第5章 第160話 森脈仮設循環
黒い瘴気の反応が濃くなる森の奥へ向けて、地下の根がゆっくりと動いていた。
「全部、同じ方向」
フィーナが地面へ片膝をつき、耳を澄ませる。
「右から二本、左から三本。もっと遠くからも来てるよ。でも……苦しそうな音がする」
「根の音で分かるのでござるか?」
「うん。土を押す音が途中で何度も止まってる。力が足りなくなってる感じ」
ユウトは足元を【鑑定】した。
【対象:エルダートレント・地下根】
【状態:高負荷】
【自然魔力伝達:継続】
【根部損傷:進行】
【魔力流量:低下】
「このままじゃ長く持たない」
「急ぎましょう」
セレスの声に、全員が頷いた。
六人は根を傷つけないよう位置を確かめながら森を進んだ。
やがて見覚えのある巨体が木々の向こうに現れる。
先に出会った、七百年以上を生きたエルダートレントだった。
だが、その姿は明らかに悪化している。
太い幹には新しい裂け目が増え、何本もの枝が垂れ下がっていた。地面へ広げた無数の根からは淡い緑の光が流れ続け、その先で黒ずんだ土を押さえ込んでいる。
ユウトは【鑑定】する。
【種族:エルダートレント】
【危険度:A】
【推定生存年数:七百年以上】
【状態:極度消耗】
【魔力残量:危険域】
【根部損傷:重度】
【自然魔力循環:過負荷】
【攻撃行動:確認されず】
「前より悪くなってる」
「森へ流し続けているんですね」
エリシアはすぐ巨木そのものではなく、その周囲の魔力へ意識を向けた。
「役割はもう分かっています。今確認すべきなのは、どこまで支えられるかです」
杖先から細い魔力を伸ばし、根の外側をなぞる。
数秒で眉間に皺が寄った。
「……持ちません」
セレスも根元へ走った。
樹皮の乾燥、枝葉の色、根の震えを順番に確かめる。
「傷を治すだけでは駄目です」
「やっぱり?」
「はい。エルダートレントだけ回復させても、森へ魔力を流し続ければまた消耗します。先に負担そのものを減らさないと」
ユウトは周囲を見渡した。
森全体の自然魔力が不足している。
それでも、異常の薄い場所にはまだ流れが残っていた。
「残ってる流れを迂回させられないかな」
「エルダートレントへ集めるのではなく?」
「うん。弱ってない場所から、必要なところへ分けて流す」
エリシアがすぐ意図を理解する。
「仮設の魔力路ですね。ただし、地面へ固定すると根を傷める可能性があります」
「なら空中に作る」
「結界術式を流路として使いますか」
ユウトの頭の中で、これまで学んだ理論がつながっていく。
ルーンベルクで解析した魔力炉の循環制御。
結界を一定位置へ維持する固定術式。
回復魔法の流量を抑える緩衝構造。
それらを組み合わせれば、森そのものへ直接干渉せず、自然魔力の通り道だけを一時的に作れる。
「出口は五つにする」
「待ってください」
エリシアが止めた。
「均等に五つへ分けると、魔力の薄い場所へまで同量が流れます。必要量が違います」
「そっか」
ユウトは構築しかけた術式を崩した。
【解析上達】が、各流路の負荷を頭の中で整理していく。
「じゃあ流量を固定しない。入口側だけ整えて、出口は周囲の自然魔力濃度に応じて変わるようにする」
「それなら森が受け取れる量以上を押し込まずに済みます」
エリシアはそこで、精霊たちへ視線を向けた。
「ただし精霊へ直接流す構造にはしないでください」
「分かってる。精霊の近くには自然魔力を留めるだけ。受け取るかは精霊自身に任せる」
「それなら問題ありません」
ユウトは再び術式を組む。
だが、最初の試作を浮かべた瞬間、一方向へ魔力が偏った。
「ユウトさん、右側が強すぎます!」
セレスの声で気づく。
近くの枝葉が不自然に揺れていた。
「解除する!」
すぐ術式を消す。
ほんの数秒だったが、これで分かった。
「入口が一つだと偏る」
「二方向から取りましょう」
エリシアが言う。
「北側と南側。流れが生きている場所をそれぞれ使えば、負担が集中しません」
「よし」
今度は二つの入口を設ける。
そこから三本、さらに枝分かれさせる。
合計六本。
魔力の流れを固定せず、必要量に応じて自然に変化するよう緩衝術式を挟む。
「左奥!」
突然、フィーナが叫んだ。
「土の下、空洞になってる! 次に割れる!」
「アイリス!」
「承知いたした!」
アイリスが駆け出した。
直後、地面が割れ、黒ずんだ蔓が跳ね上がる。
彼女は根元を傷つけない角度から蔓だけを斬り落とした。
「これは普通の植物ではござらぬな」
「瘴気で弱った根に絡んでるだけ! 本体の根は切らないで!」
「心得た!」
別方向では土砂が崩れ始める。
「レティシア!」
「任せな!」
大盾を地面へ差し込み、崩れた土を受け止める。
「ユウト! 今のうちに仕上げろ!」
「うん!」
セレスはエルダートレントの根元で状態を見続けていた。
「まだ回復魔法はいりません! 先に負担を下げてください!」
判断がはっきりしている。
ユウトは最後の分岐を繋いだ。
【新規魔法術式を構築します】
淡い術式が空中へ広がる。
森に杭を打つことも、根へ直接魔力を流し込むこともない。
ただ、まだ生きている自然魔力の流れ同士を一時的につなぐ。
【新規魔法構築完了】
【森脈仮設循環】
「発動!」
森の中へ、淡い光の筋が伸びた。
北と南の魔力を受け取り、それぞれ必要な場所へ分散する。
弱った木々の周囲では流れが少し太くなり、まだ余裕のある場所では細いまま通過する。
精霊の近くには光が滞留した。
けれど、その中から魔力を取り込むかどうかは精霊自身が選んでいる。
やがてエルダートレントの根から放出されていた光が弱まった。
「負担が下がっています!」
セレスがすぐに告げる。
「今なら治療できます。根の損傷だけ補助しますね」
彼女が回復魔法を重ねる。
治すのは傷だけ。
森を支える役割そのものまで奪わない。
巨木の震えが、少しずつ静まっていった。
しばらくして、エルダートレントが一本の太い根をゆっくり持ち上げた。
「……?」
その根は六人へ向かわない。
さらに北東。
黒い瘴気の反応が最も濃い森の奥を、真っ直ぐ示している。
エリシアが小さく息を呑んだ。
「場所を……教えている?」
断定はできない。
それでも、そこだけは他の根が避けるように広がっていた。
ユウトは示された先を見つめる。
「行こう」
仮設の循環路は森を支え始めた。
だが、傷口を塞いだだけでは終わらない。
森を蝕んでいるものは、その先にある。
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