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一度見た魔法とスキルを【鑑定】したら、すべて習得できました  作者: 阿鼻恭介
第6章

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第6章 第179話 早すぎる進化

 谷の最奥から響いた咆哮が消えても、数百体のゴブリンはしばらく動かなかった。


 騒ぎも、怒号もない。


 ただ一つの声を待つように、武器を持ったまま静まり返っている。


 その光景の方が、巨大な魔物の姿を直接見るより不気味だった。


 俺たちは岩陰へ身を伏せたまま、集落を観察する。


 中央では槍や盾がまとめられ、食料らしい袋が運ばれている。単に暮らすための準備ではない。


「遠征の支度に見えるでござる」


 アイリスが小声で言った。


「敗走する群れの動きではありませぬ。部隊ごとに役目を分け、出発に備えているように見えます」


 武人として集団戦を見てきたアイリスだからこそ分かる違和感だった。


 エリシアも谷へ目を凝らす。


「魔力の流れも妙ですね。中央付近へ濃い魔力が集まっています。自然な地脈の偏りだけでは説明しにくいです」


「建物も見な」


 レティシアが木柵を指す。


「雑に作っちゃいるけど、何度も補強されてる。小屋も増築した跡がある。今日や昨日集まった群れじゃないよ」


 つまり、以前から存在していた群れが急速に規模を増した可能性がある。


 その時、フィーナが俺の袖を引いた。


「ユウトお兄ちゃん。こっち、ゴブリンの匂い薄いよ」


 斜面の脇を指している。


 細い獣道だった。


「近づけそう?」


「うん。でも、途中に二匹くらいいる」


「案内して」


「任せて!」


 俺たちはフィーナを先頭に斜面を回り込んだ。


 彼女が足を止めれば全員が止まり、進めば続く。


 途中、下の獣道を二体のゴブリンが通り過ぎたが、こちらには気付かなかった。


 しばらく進むと、谷の奥を斜め上から見下ろせる場所へ出た。


 そこでようやく、咆哮の主が姿を現した。


 他の個体より遥かに大きい。


 人族の成人男性を超える背丈に、太い四肢。粗末ながら金属を組み合わせた鎧を身につけ、大剣を持っている。


 その前では、先ほど確認したゴブリンジェネラルが頭を下げていた。


 俺は対象をはっきり捉えてから【鑑定】を使う。


【種族:ゴブリンロード】


【危険度:A】


【状態:良好】


【推定生存年数:約4年】


【進化要因:大規模群体の支配・多数の戦闘経験・高密度魔力の継続吸収】


【魔力蓄積量:進化段階に対して不均衡】


【魔力循環:一部不安定】


【未解析の魔力混濁:あり】


 俺は表示を二度見した。


「どうしました?」


 セレスが気付く。


「ゴブリンロードだ」


 それだけで全員の空気が変わった。


「ですが、それ以外にも何か?」


「ああ」


 俺は表示された内容を頭の中で整理する。


 ゴブリンロードへの進化には、群れの支配、戦闘経験、魔力の蓄積が必要になる。


 そこまでは分かる。


 けれど、この個体の推定生存年数は約4年。


 しかも現在の進化段階に対して、蓄えた魔力量の状態が噛み合っていない。


「……早すぎる」


「進化が、でござるか?」


「うん。4年という数字だけなら、絶対に不可能とは言えない。でも、経験と魔力の蓄積量が合ってない。普通の積み重ねだけでここまで来たようには見えない」


 エリシアが真剣な顔で頷く。


「条件の一部だけが、異常な速さで押し上げられた可能性がありますね」


「その可能性はある。でも原因までは分からない」


 【鑑定】が答えを教えてくれるわけじゃない。


 見えている事実をどうつなぐかは、俺たちが考える必要がある。


「未解析の魔力混濁というのは?」


「魔力循環に別の濁りが重なってる。でも性質までは判別できない」


 エリシアの目が鋭くなる。


「過去の黒い異常と比較できそうですか?」


「似ている部分はある。でも、まだ同じものだとは言えない」


「なら、倒した後に試料を確認したいですね」


 研究者として当然の判断だった。


 その時、アイリスが谷の出口側を見て声を落とす。


「ユウト殿。動き始めましたぞ」


 ゴブリンたちが隊列を組み替えていた。


 前方へ軽装の個体が出る。


 その後ろに盾持ち。


 さらに槍を持つ集団。


「斥候を先へ出しているでござる。これは進軍前の配置に見えます」


 レティシアが木柵の外側を指した。


「荷車まで出してやがる。食料を持ってくつもりだね」


 セレスの表情が変わる。


「進行方向に避難民がいたら危険です」


 その一言で、全員の視線が俺へ集まった。


 ここでロードだけを倒すことはできる。


 俺一人でも、おそらく勝てる。


 けれど、数百体を同時に止めながら、逃げる個体を各地へ散らさず、避難民まで守るのは別の問題だ。


 六人でなければ、被害を抑えきれない。


「進行方向を確認しよう」


「フィーナに任せて!」


 フィーナが耳を澄ます。


 谷の外へ出ていく小さな足音。


 さらに、先行した個体の匂いを追うように鼻を動かす。


「東に集まってる。前に出たやつも、みんな東へ行ってるよ」


 東。


 宿場町で見せてもらった周辺地図が頭に浮かぶ。


 街道が交わる場所。


 そして今、周辺の村から避難民が集まっている場所。


「宿場町だ」


 セレスが息を呑む。


「さっき避難した方たちも……」


「いる」


 だからこそ、ここで戦うだけでは駄目だ。


「一度戻る。宿場町へ警告を出して、避難を進める。周辺支部にも応援を要請する」


「承知いたした」


「私は防衛結界の準備を考えます」


「アタシは町の柵と門を見るよ。使えるもんは全部使う」


「治療場所も先に確保した方がいいですね」


 フィーナが笑う。


「じゃあフィーナは近道探す!」


 一人ずつ役割が決まっていく。


 俺が全部を抱える必要はない。


 その方が、ずっと早い。


 直後、谷に再び咆哮が響いた。


 今度はそれに応えるように、数百のゴブリンが武器を掲げる。


 先頭の斥候たちが走り出した。


 軍勢が、動く。


「行こう!」


 俺たちは斜面を駆け出した。


 宿場町には、戦えない人たちが集まっている。


 負傷者もいる。


 子どももいる。


 さっき救った村人たちもいる。


 ゴブリンロードを倒せるかどうかなんて、今は問題じゃない。


 あいつらが着くより先に――。


 俺たちが、宿場町へ辿り着かなければならない。

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