第6章 第185話 王を討つ者、村を守る者
オークキングが動いた。
一歩踏み出すたび、村の中央を通る土の道が鈍く震える。通常のオークより二回り以上大きな巨体。肩には獣皮を重ねた防具をまとい、右手には人族なら両手でも持て余しそうな大斧が握られていた。
距離が縮まったところで、俺は改めて【鑑定】を使う。
【種族:オークキング】
【危険度:A】
【状態:良好】
【推定生存年数:数年】
【進化要因:大規模群体の支配・多数の戦闘経験・高密度魔力の継続吸収】
【魔力蓄積量:進化段階に対して不均衡】
【魔力循環:一部不安定】
【未解析の魔力混濁:あり】
表示された進化要因に対して、生存期間と魔力蓄積の釣り合いが悪い。
やはり、普通の成長過程とは思えない。
しかも体内を巡る魔力には、ゴブリンロードで見たものに似た濁りが絡んでいる。
同じものとは断定できない。
けれど、無関係とも言い切れなかった。
「ユウト殿!」
アイリスの声で意識を戻す。
オークキングの大斧が振り下ろされた。
アイリスは受けない。
一歩だけ右へずれ、刃の軌道を外す。
直後、大斧が地面へ叩きつけられた。
轟音とともに土が爆ぜる。
「なんという膂力……!」
それでもアイリスは退かない。
斧が地面へ食い込んだ一瞬に懐へ入り、脇腹へ斬撃を走らせた。
浅い。
分厚い筋肉に止められている。
だが、十分だった。
「そのまま広場の外へ!」
「承知いたした!」
アイリスが後退する。
逃げているわけじゃない。
わざと斧を振らせ、キングの向きを住民のいない側へ変えている。
動きなら俺にも再現できる。
でも、相手をどこへ誘い、次に何を振らせるかという判断は、積み重ねた実戦経験の領域だ。
だから任せられる。
「ユウトお兄ちゃん!」
右手からフィーナの声が飛ぶ。
二軒先の家から、親子らしい三人が出てきた。
その後ろへ四体のオークが迫る。
「エリシア!」
「見えています」
杖が上がる。
「ウィンドバインド」
風が帯のように絡みつき、四体の足を取った。
吹き飛ばさない。
転ばせるだけだ。
その隙に俺が駆け込む。
一体目の顎へ柄打ち。
二体目の膝を崩す。
三体目の棍棒を潜り、腹部へ掌底。
最後の一体が親子へ向かおうとする。
その足元から、低い土壁がせり上がった。
「そちらは通させません」
エリシアだ。
「フィーナ!」
「こっち!」
親子が西側へ走る。
俺は残ったオークへ向き直った。
村の中では、大きな魔法ほど危険になる。
必要なのは威力じゃない。
精度だ。
「ブルーフレア」
青炎を拳ほどの大きさまで圧縮する。
射線上に人も家もない。
放つ。
青い火球はオークの胸へ吸い込まれ、その体内だけで収束した。
背後へ抜けない。
周囲へ燃え広がらない。
一体だけが倒れる。
「西は通すよ!」
レティシアの声が響いた。
外した柵の前で大盾を構え、三体のオークを押し返している。
「おらぁ!」
盾が一体を弾き飛ばす。
それでも追撃はしない。
すぐ出口へ戻った。
「逃げる奴は森へ行け! ここはアタシが止める!」
背後を住民たちが駆け抜けていく。
さらに森では、セレスが負傷者を診ていた。
「この方は先に運んでください。そちらは止血できています。歩けます」
傷を見て、優先順位を決めている。
全員へ同じ回復魔法を使うわけじゃない。
その時、セレスの表情が変わった。
「ユウトさん!」
「どうした?」
「この方の傷、少しおかしいです」
倒れている男の腕には深い裂傷がある。
セレスはすでに洗浄と止血を済ませていた。
「傷の深さに対して熱が出るのが早すぎます。それに、この周囲だけ魔力の流れが乱れています」
俺はそこで初めて【鑑定】を使った。
【状態:裂傷・軽度出血・局所的魔力循環異常】
【局所魔力:微量の混濁あり】
【性質:判定不能】
「傷から何か入った可能性は?」
「あります。でも、まだ断定できません」
セレスは迷わない。
「洗浄を続けます。他の負傷者にも同じ異常がないか確認します」
「分かった。任せる」
原因が分からないなら、分からないまま記録する。
今はそれでいい。
村の中央から、再び衝撃音が響いた。
アイリスが地面を滑るように下がる。
「アイリス!」
「問題ござらぬ!」
すぐに姿勢を戻した。
キングの斧が再び振られる。
だが今度は軌道が違った。
さっきまでの大振りではない。
アイリスが懐へ入る動きに合わせるように、左腕まで使って間合いを潰してくる。
「動きを変えた……」
「拙者の入り方を見て、次の手を変えてきたようでござる!」
アイリスの目が鋭くなる。
「ならば、こちらも変えるのみ!」
キングが踏み込む。
斧が横薙ぎに走った。
アイリスは跳ばない。
身体を沈めて刃の下を抜ける。
そこへキングの左拳が振り下ろされた。
読まれている。
それでもアイリスは止まらない。
半歩だけ外へずれる。
拳が肩をかすめる。
「見切ったでござる!」
銀閃。
キングの左腕へ深い傷が走った。
「グオオオオッ!」
巨体が初めて大きく下がる。
アイリスは追わず、俺を見る。
「ユウト殿、住民は?」
西側からフィーナの声。
「あと二軒! 七人いるよ!」
まだ残っている。
「アイリス、もう少し頼める?」
「無論!」
刀を構え直す。
「ここは拙者が引き受けまする。ユウト殿は住民を!」
「分かった!」
俺はそのまま背を向けて走った。
次の家へ。
フィーナが先に窓から中を確認している。
「二人! 歩けるよ!」
「西へ!」
「うん!」
その時。
フィーナの耳がぴんと立った。
「待って」
森の北側へ顔を向ける。
「また来る」
「数は?」
フィーナの表情が引き締まった。
「多い。さっき運び込んできた群れよりずっと多いよ」
遠くから、地面を叩く無数の足音が響いてくる。
まだ村の中には住民が残っている。
目の前にはオークキング。
そして外から、さらに大きな群れが近づいていた。
救出も、戦いも。
まだ終わっていなかった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークや評価をいただけると励みになります。
そして本日はここまで明日も5話投稿します。
よろしくお願いいたします。




