第6章 第184話 救う順番
南から現れたオークの一団は、捕らえた人々だけでなく、食料や家畜まで村へ運び込んでいった。
俺たちは丘の陰から、その動きを見続けていた。
飛び込んでオークを倒すだけなら難しくない。
でも、村には元から残っている住民がいる。今運ばれてきた捕虜もいる。しかも、どの家に何人残っているのかも分からない。
倒すことより先に、救う順番を決めなければならなかった。
「フィーナ。捕まってる人たちの場所は?」
「南側の大きな小屋。今連れてこられた人は、そこに入れられたよ。元から残ってる人は家にいるみたい」
フィーナは枝で地面へ簡単な村の形を描く。
「見張りは小屋の周りに六体。村の外にもいる。でも西側だけ、交代する時に少し隙ができるよ」
「そこから入れそう?」
「風がまだ村の方へ流れてるから、人数が多いと匂いで気づかれるかも。フィーナ一人なら先に入れる」
自分で状況を見て、判断している。
「分かった。任せる」
「うん! フィーナに任せて!」
アイリスが地図へ目を落とした。
「まず捕らわれている者を外へ出すべきでござるな。敵を討つのは、その後でもできまする」
「俺もそう思う」
エリシアが西側の森と家々を見比べる。
「西の柵から森までなら、風で土埃を流せます。完全に隠すのではなく、見張りの視界だけを鈍らせます。住民が通る道は残せます」
「お願い」
「任せてください」
「西の外れ、地面が少し悪いな」
レティシアが目を細めた。
「荷車じゃ通りにくい。アタシが先に均して、壊れた柵を一か所だけ外す。そこを出口にしよう」
「頼む」
セレスは捕虜が入れられた小屋を見つめていた。
「中に負傷者がいるなら、全員を同じ速度では動かせません。歩ける方、支えが必要な方、運ばなければ危険な方に分けます」
誰も俺の指示を待っていない。
それぞれが必要なことを見つけている。
「じゃあ、それでいこう」
◇
日が沈み始めるのを待って、フィーナが先行した。
低い草を抜け、柵の影へ近づく。
見張りのオークが一体、村の内側へ顔を向けた。
もう一体も少し遅れて振り返る。
ほんの一瞬。
フィーナの姿が柵の向こうへ消えた。
「……見失ったでござる」
アイリスが小さく呟く。
「俺も」
しばらくすると、家の影から白い手が一度だけ上がった。
合図だ。
俺たちも動く。
エリシアが弱い風を流すと、乾いた地面から薄い土埃が舞い上がった。煙幕ほど濃くない。不自然に見えない程度の霞が、西の柵付近だけを覆う。
その間にレティシアが柵の一部を静かに外し、森までの道に転がる石や枝をどけていく。
「これなら荷車も通る」
俺とアイリス、セレスは村へ入った。
小屋の裏でフィーナが待っている。
「中に二十七人。見張りは今五体。さっき一体、中央の方へ行ったよ」
正面に三体。
裏に二体。
「正面は拙者が」
「じゃあ俺は裏」
アイリスが腰を落とす。
俺は地面へ指を触れた。
使うのは初級の土魔法だけ。
正面のオークの足元をわずかに隆起させる。
「グッ?」
視線が下へ落ちた瞬間、アイリスが踏み込んだ。
抜刀音は一度。
一体の首筋へ柄を叩き込み、倒れる身体を反対の手で支える。そのまま二体目の顎を打ち上げ、三体目が声を出す前に腹へ一撃。
三体とも静かに崩れた。
俺も裏へ回る。
一体目の腕を取り、重心を崩して地面へ伏せさせる。
もう一体が振り向く。
踏み込み、首筋へ掌底。
倒れる。
昔なら、動きの理屈を理解できても、ここまで自然には使えなかった。
何度も実戦で確かめて、身体へ落とし込んできた技だ。
「開けるね」
フィーナが錠へ工具を入れる。
小さな音。
扉が開いた。
中にいた人々が一斉にこちらを見る。
「静かに。助けに来ました」
安堵の声が漏れかけたが、セレスがすぐ前へ出た。
「まず怪我を見ます。歩ける方は、そのまま待っていてください」
一人ずつ確認していく。
「この方は歩けます。この方は肩を貸してください。……この方は駄目です」
足に深い傷を負った男の前で、セレスが止まった。
「無理に歩かせると出血が増えます」
「運ぶしかねえな」
レティシアが入口から覗き込んだ。
「外に小さい荷車がある。荷物を下ろせば使える」
「お願いします」
「任せな」
さらに幼い子どもが、泣きそうな顔で母親へしがみついていた。
「怖い……」
声が漏れる。
フィーナがすぐ隣へしゃがんだ。
「大丈夫。これからちょっとだけ、静かにかくれんぼしよ?」
「……かくれんぼ?」
「うん。森まで行けたら勝ち」
子どもが必死に口を押さえる。
「えらい。じゃあ一緒に行こうね」
まず歩ける者から五人ずつ。
フィーナが先導する。
外ではエリシアの風が視線を遮り、レティシアが出口を確保している。
セレスは負傷者を残し、動かす順番を決めていく。
一度目。
二度目。
三度目。
見張りの交代が早まったのは、四度目だった。
「来る!」
フィーナが小声で告げる。
西側へ一体のオークが近づいてくる。
まだ外へ出ている途中の住民がいる。
「そのまま進んで!」
俺が前へ出ようとした瞬間、エリシアが先に杖を動かした。
「風向きを変えます」
村の反対側で木の枝が大きく揺れた。
オークがそちらへ顔を向ける。
さらに小石が転がる。
「グ?」
見張りは足を止め、音のした方へ歩いていった。
「今です」
最後の一団が柵を抜ける。
負傷者を乗せた荷車も森へ入った。
「捕まってた人は全員出たよ!」
フィーナが戻ってくる。
「でも、家の中にはまだいる」
「分かってる」
捕虜は一か所に集められていたから救えた。
残る住民は村中に散らばっている。
ここからの方が難しい。
その時だった。
「ブオオオオオオッ!」
低い咆哮が村を震わせた。
中央のオークキングが立ち上がっている。
その視線が、南側の小屋へ向いた。
「気づかれたかな?」
「まだ分からない」
だが、キングが片腕を上げる。
次の瞬間、数十体のオークが一斉に動き始めた。
南へ。
西へ。
そして住民のいる家々へ。
「住民のいる場所へ向かわれれば危険でござる!」
アイリスが刀を抜く。
「隠密はここまでだね」
俺が言う前に、仲間たちは動いた。
「フィーナ、残ってる人を見つけたら西へ。道は任せる!」
「うん!」
「セレス!」
「森へ出た方を安全な場所まで移します。歩けない方は私が見ます!」
「西はアタシが塞ぐ!」
レティシアが盾を構える。
「出口には一体も近づけさせねえ!」
エリシアの足元へ魔法陣が広がった。
「家屋を避けて土壁を三本。敵の移動だけ分断します。住民の逃走路は残します」
「お願い!」
「アイリスは?」
「拙者がキングを引きつけまする」
視線の先で、オークキングがこちらへ歩き出していた。
「ユウト殿は、まず住民を」
「頼む」
「承知いたした!」
アイリスが駆ける。
俺は視界に入ったオークへ次々と【鑑定】を使い、危険度と装備を確認する。
住民を救う。
出口を守る。
敵を分断する。
負傷者を逃がす。
キングを抑える。
一人なら、どれか一つを選ばなければならない。
六人なら違う。
全部を同時にやれる。
「行こう!」
隠れて救う時間は終わった。
今度は――村そのものを奪い返す。
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