だ。これじゃあ重装歩兵にたどり着く前になぶり殺される」
「俺達は騎馬近くに移動して奴らを引き付ける。その隙に突入してくれ」
コザクが提案する。
「分かった。そうしてくれ」
俺達が準備を進める間、本隊の方にも動きがあった。
双方の将隊が集合して何やら話しをするようだ。
「こういうものなのか?」
「ああ。まず戦闘の理由を相互に確認して宣戦布告だ。相手の言い分を認めてその場で和解もあるかもだ」
「この布陣で和解するとなれば、こちらは敗戦に等しい和解内容となるだろうな」
「いきなりの和解はないだろう。まず一戦して、戦況が膠着すればそこで和解が試されるんだ」
言葉に残念そうな感情がこもっている。傭兵達は即時の和解希望のようだ。
「しかし…膠着するだろうか」
そういうことだよね。一方的になりそうな嫌な予感。
*****
<エラン視点>
将隊が両軍前線の中間地点に集合する。事前協議の始まりだ。
ヌバルの中隊長は太った小柄な男、領家の三男のピグジンだ。また大物を持って来たものだ。
他の4人うち、3人は確か攻撃魔法使いだ。防御魔法も兼用だったかも知れない。最後の一人は風変りな恰好をした見知らぬ顔。こいつも魔法使いのようだな。
「タグのこの野蛮な行為は何だ。無法にも我が商隊を2度も襲撃するとは。ヌバルの貴族4人を含む44人が殺害された。全員降伏して非を悔いるならこの場は納めてやる」
「なんのことですか。全く身に覚えがありませんよ。そちらこそ、泉に駐屯するタグ部隊30名を全員斬殺したではないですか!それに騎馬60とは卑怯ですよ」
ローザンヌ侯爵夫人が抗議する。当然のことだ。
「とぼけるか、無礼者が!横暴な振舞をするタグに対してとる礼などない!!」
突然、ピグジンが剣を抜いて夫人に斬り掛かった!狂人だ!
子爵が咄嗟に風盾を展開して防御し、惨事を未然に防ぐ。
俺とウンボムが夫人の前に出て更なる攻撃に備える。
「ふん。交渉は決裂のようだな。全員血祭りに上げてやる。ヌバルには秘密兵器があるからな。ふははは」
全員所定の位置まで引き上げた。
「話になりません。頭がおかしい」
夫人が高い軌道で火球を打ち上げる。開戦の合図だ。
*****
コザク班が藪の手前でワーワー気勢を上げている。
しかし逃げる気満々で危険性が感じられないので、騎馬隊はガン無視だ。
{地竜、頼むぞ。一発かまして騎馬隊の注意をコザク達に向けてくれ}
地{任せろ}
地竜がコザク方面から石弾を飛ばす。
一騎の体を貫通し、更には小隊長騎にも命中して落馬させる。
「小隊長がやられた!あそこだ。くそうあの乞食部隊め、逃がすなよ。皆殺しだ」
残りの8騎が後方の藪方向に駆けだす。
よし、今だ。将斗班5人が静かに敵重装歩兵の背後に駆け寄る。
こちらは革鎧の軽装備、敵は金属鎧の重装備で自らがガチャガチャと立てる金属音でこちらに気付かない。
ザァァー。味方の弓部隊から発射された矢が降って来る。
金属鎧なので致命傷にはならないが、ある程度のダメージはあるようだ。
「弓を構えろ。狙いはタグの弓部隊だ。騎馬隊が接近するまで連射する」
敵は前方に掛かり切りで後方への注意は疎かだ。いいぞ!
重武装の金属鎧にも弱点はある。膝裏や脇の下など、関節可動部裏の繋ぎ目が狙いどころだ。
接敵した。ミスリルソードを脇の下から突き刺しては抜き、同様にもう1人。無音で倒したのだが、
「敵襲!背後から敵襲ー!!」さすがに気付かれた。
ソーシンも一人を仕留めた。他の3人も奮闘している。
ヌバルの重装歩兵は大混乱だ。弓を置いて急いで槍に持ち替えようとしている。
よし、まずは敵の弓攻撃を阻止した。第一の目標は達成。
あ、味方の第2射。これは…、援護というより俺達ごと攻撃してるな。
味方の矢に注意しつつ、敵兵をなぎ倒す。
動きの鈍い重装歩兵は、白兵戦では俺の敵ではない。
しかも俺のミスリルソードは、やすやすと敵の金属鎧ごと断ち斬れることに気が付いた。
左右に無造作に斬り払いながら、敵中を駆け抜ける。
指示を出している小隊長らしき敵兵がいる。装備が立派なので区別が容易だ。
粘着性の火球を飛ばして頭部に張り付かせる。
火{爆でやっつけるよ}{頼む}
水{落滴で潰すの}{やってくれ}
地{土槍で串刺しにして晒す}{任せた}
あっという間に重装歩兵の小隊長らしき4人を屠った。
1人は股間から顔面まで土槍で貫かれ、死体が貼り付け状態になっている。
爆散した奴の鎧の破片は周囲にも被害を及ぼした。
そして俺の火球を頭部に張り付かせ、悲鳴をあげながら地面を転げ回っている奴もいる。
苦し紛れに兜を脱ぎ捨てると、尚更凄惨な光景となる。
火球は、兜ではなくて肉体の方に粘着しているので、兜を取るとなおさら、爛れるながら焼ける顔面が直視できてしまう。
「うわぁぁぁ!魔法で攻撃されているぞー!」
敵は恐怖に駆られ、恐慌状態で右往左往している。
俺は双剣を効果的に操りながら、敵の槍をいなし、懐に飛び込んでは鎧ごと敵の両腕を、あるいは体を両断した。
多数に囲まれた際には、水流刃を操って複数敵の顔面に同時に当てて怯ませてから反撃した。
威力イマイチの水流刃でもナイフで浅く斬りつける程度のダメージはあり、顔面にこれをやられて怯まない敵はいなかった。当たり所が良いと視力を奪うことができた。
む、ソーシンが味方の矢で足を負傷している。傭兵仲間の一人は至近距離から矢で胸を射抜かれた。
素早くソーシンに駆け寄って、傷薬極上を振り掛ける。
胸を負傷した仲間は即死だった。残念だが死んでしまっては手の施しようが無い。
「おお、凄い薬だ、みるみるうちに傷が治る。済まん」
「なあに、いいってこと」
ついでに、魔法回復薬(上)を飲んで置く。これで回復速度が上がって、6秒に1発の割合で巡行で魔法が撃てるはずだ。このペースでなら魔力が枯渇することなく撃ち続けられる。
気が付くと既に敵重装歩兵の数は半数近くになっていた。
ソーシンと残り二人の味方に声を掛ける。
「3人で背中合わせになって隙を無くせ。あくまで防御優先で。攻撃は3人で敵1人を相手にするように」
「応よ!少数で大勢を相手にするやり方とは思えんが、マサト隊長に従う」
{地竜、こいつらを見ててくれ。危なかったら援護を}
地{承知}
見渡して敵の多いところを見つけ、そこへ走る。
手が届けばミスリルソードで斬捨て、遠くの敵は正対していれば石礫で兜の隙間から頭部を打ち抜き、そうでなければ火球を飛ばして頭部に粘着させて仕留める。
2~3か所を走り回ると、もう立っている敵はほとんどいない。
ふと後ろをみると、ソーシンらのところへ騎馬が7騎攻め寄せている。
さっきまでは8騎だったからゴザク班がなんとか1騎を仕留めたということか。
{水竜、酸霧出して}
水{(コクン)}
ブヒヒーン!馬が酸に目と鼻をやられて棹立ち状態になり、敵騎兵が落馬する。
騎兵達も酸を吸い込んだり視力を奪われたりした上に、落馬のダメージも加わって戦うどころではない。
比較的ダメージの軽い一人は地竜が石弾で打ち抜いていた。
残り6名を殲滅するべく、ソーシン達が駆け寄る。うん、ここは任せてみよう。
*****
<エラン視点>
ヌバル前線の騎馬3隊が正面から突撃して来る。他の1隊は右に回り込み、もう1隊は左に回り込んだ。
「槍隊、盾で壁を作れ。盾の隙間から槍を立てろ」
「歩兵第7小隊は槍隊の後方へ、第8第9小隊は弓隊の後方へ移動する」
「弓隊は左右の騎馬を攻撃せよ。騎馬が接近したら盾で防御!」
各隊の小隊長が的確な指示を出している。
敵何騎かは盾に蹄を引っ掛けたり、槍に貫かれたり、あるいは弓に射られて脱落した。
しかし、大部分はこちらの攻撃を凌いで突進を続ける。盾・槍兵が踏み付けられ蹴散らされる。
正面からの騎兵3部隊は、槍隊の盾陣を抜けて後方の軽装歩兵を蹂躙しつつ、弓隊へ迫る。
左右側面をついた騎兵2部隊は、正面の騎兵が駆け抜けた後、挟撃してすれ違いつつ、槍隊後方の残存歩兵を討ち取り、弓隊方向へ移動中の歩兵を蹴散らした。
タゲの騎兵部隊は、敵騎兵と正面からすれ違っただけで、ほとんど戦果を挙げていない。
敵騎兵の動きが速く、しかも味方歩兵の布陣を突っ切って移動しているため、予定した追撃が出来ない。
下手に追撃すると、味方兵を蹴散らしかねない。
味方の騎馬隊は、作戦の不備を悟って、将隊の守りに回る判断をしたようだ。
こちらに集まってきている。この判断はどうなのだろうか。
敵騎兵どもが駆け抜けた後、歩兵はほぼ全滅。弓隊は半減。槍隊は3割減という惨憺たる状況だ。
各騎兵は踵を返して、往復ビンタの態勢に入る。
まずいな、非常にまずい。
復路で全滅の危険がある。
後方の戦場はどうか?おおなんと!意外や意外、当方が優勢じゃないか。
傭兵部隊、マサト殿だな。流石だ。少数で多数を圧倒している。どんな手品を使うとこうなるんだ?
しかしながら、それでも全体の趨勢をひっくり返すことは難しいだろう。
何と言っても敵の主力である騎兵がほとんど無傷で残っているのだ。
夢中で戦況を観察していると、隊長から声が掛かった。
「エラン、戦場を抜けて、領主代行のリヒター様に、ピグジンの非道と紛争の顛末を伝えなさい」
「ローザンヌさま、しかし…」
「隊長命令です。反論は許しません。早く行きなさい」「はっ!」
いったん真横に離れることにしようと、馬を走らせ始めたとたん、後方で悲鳴が上がる。
振り向くと、将隊が蹂躙されていた。
「な!?あり得ん。子爵殿の結界はどうしたんだ」
防御担当の子爵は、風魔法と土魔法を使いこなす老練な魔法使いであり、堅固な結界を築いていたはず。
しかしその結界内部で暴風が吹き荒れ、俺を除く4人の将隊メンバーが切り刻まれていた。
これは嵐刃か。上級風魔法の範囲攻撃だ。
む、頭上に巨鳥!いやあれは、ハーピーだ。魔物の仕業?そんなばかな。
まさか、精霊使いか!?
そうだ、あのハーピーは半透明、精霊だ。それで魔法の結界を素通りして攻撃できたのか。
しまった、ハーピーが俺に気が付いてこちらを見た。
何か来る!風刃か!?
小太刀で払った、が、そのまま馬に着弾する。驚いて棹立ちになる馬。
振り飛ばされた。今、宙を飛んでいる。地面がスローモーションのように近付いて来た…。
*****
<ヌバル将隊>
「戦況は騎兵方面は優勢、重装歩兵方面は劣勢だな」
「重装歩兵、一体何をしておるのでしょう?軽装歩兵数人以外、それらしい敵は見当たりませんが」
「ふん、歩兵は捨て置け。それよりもあの生意気な女隊長を殺るぞ」
「え?将隊を攻撃するんですか?」
ガツン!疑問を口にした女性魔法使いがピグジンに蹴られて吹っ飛んだ。
「構うものか、馬鹿者が。パサン、敵将隊を殺れ。結界が張ってあっても問題はないな」
「むろん問題ございません」
パサンと呼ばれた男の頭上に大型で顔の青いハーピーが顕現した。この男、精霊使いである。
パサンがブツブツ呟くと、ハーピーは「クァー」と一声鳴いて飛び立つ。
数瞬後、タグ将隊に血煙が巻き上がった。
「ははは、ローザンヌと女神官は倒れたな。残りはまだ生きているようだ。パサンとどめをさせ」
「はっ。…防御魔法使いと馬で脱出した剣士を風刃で仕留めました。しかしあと一人、大柄な棒使いの兵士がなかなか死にません」
「面倒な。よし、俺様がまとめて焼いてやる。お前らもぼさっとしていないで攻撃魔法を使え。タグ兵どもを一人残らず狩り尽くせ!」
*****
<ウンボム視点>
エランが離脱した。どうやらこの戦いは勝ち目がない。将隊が無事でいられる保証もない。
あの殺戮魔ピグジンは正気じゃない。何をしてくるか予想もつかない。
む、殺気!頭上か?
「キャーッ!」左右から悲鳴が上がる。
突如吹き荒れる暴風。その中に無数の風の刃が紛れている。風魔法の攻撃だ。
しかしなぜだ!?ここは子爵殿の結界の中だというのに。
棒を回転させて落とせる風刃は叩き落とし、くぐり抜けて来たものは、急所に飛来する刃だけを躱す。
しかし、見えない風の刃は四方八方から不規則な軌道を描きながら無数に押し寄せて来る。
他人を庇う余裕など到底ない。全方位からのこの連続する攻撃をどうやって防げというのか。
子爵殿は頭を抱えて地に伏している。顔面と動脈部を庇う姿勢だが、既に満身創痍。
侯爵夫人と神官は?いかん、2人ともすでに意識を失って仰向けに倒れている。
体の下は血だまりだ。血が流れ過ぎている。指や耳など欠損部位もある。
かく云う俺も全身出血でヌルヌルだ。酷い有様だ。
…やっと嵐刃が収まった。
パリス殿、済まんが、手当はまずは侯爵夫人が先だ。
む、風刃の追撃!
うぬ、子爵殿の首が、千切れる一歩手前!
ああ、結界が子爵殿の命と共に消えて行く。
もうダメかも知れん、だが、最後まで諦めんぞ。
侯爵夫人の傷は深い、特に首筋の傷が。
片手で傷を塞いで血の噴出を止め、もう一方の手で魔収納から傷薬を取り出して振りかける。
手が震える。間に合うだろうか?
うああ!!今度は火魔法だ。一面が火の海に。体が焼ける!
侯爵夫人を抱えて、脱出を図らなければ。
だめだ、俺の移動方向に更に火の海が広がった。
これはもう……。